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第二十五話
王太子殿下の近衛兵四天王・前編
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「具合はどうだ? 見たところ、薬湯を使ったようだが……」
サイラスが丁寧にドアを開け迎え入れる。王太子殿下は部屋に入るなりそう声をかけた。透視も出来るのかぁ。普通の感覚なんだろうな。
怯えたように王太子殿下の後ろ姿と、俺を交互に見つめるサイラス。不安だろうよ、もし俺が告げ口したら……てさ。不安になるようなら、最初からやらなけりゃ良いと思うんだが。強い見捨てられ不安から、後先考えずに俺が死ねば良いんだ、と短絡的にやっちまったんだろうけど。王太子殿下に信頼されてるからこそ、俺を任されたのに。その信頼を裏切るような事したらサイラス自身が損なのになぁ。まぁ、そこまで気が回らないほど、不安が強かったんだろうな。
「お気遣い、大変恐れ入ります。薬湯を一杯頂きました」
俺の一言一句に狼狽えるサイラス。これに懲りて今後は浅はかな行動取らないといいけど……。
「サイラスさんが……」
おいおい、名前を出しただけでそんなにビクつくなって。
「……背中を叩いて助け起こし、薬湯を注いでくださいました。飲むまで支えて下さったのでしっかりと飲む事が出来ました。お陰様で体がとても楽になっております」
最初は恐れのあまり色を失っていたサイラス。徐々に意外そうに俺を見つめるその姿に、危うく吹き出しそうになっちまった。危ない危ない。
さっきも言ったけど、しっかりと恩を売って優位に立っておかないとさ、今後こいつと二人だけになった時、薬湯に毒を盛られたり薬湯自体隠されたりしたら敵わないから。ある意味命の鍵を奴に握らせてる事になるからね。ここはしっかりと弱みを握っておかないとな。
「そうか。それなら良かった」
ホッとしたように笑みを浮かべる王太子殿下。氷の美貌がそうして柔らかく微笑むと、厳しい冬にふと感じる春の訪れを思い出すなぁ。雪に埋もれたフキノトウを見つけた時。雪を被った梅の枝に、蕾の膨らみを見つけた時。何だかちょっとほっこりするような、希望を見つけたような感じになる。そんな時の感じに似ている。
「サイラス」
「は、はいっ!」
「またお前に任せるぞ」
「はい、お任せください!」
王太子殿下に名を呼ばれ最初は緊張して返事をするサイラス。任されたと知って目を輝かせ、声を弾ませるサイラス。そんなやり取りを見ながら。
おーおー、嬉しそうな顔して。見殺しにしようとしたのは幼すぎる思考で頂けないけど、気持ち自体はよく分かるよ。
見捨てられ不安な。無意識にこれに振り回されちまう人間、多いんじゃないかなぁ。
「ところで、リアンがな、体調が落ち着き次第そなたを引き取りに来たい、と交渉してきていてな」
リアンと聞いた途端に、ラディウス王子が脳裏をかすめる。
「私としては、このままここに居てくれて構わんのだが、そなたはどうしたい? 転移者については、本人の意思を尊重する決まりでな」
あぁ、ラディウス王子がおっしゃっていた……。
……僕のところに戻っておいで……
そんな幻聴が耳に囁く。逢いたい……
「……戻りたい、か。仕方無いな。弟の奴が気を揉んでいるらしいし、ずるずる長居させて父に言い付けられるのも面倒だ」
え? 王に言い付ける? てか『戻りたい』、て顔に出てたか。まだまだ未熟者だな。気をつけないと。
「父は弟には甘いのでな。殆どの事は二つ返事で、鼻の下を伸ばして肯定するのさ。奴も甘え上手だからな」
俺が疑問に思った事を感じ取ったのだろう。憎々し気にそう付け加えた。それに対しては何もコメントは出来ないけど、王太子殿下の気持ちが、少し理解出来る。俺と王太子殿下じゃ月とスッポンだし、引き合いに出したら申し訳ないからここだけの話な。
俺の弟も甘え上手で。両親はデレデレしながら大抵のことは言いなりになっていたんだよ。俺にはさ、長男なんだから我慢しなさい、何でも欲しがるな、だとさ。俺の事、出来損ないの失敗作だと思ってる癖にさ。都合良い時だけ長男とか言いやがんの。まぁ、もう小三くらいの時には慣れっこになっていたし、気にならないけどな。
「ま、また呼び寄せるさ」
不敵な笑みを浮かべる王太子殿下。俺にご執心と言うよりは、弟への対抗心の方が勝っていそうだなぁ。
「では、体調が安定するまではここで私の相手をするが良い」
王者の風格バッチリだなぁ。
「仰せのままに」
とこたえた。
「サイラス」
「はい」
「夕刻までの間この場は任せる」
「承知致しました」
跪いて王太子殿下に対応するサイラス。さーて、奴はどう出るかな?
