110 / 186
第七十八話
絶望の淵
しおりを挟む
ゴボゴボッゲボ……意識が少しずつ浮上していく。あぁ……何だか陸にいる筈なのに、水の中にいるみたいだ……呼吸がしたくても、肺が自分の血に溺れて激痛と血の絡んだ咳しか出ない……
「……ふふふ、ホント、よくやったわ。アルフォンス」
「光栄に存じます」
女の声とアルフォンスの談笑。
「周りのガードと、本人のガードでなかなか隙がなくて。今回を逃したら殆ど手が出せなくなりますから。バレずに安全に事を運ぶには、まさにこの度がラストチャンスでした」
くそっ、アルフォンスめ。得意気に話しやがって。ゴボゴボ……グッ、口から血が溢れ出る。こんなに苦しいのに、どうして意識を取り戻したりしたんだ。苦痛のあまり胸を掻きむしりたくても、両手首が鎖に繋がれて身動きが取れない。薄っすらと目を開ける。あちこち血に汚れた白い着物。着替えさせたのか……。もう、どうでもいい。苦しくて仕方無いからこのまま意識よ、飛んでくれ……。そう思うのに、意識だけはハッキリして来る。頭は冷たく感じるくらい冴えて……
「意識を取り戻したようです」
「あら、あらあら……」
アルフォンスと、嬉しそうに声を弾ませる女の声。こっちに来る。いよいよ、俺をこんな風にした黒幕が……。床も、天井も壁も、真っ白な八畳くらいの部屋だ。入口は鉄格子……鎖で繋がれた両腕が天井から吊るされているだけで、殺風景な部屋だ。監禁されているのか。来た、入り口の鉄格子を開けるアルフォンスと、その後ろに、白いフリルがゴテゴテについたふんわりしたピンクのドレスが見える……。
「おーやおや、お目覚めかい?」
白々しい……アルフォンスめ、やっぱり第一印象のまま腹黒だったか。ゴボゲボッガハッ……クッ。また、口から溢れ出る鮮血が、白い床に滴る。もういい加減、意識が飛んでくれないと激痛と苦しさで気が狂いそうだ……
「あらぁ。やっぱり血を吐くのなら鮮血が映えるわぁ! 白い部屋にして正解ね」
な、なんだこの女?! 喜々として声を弾ませやがって。タンポポ色の髪をアップスタイルにして、ピンクの薔薇の花冠を被った若そうに見える女。屈み込んで俺の顎に右手を伸ばす。そして俺の顔をとくと見るようにして軽く顎を引き上げた。菫色の大きな瞳……こんな状況でなければ、不覚にも花の女神のように美しい女だと感じたかもしれない。胸が耐え難いほどの痛みと苦しさでおかしくなりそうなのに、意識が鮮明なのはまさに生き地獄だ。
「凄く、苦しいでしょ? 病み衰えた美少年……素敵よ……」
ゾクッと背筋が寒く感じた。恍惚として俺を見つめるこの女、絶対におかしい!
「蝋燭みたいな青い肌に痩せ細った体。白い着物にしどけなくはだけた胸。両手が鎖で拘束されて、後ろに緩くまとめた長い黒髪が解れて……喀血する姿、ゾクゾクするほど色気があって素敵だわぁ。やっぱり、胃や腸からの吐血だとどす黒いから。鮮やかな深紅の喀血が映えるわぁ……」
女はアルフォンスを振り返る。
「ね、アル。この子、あんまり咳き込まないで喀血だけ口から流れているわ。苦しそうにゼイゼイヒューヒュー肺から音がしてるみたいだけど……」
な……何を言ってるんだ? この女?
「この男は、最早咳込めるほどの体力も無いのですよ。体も、何よりも気管支も肺も、弱り過ぎてしまって」
面白そうに答えるアルフォンス。二人とも、何を言ってるんだ?
「あらぁ。やっぱり、肺が破れそうなほど咳き込まないと、萌えないわぁ」
も、萌え??? ま、まさかこの女……
「なるほど、激しく咳き込んだ挙句の喀血が見たいと?」
稀にいる……咳、喀血フェチ……なのか?!
