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「俺チーズハンバーグ!」
「オレは……和風おろしハンバーグかな」
「私も瞳と同じにするわ」
「かしこまりました。では注文して時間を見て受け取りに行ってきますね」
結局、デリバリーではなく持ち帰りを頼む形となった昼食は、またしてもハンバーグである。今回は個人経営の店舗ではなく、ちょっとしたチェーン店のものだった。この店は瞳でも知っているが、やはり食事に行ったことはなかった。
「それで、調子はどうなの?」
「いや、本当に円が気を遣ってくれて。タンパク質たっぷりとってますよ」
「鉄分も必要よ?」
「はい。バランスよく食べてますよ」
「その辺は任せろ」
「あの時の点滴は急場しのぎでしかありませんでしたので、しばらく貧血状態は続くかと思われますよ」
「……そうですか」
人間の身体の60%は水分で出来ているという。
その大半を占める血液を大量に失えば死に至る。瞳の場合はとても危ない状態だったはずだ。輸血用の血液が準備出来なかったので、急遽点滴でしのいだだけだ。貧血であることに変わりはない。
無理をしない範囲で自室でストレッチなどは再開しているが、早朝トレーニングはまだ先のようである。
とりあえず、ストレッチに腹筋と腕立て、背筋をプラスしよう。
身体が鈍って仕方がないのだ。
そんなふうに、いつも通りに過ごして、いつも通りの帰り道。
いつものようにスーパーへ寄って、店から出る時のことだった。
『ヒトミ』
貴人の声だった。
『店を出て約200m。例の男がいる』
『わかった、ありがとう』
例の男は、出没するポイントが毎日違うようだ。
初日のアレはまぐれか。それとも今は情報を集めているのか。どちらにしろ、気は抜けない。
円は、喋るときはかなりおしゃべりだが静かな時は驚くほど寡黙で、そのギャップが激しい。今は静かに何かを考えているようだ。
あと50m。
30m。遠目だが、やはり男は誰かと話しているようだ。こちらには気付いていないはず。
10m。まだ。まだ大丈夫。瞳は全神経を集中させて、尚且つそれを気取らせない。
すれ違って、5m。20m。
「瞳さぁ」
「んー?」
「本当に進学しないの?」
「またその話?」
『ヒトミ、大丈夫だ。たぶん気付いていない』
『ありがとう』
「んー、いや。もったいないと思って」
「初めから言ってるだろ。進学はしない」
突然話しかけてきた円には驚かされたが、貴人によれば男には気付かれていないらしい。ホッとした。
それよりも、またその話かと思ってしまう。
円は、美作に流されて進学も考えた瞳のこれからが気になるようなのだ。欲を言うなら、もっと一緒に学生生活を楽しみたいということらしい。
「お前、医学部希望で楽しむとか余裕だな?」
円の成績ならば大丈夫なのかもしれないところがまたなんとも言えないのであるが。
「医学部なんて実習ばっかりで遊んでる暇はないと思えよ?」
「んー……」
「六年間、みっちり勉強してこいよ」
「あれ? これ俺、瞳の家を出る予定にされてる?」
「え? お前どこの大学行くつもりなの?」
「え?」
「ちょっと待て。……いや、帰ろう。帰って話そう」
「あ、ハイ」
これはきちんと話し合わなければならない案件だ。
先ほどまでとは違った意味で頭が痛い。
さくさく歩いて帰宅して、食材をとりあえず冷蔵庫に入れると瞳は円に座るように言った。円はダイニングの方の椅子に座る。真剣な話し合いだと察知しての行動だ。瞳としてはどちらでも良かったのだけれど、まあいい。
瞳も、円と対面で座る。
「さて、円くん」
「ハイ」
「医学部に進学すると言ったよね?」
「ハイ」
「どこの医学部行くつもり?」
「ええと、地元……」
東京大学ではなくても医学部はある。たしかに。
だが、地元にある医学部は、レベルとしては中の上だ。
「オレはてっきり東大だと思ってたよ……」
「瞳が付いてきてくれるなら東京行くよ」
「やめろ。オレは高校卒業と同時に律さんのとこの社員だ」
「だろ? あ、それに」
「うん?」
「俺、小田切さんに弟子入りするもん。土曜日は小田切さんのとこ行くことになるから、やっぱり地元じゃないと!」
「ああ、それがあったか……」
すっかり失念していて頭を抱える瞳である。
親心ではないが、できればいい大学に通ってほしかった。『いい大学』というのが何を指すのかはよく分からないが。
とりあえず、円の料理を食べられるということでチャラにしよう。そうしよう。
「なあ。土曜日っていつから行くんだ?」
「聞いてない!」
「アホ! 連絡しとけ」
