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「お、終わった……!」
やっと解放されて、瞳はぼふり、とベッドに突っ伏した。
『仕事』関係から学校でのことまで。正直、円があそこまで気にするなんて思っていなかった瞳は、たぶん、告白された自覚が足りない。
そんなことより、と瞳は起き上がる。
今、円はシャワーを浴びているはずだ。その後にはすぐに寝るだろう。彼も目に見えて疲労が溜まっている。
幸い、部屋の壁も普通の会話くらいなら遮断できる程度の防音がしてある。
少し考えて、瞳は美作にメッセージを送った。
『少し、話せますか?』
すぐに既読がついて着信を知らせるコールが鳴った。慌てて通話をオンにする。
「……はい」
『瞳さま。どうかなさいましたか?』
「すみません、美作さん。失礼を承知で立ち入ったことを聞きます。……西園寺の術者は、美作さんを含めて何人ですか?」
『私を含めて三人です』
ためらいなく答えられて、瞳の方が驚いてしまう。いわゆる機密事項だろうに、こんなにあっさりでいいのか。
だが、それを気にしている余裕はなかった。急いで美作に確認したいことがある。
「実は、数日前からマンション付近で不審者の目撃情報があります。住人に声もかけてくるようなのですが、なぜか誰も人相を覚えていないようなんです」
『それは……』
「術者だと思います。『西園寺』を探っているようです。それで今日、該当者と思われる人物を見かけました」
『今日。……ということはお帰りの際ですね?』
「はい。……背はオレと同じくらい。歳は美作さんより少し上。顔立ちに特長はありませんが、少しつり目。短髪で、左頬……そうですね、頬骨の辺りに少し大きめのホクロがある男です。……この人物に心当たりはありますか?」
『あります』
これもまた即答だった。
美作は疲れたように一度ため息をついて、続ける。
『……西園寺の術者。三人のうちの一人です。たしか、今の奥方の派閥で、律さまや円さまをいい感情では見ていないはずです』
「そうですか……。律さんと円、どちらを探っていたのかまでは分かりませんが、こちらの住人に話しかけている現状はかなりまずいです」
『そうですね。……実は、西園寺の旦那様が倒れたと数日前に連絡がありました』
「えっ……」
『律さまと円さまにはお伝えしましたが、興味がないようでした。瞳さまが、怪我をされていた時だったので。旦那様はただの過労だそうです』
「いや、えっ……」
『名ばかりの父親よりも、瞳さまの方が大切なんですよ』
「…………」
西園寺の当主には悪いが、少し、いやかなり照れるが嬉しい。
そう思ってから、瞳はハッとする。そうじゃない。
「どういうつもりなのか、西園寺の方を探れますか?」
『やってみます。幸い、こちらの味方も多いですし』
「でも、油断は禁物です」
『かしこまりました』
そう言って、通話は切れた。
父親が倒れただなんて、律も円も言っていなかったし、円などはずっと瞳に付きっきりだった。
それこそ他人であるところの律や円の家庭の事情まで詮索するつもりはないし、どう思っているかも言わなくていいとは思う。家庭環境もそれぞれだろう。
実際、瞳の家庭だって、確かに母親は死んだことになっているが、書類上、父親は存命で海外出張中ということになっている。
だけれど。『西園寺』の場合は律や円が無関係だと言ってもそうとは捉えていない可能性もある。
美作が言っていた『味方』も、もしかしたら円の意思を尊重せずに『当主』として担ぎあげようとする派閥もいるかもしれない。
(というか、家族なのに『派閥』とかなんなんだよ……)
あまりにも物騒で別世界である。
けれど、実は円や律、美作から見たら瞳の方こそが別世界の住人であることはやはり自覚していない。
「さて」
寝よう、と思っていつも通りに伸びをしたら傷が痛んで。それを妖精たちに察知されてしまう。
『ヒトミー』
『いたいいたいー』
『なおすー』
どうやら怪我を治す気満々のようだ。
「今朝さんざんやっただろ」
『たりないー』
「足りなくない。明日」
『あしたー?』
「そう、また明日な」
そう言い聞かせながら部屋の電気を消そうとドアのそばにあるスイッチに手を伸ばした時。
ガチャ、とドアが開いて。
「あ」
「……え?」
円がそこに居たから驚いた。
「……なにしてんの?」
「なんだ妖精かぁ、良かったー!」
「は?」
訳が分からない。
円は安心したようにへなへなとしゃがみこむから、瞳も視線を合わせてやる。
「なんだ、何かあったのか?」
「何かあったどころじゃないよ! 『さんざんやった』とか『また明日』とか聞こえてくるから誰かいるのかと思って、俺……」
「え、あー。妖精たちと……」
「デスヨネ!」
どうやらその会話を変な方向へ勘ぐって、たまらずにドアを開けたらしい。
円は瞳にゲンコツで頭を殴られて、それでも苦笑いができるくらいにはホッとした様子だった。
そもそもそんな勘違いをする方がどうかしているのだ。と瞳は思った。
