その男、有能につき……

大和撫子

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第四十四話

Sweet day

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「それではごゆっくり」

 リアンはさも意味あり気にそう言って静かにドアを閉めた。

「二人っきりだね」

 王子は嬉しそうに微笑みかける。今日の王子は、前襟の部分にフリルがついた淡いミントグリーンのブラウスにに、殆ど黒に近い紫のパンツという宝塚の男役が着ていそうな衣装だ。細身で長い足がよく引き立つ。

「はい」

 素直に答えた。きっと顔が真っ赤だ。だって凄く頬が熱いもの。

 朝食後、歯磨きをした後にリアンは一旦部屋を出た。程なくして、王子と共に再び部屋にやって来たのだ。そしてすぐに出て行った。

「……とは言っても、まだ療養中。完全に回復してないから、療養所の結界内でゆっくりしようね」

 あぁ、青紫色の瞳、虹彩に薄紫色の花が咲いて見える王子の瞳。まるで菫の花が咲いたみたいだ……。

「はい。せっかくご一緒に過ごせるのにちょっぴり残念ですが、殿下といられるのでしたらそれはもうどこに居てもパラダイスです」

 夢見るように答える俺、鼻の下が伸びていないか心配になる。だらしなく歪み切った顔していないといいなぁ。今日は朝起きた時すぐにレオのノアが髪の手入れをしてくれたんだ。「今日は殿下がいらっしゃいますから特別に念入りに」って。ほら、ヘッドスパみたいな感じのやつ。寝間着用浴衣も、藤色を選んでくれた。より美貌が引き立つように、て。美貌? てのは褒め過ぎだけど、一生懸命にやってくれるその気持ちがとても嬉しい。だから、二人の想いを無駄にしないようにしたいな、と思う。とは言うものの、王子を前にすると嬉しくて幸せで舞い上がっちまうんだ。

「うふふ、嬉しい事言ってくれるね」

 王子はそう言って、ゆっくりとベッドに腰をおろすとふわっと布団をめくり……って、え? えっ? えーーーっ? 

「まぁた真っ赤になって、可愛い」

 と言いながら俺の隣に潜り込んで来たんだ! 王子の甘い香りが鼻をかすめる。

「惟光、良かった……本当に」

 王子はそう囁くと、両手を広げて俺を胸に抱きしめた。今日は、いつもの薔薇とバニラの香りだ。ちょっとびっくりしたし照れくさいけど、やっぱり安心する。トクットクッと王子の心音を聞いていると、俺の帰る場所はここなんだ、て思える。ちょっと自惚れ過ぎかな……。ん? あれ?

「殿下?」

 思わず声をかけ、御顔を見上げようとした。小刻みに震えていたから。けれども王子は俺が動けぬよう、その腕に力を込めた。

「……知らせを受けた時、生きた心地がしなかった……」

 あぁ、泣いてくださっている。俺なんかの為に……。そして、やっぱりリアン達、律儀に報告したのか。悪い事したなぁ、俺が単独行動したばっかりに。

「一瞬、元の世界に戻ってしまったのかと思った。急いで調べたけど、どうやらそうではないらしい。どこにも気配がなかったから、恐らく異界の扉を開けたんだろうと予測はついた。魔物たちの世界だ」

 ヒヤッとする。秘密厳守だもんな。心を読まれないように魔術をかけた、ていうけど……

「そうなると、なかなかこちらからコンタクトを取る事が難しいから。気ばかり焦ったよ。……良かった、もう二度と会えないんじゃないかと。時間にしたら十五分くらいだったけど、とてつもなく長い時間に感じた」

 十五分? 報告を後から受けたとしても、あっちにいた時間よりも短い。やっぱり『偶然を味方につけるアイテム』の効果かなぁ。

「ご迷惑おかけして……」
「ううん、惟光のせいじゃないよ。別に誰が悪い訳じゃない。ただ、見つかったという報告と同時に大量に喀血して意識を失った、て聞いて気が気じゃなかった。良かった、戻って来てくれて……」

