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翌日、金曜日。
円に愛されすぎて立つことさえままならなかった瞳が、昨日の今日で歩けるようになるはずがなかった。
心配だから、という円のゴリ押しで瞳の両親の部屋で一緒に眠った二人だったが、朝になっても瞳は伝い歩きがやっとだった。
昨日は麻痺していた鈍痛が、今日になって遅れてやってきた。そんな感じで、足を進めるたびに腰の奥がズクリと痛んだ。むしろ、その鈍い痛みのせいで情事を思い出してしまう始末だ。手に負えない。
もちろん学校は二人とも病欠である。
それでも、瞳にはやることがあった。否、やりたいことがあった。だが。
「そんな状態で何する気!? おとなしくしてて!」
瞳に対しては過保護すぎる円によって、本日も絶対安静である。
まるで見張るように常に寄り添ってくるから、式神を呼ぼうにもままならない。
『本家』の暴挙に対して、焦っても仕方のないことなのは分かっていても、できるだけのことはやりたかった。
それなのに。
「『仕事』するつもりなら、抱いてでも止めるよ?」
「…………っば!」
今、抱かれたりしたらどうなるかなんて目に見えてる。もちろん、ただの脅しだとは理解しているけれど、円なら本当にやりそうでこわい。瞳は身体中が真っ赤になるほどの羞恥に染まった。
結局、瞳は円の目が届くリビングで読書などをするしかなく。円に言わせれば、部屋にこもらせたら何するかわからないから、との事だったが、瞳としてはなんとも複雑な気分だ。
「円ぁ! 飲み物欲しい」
「そんな頃合いだと思ってホットミルク作りました。はい」
「さすがというか……」
朝食後すぐはカフェオレだったが、コーヒーの飲みすぎも良くないらしい。円は適度にホットミルクやら紅茶やらをタイミング良く準備してくれる。
本当によくできた彼氏だ。これで本当に恋愛経験がないというのだから信じられない。
テーブルにコトリとマグカップを置く円に、瞳はつい声をかけてしまう。
「……円さぁ」
「うん?」
「……あ、いや。やっぱりいい」
「なに、言いかけて辞めるなんて気になる」
「なんか怒られそう」
「怒られそうなこと聞くつもりだったんだ?」
「うーん、たぶん?」
「分かった。怒らないから言ってごらん」
「本当に怒らないか?」
「うん」
こくりと頷く円を見て、瞳はちょっとだけ迷いつつ怒られそうなことを聞いてみる。
「えっと……。円の初恋がオレだっていうのは疑ってないんだけどさ。お前、ホントに付き合うのも初めて?」
「…………はい?」
「いやなんか。エスコートの仕方とかその他もろもろ完璧すぎてさ。居心地はいいんだけどそれって始めからそんなもんなの?」
瞳にとっては本当に素朴な疑問だったのだ。
御曹司ということもあるのだろうが、エスコートは完璧。だが、それ以外だ。さり気ない気遣いが本当に行き届いていて居心地がいいにも程がある。
「……瞳は、俺と一緒だと居心地がいいの?」
「ん? うん」
質問に質問で返された理不尽、などと思っていたら、手をすくい取られて口付けられた。
「えっ」
「……嬉しい」
「ちょ、まどか……?」
「最高の褒め言葉」
もう一度手の甲にキスをされれば、瞳がビクッと震えた。
「んっ。……それ、は。ドキドキするから……」
「え……。え、ちょっと待って。瞳、どこでスイッチ入った?」
瞳は顔を赤らめてふるふると震えていた。
「……スイッチ……?」
「ダメ。今日は抱いてあげられないから、これで許して」
円が言うところの『えっちなスイッチ』が入った瞳は、とても感じやすい。瞳が円に愛されすぎたのは一昨日で、まだその影響すら残っているのに抱くなんて出来ない。
円は瞳の顎を掴んで唇にキスを落とす。優しく、触れるだけのキス。
「んっ」
たったそれだけでも、瞳の身体がピクンと跳ねる。それから円はそっと瞳を抱きしめて、背中をトントンとたたいて宥めた。
「大丈夫。落ち着いて」
「ん……」
