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 御水舎おみずやで清めれば、その先には陽明門ようめいもんがある。いつまで見ていても飽きないことから、日暮の門ひぐらしのもんの別名があるほど美しいということで有名だ。
 もちろん瞳が実物を見るのは初めてである。
 石の階段の下から眺めても、荘厳なことはわかる。ここで記念撮影をするのも頷けた。
 階段を登って間近で見ると、また迫力が違う。修理したばかりだという話だが、絢爛豪華けんらんごうかという言葉が相応しいと思った。
 彫刻の彫りも、色の鮮やかさも、全てが豪華で美しい。


「たしか、柱が12本あるんだけど、1本だけ逆さまなんだよね」
「へぇ……。あー、もしかしてアレか。『完成した瞬間から崩壊が始まる』とか『あまりに美しいものは悪魔に魅入られる』とかいうやつ。要するに、魔除けだな?」
「そう、それ。さすが瞳」
逆さ柱さかさばしらってのは、本来は縁起が悪いんだけどな」
「そうなの?」


 柱の模様を丁寧に確認しながら瞳が言う。


「昔から災いを呼ぶとかなんとか言われてるらしいぞ。本の題材とかにもなってる。ああ、これか逆さ柱」
「へぇー」


 その逆さ柱を敢えて行ったのがこの陽明門である。柱を逆さまに据えることによって「完成」させず、魔除けとする。よく考えたものだな、と瞳は感心する。
 じっくりと堪能しながら門をくぐると、正面にある唐門からもんは閉じられている。屋根に据えられた龍やつつがを眺めた。龍は昼を、恙は夜を守護する霊獣だったはずだ。陽明門とは意味合いは違うが、こちらも惚れ惚れする。彫刻の数では陽明門より多いのではないだろうか。
 そんなことを考えながら右手に向かう。
 いよいよ一番のお目当てである眠り猫だ。
 奥宮おくみやへ通じる小さな門の上部に彫刻はある。予想以上の小ささに、瞳はちょっと驚いた。


「これさー。遠足の時は、はい次ー、って感じに流れながら見たからよく覚えてなかったんだよね」
「へぇ……」


 白に黒のまだら模様の猫が眠っているように見える。けれど、前足を踏ん張って警戒しているようにも見える。
 面白いな、と瞳は思う。
 門をくぐって猫の後ろ姿を見れば、そこには雀の彫刻があった。


「雀が寛げるほど猫がのんびりうたた寝してる平和な世界を表現してるっていう説らしいよ」
「ふぅん……」


 なるほど、雀にとっては猫は天敵だろう。その天敵であるはずの猫の後ろに居る姿が彫刻となっている。平和そのものなのかもしれない。
 だが、ここは東照宮の御祭神である家康公の墓所の入り口である。
 猫が完全に寛いでいるように見えなかったのは、不審なものに対しては警戒しているということだろうか。
 深読みをすればキリがないけれど、なかなか面白い。
 そうして奥宮へと登る少し長い石の階段を行く。


「これは意外とキツい……」
「予想外だな」


 やはり御祭神の墓所である。簡単には行かせてくれないらしい。階段はかなりキツかった。体力に自信のない人にはオススメしないことにしよう。
 奥宮拝殿の近くには休憩するスペースなどもあった。
 さすがに普段から鍛えている二人はそのまま参拝を済ませ、更に奥にある奥宮宝塔の周りをぐるりと巡った。途中、叶杉かなうすぎという樹齢600年という幹に空洞が出来た杉の木があり、願いを叶えてくれるという謂れがあるらしく少し人が並んでいた。


「願いを叶えてくれるんだってよ」
「俺は自分で叶えるからいい」
「強気だな」


 円の願いがなんなのか、瞳は知らないけれど。ふはっと笑って二人で奥宮を後にして長い階段を今度はおりていく。


「さすがにお腹空いたかも」
「あー、だよね。うん、そろそろいい時間だな」


 朝食も食べずに出てきたし、歩きっぱなしである。特に奥宮への階段は効いた。
 円は瞳と美作からもらった腕時計で時間を確認して、ニヤリと笑う。


「じゃあ、ランチでも食べに行こう。予約してあるから」
「はい?」
「この近くに西洋料理のレストランあるの知ってる? とりあえず席だけ確保してあるから」
「…………」


 本当に、なんというか。完全にエスコートされている。
 ちなみに日光東照宮は世界遺産であるが、その店は重要文化財に指定された洋館で営業しているレストランだ。オムレツライスやビーフシチュー、チーズケーキが有名で、瞳でも知っている。
 表通りではなく路地を通り、促される先には、落ち着いた外観の洋館。広い庭には芝生とデッキ席。建物の入り口には、独特のフォントで書かれた堂々たる店の看板。
 ちょうど昼時ということもあり、少し混雑し始めたようだ。入り口近くに案内待ちのグループが何組かいる。
 そんな中で円は店員に声をかける。


「すみません、予約していた西園寺ですが大丈夫ですか?」
「西園寺さまですね、少々お待ちください」


 店員は確認のために一度戻ると、直ぐににこやかな笑みを浮かべて近付いてくる。


「お待たせしました。どうぞこちらへ」


 既に待っているグループを横目に見つつ、申し訳なくなる瞳は、やはり外食慣れしていないのであった。
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