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寒い朝。
瞳は円の優しいぬくもりに包まれながら目が覚めた。目を開ければ、目の前にはいつもの王子さま顔が眠っている。
本当にこの男は瞳に甘いと思う。
(こんなに甘やかされて、オレはどんどんダメになってる気がする……)
甘やかすにも程があると思うのだが、どうだろう。と瞳は思う。
円の甘やかしは今に始まったことではないが、付き合うようになってからより顕著になった。その点については瞳にも言えるのだが、円ほどではないと自認している。あくまでも自認であって、他から見れば大差ないのであるが、本人は気付いていない。
そもそも、男が同性に抱かれるということがどれ程の葛藤を生むのだとか、そういった点に瞳は無頓着である。
抱きしめられたままで、もそり、と腕を動かして円の頬をつついた。ふるり、と円のまつ毛が震える。
(あ。起きる、かな?)
起こすつもりはなかったのだけれど、結果的に円はその目を開いた。瞳の姿を認めると、にこ、と笑う。
「おはよう、瞳」
「……おはよ」
「ね、今日の予定は?」
「……言わせるな」
「ふふ。嬉しい」
なぜか照れる瞳を、円はぎゅっと抱きしめた。
それは円が望んだことだった。クリスマスプレゼント代わりに瞳を独占したい、と。その言葉を受け、瞳は予定を空けているし、式神たちにもできるだけ干渉しないようにという指示を出している。
察しのいい式神たちのことだ。きっと明日までは余程のことがない限り念話すらも控えるだろう。
(察しが良すぎて気恥ずかしい時もあるけどな……)
疎い瞳と違って、式神たちは本当に察しが良く、そして顔には出さない。だからこそ瞳も後から気付かされて恥ずかしくなる時があるのだ。
「とりあえず、お風呂入ろ」
「……え」
「ん。昨日、ほら……。大丈夫、今日はお風呂ではしない」
「……信用するぞ?」
「うん」
昨日は火の精霊によるハプニングから行為になだれ込んだのだが、流れで円はゴムをしなかった。瞳が寝落ちた後に円が簡単に拭き清めはしたけれど、十分ではない。
「待って。準備してくる」
「ん」
円は瞳の額にキスを落とし、ベッドを抜け出すと急いで準備に向かう。
残された瞳は、急に消えたぬくもりに寂しくなり、もそもそと布団に潜り込んだ。
もはや習慣化してしまったと言っても過言ではない行為に、円は瞳の着替えを揃えるために部屋に入ることを許されている。
やがて準備が整い、瞳は円に抱き上げられつつ浴室へと連れていかれる。
宣言通り、円は今日は本当に風呂では行為に及ばなかった。身体は瞳の痴態とも言える様子に反応はしていたけれど。
丁寧に清められ、シャンプーをして二人で浴槽で温まってから、円が用意した着替えを身に付けてリビングのソファでくつろいだ。瞳の髪は、円によってドライヤーをかけられてサラサラである。
「そういえば、今日は終業式なんじゃないか?」
「そうだけど」
「サボりか……」
「今日くらい大目に見て」
「いつもだろ。過保護だな」
「だって、瞳のことは心配だし。それに今日は特別に空けてくれたんでしょ」
ソファで肩を寄せ合うように座り、そんな会話を交わしていた。
瞳はあれからほとんど学校へ行けていない。そんな瞳の世話を焼くために、円も休みがちなのだ。
「それはそうだけど。お前、3年になったらこうは行かないからな」
「分かってる」
いわゆる受験生となる来年。円は地元の医学部がある大学を受験することになる。
「さて。そろそろお腹空いたよね。遅くなっちゃったけど、朝食の準備するね」
「……いや」
「え?」
「もう少しゆっくり。朝と昼、一緒でいいから。もう少し、このまま……」
