その男、有能につき……

大和撫子

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第三十三話

夢夜界の療養所

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 玄関はかなり広い。車椅子が二台は余裕で入りはそうだ。入って左側にキッチンがある。

 ラディウス様もリアンも、用意されてたパステルグリーンのスリッパに履き替えている姿が何だか新鮮だ。床は艶々のフローリングだ。大き目の出窓が左手に一つ、正面に一つ。陽射しが柔らかく室内に注ぎこんでいる。クリーム色の壁に天井、窓には桜色のレースのカーテンと、パステルグリーンのカーテンが左右に留められていた。

「さて、大人しくしていてくださいよ」

 とリアンは前置きをして、車椅子から俺を抱え上げる。もうね、重病人扱いは恥ずかしいやら申し訳ないやら。でもさすがに抵抗するのは往生際が悪すぎるよな。

「はい、お手数おかけします」

 と素直に厚意を受け取っておこう。部屋は一言で表現するなら、病院の個室、という感じだろうか。それを、ビクトリア調風にお洒落にした感じだ。広さはざっと二十四畳くらいかなぁ。天井にはシンプルな感じのシャンデリアが二つついている。部屋の奥の右側に、天蓋付きベッドが置かれている。藍色のカーテンと淡い水色のレースのカーテンが、ベッドの支柱にお洒落に銀色のリボンで留められていた。掛け布団も敷布団も桜色だ。部屋全体が癒しを考慮した色調になっているようだ。

「少し行ってそこの右側が、お手洗いと洗面所、その隣が脱衣所とお風呂場になりますね」

 リアンがさらりと説明する。広くて綺麗そうだ。

「洗濯機は脱衣所の方ですか?」

 何となく聞いてみる。もしかして洗面所の方かな?

「いいえ、洗濯機はありませんよ」
「え? 無いんですか?」

 涼しい顔で答えるリアンに、驚きの声をあげる俺。面白そうに俺たちを見つめるラディウス様。そうこうしている内にベッドに到着。上体を起こして眠れるように枕を、背もたれに出来るようにセッティングされている。これは助かる。リアンはゆっくりと俺をベッドにおろし、枕に寄りかからせるようにしてくれた。やっぱりここも、大人四人は眠れそうな広いベッドだ。

「ありませんよ。洗濯や食事の用意などは全てあの二人が行います」

 リアンは当然のように答えてるけどさぁ。

「え? じゃぁ自分はほぼ寝ているだけ……ですか?」
「療養に来ているのですから当たり前でしょう?」
「そ、それはそうですが、寝込んでいる時ならともかく……」
「調子が良ければ庭の散歩や読書……左手奥に本棚があります、テレビやパソコン、本棚の傍にデスクと椅子、パソコンが完備されています。テレビはパソコンでどうぞ。護衛はつけていますし、夢夜界は基本的に穏やかで優しい人が多いですが、結界はこの家から庭を中心として半径十メートル以内ですから。結界は出ない事をお勧めします」

 うわ、待ってリアン、早すぎてメモ取らないと……

「ふふふふふ……」

 ラディウス様が突然可笑しそうに笑い出す。どうしたんだろう? さすがのリアンも不思議そうな表情で眼鏡のエッジを右人差し指に手をやっている。

「あー、ごめんごめん。二人のやり取りが面白くてつい、ね。惟光、焦らなくても大丈夫だよ。あの二人が全てやってくれるし、無理しないよう気を付けてもくれるしね。君は何も心配せず、ゆっくりと休めば良いんだよ。あっちの世界で散々頑張って来たんだもの。ここではしばらくゆっくりしなよ」