瞳も円にしがみついて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
どのくらいそうしていたのか。
円の心地好い体温とゆっくり繰り返した呼吸で落ち着いてきた瞳を、今度は睡魔が襲う。
「ん……、も、大丈夫。けど、ねむ……」
「ん。いいよ、寝て」
「ごめ、ありがと……」
そう、言うだけ言って、瞳はコトリと意識を手放した。遠のく意識の中、円が瞳の質問に答えていないことに気付いたけれど、起きたら忘れそうだなぁ、などと思っていた。
円は、すっかり眠りに入った瞳を彼の部屋のベッドに運び、そっと寝かせてキスをした。
「おやすみ、瞳……」
誰よりも何よりも愛しい存在に微笑んで、円はそっと部屋を出るのだった。
そして、それから数時間後。
目覚めた瞳は不機嫌だった。
よろりと立ち上がって部屋から出ると、リビングで円を見つけて言った。
「理不尽なんだけど」
開口一番のそれに、ソファに座っていた円の方こそ面食らった。
「はい?」
「円、オレの質問に答えてない。理不尽」
「ええと……ちょっと待って」
円は戸惑いながらも瞳をエスコートしてソファに座らせ、ホットミルクを作って彼の前に置いて、自分も瞳の隣に座る。
「さて。俺が付き合うの初めてかどうかって話で合ってる?」
「そうだけど……」
「正真正銘、瞳が初めてだよ。全部。何もかも」
「…………」
「信じてないでしょ」
「だって……」
「ん?」
「円、モテるし、上手いし、慣れてるし」
「ん? ん? んん?」
「男なら好きじゃなくても勃つのは生理現象なんだろ?」
「ん?」
「オレのことなら抱けるって、学校でも誰か言ってたし」
「ちょっと待って、それ聞いてない。誰ソイツ」
最初はちょっと余裕そうな顔だった円が突然剣呑な表情になって低い声で言うから、瞳はちょっとビクついた。
円も本当は知っている。瞳がそういう対象として見られ始めていることを。だけど、本人の耳に入っているなんて聞いてない。
「え……知らない……すれ違った時に言われた……」
「次また言われたらすぐ教えて。殺す」
「え……」
今までは『潰す』だったのに今度は『殺す』になっている。随分と物騒だ。
「あのさ。逆に聞くけど。瞳は俺以外の誰かに抱かれたいとか思う?」
「絶対に嫌だ」
瞳は思わず『夢魔』の時のことを思い出して、ぞわりと全身に鳥肌が立った。
「じゃあ、抱きたい?」
「要らない」
キッパリと言い切る瞳に、円はうん、と頷いた。
「俺も同じ。俺も瞳以外は要らないの」
「……円」
「俺が欲しいのは瞳だけ。……もう。なんでこんな可愛いこと今日言うの。明後日までは我慢しようって決めてるのに」
「明後日?」
「明後日はデートでしょ。また動けなくなるまで抱き潰したくない」
「…………っ! ばか!」
風の精霊との取引のせいで情緒不安定になっていたようで、円にいろいろ言ってしまったけれど。気にしていないどころか瞳とのデートの方が重要、と言わんばかりの円の様子に真っ赤になって、もう何も言えない瞳である。
けれど、『デート』という言葉で、ふと思い出す。
「……なぁ。そういえばさ」
「なぁに?」
「律さんと美作さん。どうなっただろう……」
文化祭の日に美作を二人して焚き付けた覚えがあるのだが、それから二人に進展は見られないようなのだ。
「んー、でも明後日はあっちもデートだしなぁ。その時にはなんとかなるんじゃない?」
「そうだといいけど……」
「とりあえず、明日は二人にこっち来てもらうことにしたから」
「えっ?」
「瞳のことが心配だから」
「……過保護」
「なんとでも言え」
色恋に疎い瞳から見ても両思いの二人だ。なんとか幸せになってほしい。
そう、思った翌日。
会った瞬間に『あ、この二人付き合い始めたな』と直感で分かってしまうという経験をした瞳と円だ。
甘い。本人たちは普通にしているつもりだと思うのだが、とにかくまとう空気が甘いのだ。
(あー……。オレたちもこんなだったのか)
