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4日目 《既成事実》

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 明け方。目が覚めてしまったオレはぼんやりと考えていた。

(なんで、拒まなかったんだろ……)

 昨日の、悠晴からのキスの話だ。
 そもそも渡辺の前ではオレからもキスしてるし、それはそれで申し訳ないと思うんだけれど。
 あの日。悠晴に助けられたあの日、オレは渡辺に特別棟に引きずり込まれて押し倒され、キスをされそうになった。咄嗟に蹴り上げて逃げ出すことで難を逃れたわけなんだが。

(渡辺の時は、あんなに嫌だと思ったのに……)

 襲われそうになって、ゾッとしたのだ。昔の変質者たちと同じだった。
 だけど、悠晴の時は違った。
 嫌じゃないどころか、もっとして欲しいと思ってしまったくらいだ。
 じゃあ、これが沢口だったら?

(出来ないことは、ないと思うけど……)

 してほしいとも、したいとも思わない。
 これがどういう事なのか。
 鈍い鈍いと言われているオレだって、それくらいは分かる。

(好き、なんだ……悠晴のこと)

 気付いたと同時に絶望が襲う。
 なんで、とか。いつから、とか。そんなのはどうでもいい。恋をするのに時間は関係ないって本当だったんだな、と思う。
 だけど、悠晴には他に好きな人がいる。
 初めて話をしたあの日、告白してた女子にハッキリ言っていたのをオレは聞いている。

(望みなし、か)

 オレらしいな、とも思う。今まで、告白してきたヤツらを邪険に扱っていた罰だろう。
 見てくれに騙されてオレの本質を見ようともしないヤツら。そういうのが大嫌いで、親しくもない人からの告白は全て問答無用で切り捨ててきた。
 『本当に好きになったりしたらどうする?』
 そう、沢口に聞かれたことを思い出した。

(どうするもなにも……。どうしようもない)

 あの時は『ない』と言い切ったけれど、本当に人生なにが起こるか分からないな。
 とりあえず、と起き上がって毛布をたたみ、キッチンへ向かった。
 食パンがあるから朝はトーストでいいか。あ、たまごと牛乳もあるからフレンチトーストにでもするか。
 そんなことを考えながら、慣れないキッチンでパタパタと作業を始める。
 今日は、悠晴は休養を言い渡されている。ちょうど建国記念日で休みだから、病院には行けないけれど。
 朝食の準備を終わらせ悠晴を呼びに行くと、彼は既に起きていた。

「おはよう、葵」
「おはよ。悠晴、朝食の準備できたけど食べられそうか?」
「え。葵が作ってくれたの?」
「なんだよ、嫌か?」
「逆だよ、めちゃくちゃ嬉しい」
「それならいいけど」

 ダイニングテーブルに並べた2人分の朝食に、悠晴はやたらと感激していて、聞いているこっちが照れるくらいだった。
 簡単に用意した朝食も美味しいと言って食べてくれて、心底ホッとする。
 食べ終わってからは寝ていろと言ったのに、悠晴は『寝てしまっては時間がもったいない』と、リビングに居た。
 ソファに並んで座って、コーヒーを飲んでいた。

「悠晴、体調は?」
「大丈夫だよ」
「それで?」
「うん?」
「話が、あるんじゃないのか?」
「うーん……」

 なんだろう。歯切れが悪いな。

「例のストーカーのさ……」
「ああ、渡辺?」
「渡辺っていうの? アレ、カウンセリングとか必要なレベルじゃない?」
「うん……オレもそう思う。昨日、全く話が噛み合わなくてさ」
「俺もそうだった」
「放っておいたオレが……悪いんだよな」
「葵は悪くないだろ」

 悠晴は即座に否定してくれるけど、オレがもっときちんと対応していたらあんなに拗らせたりしなくて、悠晴だって怪我せずに済んだかもしれない。
 そういう『もしも』という仮定の話は嫌いだけれど、思わずにはいられない。

「悠晴。恋人契約、解消してくれ」
「……なんで?」
「なんの関係もないはずの悠晴を、オレの事情に巻き込んだ。契約内容以上のことで、だ。これで理由になるか?」
「渡辺から守ることは契約内容でしょ?」
「怪我をすることは想定してない」
「……関係が、あればいいの?」
「え?」

 ぽつり、と呟かれた悠晴の言葉に、オレは反応ができなかった。ただ、聞き返す。
 悠晴は、オレが持っていたカップを奪ってテーブルに置くと、その腕をぐいと引いて立ち上がらせた。

「来て」
「悠晴……?」

 悠晴はオレの腕を引いて自分の部屋へと連れていく。それからオレは、どさりとベッドの上に押し倒された。
 え、何が起こった?

