上 下
84 / 186

082.

しおりを挟む
「俺チーズハンバーグ!」
「オレは……和風おろしハンバーグかな」
「私も瞳と同じにするわ」
「かしこまりました。では注文して時間を見て受け取りに行ってきますね」


 結局、デリバリーではなく持ち帰りを頼む形となった昼食は、またしてもハンバーグである。今回は個人経営の店舗ではなく、ちょっとしたチェーン店のものだった。この店は瞳でも知っているが、やはり食事に行ったことはなかった。


「それで、調子はどうなの?」
「いや、本当に円が気を遣ってくれて。タンパク質たっぷりとってますよ」
「鉄分も必要よ?」
「はい。バランスよく食べてますよ」
「その辺は任せろ」
「あの時の点滴は急場しのぎでしかありませんでしたので、しばらく貧血状態は続くかと思われますよ」
「……そうですか」


 人間の身体の60%は水分で出来ているという。
 その大半を占める血液を大量に失えば死に至る。瞳の場合はとても危ない状態だったはずだ。輸血用の血液が準備出来なかったので、急遽点滴でしのいだだけだ。貧血であることに変わりはない。
 無理をしない範囲で自室でストレッチなどは再開しているが、早朝トレーニングはまだ先のようである。
 とりあえず、ストレッチに腹筋と腕立て、背筋をプラスしよう。
 身体が鈍って仕方がないのだ。

 そんなふうに、いつも通りに過ごして、いつも通りの帰り道。
 いつものようにスーパーへ寄って、店から出る時のことだった。


『ヒトミ』


 貴人の声だった。


『店を出て約200m。例の男がいる』
『わかった、ありがとう』


 例の男は、出没するポイントが毎日違うようだ。
 初日のアレはまぐれか。それとも今は情報を集めているのか。どちらにしろ、気は抜けない。
 円は、喋るときはかなりおしゃべりだが静かな時は驚くほど寡黙で、そのギャップが激しい。今は静かに何かを考えているようだ。
 あと50m。
 30m。遠目だが、やはり男は誰かと話しているようだ。こちらには気付いていないはず。
 10m。まだ。まだ大丈夫。瞳は全神経を集中させて、尚且つそれを気取らせない。
 すれ違って、5m。20m。


「瞳さぁ」
「んー?」
「本当に進学しないの?」
「またその話?」
『ヒトミ、大丈夫だ。たぶん気付いていない』
『ありがとう』
「んー、いや。もったいないと思って」
「初めから言ってるだろ。進学はしない」


 突然話しかけてきた円には驚かされたが、貴人によれば男には気付かれていないらしい。ホッとした。
 それよりも、またその話かと思ってしまう。
 円は、美作に流されて進学も考えた瞳のこれからが気になるようなのだ。欲を言うなら、もっと一緒に学生生活を楽しみたいということらしい。


「お前、医学部希望で楽しむとか余裕だな?」


 円の成績ならば大丈夫なのかもしれないところがまたなんとも言えないのであるが。


「医学部なんて実習ばっかりで遊んでる暇はないと思えよ?」
「んー……」
「六年間、みっちり勉強してこいよ」
「あれ? これ俺、瞳の家を出る予定にされてる?」
「え? お前どこの大学行くつもりなの?」
「え?」
「ちょっと待て。……いや、帰ろう。帰って話そう」
「あ、ハイ」


 これはきちんと話し合わなければならない案件だ。
 先ほどまでとは違った意味で頭が痛い。
 さくさく歩いて帰宅して、食材をとりあえず冷蔵庫に入れると瞳は円に座るように言った。円はダイニングの方の椅子に座る。真剣な話し合いだと察知しての行動だ。瞳としてはどちらでも良かったのだけれど、まあいい。
 瞳も、円と対面で座る。


「さて、円くん」
「ハイ」
「医学部に進学すると言ったよね?」
「ハイ」
「どこの医学部行くつもり?」
「ええと、地元……」


 東京大学ではなくても医学部はある。たしかに。
 だが、地元にある医学部は、レベルとしては中の上だ。


「オレはてっきり東大だと思ってたよ……」
「瞳が付いてきてくれるなら東京行くよ」
「やめろ。オレは高校卒業と同時に律さんのとこの社員だ」
「だろ? あ、それに」
「うん?」
「俺、小田切さんに弟子入りするもん。土曜日は小田切さんのとこ行くことになるから、やっぱり地元じゃないと!」
「ああ、それがあったか……」


 すっかり失念していて頭を抱える瞳である。
 親心ではないが、できればいい大学に通ってほしかった。『いい大学』というのが何を指すのかはよく分からないが。
 とりあえず、円の料理を食べられるということでチャラにしよう。そうしよう。


「なあ。土曜日っていつから行くんだ?」
「聞いてない!」
「アホ! 連絡しとけ」


 べしりと頭を叩けば、はぁい、とのんびりした返事をしながらスマホを取り出す円であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

永遠の快楽

桜小路勇人/舘石奈々
BL
万引きをしたのが見つかってしまい脅された「僕」がされた事は・・・・・ ※タイトル変更しました※ 全11話毎日22時に続話更新予定です

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

男の子たちの変態的な日常

M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。 ※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...