円の肩に身体を預けた瞳が、珍しく甘えるように言うから。円は微笑んで頷いた。
「ふふ。ねえ、瞳。俺が今どのくらい幸せか分かる?」
「……知るか」
「あー、でも今日は買い物行けないね。せっかくのクリスマスなのにな」
「別に。いつも通りでいい」
「うん」
頷いた円が、瞳の顔を覗き込むように身体をずらす。優しい仕草で、瞳の顔を円の方に向けた。寄せられた唇に、瞳が反射的に目を閉じる。
「……ん」
重なった唇が円の熱を伝えてくるから、瞳は思わず声をもらす。触れるだけのキスを何回か繰り返し、角度を変えて深く口付けられる。
「んぅ……っ」
思うさま貪られ、そろそろ瞳の呼吸が乱れ始める頃、円のスマホが着信を知らせる。
ビクリ、と瞳が震えるけれど、円は意に介さずキスを続けるから、瞳が円の胸をグイと押しやった。
「……電話、出ろよ」
はぁ、と呼吸を整えながら瞳が言うから、仕方ない、といったように円はスマホの画面を確認し、ちょっと驚いた顔をして通話を始める。
「もしもし、律? どうした……え? あー、いや。用意してない。……うん、……え? ……いや、ちょっと待って、律? 律!」
通話はなんとか終わったようだが、円の様子からどうやら強引に何かを押し切られたようだと瞳は見当をつける。
「律さんから?」
「あ、うん。なんか、午後にちょっと寄るって言ってたけど……」
「うん?」
「そのまま出かけるな、とも言われた」
「ん? 何かあったか?」
「いや、そこまでは分からない」
「ふぅん?」
「まあいいや。とりあえず、ごはん作るね」
「ん。手伝う」
「立てる?」
「まあ、少しなら」
そうして二人でキッチンに立ち、いつも通りのメニューに少しボリュームを加えて食事を作る。主に動くのは円で、瞳はほぼ助手のような形ではあったけれど。
やがて出来上がった食事をテーブルに並べて、のんびりと話をしながら食べた。
午後には律が来るということだったので、美作も一緒だろう。さて、どうするか。
リビングのソファでコーヒーを飲みながら円にもたれかかり、瞳はなんだか眠くなるのをおさえられなかった。
ふあ、とあくびをすれば、円がくすくすと笑う。
「眠い?」
「んー、少し」
「膝枕しようか?」
「え?」
「この前、俺もしてもらったし」
「……たぶん本当に寝るぞ?」
「いいよ。おいで」
「ん」
言われるまま、瞳はソファに横になって円の足に頭を乗せる。じわりとぬくもりが伝わって、安心する。
「あー、これ本気で寝る……」
「ふふ。俺も寝たもんね」
「そう、だな……」
安心感と共に急速に襲ってきた眠気に、瞳は抗えなかった。
ゆるやかに意識を手放した瞳が目覚めたのは、インターホンの音が鳴ったから。
優しく髪を撫で、もてあそぶ手が止まったことを感じながら目を開ける。
「瞳? 起きた?」
「ん……ごめん」
「ん、いいよ。ちょっと待っててね」
むくりと起き上がる瞳の頭をぽんぽんと撫でて、円が玄関へと向かう。すると、ぱたぱたと人の気配が近付いてきた。
「瞳、メリークリスマス! 体調はどう?」
「律さん。ありがとうございます、大丈夫です」
「ふふ。私は今日はサンタだから渡すものを渡したらすぐに帰るわ」
「サンタ?」
「美作」
瞳がきょとり、と首を傾げると、後ろから美作が何やら荷物を持って現れる。円も不思議そうな顔をして美作と一緒に歩いてきた。
「こちらを」
そう言って美作はテーブルの上に持ってきた荷物を置いた。
「クリスマスのケーキよ。小さめだから二人で食べ切ると思うけど。あと、チキンも用意してきたわ。他は円がなんとかしなさい」
「え」
「……おそらくご用意されていないと思いまして、勝手ながらこちらで予約したものです。お口に合うといいのですが」
「そういうことで、たしかに渡したわよ。じゃあ、またね」
「え、律?」
