その男、有能につき……

大和撫子

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第百九話

花嵐・前編

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 体の線にとって、滝のように流れる銀色の髪。長い銀色の睫毛に囲まれた銀灰色の双眸は、やっぱり春の月みたいに優しくて穏やかだ。形の良い口元は、ほんの少し口角を上げている。けれども、どことなく寂しそうに感じるのは何故だろう?

 いつものようにソファに身を横たえ、俺の書いた小説を読んでいる王太子殿下……いや、もう国王になられたのだ……国王を見つめながらぼんやりと思う。戴冠式は滞りなく無事に終わったようだ。でも、途中で画面が砂嵐のようになったような気がしたんだけど、考えようとしたら藤の花が濃厚に香って来てそこでまた眠くなって。眠気と闘いながら戴冠式の様子を見ていたっけ。そういえば、元国王が退いた原因とかテレビでも特に説明していなかったけど、何だろう? 単にお歳を召した、とかかなぁ?

 突如、ムカムカと吐き気を催すような怒りを感じた。何だ? 突然、あれ……? なんか知ってる気がする……。

「なるほどな。そういう結末にしたのか」

 王太子殿下……国王の声で思考が中断、我に返る。そうだ、昨日戴冠式が終わって、今朝朝食が済んだ頃に部屋に国王はやってきたのだった。早く返事をしないと。

「はい。改めて物語を読んでそのような結末を考えました」
「そうか。何故、ヒロインと王子が結ばれる結末にしなかったのか、良かったら聞かせて貰えぬか?」

 別段、不快に感じた様子は見受けられない事に安堵しつつ。

「はい。まず、もし隣の国の王女と王子が出会わなかったとしたら、ヒロインと王子は結ばれるだろうか? と考えました」
「ほほぅ、そう考えた訳か」
「はい、王子は再三ヒロインと二人だけの時間があるにも関わらず、妹以上の感情は抱かなかった。そこで、ヒロインは泡になって消える事なく生き続ける事が出来たなら、次こそ本当に出会うべき人に出会って相思相愛になるのではないか、そう考えました」
「……なるほどな」

 国王は遠くを見るような目をしながらゆっくりと頷いた。何かを考えている様子だ。

「では、もし……」

 やがて国王は、探るような口調でこう問いかけた。

「……もしヒロインが、魔女からある秘薬を貰っていたとしたら、物語はどう変わるだろうか?」
「その秘薬とは?」
「恋敵である王女の記憶を、王子から全て消し去る秘薬だ」

 何故かドクン、と鼓動が大きく跳ねた。喉がカラカラに乾いて声が上手く出せない。

「……それは……でも、王子が王女に会えば仮に記憶は無くても……」
「また恋に落ちる、と?」

 鋭く遮り、挑むように俺を見つめる国王。

「はい、恐らくは……」

 声がかすれる。何だか頭が軋むような痛みを覚える。

「何故そう感じる?」

 国王は突っかかるようにして問う。あぁ、駄目だ、思考がまとまらない……何だか脳内で風が吹き荒れているような感じがする。

「……もし、本当に結ばれるご縁なら……出会の場所や時期がどうであれ、惹かれ合うのではないかと……。あくまでも、私的意見ではありますが……」

 心なしか、虚ろな眼差しで俺を見つめる国王はしばし沈黙を紡ぎ出す。

「……では、二度と王子と王女を会わせぬように魔法をかけたとしたら?」

 コントラバスのように低く深みのある声。冷たく澄んだ銀灰色の双眸が射貫くように俺を見つめた。ドクン、と再び鼓動が跳ねる。そして頭の中に花吹雪が吹き荒れるような感覚を覚えた。

 重苦しい沈黙が俺たちを包み込んだ。

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