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 瞳は心地好いぬくもりの中にいた。
 なんだろう、とても心地好くて、安心できて、ドキドキする。
 すり、と擦り寄れば、ぬくもりが近くなる。ふわふわとしていた意識が徐々に覚醒すれば、それが円の腕の中だと認識できた。
 ぼんやりと目を開ければ、円が優しい顔でこちらを見ていた。


「まどか……?」
「うん。おはよ、瞳」
「オレ……?」
「覚えてない? 昨日、能力ちからの使い過ぎで……」
「……あー、ああ……」


 ぼんやりとしたまま、昨日のことを思い出す。
 そうだ。土の精霊の願いを受け、森に跳んだのだった。


「土の精霊、は?」
「日を改めるって言ってた。瞳、めちゃくちゃ眠そうだったから」
「そうか……」


 瞳は吐息して、ふと、自分が着替えていることに気付いた。


「あれ……? 着替え……」
「着替えもそうだけど、お風呂も入れたけど?」
「えっ」
「冷えきってたからね。瞳、無防備すぎだよ」
「それは……円だからだろ」
「そういう……。朝から殺し文句やめて」
「は?」


 よくわからん、と瞳は一蹴して起き上がろうとすると、ぐい、と円に引き戻される。


「え?」


 後ろから抱きしめられ、首筋に円の吐息がかかる。


「……円?」
「全然、目を覚ます気配がなくて。心配した」
「……悪かった。円の体調は?」
「俺は大丈夫」
「そうか。……それなら良かった」


 瞳はほぅ、と息をついた。昨日、円の霊力も使ってしまった覚えはある。それがどのくらい円の負担になっているのか分からなかった。大丈夫と言うなら信じよう。
 そう思った矢先に、円の手がするりとシャツの中へと入り込み、瞳がびくりと震えた。


「……おい」
「んー?」
「お前、今日学校は……」


 そう問いかける間にも、円の手は瞳の素肌を撫で回してくる。首筋に触れる吐息がくすぐったい。


「今日は……、そうだな。風邪?」
「お前……、それ、……っ、あ……、待て……っ」


 円の手が熱を帯びて動き回るから、瞳ののどがひくりと震える。


「ん……っ!」


 のけぞったのどに、円がキスを落としてギリ、と歯を立てぢゅ、と吸い付いた。


「やぁ、いた……っ!」
「ん。ごめんね。ちょっとマーキング」
「まー……?」


 なにを言っているのかと振り返れば、唇を奪われた。


「ん……っ、…………なに?」
「うん。もう常にマーキングしておこうと思って」
「……だから、なんで」
「瞳は既に誰かのモノって分かれば、手を出される確率減るでしょ」
「……そんなもんか?」
「やらないよりマシかな?」
「おまえ……その程度でこんな……、ちょ、まて、まっ……!」


 マーキングという名のキスマークならぬ噛み痕をつけた後も、円の手がシャツの中で瞳の素肌を探るから、それを引き剥がそうと瞳も慌てる。
 こんな朝っぱらからなにをしようというのだ、と怒鳴りつけたい気分ではあるが、それもできずに流されるのが瞳である。
 けれど、今日はそうも行かなかった。というのも。


「ほんと、に……、まって……! あ……っ、ようせいたち、が……っ!」
「ん? 何か言ってるの?」


 円の問いにコクコクと頷けば、ようやく解放してもらえる。
 乱れ始めていた呼吸を整えて妖精たちに話を聞けば、どうやら土の精霊がまた訪ねてくるということだった。


「そうか、土の精霊が……」
「えっ? 来るの?」
「……そうらしい」
「うわぁ……」


 本当に『うわぁ』である。なんというタイミングだろう。
 昨日は昨日でじゃれ合っているのを見られたし、今日はこの首の噛み痕を見られるのか、と。瞳は少しどんよりした気分になる。勘弁してほしい、というのが本音だった。
 そう思ってもどうにもならないのが精霊たちである。ある意味では全員が本当に自由だ。
 たしか昨日は午前中のうちに現れたな、と瞳は思い出し、円に朝食を頼んだ。さすがにずっと寝ていたせいかお腹が空いている。最後に食べたのは円特製のガトーショコラだったな、などと思いながら自室で身支度を整えて部屋を出る。
 ダイニングに向かえば、用意されていたのはまさかの雑炊だった。