べしりと頭を叩けば、はぁい、とのんびりした返事をしながらスマホを取り出す円であった。
「オレは……和風おろしハンバーグかな」
「私も瞳と同じにするわ」
「かしこまりました。では注文して時間を見て受け取りに行ってきますね」
結局、デリバリーではなく持ち帰りを頼む形となった昼食は、またしてもハンバーグである。今回は個人経営の店舗ではなく、ちょっとしたチェーン店のものだった。この店は瞳でも知っているが、やはり食事に行ったことはなかった。
「それで、調子はどうなの?」
「いや、本当に円が気を遣ってくれて。タンパク質たっぷりとってますよ」
「鉄分も必要よ?」
「はい。バランスよく食べてますよ」
「その辺は任せろ」
「あの時の点滴は急場しのぎでしかありませんでしたので、しばらく貧血状態は続くかと思われますよ」
「……そうですか」
人間の身体の60%は水分で出来ているという。
その大半を占める血液を大量に失えば死に至る。瞳の場合はとても危ない状態だったはずだ。輸血用の血液が準備出来なかったので、急遽点滴でしのいだだけだ。貧血であることに変わりはない。
無理をしない範囲で自室でストレッチなどは再開しているが、早朝トレーニングはまだ先のようである。
とりあえず、ストレッチに腹筋と腕立て、背筋をプラスしよう。
身体が鈍って仕方がないのだ。
そんなふうに、いつも通りに過ごして、いつも通りの帰り道。
いつものようにスーパーへ寄って、店から出る時のことだった。
『ヒトミ』
貴人の声だった。
『店を出て約200m。例の男がいる』
『わかった、ありがとう』
例の男は、出没するポイントが毎日違うようだ。
初日のアレはまぐれか。それとも今は情報を集めているのか。どちらにしろ、気は抜けない。
円は、喋るときはかなりおしゃべりだが静かな時は驚くほど寡黙で、そのギャップが激しい。今は静かに何かを考えているようだ。
あと50m。
30m。遠目だが、やはり男は誰かと話しているようだ。こちらには気付いていないはず。
10m。まだ。まだ大丈夫。瞳は全神経を集中させて、尚且つそれを気取らせない。
すれ違って、5m。20m。
「瞳さぁ」
「んー?」
「本当に進学しないの?」
「またその話?」
『ヒトミ、大丈夫だ。たぶん気付いていない』
『ありがとう』
「んー、いや。もったいないと思って」
「初めから言ってるだろ。進学はしない」
突然話しかけてきた円には驚かされたが、貴人によれば男には気付かれていないらしい。ホッとした。
それよりも、またその話かと思ってしまう。
円は、美作に流されて進学も考えた瞳のこれからが気になるようなのだ。欲を言うなら、もっと一緒に学生生活を楽しみたいということらしい。
「お前、医学部希望で楽しむとか余裕だな?」
円の成績ならば大丈夫なのかもしれないところがまたなんとも言えないのであるが。
「医学部なんて実習ばっかりで遊んでる暇はないと思えよ?」
「んー……」
「六年間、みっちり勉強してこいよ」
「あれ? これ俺、瞳の家を出る予定にされてる?」
「え? お前どこの大学行くつもりなの?」
「え?」
「ちょっと待て。……いや、帰ろう。帰って話そう」
「あ、ハイ」
これはきちんと話し合わなければならない案件だ。
先ほどまでとは違った意味で頭が痛い。
さくさく歩いて帰宅して、食材をとりあえず冷蔵庫に入れると瞳は円に座るように言った。円はダイニングの方の椅子に座る。真剣な話し合いだと察知しての行動だ。瞳としてはどちらでも良かったのだけれど、まあいい。
瞳も、円と対面で座る。
「さて、円くん」
「ハイ」
「医学部に進学すると言ったよね?」
「ハイ」
「どこの医学部行くつもり?」
「ええと、地元……」
東京大学ではなくても医学部はある。たしかに。
だが、地元にある医学部は、レベルとしては中の上だ。
「オレはてっきり東大だと思ってたよ……」
「瞳が付いてきてくれるなら東京行くよ」
「やめろ。オレは高校卒業と同時に律さんのとこの社員だ」
「だろ? あ、それに」
「うん?」
「俺、小田切さんに弟子入りするもん。土曜日は小田切さんのとこ行くことになるから、やっぱり地元じゃないと!」
「ああ、それがあったか……」
すっかり失念していて頭を抱える瞳である。
親心ではないが、できればいい大学に通ってほしかった。『いい大学』というのが何を指すのかはよく分からないが。
とりあえず、円の料理を食べられるということでチャラにしよう。そうしよう。
「なあ。土曜日っていつから行くんだ?」
「聞いてない!」
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