「『寄る』と言ったでしょ? 出かけたついでに寄っただけよ。帰るわ」
そう言って、律は美作を伴って帰っていく。本当に台風のような人だ、と瞳は思わず笑う。
「瞳さん。思いがけずケーキとチキンが手に入りました」
「ふ、あはは!」
「もー、律ってば。俺が準備万端にしてたらどうするつもりだったんだよ」
「そんなこと言ってる割に嬉しそうだけど?」
「そりゃね。これでささやかでもクリスマスパーティーできるでしょ」
「じゅうぶんだろ」
「そうだなぁ、あとシチューでも作ろうか。ピザとか取る?」
「任せる」
「了解」
いつもと変わりのない一日になるはずだったクリスマス。律サンタと美作サンタのおかげで少しだけ特別な日になりそうだった。
それから円はキッチンに立ち、瞳はダイニングの椅子に座って話しながら二人きりのパーティーの準備をする。運良く冷凍庫にピザを発見したのでそれをテーブルに並べることにした。
「結構形になったね」
「おお、すごい……」
律と美作が持ってきてくれたケーキは小さめのホールケーキで見栄えがする。チキンも大きく美味しそうだ。ピザは普通のマルゲリータだが、シンプルで瞳は好きだった。円が作ったのはシチューとサラダ。
ツリーがないのが残念だが、そこは仕方がない。
ゆっくりしていたこともあり、準備が終わった頃にはいつもの夕食時になっていた。
「じゃあ、食べようか」
「そうだな。悪いな、手伝えなくて」
「食事は俺の担当でしょ。仕事取らないでよ」
「ふは、そうか」
「そうだよ。さ、いただきまーす」
「いただきます」
クリスマスというだけで大騒ぎをする人たちを横目で見て生きてきた瞳は、まさか自分がこんなふうになるとは思っていなくて正直戸惑いもある。けれど、いつもと違う雰囲気で円と過ごすのも悪くない、と思っているのも事実で。
こんな未来を、瞳の両親は予見していたのだろうか、と少し感慨深くなる。
「ん? どしたの、瞳?」
「いや、なんでもない」
ぼんやりしていたのを円に見つかり、ふわりと笑ってごまかした。
『今』が幸せで、瞳は泣きそうになる。
ゆっくりと時間をかけて食事を終わらせ、いつものようにリビングでコーヒーを飲んだ。
「そういえば、円」
「ん?」
「任せっきりだけど生活費どうなってる? そろそろ渡さないと……」
「まだ残ってるんですけど!?」
「でもいろいろ払わせてるだろ? 年明けには渡すから。今決めたから」
「なんでそこ決定なの!?」
「ふは」
「笑い事じゃないんだけど……」
「本当にさ。余ってる分は円の取り分でいいからさ」
「ええー?」
なにやら不満そうな円に、瞳は笑うしかない。
最初からそういう約束だったはずなのに、と思う。
「まあ、そういうことで。先にシャワー使うぞ」
「はーい」
少しふらつきながらも着替えを準備して浴室に向かう瞳を、円はハラハラしながら見守っていた。
シャワーを浴びて頭をスッキリさせた瞳は、珍しく湯を張った浴槽に浸かった。じんわりと温かくて心地が良く、大きく吐息した。
少し動くにも身体の奥がズクリと痛み、身体は軋んで普通に動いているように見せるのに一苦労だ。
ざぶ、と肩に湯をかける。
(のぼせる前に、出ないとな……)
ぼんやりと入っていたら、うっかりのぼせてしまいそうだ。
よし、と気合いを入れて立ち上がり、バスタオルを手に取った。部屋着を着て、リビングに足を向ける。
「ちょっとのぼせた? かも……」
「えっ!」
「いや、大丈夫。水もらうぞ」
キッチンの冷蔵庫から、常備してあるミネラルウォーターを取り出してリビングのソファに座った。パキリとペットボトルの蓋を開けて水を飲む。
ふぅ、とひと息つけば、円が心配そうに覗き込んでくる。
「本当に大丈夫?」
「心配性だな。少し休めば大丈夫だよ」