「悠晴、なに……」
「関係があれば、いいんだよね?」
「なに、する気……」

 嫌な予感が頭をよぎる。まさか、だよな?

「関係。作ろう」
「待て、落ち着け。ゆうせ……っ」

 名前は最後まで呼ぶことを許されず、悠晴に飲み込まれた。

「んぅ……っ」

 昨日のそれよりも、もっと荒々しいキスに呼吸すら奪われて翻弄される。

「ん……ん、ふぁ……っ、まて……、あぅん……っ」

 キスの合間に待てと訴える声すら喘ぎにしかならなくて混乱した。
 抵抗しようとするのに、力が入らない。だってそうだ。本当に嫌な訳ではないのだから。

「可愛い声……。こんなの、他の誰かにも聞かせたの?」
「あ、やぁ……っ」

 そんなこと、あるはずがない。キスだって悠晴が初めてだった。
 ふるふると首を振れば、ご褒美のように優しくキスされた。

「ん……」

 貸してもらって着ていたパジャマ代わりの服もいつの間にかボタンを外されて、素肌があらわになる。する、と手を肌に這わされ、胸の尖りを摘まれて思わず悲鳴のような声がもれる。

「ひ……っ」

 ここまでされて、何をされようとしているのか分からないほどバカじゃない。
 拒もうと思うのに本気で拒めないのは、オレが悠晴を好きだからだ。

「ここ、気持ち良くない?」
「わからな……、あ……っ、や」

 コリコリと捏ねられるそこは、気持ちがいいというよりはむず痒い。もう片方に舌を這わされて、ビクリとのけぞった。

「あっ!」
「ん、コッチの方がいいのかな?」
「や、あ……っ! そこ、で……しゃべるな……っ」

 舌でねとり、と舐られ舌先で押しつぶされて唇で軽く食まれる。
 女じゃないのに、こんなところで感じてしまう自分に動揺した。下腹部に熱が集まるのが分かってモゾリと足を動かした。それを察した悠晴に、着ていたものを下着ごと一気に剥ぎ取られる。勃ち上がり始めたペニスを、悠晴の指が絡めとる。

「あぁっ!」

 自慰とは違う、他人に触れられるそれに、思わずのけぞり身体をよじって逃げを打つが、逆に腰を掴まれて引き戻された。足を使って器用にオレの動きを封じると、悠晴はベッドサイドにあるテーブルの引き出しに手を伸ばす。
 カタリ、と音がしたことには気付いたけれど、それが何かを確認する余裕はオレにはなかった。
 ぬるりとした何かを、後孔を探りながらたっぷりと塗りつけられる。
 ローション、か?
 かすみがかかったような頭でぼんやりと思った。もはやオレの目にも涙が浮かんでいるから視界すら定かではない。自分自身の荒い呼吸だけがやけに耳に鮮明だった。
 ぬぷ、とうしろに指が挿入されて、違和感に息をのんだ。

「…………っ、や……」

 足を掴まれて秘部を暴かれ、指を挿入されナカを探られる。

「……ぅく」

 ギリ、と歯を食いしばったら、宥めるようにキスを落とされた。
 ナカを擦りながら入り口を解されて指を増やされる。

「あぅ……っ」

 ものすごい異物感に、もうダメだと思った瞬間だった。
 悠晴の指先が、ごり、とナニかを擦ってビリッとした快感のようなものに襲われる。

「ひぁんっ!」

 女みたいな信じられないほど甘い嬌声がもれて、全身がビクリと震えた。
 おそるおそる悠晴を見れば、彼はにこりと微笑んだ。

「見つけた……」
「あ……、ゃ……」

 いやだ、とふるふると首を振るのに、悠晴はそんなオレに構わずにソコをグリグリと執拗なまでに攻めはじめた。

「ひ、あ、あぁっ、んぅぅ、やぁ!」
「感じてる? ああ、気持ちいいね。葵、可愛い」

 どんなに否定しても身体は正直だ。萎えかけたペニスが勃ち上がり、オレの快楽を悠晴に教えてしまう。

「あ、あ、あぁんっ! や、ゆうせ……っ」
「ん、俺のを、入れるよ……。いい?」

 ずる、と指を抜かれてのけぞった。代わって押し付けられる熱いソレに、ふるり、と震える。

「あ……」

 ぐぷ、と先端を押し込まれる。指とは圧倒的に違う質量と異物感。ぐぷぷ、と押し進められるほどに強くなる圧迫感に、涙がこぼれる。
 前立腺をグリ、と擦られながらグプン、と一気に奥まで挿入されて、オレは声も出ないほどの快感とともにビクリと震え、白濁を吐き出した。