「では惟光、また来る」
「王太子殿下、わざわざご足労頂きまして、有難うございます」
「気にするな。ではな」
お辞儀をして見送った。サイラスは部屋の外まで見送りに行った。
パタン、ドアが閉まる音。ゆっくりと探るようにベッドに近づくサイラス。そしてベッドの脇に設けられたマホガニー制の椅子に腰をおろした。
バツが悪そうに俺を見つめる。
気持ち、分かるぜ。俺はサイラスに微笑んで見せた。
サイラスが丁寧にドアを開け迎え入れる。王太子殿下は部屋に入るなりそう声をかけた。透視も出来るのかぁ。普通の感覚なんだろうな。
怯えたように王太子殿下の後ろ姿と、俺を交互に見つめるサイラス。不安だろうよ、もし俺が告げ口したら……てさ。不安になるようなら、最初からやらなけりゃ良いと思うんだが。強い見捨てられ不安から、後先考えずに俺が死ねば良いんだ、と短絡的にやっちまったんだろうけど。王太子殿下に信頼されてるからこそ、俺を任されたのに。その信頼を裏切るような事したらサイラス自身が損なのになぁ。まぁ、そこまで気が回らないほど、不安が強かったんだろうな。
「お気遣い、大変恐れ入ります。薬湯を一杯頂きました」
俺の一言一句に狼狽えるサイラス。これに懲りて今後は浅はかな行動取らないといいけど……。
「サイラスさんが……」
おいおい、名前を出しただけでそんなにビクつくなって。
「……背中を叩いて助け起こし、薬湯を注いでくださいました。飲むまで支えて下さったのでしっかりと飲む事が出来ました。お陰様で体がとても楽になっております」
最初は恐れのあまり色を失っていたサイラス。徐々に意外そうに俺を見つめるその姿に、危うく吹き出しそうになっちまった。危ない危ない。
さっきも言ったけど、しっかりと恩を売って優位に立っておかないとさ、今後こいつと二人だけになった時、薬湯に毒を盛られたり薬湯自体隠されたりしたら敵わないから。ある意味命の鍵を奴に握らせてる事になるからね。ここはしっかりと弱みを握っておかないとな。
「そうか。それなら良かった」
ホッとしたように笑みを浮かべる王太子殿下。氷の美貌がそうして柔らかく微笑むと、厳しい冬にふと感じる春の訪れを思い出すなぁ。雪に埋もれたフキノトウを見つけた時。雪を被った梅の枝に、蕾の膨らみを見つけた時。何だかちょっとほっこりするような、希望を見つけたような感じになる。そんな時の感じに似ている。
「サイラス」
「は、はいっ!」
「またお前に任せるぞ」
「はい、お任せください!」
王太子殿下に名を呼ばれ最初は緊張して返事をするサイラス。任されたと知って目を輝かせ、声を弾ませるサイラス。そんなやり取りを見ながら。
おーおー、嬉しそうな顔して。見殺しにしようとしたのは幼すぎる思考で頂けないけど、気持ち自体はよく分かるよ。
見捨てられ不安な。無意識にこれに振り回されちまう人間、多いんじゃないかなぁ。
「ところで、リアンがな、体調が落ち着き次第そなたを引き取りに来たい、と交渉してきていてな」
リアンと聞いた途端に、ラディウス王子が脳裏をかすめる。
「私としては、このままここに居てくれて構わんのだが、そなたはどうしたい? 転移者については、本人の意思を尊重する決まりでな」
あぁ、ラディウス王子がおっしゃっていた……。
……僕のところに戻っておいで……
そんな幻聴が耳に囁く。逢いたい……
「……戻りたい、か。仕方無いな。弟の奴が気を揉んでいるらしいし、ずるずる長居させて父に言い付けられるのも面倒だ」
え? 王に言い付ける? てか『戻りたい』、て顔に出てたか。まだまだ未熟者だな。気をつけないと。
「父は弟には甘いのでな。殆どの事は二つ返事で、鼻の下を伸ばして肯定するのさ。奴も甘え上手だからな」
俺が疑問に思った事を感じ取ったのだろう。憎々し気にそう付け加えた。それに対しては何もコメントは出来ないけど、王太子殿下の気持ちが、少し理解出来る。俺と王太子殿下じゃ月とスッポンだし、引き合いに出したら申し訳ないからここだけの話な。
俺の弟も甘え上手で。両親はデレデレしながら大抵のことは言いなりになっていたんだよ。俺にはさ、長男なんだから我慢しなさい、何でも欲しがるな、だとさ。俺の事、出来損ないの失敗作だと思ってる癖にさ。都合良い時だけ長男とか言いやがんの。まぁ、もう小三くらいの時には慣れっこになっていたし、気にならないけどな。
「ま、また呼び寄せるさ」
不敵な笑みを浮かべる王太子殿下。俺にご執心と言うよりは、弟への対抗心の方が勝っていそうだなぁ。
「では、体調が安定するまではここで私の相手をするが良い」
王者の風格バッチリだなぁ。
「仰せのままに」
とこたえた。
「サイラス」
「はい」
「夕刻までの間この場は任せる」
「承知致しました」
跪いて王太子殿下に対応するサイラス。さーて、奴はどう出るかな?
「では惟光、また来る」
「王太子殿下、わざわざご足労頂きまして、有難うございます」
「気にするな。ではな」
お辞儀をして見送った。サイラスは部屋の外まで見送りに行った。
パタン、ドアが閉まる音。ゆっくりと探るようにベッドに近づくサイラス。そしてベッドの脇に設けられたマホガニー制の椅子に腰をおろした。
バツが悪そうに俺を見つめる。
気持ち、分かるぜ。俺はサイラスに微笑んで見せた。
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