「それならいいけど……」
「それより、後でいいからドライヤーやって」
「今やるけど?」
「んー、今だとそれこそのぼせそう」
「ああ……。じゃあ、先にお風呂入ってきちゃうね」
「ん」
待ってて、と、瞳の濡れたままの髪にキスを落とし、円は浴室に向かった。
円の入浴が終わるのを待つ間、瞳はまた睡魔に襲われていた。うつらうつらして、座っているのも億劫になってソファに横になった。
(あ、寝そ……)
そう思った時にはもう手遅れだったのかもしれない。瞳は、ゆっくりと眠りの波に攫われた。
どのくらい眠っていたのか。呼ぶ声がした気がして、意識が浮上する。
「……瞳。風邪ひくよ」
「……まどか?」
「うん」
それほど長い時間を眠っていた訳ではなさそうだ。瞳の髪はまだしっとりと濡れている。
ゆるりと持ち上げた手を、円の頬に這わせる。髪は、濡れていた。円が瞳の手を握り、そっと顔を近付けて唇を寄せた。ふ、とゆるく笑んで目を閉じれば、円からの口付けが落ちる。
優しく舌先で唇をなぞられて薄く開けば、潜り込んできた熱い舌に口内を撫で回される。
「ぅ……、ん」
弱い上顎を舌先で撫でられ、ビクリと瞳の身体が震える。
名残惜しそうに離れていく唇。円の目には、欲情の炎が灯り始めていた。
「瞳……」
行為の最中と同じ声で呼ばれて、瞳もぞくりと震える。だから。両手を広げて、円にねだる。顔には極上の笑みを浮かべて。
「ベッド、連れていって」
その意味を円が違えるはずがなく。
瞳の身体をそっと抱き上げると、リビングから廊下に出て円の部屋のドアの前で一旦立ち止まる。
その時。
「待って」
「瞳……?」
「奥の部屋、行って」
「奥って、瞳のご両親の部屋だろ?」
「いいから」
瞳に促され、円は廊下の奥まで足を進めた。ドアは、瞳が開ける。
「入って」
瞳が円に言えば、彼は瞳を抱き上げたままで部屋へ足を踏み入れる。
「……あれ?」
「昨日、少し片付けたんだ」
火の精霊が来る前に、式神たちとやり取りをしながら、部屋を少し片付けた。要らない家具は捨ててしまった。その代わり、ベッド周りを模様替えした。
サイドテーブルは引き出しのあるものへ、ベッドカバーやシーツも白ではなく淡いブルーに変えた。
「これからは、ここを二人の寝室にしないか……?」
「え……」
「忙しくなるし、いろいろすれ違いになるかもしれない。せめて寝顔くらいは見たいかな……ってオレが思ったんだよ」
言っていて恥ずかしくなった瞳が円にぎゅうとしがみついて、顔を見られないように額を円の肩に押しあてる。
目を閉じていた瞳は、円が動くのを感じて目を開けると、とさり、とベッドの上に押し倒されていた。
仰向けになる瞳の上に覆い被さった円は、獰猛な笑みを浮かべていた。
「後悔しても知らないからね……」
「……っ」
ちょっとだけ早まったかもしれない、と瞳は思ったけれど、もう遅くて。円は吸い寄せられるように瞳の唇を塞いだ。
瞳は円の優しいぬくもりに包まれながら目が覚めた。目を開ければ、目の前にはいつもの王子さま顔が眠っている。
本当にこの男は瞳に甘いと思う。
(こんなに甘やかされて、オレはどんどんダメになってる気がする……)
甘やかすにも程があると思うのだが、どうだろう。と瞳は思う。
円の甘やかしは今に始まったことではないが、付き合うようになってからより顕著になった。その点については瞳にも言えるのだが、円ほどではないと自認している。あくまでも自認であって、他から見れば大差ないのであるが、本人は気付いていない。
そもそも、男が同性に抱かれるということがどれ程の葛藤を生むのだとか、そういった点に瞳は無頓着である。
抱きしめられたままで、もそり、と腕を動かして円の頬をつついた。ふるり、と円のまつ毛が震える。
(あ。起きる、かな?)
