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「こちらの世界で、早くもヒトミの話が広がっています」
「どういうことだ」
「まず、今回の仕事の依頼をしてきた術者の式神と、相手方の式神が、それぞれ主との契約を『切り』ました」
「なに……?」
「術者への依頼人の行動に我慢がならなかったようです」
「それは、術者のせいじゃない……」
「はい。ですが、普段から不満はあったようで……今回の件で爆発したようです」
「しかし……」
「ヒトミ。今回の双方の依頼人たちは、言わばタブーを犯したのです。そんな人間の言動を許してしまった術者にも責任の一端はあります」
「……術者たちはどうしてる?」
「生きてはいるようですが、『制裁を』と言っている式たちもいます」
「それはやめさせろ」
「ヒトミ……」
瞳はふぅーと吐息する。疲れたのか、精神的な疲労か。もしくは、そのどちらもなのかもしれない。
式神の世界は誰かが『統治』している世界ではない。自由な世界だ。
だが、その世界が存在するにあたり、十二神将はそれなりに『調整』する役割を担ってもいる。
だからこそこういう情報が玄武から瞳に渡る。そして、十二神将の発言は、それなりに意味を持つ。
「いいか。オレは生きてる。それは皆のおかげだが……だが、制裁は望んでいない。それは伝えろ」
こんな格好で言っても説得力は無いがな、とこっそり付け加えるのが瞳らしい。
「式神が離れたことで、既に術者には制裁になっているはずだ。ただし、向こう一年間その術者には誰も付くなと伝えろ。それから今回の依頼者双方の今後の依頼は絶対に受けないように周知させろ」
「御意。それから、例の画像の件ですが」
「……ああ。どうなった?」
「嬢はショックで寝込んだそうです」
「ふは」
「そのまま出家でもしてくれると良いのですが」
「ばか、笑わせるな……っ!」
笑いを堪えるせいで力が入って痛いらしい。呻く瞳を、玄武がオロオロと見守っている。
「…………とりあえず、その件はまた報告するように伝えてくれ。それから」
「はい」
「みんなに、すまなかったと、伝えてくれ。それから、太陰と椿と、騰蛇にも。ありがとう、と。玄武も。すまなかった」
「……いえ。たしかに伝えます」
「頼む」
玄武は、もしかしたら泣きそうだったかもしれない。いつもより消えるタイミングが早かった気がする。
それまでずっとやり取りを見守っていた円は、ぼんやりと時計を見て。そろそろ小田切が来る時間だ、と気が付いた。
「瞳、往診の時間かも」
「……は?」
「えっと、美作の幼なじみに『闇医者』っていうのやってる人が居て。その人に昨日来てもらった。今日も診てもらう」
「それは拒否出来ないやつだな?」
「そうだよ」
「……わかった」
仕方なく、といったように瞳が頷いたタイミングで、インターホンが鳴った。
美作が連れてきた男は、瞳を見ると驚いたようだった。美作に「彼、普通の人間?」などと確かめている。
「……一般人ではないですけど、れっきとした人間ですよ」
「そうだよねぇ……」
嫌味ではなく、素直にそう瞳が言えば、うぅーんと唸っている。そんなに人間離れしているだろうか? と思うのは本人だけである。
「じゃあ点滴外すよ。それから傷口見せてもらうから痛むぞ」
「……はい」
点滴はすっかり終わっているけれど、パックはそのまま繋いであったのだ。一応医療行為だし、どうしていいのか分からなかったからそのままだった。
小田切は、点滴をしていた針を抜くと清浄な綿を当て、テープで固定する。
それから昨日と同じように、血圧を計測して、脈拍と熱を確認した。
「うん、だいぶいい。何かスポーツやってる?」
「……一応術者やってます」
「そうだったな!」
「……お前……失礼だぞ」
酷く顔色を悪くして言ったのは美作である。なぜそんな顔色なのだ。
「なんだよー。失礼ったって年下だろ? 例の『謎の祓い屋』以外にお前がそんなこと言うの珍しいな」
「円さまのご友人だからな……」
「そんな理由?」
「言っておくが、『ココ』、この方の持ち家だからな」
「えっ!」
ここが、とかこの年で、とか一通り驚いた後で、小田切は診察を再開してくれた。
「パッド外すから少し痛いぞ」
「はい……、……っ!」
「はい、声を殺さない。痛い時は痛いって言うのが患者の仕事」
「でも……」
「痛いとこ分からないと治療のしようがないだろ? そういうことだ」
昨日と同じで、生理食塩水で傷口を洗浄する。
なぜ消毒では無いのかと円が聞いたら、消毒することで必要なものまで死んでしまうらしかった。
バシャバシャと豪快にガーゼに染み込ませて傷口を洗うから、瞳は声を抑えきれない。
「い、……っう!」
「そうそう、ちゃんと痛い時は言ってくれ」
左肩の方は、椿のおかげでだいぶいい。
問題は、右の肩甲骨だ。
「ひ……っ!」
「あー、やっぱりこっちの方が痛いか」
椿の治癒の術も完全ではなかったし、ここは、銃弾を引っぱり出した場所だ。
ぶっちゃけてしまえば、塞がりかけた傷口を、再びこじ開けたようなものなのだ。
痛くないはずがなかった。
「こっちは多分、治りが遅いぞ。下手したら後遺症が出るかもしれん」
「後遺症……」
「どんな、とは具体的には言えないがな」
