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2日目 《噂》
しおりを挟む「ちょっと、小日向! あのプリンスと付き合ってるって本当!?」
翌朝。登校して早々に友人である沢口に詰め寄られた。
沢口は桐生のファンだ。どちらかと言うと小柄な可愛い系に入るので、桐生もどうせ契約するなら沢口みたいなタイプにすればいいのに、などと思ってしまった。
「なに。もう噂広まってるの?」
「その話でもちきりだよ!」
「沢口」
オレは沢口の名前を呼んで、自分のスマホをトントンと指さした。誰に聞かれるか分からないし、あまり証拠が残ることはしたくなかったので、メモ機能を呼び出して簡単に文字を入力していく。
『昨日、例のストーカーに襲われかけた』
そこまで入力した途端にギョッとした顔でこちらを見てくる沢口に苦笑する。
『偶然だけど桐生に助けてもらって、ストーカーを躱すための恋人契約をした』
『じゃあ、本当には付き合ってる訳じゃないの?』
『ただの偽装。しかも期限付き』
『期限付き?』
『1週間』
そこまでスマホで会話して、沢口は神妙な顔をする。
「それって、効果ある?」
「やらないよりマシだろ?」
そう。やらないよりマシ。
それが、オレが出した結論だった。
1週間後、契約が終わった時も。桐生が忘れられないとか、そんな理由で有耶無耶にできるんじゃないかと。そう考えたのだった。
『もし、本当にプリンスのこと好きになったりしたらどうするの?』
『それはない』
『言い切れる?』
『やけに食い下がるな』
『あのね、見てると分かるんだけど、』
そこまで沢口が入力した時だった。
「葵ー!」
教室の出入り口の方から声がした。
オレを名前で呼ぶヤツは居ない。否。居なかった。
「お呼びだよ」
「ちょっと待ってろ」
会話途中だったスマホをポケットにねじ込み、席を立った。
噂の渦中である人物の呼び出しを無視する訳にはいかない。
「なに?」
「お昼は弁当? それとも購買?」
「弁当だけど」
「俺も! じゃあさ、一緒に食べよう。迎えに来るから、特別棟行こうよ」
「特別棟……」
「あ、嫌だった?」
桐生の声に、ふるふると首を振った。嫌なのは桐生ではなく特別棟だ。
「じゃあまた昼休みにね」
「わかった」
約束を取り付けると、桐生はひらりと手を振って自分の教室へと帰って行く。
マメなやつだな、と思わず感心した。
「悪い、沢口。昼休み……」
「うん、聞こえてた。僕は大丈夫だから、行っておいでよ」
「ありがとう」
噂の上に本人登場で、教室中から視線が刺さる。
オレはバレないようこっそりとため息をついた。
特別棟というのは、文字通り特別教室が集められた校舎のことだ。昼休みや放課後などは特に人気が少なくなる。わざわざそんな所に誘うということは、何か話があるのだろう。そう、あたりをつけたのだが。
「今日、うちに来ない?」
「は?」
弁当を食べ始めると間もなく、桐生が言った言葉に反応しきれなかったオレは悪くないと思う。
「なんで?」
「うーん、契約したは良いけど、ルールとか何も決めてないでしょ」
「1週間だぞ? それ必要か?」
「一応、最低限ね。あと、聞きたいこともあるし」
「今じゃダメなのか?」
「ほら、どこで聞かれてるか分からないから。葵、クイーンの自覚ある?」
「どういうことだよ?」
なんとなく躱されている気がするけれど、桐生が言うことも一理あるので反論もできない。
クイーンの自覚なんてものはどうでもいいが、周囲にどう見られているのかは知っている。だから、ため息をついて仕方なく頷いた。
「良かった。帰りはちゃんと送るから安心してね」
にこりと笑う桐生はなんだか憎めなくて、その後は沢口と話すような他愛もない会話をしながら昼休みを終えた。放課後また桐生が迎えに来るという約束をして。
そして桐生という男は有言実行だった。
授業が終わるとほぼ同時に教室まで迎えに来るから、沢口にもろくな説明ができずにそのまま教室を後にした。
「桐生ってどこに住んでるの」
「割と近くだよ。そこのマンション」
「へぇ……」
桐生が示すのは、高校から程近いファミリー向けのマンションだった。
「意外。すごい高級住宅に住んでるのかと思ってた」
「うーん。でもまぁ、セカンドハウス的なアレだから」