「ええ。せっかく念願の生で見られるのよ? この目で間近で見られるんですもの。少しばかりの喀血じゃ萌えないわ」
や、やはり……
「承知致しました。少し回復させて、激しく咳き込ませてみましょう」
「宜しくね、アル。あぁ……なんてワクワクするのかしらぁ」
そんなやり取りをして、女は後ろに下がり、アルフォンスが俺の前に屈み込んだ。
「悪く思うなよ? 殺しはしないさ。クレメンス様が満足されるまではな」
ニヤリと笑いつつ、右手を俺の胸に翳す。クレメンス? まさか、王子の……
「ほら、呼吸が出来るようになったろう?」
と囁く。あぁ、やっと空気が取り込める。そして溜まった二酸化炭素を吐き出せる……
「さて、せいぜいクレメンス様を楽しませな!」
と、強く胸を突いた。途端に、ゴホッ! ゴホゴホゴホッゲホッ……噴き出すように激しい咳の発作が起こる。
「ほほほほ、もっと、もっとよ!」
嬉しそうに笑い、歓声を上げる女。残虐な笑みを浮かべて俺を見下ろすアルフォンス。激しい痛みと苦しさに胸を押さえたくても拘束された両手。やがてゴボッと胸の奥から噴き出す鮮血。気を失えば、一時でも苦痛から逃れられるのに、はっきりしたままの意識。それはまさに、絶望の淵……
「……ふふふ、ホント、よくやったわ。アルフォンス」
「光栄に存じます」
女の声とアルフォンスの談笑。
「周りのガードと、本人のガードでなかなか隙がなくて。今回を逃したら殆ど手が出せなくなりますから。バレずに安全に事を運ぶには、まさにこの度がラストチャンスでした」
くそっ、アルフォンスめ。得意気に話しやがって。ゴボゴボ……グッ、口から血が溢れ出る。こんなに苦しいのに、どうして意識を取り戻したりしたんだ。苦痛のあまり胸を掻きむしりたくても、両手首が鎖に繋がれて身動きが取れない。薄っすらと目を開ける。あちこち血に汚れた白い着物。着替えさせたのか……。もう、どうでもいい。苦しくて仕方無いからこのまま意識よ、飛んでくれ……。そう思うのに、意識だけはハッキリして来る。頭は冷たく感じるくらい冴えて……
「意識を取り戻したようです」
「あら、あらあら……」
アルフォンスと、嬉しそうに声を弾ませる女の声。こっちに来る。いよいよ、俺をこんな風にした黒幕が……。床も、天井も壁も、真っ白な八畳くらいの部屋だ。入口は鉄格子……鎖で繋がれた両腕が天井から吊るされているだけで、殺風景な部屋だ。監禁されているのか。来た、入り口の鉄格子を開けるアルフォンスと、その後ろに、白いフリルがゴテゴテについたふんわりしたピンクのドレスが見える……。
「おーやおや、お目覚めかい?」
白々しい……アルフォンスめ、やっぱり第一印象のまま腹黒だったか。ゴボゲボッガハッ……クッ。また、口から溢れ出る鮮血が、白い床に滴る。もういい加減、意識が飛んでくれないと激痛と苦しさで気が狂いそうだ……
「あらぁ。やっぱり血を吐くのなら鮮血が映えるわぁ! 白い部屋にして正解ね」
な、なんだこの女?! 喜々として声を弾ませやがって。タンポポ色の髪をアップスタイルにして、ピンクの薔薇の花冠を被った若そうに見える女。屈み込んで俺の顎に右手を伸ばす。そして俺の顔をとくと見るようにして軽く顎を引き上げた。菫色の大きな瞳……こんな状況でなければ、不覚にも花の女神のように美しい女だと感じたかもしれない。胸が耐え難いほどの痛みと苦しさでおかしくなりそうなのに、意識が鮮明なのはまさに生き地獄だ。
「凄く、苦しいでしょ? 病み衰えた美少年……素敵よ……」
ゾクッと背筋が寒く感じた。恍惚として俺を見つめるこの女、絶対におかしい!
「蝋燭みたいな青い肌に痩せ細った体。白い着物にしどけなくはだけた胸。両手が鎖で拘束されて、後ろに緩くまとめた長い黒髪が解れて……喀血する姿、ゾクゾクするほど色気があって素敵だわぁ。やっぱり、胃や腸からの吐血だとどす黒いから。鮮やかな深紅の喀血が映えるわぁ……」
女はアルフォンスを振り返る。
「ね、アル。この子、あんまり咳き込まないで喀血だけ口から流れているわ。苦しそうにゼイゼイヒューヒュー肺から音がしてるみたいだけど……」
な……何を言ってるんだ? この女?
「この男は、最早咳込めるほどの体力も無いのですよ。体も、何よりも気管支も肺も、弱り過ぎてしまって」
面白そうに答えるアルフォンス。二人とも、何を言ってるんだ?
「あらぁ。やっぱり、肺が破れそうなほど咳き込まないと、萌えないわぁ」
も、萌え??? ま、まさかこの女……
「なるほど、激しく咳き込んだ挙句の喀血が見たいと?」
稀にいる……咳、喀血フェチ……なのか?!
「ええ。せっかく念願の生で見られるのよ? この目で間近で見られるんですもの。少しばかりの喀血じゃ萌えないわ」
や、やはり……
「承知致しました。少し回復させて、激しく咳き込ませてみましょう」
「宜しくね、アル。あぁ……なんてワクワクするのかしらぁ」
そんなやり取りをして、女は後ろに下がり、アルフォンスが俺の前に屈み込んだ。
「悪く思うなよ? 殺しはしないさ。クレメンス様が満足されるまではな」
ニヤリと笑いつつ、右手を俺の胸に翳す。クレメンス? まさか、王子の……
「ほら、呼吸が出来るようになったろう?」
と囁く。あぁ、やっと空気が取り込める。そして溜まった二酸化炭素を吐き出せる……
「さて、せいぜいクレメンス様を楽しませな!」
と、強く胸を突いた。途端に、ゴホッ! ゴホゴホゴホッゲホッ……噴き出すように激しい咳の発作が起こる。
「ほほほほ、もっと、もっとよ!」
嬉しそうに笑い、歓声を上げる女。残虐な笑みを浮かべて俺を見下ろすアルフォンス。激しい痛みと苦しさに胸を押さえたくても拘束された両手。やがてゴボッと胸の奥から噴き出す鮮血。気を失えば、一時でも苦痛から逃れられるのに、はっきりしたままの意識。それはまさに、絶望の淵……
2
お気に入りに追加
484
あなたにおすすめの小説
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
目覚めたそこはBLゲームの中だった。
慎
BL
ーーパッパー!!
キキーッ! …ドンッ!!
鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥
身体が曲線を描いて宙に浮く…
全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥
『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』
異世界だった。
否、
腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。
風紀委員長様は王道転校生がお嫌い
八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる