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3日目 《誤解》

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 朝。登校したら昇降口で悠晴に会った。

「おはよう、葵」
「ああ、おはよう。誰か待ってるのか?」
「俺が待つとしたら葵だけだけど」
「……悠晴。そこまでしなくていい」

 靴を上履きに履き替えてそんな会話を交わしたら、なぜか周りから黄色い悲鳴のようなものがあがる。
 やめてくれ、こんな会話にまで聞き耳を立てないでくれ。

「小日向、おはよ!」
「沢口。おはよう」

 ポンと後ろから肩を叩かれて、振り向きながら沢口に挨拶をする。

「あ、えっと。桐生も、おはよう」

 沢口は悠晴に気付いていなかったようで、しまった、というような表情をする。

「おはよう、沢口」

 悠晴はにこりと笑って挨拶を返している。
 あれ?

「2人って知り合い?」
「なんで?」
「いや。悠晴、沢口の名前知ってるっぽいから」
「ああ、面識がある程度、かな。1年の時に委員会で」
「あー、図書委員だったっけ?」
「そう」

 なるほど、そうだったのか。図書委員といえば、1回だけ沢口の手伝いをした時もあったなぁ。懐かしい。
 いつまでもそこにいる訳にもいかなくて、オレたちは教室へと移動する。
 ちなみに悠晴は隣のクラスだから途中までだ。

「沢口、悠晴と知り合いだったんだな」
「知り合いってほどじゃないよ。むしろ桐生がおれを覚えてたことにびっくり」
「そうなのか?」
「あと、小日向が桐生を名前で呼んでることにもびっくり」
「あー……」

 そこは突っ込まないでほしかった。実際、名前で呼ぶのは結構恥ずかしいものがあるのだ。
 なんと言っても、相手は『プリンス』だ。しかも『悠晴』なんて名前からして爽やかで、名は体を表すというのはこういうことなんだなぁ、などと感心してしまう。

「小日向も、名前で呼ばれても怒らないの珍しいよね」
「まあそれは……仕方ないだろ」
「ああ、そっか」

 そうだよね、などと沢口は納得しているが、それはそれで複雑なものがある。

「それで。昨日はストーカー君は?」
「そういえば、昨日は見てないな」
「お。効果アリなんじゃない?」
「そうだといいけどな……」

 なにか……なんだか嫌な予感がするのだ。当たらなければいい。そう願うしかなかった。
 昼休みは昨日と同じように特別棟で悠晴と過ごした。
 よく晴れていて、窓からの陽射しがあたたかくて気持ちが良い。腹も満たされ眠くなるのは必至で。
 学校でこんなに気が緩むなんて今までに無かったのに。オレはつい、ウトウトと悠晴の肩に頭を預けてしまった。
 それが、悪夢の始まりだった。

「ぅ……」

 眠る前とは違う不穏な気配に、目が覚めた。

「ああ、先輩。目が覚めましたか?」

 その声に、ヒヤリとしたものが全身を襲う。
 1年の、例のストーカー。たしか、名前は……。

「渡辺……だったか?」

 オレは椅子に座ったまま、拘束はされていないが悠晴の様子がおかしい。
 オレの方が悠晴に頭を預けていたはずなのに、今、悠晴はこちらにもたれかかってきている。それどころか、ズルズルと身体が傾いでくる。

「悠晴……?」

 どさ、とオレの膝の上に倒れ込んでくる悠晴の頬に、殴られたような痕。そのまま床に落ちそうになる悠晴を、両腕で庇って一緒に崩れ落ちた。
 オレは床に座り込んで悠晴を衝撃から守るので精一杯だった。

「お前、悠晴に何をした……?」
「小日向先輩は、どんな弱味を握られているんですか?」
「なに……?」

 会話が噛み合わない。
 悠晴を庇いつつオレはそっとポケットに入れてあるスマホを操作する。ロックさえ外せれば、後は誰でもいい、履歴から通話が繋がる人……。

「桐生先輩に、脅されているんですよね? だから付き合うだなんてそんなことしてるんでしょう?」
「何を、言っているんだ……?」

 本当に何を言っている。そんな衝撃を受けている間に、運良く沢口に通話が繋がったようだった。

「おれが誰より小日向先輩のことを好きなのに。その人が邪魔をするから」
「悠晴に何をした?」
「ちょっと不意打ちを食らわせただけですよ」
「なんてことを……」

 不意打ちで殴ったというのか。それなら脳震盪のうしんとうくらいは起こしているはずだ。たぶん、動かすのは良くないんだろう。

「悠晴……、悠晴!」

 呼んでみるけれど反応は薄かった。

「小日向先輩……」
「触るな!」

 近付いてきて、伸ばされた腕をバシリと払い除けた。

「その顔、二度と見せるなと言ったはずだ」
「だっておかしいじゃないですか。あの日、突然恋人だなんて。考えたんですよ。小日向先輩、脅されているんでしょう?」

 恋人契約があだになったパターンか。くそ!