「…………」
「葵の家は?」
「ごく普通の家ですけどなにか」
「行ってみたい」
「来るな。というか、セカンドハウスって家族は?」
「ほぼ一人暮らしだけど」
「え」
「大丈夫だよ、今日は何もしないから」
「当然だろ」
桐生は笑うけれど、本当にコイツは恵まれている人間なのだな、と思う。
そんな話をしているうちに着いてしまう程度に桐生が住むマンションは高校から近かった。
「お邪魔します」
「どうぞー。何もないけど」
完全にエスコートされながら桐生の家まで連れて行かれ、スリッパを用意されてリビングに通される。ソファに座るけれどなんだか落ち着かない。
「葵、コーヒーでいい? ココアにする?」
「コーヒーでいい」
「砂糖とミルクは?」
「いらない」
「了解」
桐生がキッチンでテキパキと動く様子は、一人暮らしだと言うだけある。おそらく来客用のカップにコーヒーを淹れて渡してくれるのを、ありがとう、と受け取った。
桐生はオレが座る隣に座る。それから、さて、と口火を切ったのも桐生だ。
「決めたいことも聞きたいこともいろいろあるんだけど」
「オレは特にないけど……」
「まず呼び方なんだけどすごく不満なんだよね」
「聞けよ」
「俺は恋人同士なら名前呼びしてもいいと思うんだ。だからね、葵も俺のこと名前で呼んで」
「………………」
「え、まさか知らないとか言わないよね?」
「…………悠晴」
「うん」
仕方なく名前で呼べば、満面の笑みを浮かべる。なんなんだ、いったい。
「あと、昼休みは一緒に過ごそうね」
「……それ契約終わった時が大変じゃないか?」
「なんで? 別に1週間限定じゃなくてもいいでしょ。友達としてそれは継続しようよ」
「はぁ……」
思わず生返事で返してしまう。いや待て。友達としてなら沢口も呼んでいいんだよな? よし、来週からは沢口も入れて3人で過ごすことにしよう。
「それから、例のストーカー?」
「ああ……」
「どの程度なの?」
「……どの程度、とは」
言いたくない。ものすごく言いたくない。
「昨日のアレで諦めたとは思えないけど。そもそも、なんであんなことになってたの」
「あー……」
視線をさまよわせれば、肩をガシッと掴まれる。
「言えないほど酷いの?」
「わかった、言う。言うから離してくれ」
正直、悠晴の手に相当力が入っているようで、掴まれた肩が痛い。そう言ってやれば、渋々と肩から手を離してくれる。
オレはひとつ吐息して、ストーカーのことを説明する。
「入学式の時に胸に花飾りを付けてやったのがオレだったらしい。それが忘れられなくて好きになったとかなんとか。一応オレも有名ではあるから、すぐに辿り着いたらしくてな。それからまぁいろいろ。昨日のは……あれはうっかり1人で居たところを特別棟に連れ込まれて襲われたんだよ」
「は!? ちょっとそれ家とか大丈夫なの?」
「バレてはいるけど、オレは昔から変質者の類には縁があってな。その度に警察の世話になってるから、パトロールは厳重にしてもらってるんだ」
「……嫌な縁だけど、葵は昔から美人だったんだな。警察か……」
若い頃はよくスカウトされていたという母は、息子のオレが見ても美人だ。兄弟の中で唯一、そんな母親に似たらしいオレがクールビューティだのなんだの言われているのは知っている。もちろん、本意ではない。『クイーン』もその延長なのだろう。
「うん、それはまぁ、なんとかしよう。あと、連絡先教えて」
「……必要か?」
「恋人同士なのに電話もメールもラインも知らないとかおかしすぎでしょ」
「……わかった」
はぁ、と吐息しながら頷いた。
連絡先の流出は極力避けたかったが、悠晴なら大丈夫だろうと腹を括る。
スマホを取り出して連絡先を交換するついでに誕生日まで聞かれる。
「バレンタインだね。来週だ」
「ほんと最悪だよ。そう言う悠晴はクリスマスイブなのか」
「クリスマスも誕生日もごちゃまぜだよ」
「ふは。それも大変か」
そんな話をしていたら、少し打ち解けた気がした。どうせ1週間の契約だし必要ないとも思ったけれど、他愛もない会話ができる相手がいるのは楽しかったし嬉しかった。
そして宣言通り、帰りは家まで送ってくれた悠晴には、感謝しかない。
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