ぼんやりと思う瞳は、これからはもっと気を付けようと思うのだった。
円に愛されすぎて立つことさえままならなかった瞳が、昨日の今日で歩けるようになるはずがなかった。
心配だから、という円のゴリ押しで瞳の両親の部屋で一緒に眠った二人だったが、朝になっても瞳は伝い歩きがやっとだった。
昨日は麻痺していた鈍痛が、今日になって遅れてやってきた。そんな感じで、足を進めるたびに腰の奥がズクリと痛んだ。むしろ、その鈍い痛みのせいで情事を思い出してしまう始末だ。手に負えない。
もちろん学校は二人とも病欠である。
それでも、瞳にはやることがあった。否、やりたいことがあった。だが。
「そんな状態で何する気!? おとなしくしてて!」
瞳に対しては過保護すぎる円によって、本日も絶対安静である。
まるで見張るように常に寄り添ってくるから、式神を呼ぼうにもままならない。
『本家』の暴挙に対して、焦っても仕方のないことなのは分かっていても、できるだけのことはやりたかった。
それなのに。
「『仕事』するつもりなら、抱いてでも止めるよ?」
「…………っば!」
今、抱かれたりしたらどうなるかなんて目に見えてる。もちろん、ただの脅しだとは理解しているけれど、円なら本当にやりそうでこわい。瞳は身体中が真っ赤になるほどの羞恥に染まった。
結局、瞳は円の目が届くリビングで読書などをするしかなく。円に言わせれば、部屋にこもらせたら何するかわからないから、との事だったが、瞳としてはなんとも複雑な気分だ。
「円ぁ! 飲み物欲しい」
「そんな頃合いだと思ってホットミルク作りました。はい」
「さすがというか……」
朝食後すぐはカフェオレだったが、コーヒーの飲みすぎも良くないらしい。円は適度にホットミルクやら紅茶やらをタイミング良く準備してくれる。
本当によくできた彼氏だ。これで本当に恋愛経験がないというのだから信じられない。
テーブルにコトリとマグカップを置く円に、瞳はつい声をかけてしまう。
「……円さぁ」
「うん?」
「……あ、いや。やっぱりいい」
「なに、言いかけて辞めるなんて気になる」
「なんか怒られそう」
「怒られそうなこと聞くつもりだったんだ?」
「うーん、たぶん?」
「分かった。怒らないから言ってごらん」
「本当に怒らないか?」
「うん」
こくりと頷く円を見て、瞳はちょっとだけ迷いつつ怒られそうなことを聞いてみる。
「えっと……。円の初恋がオレだっていうのは疑ってないんだけどさ。お前、ホントに付き合うのも初めて?」
「…………はい?」
「いやなんか。エスコートの仕方とかその他もろもろ完璧すぎてさ。居心地はいいんだけどそれって始めからそんなもんなの?」
瞳にとっては本当に素朴な疑問だったのだ。
御曹司ということもあるのだろうが、エスコートは完璧。だが、それ以外だ。さり気ない気遣いが本当に行き届いていて居心地がいいにも程がある。
「……瞳は、俺と一緒だと居心地がいいの?」
「ん? うん」
質問に質問で返された理不尽、などと思っていたら、手をすくい取られて口付けられた。
「えっ」
「……嬉しい」
「ちょ、まどか……?」
「最高の褒め言葉」
もう一度手の甲にキスをされれば、瞳がビクッと震えた。
「んっ。……それ、は。ドキドキするから……」
「え……。え、ちょっと待って。瞳、どこでスイッチ入った?」
瞳は顔を赤らめてふるふると震えていた。
「……スイッチ……?」
「ダメ。今日は抱いてあげられないから、これで許して」
円が言うところの『えっちなスイッチ』が入った瞳は、とても感じやすい。瞳が円に愛されすぎたのは一昨日で、まだその影響すら残っているのに抱くなんて出来ない。
円は瞳の顎を掴んで唇にキスを落とす。優しく、触れるだけのキス。
「んっ」
たったそれだけでも、瞳の身体がピクンと跳ねる。それから円はそっと瞳を抱きしめて、背中をトントンとたたいて宥めた。
「大丈夫。落ち着いて」
「ん……」