「……脅されてなんかいないって、分かれば。悠晴に危害は加えないと約束できるか」
「約束しますけど、そんなの無理ですよね?」
「見てろ」

 挑むように言って、悠晴ごめん、と聞こえていないであろう彼に小さく告げ、薄く開いた唇にキスを落とした。くそ、オレのファースト・キス……!
 角度を変えて何度かキスを繰り返すのを見せつけてやれば、渡辺が、ひゅ、と息を飲んだのがわかった。
 ゆっくりと顔を上げ、ヤツの顔を見据える。

「これで分かったか」
「そんな……っ」

 渡辺が恐慌状態に陥ろうとしたその瞬間。
 教室のドアがガラリと勢い良く開いた。

「小日向っ!」
「遅い!」

 急いで駆けつけてくれたであろう沢口に、それでもオレは理不尽に怒鳴りつけた。
 沢口は保健医と担任を呼んできてくれていた。
 渡辺は担任に連れていかれた。どこへかは分からないが、沢口によれば、今までの行動を端的に説明したとの事だったので、今度こそオレの前には現れることはないだろう。
 悠晴は保健医に怪我の状態を見てもらっているうちに意識を取り戻した。

「悠晴……っ!」
「あー……。ごめん、油断した」
「何か、アイツと話したのか?」
「うん、少しね」
「取り込み中悪いけど、桐生くんのは打撲による脳震盪だと思う。今日はもう帰っていいから安静に。明日もゆっくりすること」
「え……」
「家の人は?」
「いや、俺は一人暮らしみたいなもんで……」
「じゃあ、オレが泊まる」
「小日向……」
「頼めるならそうしたいけど、小日向くんの家族は?」
「何がなんでも同意させます」
「わかった。車で送るから準備して」
「はい」

 サクサクと話を進めて、オレは長兄に連絡をした。現状をいちばん把握しているうちの1人だ。両親の説得は引き受けてくれたので、オレは安心して悠晴の付き添いに専念できる。

 移動した悠晴の家。悠晴の部屋に入るのは初めてだった。セミダブルくらいありそうな大きなベッドに悠晴が横になり、静かに目を閉じている。
 珍しいその姿に、ベッドサイドでずっと眺めていたい衝動に駆られる。

「葵……。何でもないからね……」
「そんなはずないだろ。悪かった……オレのせいでこんな目にあわせて……」
「いやこれは……」
「悠晴?」
「自業自得というか……」
「え?」
「わざと、アイツを逆上させるようなこと言ったんだよね」
「……なんて?」
「それは、知らない方が身のためだよ」
「…………」

 あからさまにはぐらかされて、オレは面白くない。
 ムスッと拗ねて見せるが、悠晴は言うつもりはないみたいだった。代わりというように、苦笑する。

「それにしても、まさか殴られるとは思ってなかったな」
「あ……、大丈夫か? 口の中切れたりとかしてない?」
「……確かめてみる?」
「え?」

 言われた意味が分からず問い返せば、ぐいと引き寄せられてあっという間に悠晴によってベッドに組み敷かれていた。

「ゆうせ……」

 名前を呼ぶ声は、悠晴の唇に飲み込まれていた。

「────っ!?」

 それは、オレが悠晴にしたようなキスなんかじゃなくて。もっと性的な、奪い尽くすような獰猛なキスだった。
 開いていた唇から潜り込んできた舌先が、口内をくすぐるように味わうように動いてオレの舌を絡めとる。

「ん、ん……っ!」

 どちらのものか分からない唾液が溜まってコクリと飲み込むけれど、口端からつぅっとこぼれ落ちるのが分かる。上顎をぞろりと舐められて、ビクリと震えた。

「ふ……、ぅん……っ」

 さんざん貪り尽くされてやっとキスから解放されれば、オレの呼吸は乱れまくっていた。

「あ……っ」
「葵……。これ以上のことされたくなかったら、今日は帰って」
「なん……」
「ゲストルームはあるけど今日は使える状態じゃないし」
「……ソファで十分だよ」
「それこそダメ」

 どうやら悠晴はオレを泊めたくないらしいと気付くが、そんな悠晴の思惑なんて知るか。

「とりあえず、夕飯は何がいい? なにか消化のいいもの……。お粥とか、うどんとか」
「……冷凍庫にうどん入ってる」
「じゃあ、それな。とりあえず、もう少し寝てろよ」

 オレを組み敷いたままの体勢の悠晴に言うことではないのかもしれないけど。
 結局その日、オレは毛布を借りてリビングのソファで眠った。
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