「─────……っ!!」

 かは、と息が止まって目の前がチカチカする。

「葵、もしかして経験ある……?」

 あるか、そんなモン。
 心の中だけで悪態をつく。実際には呼吸をするだけで精一杯だ。
 そんなオレの身体をゆすり、疑い深いらしい悠晴が答えを聞こうと、ぐ、と繋がりを深くしてくる。

「……っあ、あ、ぅあっ!」
「葵?」
「あ……、んく……っ」

 オレはやっと呼吸が出来るようになって、必死に言葉を紡ぐ。

「ねえ、葵」
「あ、な……い……っ!」
「ないの?」
「はじめて、だよ……っ!」

 はっ、はっ、と呼吸を整えながら、悠晴を睨みつける。さっきもそう反応を返したはずなのに。

「おまえ、こそ……っ」
「俺?」
「こんな……、すきなひと、って……おとこなのかよ……っ!」
「そうだよ」
「……っ、くそ……っ」

 練習台として使われた、と。そういうことか。
 悔しい。

「も……っ、いい、だろ……っ! ぬけ、よ……っ」
「なんで? これからでしょ」
「な……」

 なにを言っているんだ、と思った瞬間。
 ナカにあるソレを、ずるり、と少し引き抜かれて、ばちゅん、と突き上げられた。

「あぁっ!」

 一度覚えた気持ちよさを、身体は忘れてはくれなかった。奥に突き入れられるその熱い楔を、オレのナカが悦んで受け入れるのが自分でわかるから恥ずかしいし悔しい。

「葵、気持ちいい?」
「あ……、ぅ……く」

 悠晴が穿うがつのは後孔だというのに、ぐちゅ、ぐぷり、といういやらしい水音が耳までも犯してくる。

「あ、ぃあ、あぁ……っ、ゆうせ……っ、あ、あぁ」
「葵。綺麗だよ、葵」

 悠晴が言いながら、抽挿はどんどん強く早くなっていくから、オレはもうなにも考えられずに、ただただ揺さぶられるままに嬌声をあげて快楽だけを追い求める。

「あ、あっ、やぁ……、も……っ、イく……っ! ゆうせ……、イくから……あっ!」
「うん……っ、今度は、一緒に、ね?」
「あ、あぁ、あ、あ!」

 もうなにを言われているのか理解が出来ない。与えられる快感に身を任せ、ずるりと引き抜かれた楔がひときわ強く最奥を突き上げるのと同時に、絶頂を迎えた。

「あぁ! ああぁぁぁっ!」
「葵……っ!」

 切羽詰まったような声でオレの名前を呼ぶ悠晴が、オレの奥で、どくり、と欲望を吐き出すのを感じて、更にぶるりと震えた。その量の多さと熱さに、ぞくぞくと快感すら覚える。

「あ、あぁ……、あ……、は」

 好きな人にこんなふうに抱かれて、こんなセックスを教えられたら。もう他の誰かなんて考えられなくなる。
 結局オレは、抱かれている間に1回も『やめろ』とは言えなかった。悠晴に抱かれたことは嫌ではなかったから。むしろ、悠晴に抱かれて悦んでいる自分が嫌だった。悠晴の『心』は、オレにはないのに。
 そう考えたら何かがふつりと途切れて、オレは気を失った。

 次に目が覚めたら、もう夕方だった。
 情事の後のドロドロとした身体は綺麗に拭き清められていた。
 それでもオレは腰に力が入らなくて立つことも出来ず、結局、悠晴の家にもう1泊すると家族に連絡をした。大丈夫なのかと心配されたが、それはストーカーとか、悠晴やオレの体調に関するものだった。特に悠晴はオレのせいで怪我をしたのだから、無理のない範囲で世話をすることを許された。

 それと、もうひとつ。恋人契約の解消は承諾してもらえなかった。
 オレが言った『関係ない』という言葉に対して過剰に反応した悠晴が『関係はできた』と言ったのだ。
 関係……。セフレ、か?
 好きな人のセフレ、とか。サイアク過ぎて笑えない。
 オレが気を失っていた昼間のうちに悠晴が準備してくれたらしいゲストルームのベッドで。夜、オレはこっそりと涙をこぼした。
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