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第二十九話
兄と弟・前編
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お、俺……どうしたら良いんだ? 今、どうすべきだ? もしかして、だけどさ。もしかしたら揶揄われただけかも知れない……よなぁ。だとしたら、王太子殿下に失礼過ぎ……だったかも。だって呼吸が楽になって、何だか力が戻って来たような感じがするんだ。それに、最初に王太子殿下はこう言ってた。
『大人しくしていろ。今、気持ち良くしてやる。心配するな、体の怠さを取り除いてやろうというのだ』
って。うーん……どう解釈すべきかなぁ。
両者の距離、七、八メートル、という感じか。睨み合いが続いているが、その緊迫した様子はまさに一触即発という感じだ。どちらも身構えており、隙あらば攻撃しようと油断無く間合いを窺っているようだ。お二人とも腰に剣を差しているから、剣術戦か、或いは魔術戦か? 何かが微かに動いただけで戦闘が始まりそうな気配だ。
やはりこの場は静観すべきだろう。余計な事はすまい。元々何が出来るいう訳でもないけれど。何だかこの世界に来て益々無能さが際立つ気がする。いや、落ち込むのも自己嫌悪も後でいくらだって出来る。今は、見守ろう。
当初、ベッドから三歩ほど離れた場所で俺から見て右横、つまりドアの方を向いて立っていた王太子殿下。今は更に三メートルほど離れてラディウス様に対峙している。
「……一体、何がお望みなのです?」
先に沈黙を破ったのはラディウス様だった。依然として王太子殿下を見据えながら。
「何が言いたい?」
王太子殿下はにべもなく応じる。
「では、単刀直入にハッキリと申し上げましょう。あなたは昔からそうだ。僕が興味を示すものは何でもご自分の物にしないと気が済まない。明らかに兄上の好みでは無いものまでそうだ。最早嫌がらせとしか思えません」
「話しにならん、愚問だな。何を今更、としか言えぬわ」
侮蔑したように鼻で笑う王太子殿下。もしやこれは長年拗らせた兄弟喧嘩ついに勃発、という感じか。
「いつもそうだ。こちらが向き合おうとしてもはぐらかす」
溜息混じりに答えるラディウス様。
「言葉でハッキリと言わねば分からぬか? フフッ、そうだな。周りの状況を察して己の言動の最適なものを推測し、上手く立ち回らねばならぬ立ち場になど、お前が理解出来る筈もなかろうな」
落ち着いて抑えた口調の中に、激しい憎悪を込める王太子殿下。やはり、互いに積年の鬱憤を晴らす時のように見受けられる。
「それは僕が、何の苦労も知らずに溺愛されて育っただけ。そうおっしゃりたいのですか?」
「相違ないであろう? 望めばなんでも欲しいままに与えられ、蝶よ花よと育てられたお前が」
「何をおっしゃているのです? 正統なる王位継承者である兄上が、これ以上何をお望みですか? 生まれた時から、望めば手に入らないものなど何もないでしょうに」
「ハハハハ、これは面白い、お前がその台詞を吐くか? ……何の冗談だ」
「冗談? 至って真面目ですよ。茶化さないでください!」
「では例にあげよう。父上は私よりお前をお気に入りだ。生まれた時からな。心底愛した女との子供だという点もあり、王位継承者はお前にしようとしていた。私の事はともかく、我が母はこの上ない屈辱を味わわされ続けた」
「それは誤解です! 僕には王位を継ぐつもりなど毛頭もありませんし第一、政治にも興味がありません。ですから何を手に入れるにしても、特に人事に関する事は包み隠さず兄上に報告するよう、法を作ったのです。これは兄上に対して謀反を企てる気が無い事を証明する為でもあったのです!」
……あぁ、これはまさしく……
「そんな事はとうに知っていたわ。お前のそういうところが特に気に食わない。問題はそこでは無い事に何故気づかぬ?」
「どうしろとおっしゃるのです? 兄上の望むものは殆ど諦めてお渡ししてきました。これ以上何をせよとおっしゃるのです!」
その後、両者とも睨み合ったまま沈黙が続いた。
前も少し感じたけどこのお二人の関係、『源氏物語』の第一皇子と光源氏の関係そのままじゃないか。帝と正妻である│弘徽殿女御《こきでんにょうご》との間に生まれた第一皇子、帝の寵愛を一心に受けた桐壺女御との息子光源氏。女御が夭折してしまうのもあって、帝は光源氏だけを可愛がるんだな。あ、物凄く端折って言ってるけどさ。この物語は、第一皇子は地位はあるけど容姿も才能も凡庸、けれども優しい性格で光源氏が容姿才能ともに完璧である事を認めている設定になっている。(ある意味、第一皇子に対する作者の愛情かもな。主人公の引き立て役を素直にかってくれたら本人も苦しまないから)
でも、実際はそう上手くはいかないよな。まして、王太子殿下は容姿も才能もラディウス様と甲乙付け難いとなれば尚更さ。
でも、でも……何よりも。俺には幼い王太子殿下が父さんと母さんに、