後遺症は個人差があるし、出ないかもしれん。そう小田切は言ったのだった。
「どういうことだ」
「まず、今回の仕事の依頼をしてきた術者の式神と、相手方の式神が、それぞれ主との契約を『切り』ました」
「なに……?」
「術者への依頼人の行動に我慢がならなかったようです」
「それは、術者のせいじゃない……」
「はい。ですが、普段から不満はあったようで……今回の件で爆発したようです」
「しかし……」
「ヒトミ。今回の双方の依頼人たちは、言わばタブーを犯したのです。そんな人間の言動を許してしまった術者にも責任の一端はあります」
「……術者たちはどうしてる?」
「生きてはいるようですが、『制裁を』と言っている式たちもいます」
「それはやめさせろ」
「ヒトミ……」
瞳はふぅーと吐息する。疲れたのか、精神的な疲労か。もしくは、そのどちらもなのかもしれない。
式神の世界は誰かが『統治』している世界ではない。自由な世界だ。
だが、その世界が存在するにあたり、十二神将はそれなりに『調整』する役割を担ってもいる。
だからこそこういう情報が玄武から瞳に渡る。そして、十二神将の発言は、それなりに意味を持つ。
「いいか。オレは生きてる。それは皆のおかげだが……だが、制裁は望んでいない。それは伝えろ」
こんな格好で言っても説得力は無いがな、とこっそり付け加えるのが瞳らしい。
「式神が離れたことで、既に術者には制裁になっているはずだ。ただし、向こう一年間その術者には誰も付くなと伝えろ。それから今回の依頼者双方の今後の依頼は絶対に受けないように周知させろ」
「御意。それから、例の画像の件ですが」
「……ああ。どうなった?」
「嬢はショックで寝込んだそうです」
「ふは」
「そのまま出家でもしてくれると良いのですが」
「ばか、笑わせるな……っ!」
笑いを堪えるせいで力が入って痛いらしい。呻く瞳を、玄武がオロオロと見守っている。
「…………とりあえず、その件はまた報告するように伝えてくれ。それから」
「はい」
「みんなに、すまなかったと、伝えてくれ。それから、太陰と椿と、騰蛇にも。ありがとう、と。玄武も。すまなかった」
「……いえ。たしかに伝えます」
「頼む」
玄武は、もしかしたら泣きそうだったかもしれない。いつもより消えるタイミングが早かった気がする。
それまでずっとやり取りを見守っていた円は、ぼんやりと時計を見て。そろそろ小田切が来る時間だ、と気が付いた。
「瞳、往診の時間かも」
「……は?」
「えっと、美作の幼なじみに『闇医者』っていうのやってる人が居て。その人に昨日来てもらった。今日も診てもらう」
「それは拒否出来ないやつだな?」
「そうだよ」
「……わかった」
仕方なく、といったように瞳が頷いたタイミングで、インターホンが鳴った。
美作が連れてきた男は、瞳を見ると驚いたようだった。美作に「彼、普通の人間?」などと確かめている。
「……一般人ではないですけど、れっきとした人間ですよ」
「そうだよねぇ……」
嫌味ではなく、素直にそう瞳が言えば、うぅーんと唸っている。そんなに人間離れしているだろうか? と思うのは本人だけである。
「じゃあ点滴外すよ。それから傷口見せてもらうから痛むぞ」
「……はい」
点滴はすっかり終わっているけれど、パックはそのまま繋いであったのだ。一応医療行為だし、どうしていいのか分からなかったからそのままだった。
小田切は、点滴をしていた針を抜くと清浄な綿を当て、テープで固定する。
それから昨日と同じように、血圧を計測して、脈拍と熱を確認した。
「うん、だいぶいい。何かスポーツやってる?」
「……一応術者やってます」
「そうだったな!」
「……お前……失礼だぞ」
酷く顔色を悪くして言ったのは美作である。なぜそんな顔色なのだ。
「なんだよー。失礼ったって年下だろ? 例の『謎の祓い屋』以外にお前がそんなこと言うの珍しいな」
「円さまのご友人だからな……」
「そんな理由?」
「言っておくが、『ココ』、この方の持ち家だからな」
「えっ!」
ここが、とかこの年で、とか一通り驚いた後で、小田切は診察を再開してくれた。
「パッド外すから少し痛いぞ」
「はい……、……っ!」
「はい、声を殺さない。痛い時は痛いって言うのが患者の仕事」
「でも……」
「痛いとこ分からないと治療のしようがないだろ? そういうことだ」
昨日と同じで、生理食塩水で傷口を洗浄する。
なぜ消毒では無いのかと円が聞いたら、消毒することで必要なものまで死んでしまうらしかった。
バシャバシャと豪快にガーゼに染み込ませて傷口を洗うから、瞳は声を抑えきれない。
「い、……っう!」
「そうそう、ちゃんと痛い時は言ってくれ」
左肩の方は、椿のおかげでだいぶいい。
問題は、右の肩甲骨だ。
「ひ……っ!」
「あー、やっぱりこっちの方が痛いか」
椿の治癒の術も完全ではなかったし、ここは、銃弾を引っぱり出した場所だ。
ぶっちゃけてしまえば、塞がりかけた傷口を、再びこじ開けたようなものなのだ。
痛くないはずがなかった。
「こっちは多分、治りが遅いぞ。下手したら後遺症が出るかもしれん」
「後遺症……」
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