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 その夜と翌日は平穏な時間を過ごすことができた。
 均衡が崩れたのは、その次の日。入寮式が終わってからだった。
 寮生活の心得、ルール。そんなことを寮長が説明した後、生徒会長という先輩が登壇して、明日の入学式についての説明を簡単にすませる。
 話によればこの水沢会長、どうにも胡散臭い人物らしくて。
 翔吾クンと、なぜだか修までが警戒をあらわにしていた。
 まあ、噂に過ぎないんだけど、好みの可愛い子が居たら口説いてくる、とかなんとか。
 それって職権乱用とか言うんじゃないか? とは思ったけど、僕は敢えて何も言わなかった。
 だけど。
 入寮式が終わって夕食の時間になり、食堂で翔吾クンと真純くんと修の四人でテーブルを囲んでいる時だった。

「失礼」

 かけられた声は水沢会長のものだった。
 翔吾クンは真純クンを庇うように、修は同じように僕を水沢会長から隠すように。ジリジリとした二人の警戒が伝わってくるようだった。
 僕は修が庇ってくれるなんて思わなかったから、内心キュンとしてた。本当、これ以上好きにさせないで。
 水沢会長のお目当ては、真純クンだった。

「今度は僕と一緒に食事をしないか?」
「遠慮させていただきます」

 やんわりと微笑んで、でも言葉ではハッキリと拒絶する真純クン。

「そう? じゃあまた」

 意外とアッサリと去っていった会長をのんびりと眺めながら、『また』なんか無いよ、と僕が毒づいてしまう。
 翔吾クンは気が気じゃないだろうな。
 自分の好きな人が、職権乱用するような人に目を付けられたなんて。
 チラリと翔吾クンの横顔を覗き見れば、酷く焦ったような表情が見て取れた。
 そして僕は、そんな僕にも視線を向けてくる人物が居ることに気付いた。見なくても分かる。修だ。
 なんだろう。
 僕は何か失敗しただろうか。
 2度目の恋が実らないとしても、僕は修とはいい友人としてこれからもずっと付き合って行きたい。
 それくらいのささやかな願望くらい夢見させて欲しい。
 まあ、僕の気持ちがバレるようなことがあれば、そんな夢なんか木っ端微塵こっぱみじんに砕け散るんだけどね。
 部屋に戻ってから、修は明らかにおかしかった。
 おかしいと言うか、なんだかソワソワして何か聞きたいことがある。そんな感じだった。
 水沢会長のことが要因だろうか。
 どちらにしても、聞きずらそうにしてるから、もうこうなったら僕から聞くしかないじゃないか。

「どうかした?」
「え?」
「いや、なんか。修なにか聞きたそうにしてるから」

 そう僕が言えば、修は少し気まずそうに、けれどホッとしたようにも見える表情でこちらを見る。

「あのさ」
「うん」
「和巳は同性愛についてどう思う?」

 これは……直球だな。
 正直少し驚いた。

「そう言う修はどう思ってるの?」

 探りを入れる意味でも、逆に質問してやった。

「おれは別に偏見はないというか……むしろおれの恋愛対象って同性だし。……って言ったら、引くか?」

 これにはさすがに度肝を抜かれる。
 引くどころか。僕は修が好きなんだから、もしかしたらなんて期待してしまうじゃないか。
 そんなことを考えてドキドキしつつ、僕は言葉を声にのせる。

「別に引いたりしないよ。修は修でしょ。それに……僕の好きな人もね、同性なんだよ」

 ゆっくりと、丁寧に。

「好きな人いるのか?」
「最近ね」
「そっか」

 それが修なのだと言えてしまえば楽なのに。もういっそ伝えてしまおうか。
 修は、そんな僕の両手を優しく包んでそっと抱き寄せた。僕の身体がすっぽりと収まってしまう修の体躯に、ドキドキは止まらないけれどなぜかホッと安心もする。

「和巳」

 耳元で響く修の声は甘く響いた。

「ん?」

 僕を包む修の体温が心地好くて、僕は無意識に頭を修の胸にすり、とすり寄せる。

「もうおれ、玉砕覚悟で言うわ」
「なに?」

 修の鼓動が聞こえてくる。少し、早い?

「おれ、和巳が好きだ」

 その言葉の意味を一瞬理解出来ず、僕はぽかんと修の顔を見上げた。僕はたぶんマヌケな顔をしていただろう。
 けれど、修は真剣そのものだった。
 聞き間違いじゃ、ないよね……?

「待って……」

 僕は理解が追い付かずグルグルと回る思考で必死に言葉を絞り出す。

「やっぱり、嫌か?」

 修が苦笑する感じで言うから。

「違う……ウソじゃ、ないよね?」

 思わず喘ぐみたいな声で問いかける。

「嘘じゃない。一目惚れとはちょっと違うけど、おれは和巳が好きだよ」

 更にぎゅっと抱きしめられるから、修の本気が伝わってくるようだ。
 修は玉砕覚悟って言った。その修の気持ちが、勇気が嬉しくて、胸が熱くなる。
 視界が、みるみるぼやけた。

「修……僕……」

 しゃくり上げながら、僕は腕を修の背中に回してしがみつく。

「僕も、修が好き」

 好きな人に好きだって言えるのが、こんなに苦しくて嬉しくて、泣きたいほど幸せなことだなんて知らなかった。
 全部、修が教えてくれた。
 修を好きになってよかった。

「和巳……本当に?」

 僕を抱きしめる修の腕が少し震えているのが分かった。
 だから僕はしっかりと頷く。
 すると、修の腕から少し力が抜けた。僕のことは抱きしめたままだったけど。

「……和巳」

 ちょっとの間、僕を抱きしめたまま黙っていた修が、身体をそっと離して、でも僕の両肩を掴んで向き合ったまま名前を呼ぶ。
 さっきと同じ、真剣な顔。

「はい」

 だから僕もきちんと返事をする。

「改めて。おれと、付き合ってください」

 本当に修らしいと思った。
 きちんとした手順を踏んで、欲しい言葉をくれる。
 僕は今度こそ、涙が溢れるのを止められなかった。
 もちろん、これは嬉し涙だ。
 だから、涙を零しながら全開の笑顔を見せて答えた。

「はい。よろしくお願いします!」

 僕の始まったばかりの2度目の恋は、こうして季節同様に春を迎えて。
 僕にとって初めての恋人との生活が始まった。
 この人を大切に、大切にしたいと思った。


【END】
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