 言葉、腕を通して、その鼓動、息遣い……その全てから愛情がほとばしるのを感じる。満ち足りた気分、幸福とはこういう感情なのだと改めて感じた。

「ごめん、取り乱した」

 王子はゆっくりと俺を解放し、右手の甲で涙を拭った。瞳は深いブルーに変化していた。深海みたいな濃いブルー。これも神秘的で素敵だ。

「いいえ」

 軽く微笑んで見せる。王子は微笑み返すと、そのまま横向きに枕に身を預けた。

「こうして寝転がって話そう」

 甘えるように言う王子。思わず胸がキューンとなる。俺には首を縦に振る事以外に選択肢は無い。王子に向き合うようにして枕に身を預けた。うわっ、王子の顔が間近過ぎて照れる。目のやり場に困る筈なのに目が離せない。王子はふと真顔になった。トクンと鼓動が弾む。瞳が少しづつ紫色に変化していく。

「その銀のブレスレット、異界のでしょう?」

 ドキッと先程とは正反対の意味で鼓動が跳ねた。異界の魔術が効かなくてバレバレなのか?

「大丈夫、読めないように魔術がかけられてるから。それに、異界で何があったか、何を見たか、秘密なんでしょ? 無事に戻す代わりに」

 やはり、ご存じでしたか……

「はい」
「異界のアイテムだから、ちょっと心配になったんだ」
「……と、言いますと?」

 何だか背筋がゾクゾクする。そうだよな、魔物との取引だもんな。ファンタジーなチートアイテムな訳ねーよな。

「うん、そのアイテム、使い方と禁忌事項は聞いてるよね?」
「は、はい」

 うん、純粋な願いしか効かない、本来は人間を堕落させて自滅に導くアイテム。……改めて考えると恐ろしいアイテムじゃねーかよオイ!

「お願い事をして叶えてもらった後の代償とか、そういうのは聞いた?」

 あ、そう言えば……

「いいえ、何も……」

 今更ながらにゾッとした。反射的に外そうと右手を伸ばす。けれども王子が両手で包み込むようにして止めた。

「恐らく、契約の証みたいなものにもなっているから、外そうとしない方が良い。契約を何より重視する世界だからね。はめているだけで害があるとか、そういうのは無いと思うから大丈夫だよ。ただ、むやみやたらには使わない方が良さそうだね。代償なんかないかもしれないけど、用心に越した事はないから」

 確かに。安易に頼ったら依存し過ぎて怠けものになりそうだ。それこそ堕落から自滅の道へまっしぐらだ、完全に奴らの狙い通りじゃねーか! 俺を傀儡くぐつにしようって魂胆かもしれん。何て恐ろしい、さすが魔物だ。うーん、ちょいと軽く考え過ぎていたかも、反省だ。

「そうですね。肝に銘じます」
「うん、だけどそう固く考え過ぎもよくないから。さ、もう寝よう」
「え?」

 寝る、に過剰反応する俺。いやいやいや……

「体、休めないと」

 うん、ですよね、普通に眠るって意味ですよね。ホッとすると同時に、心のどこかで少しだけ残念がる俺がいたたりして。

「目が覚めてお腹空いたら、レオとノアに食事を運んで貰おう。今日はこうして、くっついて過ごそうね。おいで、惟光」

 と左腕を俺の後頭部に滑り込ませる。もしやこれは、腕枕というものでは……

「で、殿下、腕がお疲れに……」

 王子はにっこり笑って左手人差し指を俺の唇にあてた。

「僕がこうしたいんだ。惟光を感じながら眠りたい。ね? いいでしょ?」

 俺を感じたい……なんて魅惑的な甘い響きだ。蕩けるような笑み、甘えるよう囁く声。やっぱり俺の選択肢はイエス以外有り得ない。だけど王子の腕枕なんて、緊張と興奮で俺……眠れるだろうか? でも、こうして過ごすの、夢みたいだ。幸せだ、俺……
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