起こすつもりはなかったのだけれど、結果的に円はその目を開いた。瞳の姿を認めると、にこ、と笑う。
「おはよう、瞳」
「……おはよ」
「ね、今日の予定は?」
「……言わせるな」
「ふふ。嬉しい」
なぜか照れる瞳を、円はぎゅっと抱きしめた。
それは円が望んだことだった。クリスマスプレゼント代わりに瞳を独占したい、と。その言葉を受け、瞳は予定を空けているし、式神たちにもできるだけ干渉しないようにという指示を出している。
察しのいい式神たちのことだ。きっと明日までは余程のことがない限り念話すらも控えるだろう。
(察しが良すぎて気恥ずかしい時もあるけどな……)
疎い瞳と違って、式神たちは本当に察しが良く、そして顔には出さない。だからこそ瞳も後から気付かされて恥ずかしくなる時があるのだ。
「とりあえず、お風呂入ろ」
「……え」
「ん。昨日、ほら……。大丈夫、今日はお風呂ではしない」
「……信用するぞ?」
「うん」
昨日は火の精霊によるハプニングから行為になだれ込んだのだが、流れで円はゴムをしなかった。瞳が寝落ちた後に円が簡単に拭き清めはしたけれど、十分ではない。
「待って。準備してくる」
「ん」
円は瞳の額にキスを落とし、ベッドを抜け出すと急いで準備に向かう。
残された瞳は、急に消えたぬくもりに寂しくなり、もそもそと布団に潜り込んだ。
もはや習慣化してしまったと言っても過言ではない行為に、円は瞳の着替えを揃えるために部屋に入ることを許されている。
やがて準備が整い、瞳は円に抱き上げられつつ浴室へと連れていかれる。
宣言通り、円は今日は本当に風呂では行為に及ばなかった。身体は瞳の痴態とも言える様子に反応はしていたけれど。
丁寧に清められ、シャンプーをして二人で浴槽で温まってから、円が用意した着替えを身に付けてリビングのソファでくつろいだ。瞳の髪は、円によってドライヤーをかけられてサラサラである。
「そういえば、今日は終業式なんじゃないか?」
「そうだけど」
「サボりか……」
「今日くらい大目に見て」
「いつもだろ。過保護だな」
「だって、瞳のことは心配だし。それに今日は特別に空けてくれたんでしょ」
ソファで肩を寄せ合うように座り、そんな会話を交わしていた。
瞳はあれからほとんど学校へ行けていない。そんな瞳の世話を焼くために、円も休みがちなのだ。
「それはそうだけど。お前、3年になったらこうは行かないからな」
「分かってる」
いわゆる受験生となる来年。円は地元の医学部がある大学を受験することになる。
「さて。そろそろお腹空いたよね。遅くなっちゃったけど、朝食の準備するね」
「……いや」
「え?」
「もう少しゆっくり。朝と昼、一緒でいいから。もう少し、このまま……」
円の肩に身体を預けた瞳が、珍しく甘えるように言うから。円は微笑んで頷いた。
「ふふ。ねえ、瞳。俺が今どのくらい幸せか分かる?」
「……知るか」
「あー、でも今日は買い物行けないね。せっかくのクリスマスなのにな」
「別に。いつも通りでいい」
「うん」
頷いた円が、瞳の顔を覗き込むように身体をずらす。優しい仕草で、瞳の顔を円の方に向けた。寄せられた唇に、瞳が反射的に目を閉じる。
「……ん」
重なった唇が円の熱を伝えてくるから、瞳は思わず声をもらす。触れるだけのキスを何回か繰り返し、角度を変えて深く口付けられる。
「んぅ……っ」
思うさま貪られ、そろそろ瞳の呼吸が乱れ始める頃、円のスマホが着信を知らせる。
ビクリ、と瞳が震えるけれど、円は意に介さずキスを続けるから、瞳が円の胸をグイと押しやった。
「……電話、出ろよ」
はぁ、と呼吸を整えながら瞳が言うから、仕方ない、といったように円はスマホの画面を確認し、ちょっと驚いた顔をして通話を始める。
「もしもし、律? どうした……え? あー、いや。用意してない。……うん、……え? ……いや、ちょっと待って、律? 律!」
通話はなんとか終わったようだが、円の様子からどうやら強引に何かを押し切られたようだと瞳は見当をつける。
「律さんから?」
「あ、うん。なんか、午後にちょっと寄るって言ってたけど……」
「うん?」
「そのまま出かけるな、とも言われた」
「ん? 何かあったか?」
「いや、そこまでは分からない」
「ふぅん?」
「まあいいや。とりあえず、ごはん作るね」