 ラディウス様はこの上無く優しい声で諭すように言った。俺を見つめる瞳が、ロイヤルブルーから紫色となり、虹彩の中に藤色の薔薇の花が咲く。綺麗だ……本当に。

「はい、有難うございます」

 自然に心が静まり、素直に頷いていた。でも、あっちの世界で頑張って……たのかなぁ。まぁ、頑張ってはみたけど空回りの挙句ついに『ムササビの五能』を抜け出せなくて。これが俺だ! て開き直って楽になった。(以下、二十歳の最悪の誕生日に続く……)というところなんだけど。でも、王子がそう言ってくださるなら、そんな風に思っても良いのかな。

「……それで、転移者の病の事ですが……」

 リアンは再度眼鏡のエッジに右手人差し指をあてながら切り出した。王子は真剣な眼差しで俺たちの話を聞くつもりのようだ。大事な話なのだろう、心して耳を傾けよう。

「以前、あちらの世界で色々と無理をしているとこちらの世界でその影響が出て病として表に出る、というような事をお話したと思うのですが……」
「はい、記憶しております」
「あなたの場合は特にその傾向が著しいようです。……幼い時から、自分を貶める癖がついていましたね。そして自分よりも周りの事を優先してきた」
「……ええ、そうですねぇ」

 そりゃぁ、何せ、弟が優秀過ぎたからなぁ。家族の中では空気のような扱いだったもんな。

「理不尽だな、と思う事も敢えて気にしないように振る舞う事で生き抜いて来たとも言えますね。その耐えて来た事が、こちらの世界に来る事で病として吹き出した。気管支や肺に影響が強く出てしまったのは、心が深く傷ついき、かつ蓄積してきてしまったからです」

 うーん……何となくだけどスピリチュアル的な感じの考え方なのかな? 言いたい事を言えずにまたは言わずに来ると喉を傷める、とかそんな感じの。

「通常ですと、ゆっくり休養すれがば回復するのですが、あなたの場合根が深すぎるようです。初めての例なので色々調べて対処法を探りました」

 そうだ! リアンにはすごく手間をかけさせちまった! 

「……何だかすみません。お忙しい中、色々お手数おかけしてしまったみたいで……」
「いいえ。前も申しましたが、謝る必要はありませんよ。あなたの事は殿下から任されていますし。最初が色んな意味で疑いましたが、接して行く内にあなたの人柄が慈愛に満ちていてまるで菩薩様のようだ、と分かり興味が出ましてね」

 て、照れる……てか菩薩だなんて畏れ多い! 言い過ぎだって!

「是非、元気いっぱいになって頂きあなたの特性を活かして頂きたい、そう思うようになりました。あなたが元気になれば殿下もお喜びになりますし、一石二鳥となる訳です」

 例によって淡々と言っているが、リアンの言葉は俺へのねぎらいと褒め言葉だ。これは……

「あの……何だか身に余るお言葉の数々でその……嬉しいやら、照れくさいやら、恐れ多いやらでその……」

 あーあ、肝心なところで言葉に詰まってやんの。やっぱり駄目だな、俺……

「勿体ないお言葉です。有難うございます。だけどその……」

 でも、『嬉しい、有り難い』これだけはカッコ悪かろうが何だろうが、しっかり伝えないと! それが、こんなにまでしてくれるリアン、そして王子への最低限の礼儀だと思うから。

「とても嬉しいです。あの、すみません。あまり手放しで褒めて頂く事に慣れていなくて。上手く言葉が出て来なくて……」

 ふわりと薔薇とバニラの香りがした。王子の黄金色の髪が俺の頬にサラサラと触れる。

「そういう律儀で誠実な所も、大好きだよ。惟光」

 王子のフルートみたいな綺麗な声が、俺の右耳に心地良く響く。いつの間にか、王子に優しく抱き締められていた。

「それでね、病気、徹底的に回復させてみない? 根本治療は出来ないけど、自然治癒力を高めて自己回復を促す事なら出来るから。ちょっと、しんどい事もあるかもだけど」

 甘やかに、そう王子は囁いた。首を縦に振る以外、どんな選択肢があるだろう? 迷わず、即頷いた。
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