やっと解放されて、瞳はぼふり、とベッドに突っ伏した。
『仕事』関係から学校でのことまで。正直、円があそこまで気にするなんて思っていなかった瞳は、たぶん、告白された自覚が足りない。
そんなことより、と瞳は起き上がる。
今、円はシャワーを浴びているはずだ。その後にはすぐに寝るだろう。彼も目に見えて疲労が溜まっている。
幸い、部屋の壁も普通の会話くらいなら遮断できる程度の防音がしてある。
少し考えて、瞳は美作にメッセージを送った。
『少し、話せますか?』
すぐに既読がついて着信を知らせるコールが鳴った。慌てて通話をオンにする。
「……はい」
『瞳さま。どうかなさいましたか?』
「すみません、美作さん。失礼を承知で立ち入ったことを聞きます。……西園寺の術者は、美作さんを含めて何人ですか?」
『私を含めて三人です』
ためらいなく答えられて、瞳の方が驚いてしまう。いわゆる機密事項だろうに、こんなにあっさりでいいのか。
だが、それを気にしている余裕はなかった。急いで美作に確認したいことがある。
「実は、数日前からマンション付近で不審者の目撃情報があります。住人に声もかけてくるようなのですが、なぜか誰も人相を覚えていないようなんです」
『それは……』
「術者だと思います。『西園寺』を探っているようです。それで今日、該当者と思われる人物を見かけました」
『今日。……ということはお帰りの際ですね?』
「はい。……背はオレと同じくらい。歳は美作さんより少し上。顔立ちに特長はありませんが、少しつり目。短髪で、左頬……そうですね、頬骨の辺りに少し大きめのホクロがある男です。……この人物に心当たりはありますか?」
『あります』
これもまた即答だった。
美作は疲れたように一度ため息をついて、続ける。
『……西園寺の術者。三人のうちの一人です。たしか、今の奥方の派閥で、律さまや円さまをいい感情では見ていないはずです』
「そうですか……。律さんと円、どちらを探っていたのかまでは分かりませんが、こちらの住人に話しかけている現状はかなりまずいです」
『そうですね。……実は、西園寺の旦那様が倒れたと数日前に連絡がありました』
「えっ……」
『律さまと円さまにはお伝えしましたが、興味がないようでした。瞳さまが、怪我をされていた時だったので。旦那様はただの過労だそうです』
「いや、えっ……」
『名ばかりの父親よりも、瞳さまの方が大切なんですよ』
「…………」
西園寺の当主には悪いが、少し、いやかなり照れるが嬉しい。
そう思ってから、瞳はハッとする。そうじゃない。
「どういうつもりなのか、西園寺の方を探れますか?」
『やってみます。幸い、こちらの味方も多いですし』
「でも、油断は禁物です」
『かしこまりました』
そう言って、通話は切れた。
父親が倒れただなんて、律も円も言っていなかったし、円などはずっと瞳に付きっきりだった。
それこそ他人であるところの律や円の家庭の事情まで詮索するつもりはないし、どう思っているかも言わなくていいとは思う。家庭環境もそれぞれだろう。
実際、瞳の家庭だって、確かに母親は死んだことになっているが、書類上、父親は存命で海外出張中ということになっている。
だけれど。『西園寺』の場合は律や円が無関係だと言ってもそうとは捉えていない可能性もある。
美作が言っていた『味方』も、もしかしたら円の意思を尊重せずに『当主』として担ぎあげようとする派閥もいるかもしれない。
(というか、家族なのに『派閥』とかなんなんだよ……)
あまりにも物騒で別世界である。
けれど、実は円や律、美作から見たら瞳の方こそが別世界の住人であることはやはり自覚していない。
「さて」
寝よう、と思っていつも通りに伸びをしたら傷が痛んで。それを妖精たちに察知されてしまう。
『ヒトミー』
『いたいいたいー』
『なおすー』
どうやら怪我を治す気満々のようだ。
「今朝さんざんやっただろ」
『たりないー』
「足りなくない。明日」
『あしたー?』
「そう、また明日な」
そう言い聞かせながら部屋の電気を消そうとドアのそばにあるスイッチに手を伸ばした時。
ガチャ、とドアが開いて。
「あ」
「……え?」
円がそこに居たから驚いた。
「……なにしてんの?」
「なんだ妖精かぁ、良かったー!」
「は?」
訳が分からない。
円は安心したようにへなへなとしゃがみこむから、瞳も視線を合わせてやる。
「なんだ、何かあったのか?」
「何かあったどころじゃないよ! 『さんざんやった』とか『また明日』とか聞こえてくるから誰かいるのかと思って、俺……」
「え、あー。妖精たちと……」
「デスヨネ!」
どうやらその会話を変な方向へ勘ぐって、たまらずにドアを開けたらしい。
円は瞳にゲンコツで頭を殴られて、それでも苦笑いができるくらいにはホッとした様子だった。
そもそもそんな勘違いをする方がどうかしているのだ。と瞳は思った。
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