『僕を見て! 僕はここに居るよ! 弟ばっかり見ないでよ!』
『……何で、弟ばかり。僕は、僕はいらない子だったの?』
『……パパ、ママ、こっちを見てよ!』
て、必死に叫んでいるように思えたんだ。
『大人しくしていろ。今、気持ち良くしてやる。心配するな、体の怠さを取り除いてやろうというのだ』
って。うーん……どう解釈すべきかなぁ。
両者の距離、七、八メートル、という感じか。睨み合いが続いているが、その緊迫した様子はまさに一触即発という感じだ。どちらも身構えており、隙あらば攻撃しようと油断無く間合いを窺っているようだ。お二人とも腰に剣を差しているから、剣術戦か、或いは魔術戦か? 何かが微かに動いただけで戦闘が始まりそうな気配だ。
やはりこの場は静観すべきだろう。余計な事はすまい。元々何が出来るいう訳でもないけれど。何だかこの世界に来て益々無能さが際立つ気がする。いや、落ち込むのも自己嫌悪も後でいくらだって出来る。今は、見守ろう。
当初、ベッドから三歩ほど離れた場所で俺から見て右横、つまりドアの方を向いて立っていた王太子殿下。今は更に三メートルほど離れてラディウス様に対峙している。
「……一体、何がお望みなのです?」
先に沈黙を破ったのはラディウス様だった。依然として王太子殿下を見据えながら。
「何が言いたい?」
王太子殿下はにべもなく応じる。
「では、単刀直入にハッキリと申し上げましょう。あなたは昔からそうだ。僕が興味を示すものは何でもご自分の物にしないと気が済まない。明らかに兄上の好みでは無いものまでそうだ。最早嫌がらせとしか思えません」
「話しにならん、愚問だな。何を今更、としか言えぬわ」
侮蔑したように鼻で笑う王太子殿下。もしやこれは長年拗らせた兄弟喧嘩ついに勃発、という感じか。
「いつもそうだ。こちらが向き合おうとしてもはぐらかす」
溜息混じりに答えるラディウス様。
「言葉でハッキリと言わねば分からぬか? フフッ、そうだな。周りの状況を察して己の言動の最適なものを推測し、上手く立ち回らねばならぬ立ち場になど、お前が理解出来る筈もなかろうな」
落ち着いて抑えた口調の中に、激しい憎悪を込める王太子殿下。やはり、互いに積年の鬱憤を晴らす時のように見受けられる。
「それは僕が、何の苦労も知らずに溺愛されて育っただけ。そうおっしゃりたいのですか?」
「相違ないであろう? 望めばなんでも欲しいままに与えられ、蝶よ花よと育てられたお前が」
「何をおっしゃているのです? 正統なる王位継承者である兄上が、これ以上何をお望みですか? 生まれた時から、望めば手に入らないものなど何もないでしょうに」
「ハハハハ、これは面白い、お前がその台詞を吐くか? ……何の冗談だ」
「冗談? 至って真面目ですよ。茶化さないでください!」
「では例にあげよう。父上は私よりお前をお気に入りだ。生まれた時からな。心底愛した女との子供だという点もあり、王位継承者はお前にしようとしていた。私の事はともかく、我が母はこの上ない屈辱を味わわされ続けた」
「それは誤解です! 僕には王位を継ぐつもりなど毛頭もありませんし第一、政治にも興味がありません。ですから何を手に入れるにしても、特に人事に関する事は包み隠さず兄上に報告するよう、法を作ったのです。これは兄上に対して謀反を企てる気が無い事を証明する為でもあったのです!」
……あぁ、これはまさしく……
「そんな事はとうに知っていたわ。お前のそういうところが特に気に食わない。問題はそこでは無い事に何故気づかぬ?」
「どうしろとおっしゃるのです? 兄上の望むものは殆ど諦めてお渡ししてきました。これ以上何をせよとおっしゃるのです!」
その後、両者とも睨み合ったまま沈黙が続いた。
前も少し感じたけどこのお二人の関係、『源氏物語』の第一皇子と光源氏の関係そのままじゃないか。帝と正妻である│弘徽殿女御《こきでんにょうご》との間に生まれた第一皇子、帝の寵愛を一心に受けた桐壺女御との息子光源氏。女御が夭折してしまうのもあって、帝は光源氏だけを可愛がるんだな。あ、物凄く端折って言ってるけどさ。この物語は、第一皇子は地位はあるけど容姿も才能も凡庸、けれども優しい性格で光源氏が容姿才能ともに完璧である事を認めている設定になっている。(ある意味、第一皇子に対する作者の愛情かもな。主人公の引き立て役を素直にかってくれたら本人も苦しまないから)
でも、実際はそう上手くはいかないよな。まして、王太子殿下は容姿も才能もラディウス様と甲乙付け難いとなれば尚更さ。
でも、でも……何よりも。俺には幼い王太子殿下が父さんと母さんに、
『僕を見て! 僕はここに居るよ! 弟ばっかり見ないでよ!』
『……何で、弟ばかり。僕は、僕はいらない子だったの?』
『……パパ、ママ、こっちを見てよ!』
て、必死に叫んでいるように思えたんだ。
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