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022.

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「え、ここ? ホントに?」


 美作を迎えに、という名目で円に案内されたのは、瞳が住むマンションから目と鼻の先にあるごく一般的なマンションだった。
 立地的には「10分かからない」と円が言っただけある。
 だが。


「セキュリティ甘過ぎないか?」


 ザルとは言わないけれど。それでも、西園寺のご令嬢と御曹司が住むには問題がありそうだ。


「一応オートロックだけど?」
「ばか! オートロックって意外と危ないんだぞ!」


 言い合いながらも円はエントランスの鍵を開けて瞳を中へと誘導する。エレベーターに乗って、目的階のボタンを押した。


「こんな近くに住んでたなんて……」
「俺も知らなかった!」


 クラスメイトがこんな近くにいるなら、あんな迂闊うかつなこともせず目撃されずに済んだのに。とは思うけれど、今の生活もまた気に入っている。
 ああ、ホントにちょろいな。と瞳は改めて思って自嘲する。
 エレベーターを降りると、ある部屋の前に人影が見えた。


「あ」
「おはようございます。お待ちしておりました」
「おはよー」


 当然というか、美作であった。トレーニングウェアというほどではないが動きやすそうな服装で、スーツ姿しか見たことがないから、ちょっと新鮮な気持ちになる。


「おはようございます。……待ってなくても良かったのに」
「瞳さま、おはようございます。風音がですね……」


 どうやら風音が教えてくれたらしい。便利ですね、と美作が困惑気味に言った。
 おや? でも契約していない瞳たちの居場所の把握は出来ないはずだが。
 そう考えたところで、朱雀が答えをくれる。


「ああ……。風音も興味があるようで、トレーニングルームに来てるそうです」


 美作はドアを開けて瞳と円を部屋へと誘導してくれる。
 お邪魔します、と瞳は言いながら。円は勝手知ったる、というか先日まで暮らしていた部屋である。


「律さんは?」
「まだおやすみになっておられます」
「なるほど。では警護の式神を一人置いて行きましょう」
「すみません、お願いします」
「……太陰たいいん


 少し思案してから名前を呼んだ。
 昨日、貴人に適任だと言われた式神だ。ふわ、と姿を現したのは、少女の姿をした式神だった。
 『見た目』は律と同じくらいだろう。シンプルで上品なワンピースを身にまとっていた。黒く長い髪が印象的だ。


「律さんの起床時間は?」
「いつもは6時頃にご自分で起きていらっしゃいます」
「じゃあ太陰。そういうことで」
「……かしこまりました」


 何やら不満げな太陰に、瞳は乾いた笑いをもらすしかない。貴人から何か聞いているに違いない。


「さて。では行きます!」


 瞳が言うと、お約束のように円と美作が目を閉じる。
 目を閉じていてさえ分かる光の中を通り過ぎると、瞳から声がかかるから二人して目を開けると。
 そこは、完全にスポーツジムの様相を呈していた。
 美作はぼう然としているし、円は慌てる。
 こんなに本格的だなんて聞いてない。


「ちょ、瞳!」
「うん?」
「なんかすげぇんだけど何コレ!?」
「うーん?」


 当の瞳は「すごい」と言われた理由が分からない。


「ちょっと鍛えたいって言ったらみんなが揃えてくれたんだけど、すごいのか?」


 よく分からない、という顔をして瞳が言う。
 美作は頭を抱えているし、円も「こいつの金銭感覚どうなってるんだ」と思う。
 日常生活は普通なのに、その他が桁外れだ。


「とりあえず、ランニングで身体あたためて。それから好きなの使っていいから。ていうか、それぞれ式神来てるから指示に従って。最後は必ずストレッチな」


 さくさくと指示を出して、奥にいる式神たちを呼びながらランニングマシーンの方へ案内する。
 なぜか図ったように三台あるそれに、円が恐る恐る瞳に聞いた。


「これ……まさか俺たちのために揃えたとかじゃないよな?」
「あー、なんか式神たちが面白がって一緒に走ったりするんだよ。特に朱雀と白虎……」
「ああ……」


 朱雀と白虎の姿を思い浮かべ、容易に想像できる気がして円は少し安心する。


「ほら、一時間しか出来ないんだから。始めるぞ!」
「はーい」
「はい」


 そうしてランニングから始まり、円と美作はそれぞれ椿と風音に付いてもらって汗を流す。そんな様子を時折見守りながら、瞳は白虎と組み手などをしていた。
 ラストにしっかりストレッチをして、終わった頃には円も美作も汗だくだった。
 円はともかく、美作がこんなふうになるのは意外だなぁ、と瞳は思う。


「とりあえず、シャワー室あるから汗流したら? あ、着替え……。んー、二人とも、自分の着替えを置いてある場所をイメージして。白虎、頼む」
「御意」


 白虎は円と美作の額に手をかざして何やら頷くと、ふっと消えた。


「え、なに?」
「ん。ちょっと待って」


 瞳は軽く汗をかいている程度で、腕組みなどして空中を見つめている。
 と、その瞳の目の前に再び白虎が現れた。両手に、円と美作の着替えと思われる物を持っている。


「え、すげぇ……」
「これも反則技なんだけどね。今回だけ特別。だって嫌だろ、思考を読まれてるみたいでさ」
「あぁー」
「それに、ちょっと疲れるし」


 そうだろうな、と美作は思う。
 こんなこと誰にでも出来るはずがなくて、瞳や彼の式神だからこそできるのだ。使役している瞳が疲れないはずがない。


「まあそんなことより、早くシャワー浴びてきなよ。白虎、案内頼む」
「え、瞳は?」
「オレは帰ってからでいいよ」


 そんなに汗かいてないし。そう言って笑う瞳だけれど。
 シャワー室がふたつしかなかったことに瞳の気遣いを感じる美作であった。
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