瞳も円にしがみついて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
どのくらいそうしていたのか。
円の心地好い体温とゆっくり繰り返した呼吸で落ち着いてきた瞳を、今度は睡魔が襲う。
「ん……、も、大丈夫。けど、ねむ……」
「ん。いいよ、寝て」
「ごめ、ありがと……」
そう、言うだけ言って、瞳はコトリと意識を手放した。遠のく意識の中、円が瞳の質問に答えていないことに気付いたけれど、起きたら忘れそうだなぁ、などと思っていた。
円は、すっかり眠りに入った瞳を彼の部屋のベッドに運び、そっと寝かせてキスをした。
「おやすみ、瞳……」
誰よりも何よりも愛しい存在に微笑んで、円はそっと部屋を出るのだった。
そして、それから数時間後。
目覚めた瞳は不機嫌だった。
よろりと立ち上がって部屋から出ると、リビングで円を見つけて言った。
「理不尽なんだけど」
開口一番のそれに、ソファに座っていた円の方こそ面食らった。
「はい?」
「円、オレの質問に答えてない。理不尽」
「ええと……ちょっと待って」
円は戸惑いながらも瞳をエスコートしてソファに座らせ、ホットミルクを作って彼の前に置いて、自分も瞳の隣に座る。
「さて。俺が付き合うの初めてかどうかって話で合ってる?」
「そうだけど……」
「正真正銘、瞳が初めてだよ。全部。何もかも」
「…………」
「信じてないでしょ」
「だって……」
「ん?」
「円、モテるし、上手いし、慣れてるし」
「ん? ん? んん?」
「男なら好きじゃなくても勃つのは生理現象なんだろ?」
「ん?」
「オレのことなら抱けるって、学校でも誰か言ってたし」
「ちょっと待って、それ聞いてない。誰ソイツ」
最初はちょっと余裕そうな顔だった円が突然剣呑な表情になって低い声で言うから、瞳はちょっとビクついた。
円も本当は知っている。瞳がそういう対象として見られ始めていることを。だけど、本人の耳に入っているなんて聞いてない。
「え……知らない……すれ違った時に言われた……」
「次また言われたらすぐ教えて。殺す」
「え……」
今までは『潰す』だったのに今度は『殺す』になっている。随分と物騒だ。
「あのさ。逆に聞くけど。瞳は俺以外の誰かに抱かれたいとか思う?」
「絶対に嫌だ」
瞳は思わず『夢魔』の時のことを思い出して、ぞわりと全身に鳥肌が立った。
「じゃあ、抱きたい?」
「要らない」
キッパリと言い切る瞳に、円はうん、と頷いた。
「俺も同じ。俺も瞳以外は要らないの」
「……円」
「俺が欲しいのは瞳だけ。……もう。なんでこんな可愛いこと今日言うの。明後日までは我慢しようって決めてるのに」
「明後日?」
「明後日はデートでしょ。また動けなくなるまで抱き潰したくない」
「…………っ! ばか!」
風の精霊との取引のせいで情緒不安定になっていたようで、円にいろいろ言ってしまったけれど。気にしていないどころか瞳とのデートの方が重要、と言わんばかりの円の様子に真っ赤になって、もう何も言えない瞳である。
けれど、『デート』という言葉で、ふと思い出す。
「……なぁ。そういえばさ」
「なぁに?」
「律さんと美作さん。どうなっただろう……」
文化祭の日に美作を二人して焚き付けた覚えがあるのだが、それから二人に進展は見られないようなのだ。
「んー、でも明後日はあっちもデートだしなぁ。その時にはなんとかなるんじゃない?」
「そうだといいけど……」
「とりあえず、明日は二人にこっち来てもらうことにしたから」
「えっ?」
「瞳のことが心配だから」
「……過保護」
「なんとでも言え」
色恋に疎い瞳から見ても両思いの二人だ。なんとか幸せになってほしい。
そう、思った翌日。
会った瞬間に『あ、この二人付き合い始めたな』と直感で分かってしまうという経験をした瞳と円だ。
甘い。本人たちは普通にしているつもりだと思うのだが、とにかくまとう空気が甘いのだ。
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