「ん。手伝う」
「立てる?」
「まあ、少しなら」
そうして二人でキッチンに立ち、いつも通りのメニューに少しボリュームを加えて食事を作る。主に動くのは円で、瞳はほぼ助手のような形ではあったけれど。
やがて出来上がった食事をテーブルに並べて、のんびりと話をしながら食べた。
午後には律が来るということだったので、美作も一緒だろう。さて、どうするか。
リビングのソファでコーヒーを飲みながら円にもたれかかり、瞳はなんだか眠くなるのをおさえられなかった。
ふあ、とあくびをすれば、円がくすくすと笑う。
「眠い?」
「んー、少し」
「膝枕しようか?」
「え?」
「この前、俺もしてもらったし」
「……たぶん本当に寝るぞ?」
「いいよ。おいで」
「ん」
言われるまま、瞳はソファに横になって円の足に頭を乗せる。じわりとぬくもりが伝わって、安心する。
「あー、これ本気で寝る……」
「ふふ。俺も寝たもんね」
「そう、だな……」
安心感と共に急速に襲ってきた眠気に、瞳は抗えなかった。
ゆるやかに意識を手放した瞳が目覚めたのは、インターホンの音が鳴ったから。
優しく髪を撫で、もてあそぶ手が止まったことを感じながら目を開ける。
「瞳? 起きた?」
「ん……ごめん」
「ん、いいよ。ちょっと待っててね」
むくりと起き上がる瞳の頭をぽんぽんと撫でて、円が玄関へと向かう。すると、ぱたぱたと人の気配が近付いてきた。
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「え」
「……おそらくご用意されていないと思いまして、勝手ながらこちらで予約したものです。お口に合うといいのですが」
「そういうことで、たしかに渡したわよ。じゃあ、またね」
「え、律?」
「『寄る』と言ったでしょ? 出かけたついでに寄っただけよ。帰るわ」
そう言って、律は美作を伴って帰っていく。本当に台風のような人だ、と瞳は思わず笑う。
「瞳さん。思いがけずケーキとチキンが手に入りました」
「ふ、あはは!」
「もー、律ってば。俺が準備万端にしてたらどうするつもりだったんだよ」
「そんなこと言ってる割に嬉しそうだけど?」
「そりゃね。これでささやかでもクリスマスパーティーできるでしょ」
「じゅうぶんだろ」
「そうだなぁ、あとシチューでも作ろうか。ピザとか取る?」
「任せる」
「了解」
いつもと変わりのない一日になるはずだったクリスマス。律サンタと美作サンタのおかげで少しだけ特別な日になりそうだった。
それから円はキッチンに立ち、瞳はダイニングの椅子に座って話しながら二人きりのパーティーの準備をする。運良く冷凍庫にピザを発見したのでそれをテーブルに並べることにした。
「結構形になったね」
「おお、すごい……」
律と美作が持ってきてくれたケーキは小さめのホールケーキで見栄えがする。チキンも大きく美味しそうだ。ピザは普通のマルゲリータだが、シンプルで瞳は好きだった。円が作ったのはシチューとサラダ。
ツリーがないのが残念だが、そこは仕方がない。
ゆっくりしていたこともあり、準備が終わった頃にはいつもの夕食時になっていた。
「じゃあ、食べようか」
「そうだな。悪いな、手伝えなくて」
「食事は俺の担当でしょ。仕事取らないでよ」
「ふは、そうか」
「そうだよ。さ、いただきまーす」
「いただきます」
クリスマスというだけで大騒ぎをする人たちを横目で見て生きてきた瞳は、まさか自分がこんなふうになるとは思っていなくて正直戸惑いもある。けれど、いつもと違う雰囲気で円と過ごすのも悪くない、と思っているのも事実で。
こんな未来を、瞳の両親は予見していたのだろうか、と少し感慨深くなる。
「ん? どしたの、瞳?」
「いや、なんでもない」
ぼんやりしていたのを円に見つかり、ふわりと笑ってごまかした。
『今』が幸せで、瞳は泣きそうになる。
ゆっくりと時間をかけて食事を終わらせ、いつものようにリビングでコーヒーを飲んだ。
「そういえば、円」
「ん?」
「任せっきりだけど生活費どうなってる? そろそろ渡さないと……」
「まだ残ってるんですけど!?」
「でもいろいろ払わせてるだろ? 年明けには渡すから。今決めたから」
「なんでそこ決定なの!?」
「ふは」
「笑い事じゃないんだけど……」