「……珍しいな?」
「あのね。言っておくけど、瞳はほとんど一日眠ってたんだよ? いつも通りに食べたら身体がびっくりするでしょ」
「そう、か……?」
「そうだよ」


 そう強引に決定付られて椅子に座らされる。
 てきぱきと取り分けてくれるさまを眺めながら、そういえば初めて食べた円の料理も卵雑炊だったな、と思い出して、ふ、と笑う。
 それに気付いた円は首を傾げた。


「どうしたの?」
「いや。好きだなぁ、と思って」


 何が、とは瞳は言わなかった。
 それでも、鈍い瞳と違って気付かない円ではない。驚いた顔をして、それから幸せそうに笑った。


「うん。俺も」


 そんな円を、好きになって。好きだと思う気持ちを知ることができて良かったと瞳は感じている。だからこそ、瞳は思うのだ。円を、決して死なせない、と。
 先日の加藤の話から、『本家』とは近々対峙しなければならないことを覚悟していた。風の精霊から話を聞いた時ほどのんびりはしていられない。
 両親が遺したノートから得た、瞳も知らなかった瞳自身の情報もある。とにかく、次の瞳の誕生日、、、、、を待って相談しようと式神たちと決めていることを、円にはまだ告げていない。
 知らせたくないのだ。
 これは瞳のエゴだけれど、できればこれ以上、西園寺の人たちを『本家』に関わらせたくなかった。


(円のことは、これ以上ないってほど巻き込んでるけど……)


 『本家』を止めることができなければ円が人柱にされる、という約束が交わされたのも自分のせいだ、と瞳は思っている。
 申し訳ないと思うのに、だけど瞳はもう円を手離してはやれなくなっているのだ。


(矛盾してるな……)


 自覚はある。けれど、『瞳を失えば心が死ぬ』と言った円の言葉に戸惑い困り果て、また同時に嬉しかったのも事実だ。


「瞳?」
「うん?」
「どうかした?」
「いや。なんでもない」


 いけない、ぼんやりとしていたようだ。
 疑いのまなざしを向けてくる円に笑いながら、瞳は朝食を完食した。


「円、例のメガネは?」
「ああ、持ってるけど……」
「貸して。霊力注ぎ込み直す」
「でも……」


 円が躊躇ためらうのは、瞳の体調を心配しているのだろう。だから、瞳は笑ってやる。


「だいぶ寝たから大丈夫だよ。それに、メガネのアレも簡易的なものなんだ。効果は持続しないからどちらにしろ霊力を注いでやらないと円に精霊は視えない」
「……わかった。ちょっと待ってて」


 瞳が説明すれば、円は仕方なく、といった感じで立ち上がり自室へと向かった。昨日から瞳に借りたままだったメガネを持って戻ってくると、瞳に渡した。受け取った瞳は、丁寧に霊力を注いて定着させて、作業を完了する。


「これで今日は大丈夫だと思う」
「……ありがとう」


 少し不機嫌そうな円に苦笑しつつ、瞳はメガネを渡した。
 それからいつも通りにコーヒーを淹れてもらってリビングに移動する。土の精霊が現れるだろうから、と瞳と円は隣に座ってくつろいでいる。
 近くにいれば触れたくなるけれど、それを我慢しているらしい円の気配が伝わってきて、瞳は苦笑すらも堪える。


「……なに?」
「なんでもない」


 言いながら、我慢をしている男の肩に寄り添って、手に触れてみる。


「ちょっと、瞳……」
「んー?」
「これから精霊が来るんでしょ?」
「そうだけど?」
「それなら、そういう煽るようなことやめて」
「……煽ってるか?」
「俺がさっきから我慢してるの知ってるよね?」


