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「デミセクシャル……」
「あれ、知らない? 基本的にはアセクシャルみたいな感じなんだけど、ごく一部の強い感情を持った相手にだけ性的に惹かれる人のことをいうらしいけど」
「言葉としては、知ってる……」
「うん、それなら良かった」
円はにっこりと笑う。
対する瞳は、ただぼう然としていた。
キスをされたことにではなく、円がデミセクシャルであると告白したことについて。
「お前……そんな素振り一度も……」
「うん。瞳に言われて、アセクシャルについて調べて。俺もそうかもって思ったんだけど……違った。俺は瞳のことが好きだよ」
「なんでこんな突然なんだよ……」
「うん。ごめん」
「謝ってすむかよ」
「でも俺、瞳にファーストキス奪われたから」
「あんなのカウントするなよ」
「するよ。だって俺は瞳が好きだから」
円は瞳の顔を両手で包み込んだまま、口説くみたいに言うから。瞳は視線を逸らしてしまう。
「あとは?」
「あ?」
「聞きたいこと。俺は言いたいことたぶん全部言った」
「そんなのさっきので全部吹っ飛んだわ!」
噛み付くように言えば、円は、じゃあ瞳は寝て、と返してくる。
「まだまだ睡眠足りてないでしょ。鎮痛剤も飲んだし、眠くない?」
「睡眠足りないのは円もだろ」
正直、瞳は眠い。寝てしまいたい。
寝て、この現実から逃避したい。
だけど。
「なあ、なんでオレなんだよ」
「んー?」
「オレじゃなくても、円なら女の子とか周りにいるだろ」
「好きになるのに理由が必要?」
「……そういうのはわからないけど。でも言ったろ? オレは、円を好きにはならない。いいとこ親友止まりだ」
「いいよ、それで」
そう言った円はなぜか嬉しそうに笑っている。
「おい……。オレ今お前のこと振ったんだけど」
「でも親友にはしてくれるんでしょ」
「お、おう……たぶんな」
「それで充分だよ。俺は瞳のそばに居たい。それだけ」
「……今までと何も変わらないぞ?」
「うん。瞳はそのままでいいよ」
「いいのかよ」
もう訳が分からない。
瞳の方から「全部白状しろ」とか言ったけど、情報量が多すぎる。
「……寝る」
体勢を崩して、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
こんな時は寝るに限る。寝て情報を整理しよう。
もしかしたら、これは夢かもしれない。
「うん。おやすみ、瞳」
円に優しく髪を撫でられて、そうだ、シャンプーしたいなぁなどと場違いなことを思いながら、瞳はすぅっと眠りに落ちた。
そうして。「目が覚めたら全部夢でした」なんて、瞳が望んでいた展開なんかなくて。
起きたら、何度目かの「目の前に王子さま顔」状態だった。
部屋の中は薄暗い。どのくらい寝ていたのだろうか。ぼんやりと視線を巡らせて、でも時計が見えなくて妖精たちに教えてもらった。
曰く。
『ごはんのにおいー』
『むかえにくるよー』
だそうである。
もうそんな時間か、と思った直後。コンコンと控え目にノックされて、ドアがそっと開かれる。
「円さま、瞳さま……」
美作が、声をひそめながら名前を呼ぶ。目が覚めていないようなら起こすつもりはない、そんな気遣いが見て取れる。
「はい。起きてます」
「瞳さま……!」
ホッとしたような声だった。瞳は背中を向けているから顔は見えないが、何となく予想はできる。
「お食事は召し上がれそうですか?」
「はい。お願いします。円も起こして行きますから」
「かしこまりました」
美作はそれだけ言って、パタリとドアを閉めるとキッチンの方へ戻って行った。
(さて)
円を起こす前に、妖精たちに少し頼みたいことがある。
「時に触れる者はいるか?」
瞳が問えば、さわさわと妖精たちが騒ぎ出し、『時間』を操れる妖精が我先にと飛び出してくる。
「すまないが、オレの怪我の『時間』を、少しだけ進めてくれないか」
『いいよー』
『それー』
『はやくなおれー』
妖精たちは口々に言って瞳の怪我に触れていく。
『いたいのいたいのー』
『とんでけー』
「ふはっ」
まるで人が使うおまじないを唱えて行く者までいて、瞳は思わず笑った。
「いいよ、もう大丈夫」
『えー』
『まだできるー』
「それは明日頼む」
『わかったー』
あまりに治りが早いのも困りものだ。もういいと言えば、まだ触っていない者から不満を言われてしまったので明日、と言ったら素直に引き下がってくれた。妖精たちは本当に素直だ。
腕に力を込めて起き上がっても、痛くはあるが声を殺すほどではなくなっていた。
(どれだけ時間進められたのかな……)
少しこわくはある。
気を取り直して、瞳は円を起こしにかかった。やはり疲れているのだろう、ぐっすり眠っているようだが、食事はきちんと食べてほしい。
「……円。起きろ、円」
何度か揺さぶってやると、ぼんやりと目を覚ました円が、ゆるく笑う。
「おはよー、瞳」
「おはよう……って、夜だぞ。食事できたって」
「はぁい」
なぜだか幸せそうに円が言うから、瞳は途端に居心地が悪くなって、先にするりとベッドから降りたのだった。