「本当にさ。余ってる分は円の取り分でいいからさ」
「ええー?」
なにやら不満そうな円に、瞳は笑うしかない。
最初からそういう約束だったはずなのに、と思う。
「まあ、そういうことで。先にシャワー使うぞ」
「はーい」
少しふらつきながらも着替えを準備して浴室に向かう瞳を、円はハラハラしながら見守っていた。
シャワーを浴びて頭をスッキリさせた瞳は、珍しく湯を張った浴槽に浸かった。じんわりと温かくて心地が良く、大きく吐息した。
少し動くにも身体の奥がズクリと痛み、身体は軋んで普通に動いているように見せるのに一苦労だ。
ざぶ、と肩に湯をかける。
(のぼせる前に、出ないとな……)
ぼんやりと入っていたら、うっかりのぼせてしまいそうだ。
よし、と気合いを入れて立ち上がり、バスタオルを手に取った。部屋着を着て、リビングに足を向ける。
「ちょっとのぼせた? かも……」
「えっ!」
「いや、大丈夫。水もらうぞ」
キッチンの冷蔵庫から、常備してあるミネラルウォーターを取り出してリビングのソファに座った。パキリとペットボトルの蓋を開けて水を飲む。
ふぅ、とひと息つけば、円が心配そうに覗き込んでくる。
「本当に大丈夫?」
「心配性だな。少し休めば大丈夫だよ」
「それならいいけど……」
「それより、後でいいからドライヤーやって」
「今やるけど?」
「んー、今だとそれこそのぼせそう」
「ああ……。じゃあ、先にお風呂入ってきちゃうね」
「ん」
待ってて、と、瞳の濡れたままの髪にキスを落とし、円は浴室に向かった。
円の入浴が終わるのを待つ間、瞳はまた睡魔に襲われていた。うつらうつらして、座っているのも億劫になってソファに横になった。
(あ、寝そ……)
そう思った時にはもう手遅れだったのかもしれない。瞳は、ゆっくりと眠りの波に攫われた。
どのくらい眠っていたのか。呼ぶ声がした気がして、意識が浮上する。
「……瞳。風邪ひくよ」
「……まどか?」
「うん」
それほど長い時間を眠っていた訳ではなさそうだ。瞳の髪はまだしっとりと濡れている。
ゆるりと持ち上げた手を、円の頬に這わせる。髪は、濡れていた。円が瞳の手を握り、そっと顔を近付けて唇を寄せた。ふ、とゆるく笑んで目を閉じれば、円からの口付けが落ちる。
優しく舌先で唇をなぞられて薄く開けば、潜り込んできた熱い舌に口内を撫で回される。
「ぅ……、ん」
弱い上顎を舌先で撫でられ、ビクリと瞳の身体が震える。
名残惜しそうに離れていく唇。円の目には、欲情の炎が灯り始めていた。
「瞳……」
行為の最中と同じ声で呼ばれて、瞳もぞくりと震える。だから。両手を広げて、円にねだる。顔には極上の笑みを浮かべて。
「ベッド、連れていって」
その意味を円が違えるはずがなく。
瞳の身体をそっと抱き上げると、リビングから廊下に出て円の部屋のドアの前で一旦立ち止まる。
その時。
「待って」
「瞳……?」
「奥の部屋、行って」
「奥って、瞳のご両親の部屋だろ?」
「いいから」
瞳に促され、円は廊下の奥まで足を進めた。ドアは、瞳が開ける。
「入って」
瞳が円に言えば、彼は瞳を抱き上げたままで部屋へ足を踏み入れる。
「……あれ?」
「昨日、少し片付けたんだ」
火の精霊が来る前に、式神たちとやり取りをしながら、部屋を少し片付けた。要らない家具は捨ててしまった。その代わり、ベッド周りを模様替えした。
サイドテーブルは引き出しのあるものへ、ベッドカバーやシーツも白ではなく淡いブルーに変えた。
「これからは、ここを二人の寝室にしないか……?」
「え……」
「忙しくなるし、いろいろすれ違いになるかもしれない。せめて寝顔くらいは見たいかな……ってオレが思ったんだよ」
言っていて恥ずかしくなった瞳が円にぎゅうとしがみついて、顔を見られないように額を円の肩に押しあてる。
目を閉じていた瞳は、円が動くのを感じて目を開けると、とさり、とベッドの上に押し倒されていた。
仰向けになる瞳の上に覆い被さった円は、獰猛な笑みを浮かべていた。
「後悔しても知らないからね……」
「……っ」
ちょっとだけ早まったかもしれない、と瞳は思ったけれど、もう遅くて。円は吸い寄せられるように瞳の唇を塞いだ。
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