 問いに問いで返されて、瞳は視線をそらす。


「それでやってるなら、これくらいはさせてもらうけど……」
「な、に……、……っん」


 言いながら、円は瞳の顎を掴んで自分の方を向かせるとその唇を奪う。瞳は静かに目を閉じ、そっと唇を開いて円を受け入れた。


「ふ……、ぅ……ん、は、ぁ……」


 引きずり出される声をおさえることなく零せば、腰を引き寄せられる。するりと背骨をなぞられて、ビクリとのけぞった。


「んあっ!」
「瞳……」


 熱っぽい声で呼ばれて続き、、を予感し、慌てて円の身体を押しのける。


「ダメ! 今はだめ!」
「ねぇ。『今は』ってことは、後でなら良いってことだよね?」
「揚げ足……、んぅ……んっ!」


 揚げ足を取るな、と言いたかったはずの瞳の唇は円によって再び塞がれ、声にならない声がもれる。さらりと髪を撫でられ、抵抗する気力も失せた頃に、のんびりとした声が響いた。


《あらあら。本当に仲良しですね》


 くすくすと笑うその声に、とろりと蕩けかけた瞳の意識が正気に戻される。反射的に円を押しのけ、口元を覆った。
 またとんでもない所を見られた、と思わざるを得ない。瞳は真っ赤になり土の精霊に頭を下げる。


「重ね重ね……お見苦しいところをお見せしました……」
《見苦しいだなんて思っていませんよ。お似合いの二人ですね》
「は……」


 いろいろと勘ぐってしまいそうになるけれど、土の精霊の言葉に裏はなかったようだ。ただ無邪気に笑う女性は、話の先を急かす。


《さっさと用件を話してしまいましょう。早めに消えないと、円さまに怒られそうだわ》
「え?」
《昨日の件、本当にありがとうございました》
「あ、……いいえ。結局、オレには犯人は分かりませんでした。それと、集まった地熱の発散とはいえ、勝手に温泉を湧かせてしまいました。……アレは一時的なものなので、じきに落ち着くとは思いますが……。申し訳ありません」
《そうなのですね。ではその間はセレスと楽しむことにしますね》


 唐突に出た名前に瞳はギョッとするが、そういえば精霊同士である。仲が良くても当然だった、と思い直す。


「あの、水の精霊は怒ってはいませんか?」
《なぜ?》
「ええと、水脈を勝手に……」
《温泉のことですか? いいえ、楽しんでいますよ》
「そう、ですか……」


 なんだか拍子抜けしてしまった瞳は、小さく吐息した。そんな様子を、円は横から見ている。何かあれば口も手も出す予定である。


《わたしの願いは、嫌な予感のするアレ、、をどうにかしてほしいというものでした。瞳さまは見事に叶えてくれました。ありがとうございます。ついては対価の件なのですが》
「いえ、対価は……」
《瞳さまは相当な霊力を使われたご様子でした。どうか、わたしにもそれなりの対価を払わせてください。すぐには浮かばない性格だとお聞きしています。決まりましたら、お呼びください。わたしの名は、ユーフェミア》
「ちょ……っ!」
「あ、消えた……」


 言うだけ言って、本当にさっさと消えてしまった土の精霊に、瞳はあっけに取られている。円でさえも少し驚いた。
 本当にまた名前を置いていった精霊に、瞳は頭を抱える。これで四大精霊の全員の名前を呼ぶ権利を与えられてしまったことになる。


「何がどうしてこうなった……」


 思ったことが思わず口をついて出てしまっても、誰も文句は言うまい。
 いや、だが。文句は言わずとも考えることを放棄させようとする男は、すぐ隣に座っている。


「瞳」
「なに……」
「今日の用事は終わったよね?」
「…………」
「ね?」
「……そうだな」


 考えることも何もかも放棄したいなら。自分を利用しろ、と。男は目で訴えてくる。全てを忘れて快楽に溺れよう、と。そう、誘ってくるのだ。
 自分はそんなに分かりやすいだろうかと、瞳は躊躇ちゅうちょするけれど。円の視線に絡め取られたら、抗うことは出来なかった。
 魅入られるように、瞳は円に手を差し伸べた。すると、その腕を掴まれて、ぐい、と引き寄せられてキスをされる。


「んっ、……ふ、んん!」
「瞳……」
「っあ、……ベッド……連れてけ……」
「……了解」


 まだ昼にもなっていない時間から、ただれた行為にふけるために円は瞳を抱き上げた。
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