「あれ、知らない? 基本的にはアセクシャルみたいな感じなんだけど、ごく一部の強い感情を持った相手にだけ性的に惹かれる人のことをいうらしいけど」
「言葉としては、知ってる……」
「うん、それなら良かった」
円はにっこりと笑う。
対する瞳は、ただぼう然としていた。
キスをされたことにではなく、円がデミセクシャルであると告白したことについて。
「お前……そんな素振り一度も……」
「うん。瞳に言われて、アセクシャルについて調べて。俺もそうかもって思ったんだけど……違った。俺は瞳のことが好きだよ」
「なんでこんな突然なんだよ……」
「うん。ごめん」
「謝ってすむかよ」
「でも俺、瞳にファーストキス奪われたから」
「あんなのカウントするなよ」
「するよ。だって俺は瞳が好きだから」
円は瞳の顔を両手で包み込んだまま、口説くみたいに言うから。瞳は視線を逸らしてしまう。
「あとは?」
「あ?」
「聞きたいこと。俺は言いたいことたぶん全部言った」
「そんなのさっきので全部吹っ飛んだわ!」
噛み付くように言えば、円は、じゃあ瞳は寝て、と返してくる。
「まだまだ睡眠足りてないでしょ。鎮痛剤も飲んだし、眠くない?」
「睡眠足りないのは円もだろ」
正直、瞳は眠い。寝てしまいたい。
寝て、この現実から逃避したい。
だけど。
「なあ、なんでオレなんだよ」
「んー?」
「オレじゃなくても、円なら女の子とか周りにいるだろ」
「好きになるのに理由が必要?」
「……そういうのはわからないけど。でも言ったろ? オレは、円を好きにはならない。いいとこ親友止まりだ」
「いいよ、それで」
そう言った円はなぜか嬉しそうに笑っている。
「おい……。オレ今お前のこと振ったんだけど」
「でも親友にはしてくれるんでしょ」
「お、おう……たぶんな」
「それで充分だよ。俺は瞳のそばに居たい。それだけ」
「……今までと何も変わらないぞ?」
「うん。瞳はそのままでいいよ」
「いいのかよ」
もう訳が分からない。
瞳の方から「全部白状しろ」とか言ったけど、情報量が多すぎる。
「……寝る」
体勢を崩して、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
こんな時は寝るに限る。寝て情報を整理しよう。
もしかしたら、これは夢かもしれない。
「うん。おやすみ、瞳」
円に優しく髪を撫でられて、そうだ、シャンプーしたいなぁなどと場違いなことを思いながら、瞳はすぅっと眠りに落ちた。
そうして。「目が覚めたら全部夢でした」なんて、瞳が望んでいた展開なんかなくて。
起きたら、何度目かの「目の前に王子さま顔」状態だった。
部屋の中は薄暗い。どのくらい寝ていたのだろうか。ぼんやりと視線を巡らせて、でも時計が見えなくて妖精たちに教えてもらった。
曰く。
『ごはんのにおいー』
『むかえにくるよー』
だそうである。
もうそんな時間か、と思った直後。コンコンと控え目にノックされて、ドアがそっと開かれる。
「円さま、瞳さま……」
美作が、声をひそめながら名前を呼ぶ。目が覚めていないようなら起こすつもりはない、そんな気遣いが見て取れる。
「はい。起きてます」
「瞳さま……!」
ホッとしたような声だった。瞳は背中を向けているから顔は見えないが、何となく予想はできる。
「お食事は召し上がれそうですか?」
「はい。お願いします。円も起こして行きますから」
「かしこまりました」
美作はそれだけ言って、パタリとドアを閉めるとキッチンの方へ戻って行った。
(さて)
円を起こす前に、妖精たちに少し頼みたいことがある。
「時に触れる者はいるか?」
瞳が問えば、さわさわと妖精たちが騒ぎ出し、『時間』を操れる妖精が我先にと飛び出してくる。
「すまないが、オレの怪我の『時間』を、少しだけ進めてくれないか」
『いいよー』
『それー』
『はやくなおれー』
妖精たちは口々に言って瞳の怪我に触れていく。
『いたいのいたいのー』
『とんでけー』
「ふはっ」
まるで人が使うおまじないを唱えて行く者までいて、瞳は思わず笑った。
「いいよ、もう大丈夫」
『えー』
『まだできるー』
「それは明日頼む」
『わかったー』
あまりに治りが早いのも困りものだ。もういいと言えば、まだ触っていない者から不満を言われてしまったので明日、と言ったら素直に引き下がってくれた。妖精たちは本当に素直だ。
腕に力を込めて起き上がっても、痛くはあるが声を殺すほどではなくなっていた。
(どれだけ時間進められたのかな……)
少しこわくはある。
気を取り直して、瞳は円を起こしにかかった。やはり疲れているのだろう、ぐっすり眠っているようだが、食事はきちんと食べてほしい。
「……円。起きろ、円」
何度か揺さぶってやると、ぼんやりと目を覚ました円が、ゆるく笑う。
「おはよー、瞳」
「おはよう……って、夜だぞ。食事できたって」
「はぁい」
なぜだか幸せそうに円が言うから、瞳は途端に居心地が悪くなって、先にするりとベッドから降りたのだった。
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