【完結】木の実のお菓子屋さん 〜リスと狼の獣人の話〜

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「こ、紅茶と、コーヒー、どっちがいいですか?か、果実水もありますけど・・・」

「・・・紅茶をいただこう。」

「わ、わかりました。」






突然現れたジルは両手いっぱい、色とりどりの花束を抱えていた。
「ラピに似合うと思って」と呟いたジルは一見無表情だけど、どこか少し恥ずかしそうな顔に見えた。
花は好きなので「いい匂いですね。ありがとうございます」と素直に礼を言うと、今度は確かに少し口角が上がった。




綺麗な微笑みに僕は照れてしまって「と、とりあえず中にどうぞ!」と照れ隠しの勢いのまま、誰もいない家にあげてしまったのである。


今日は僕一人しかこの家にいない。


パウロは姉さんに誘われて、サルマンに新しくできた画材屋に出掛けている。
パウロは絵が上手い。
じっくりと画材を選びたい、と言って少ないお小遣いを手に、ルンルンで今朝家を出て行った。
今日は姉さんの家に泊まりで、しかもホームパーティーまでするらしい。

榛のクッキーを皿に盛りながら、ルンルンだったパウロを思い出していると、背後に気配を感じた。
そろり、と振り返ると、何やら首を傾げ不思議そうに僕を見つめるジルが立っていたのである。
身長差がすごい。
見事僕の身体がジルの影に全て入り込んでいる。







「どどどうしましたか、ジルヴァド、様。何か気になる事でも?」

「・・・様はいらない。ジルだ。敬語もいらない。」

「ジ、ジル!えっと、敬語は・・・なかなか・・・、あ!それで、どうかし・・・たの?」

「・・・遅かったから、手伝おうと思ったんだ。」

「へっ?」





僕が持とうとしていた紅茶とクッキーの皿が載ったトレーを二つとも手に持つと、何事もなかったかのようにテーブルへ運んでくれた。
そして、呆然とキッチンで立ち尽くす僕にちょいちょいと手招きをして、座るよう促すのである。
偉い人、怖い人、と事前に聞いて身構えていたが、その必要はなさそう。
表情が乏しいだけできっと、とても優しい人、そう自然と判断した僕の心から、警戒心がするするする、と消えていくのがわかった。



席に着くと、ジルはまた満足したように頷いていた。
綺麗に一つ結びにされてある髪の毛がさらり、と揺れる。







「こないだはあまり話せなかったから・・・早く会いたかったんだ、ラピ。」

「へっ、えっ!そ、そうですか・・・。でででも、僕、番ってことわかんなくて・・・お、おかしいですよね・・・」

「・・・そのことなんだが。ちょっと試したいことがある。いいだろうか?」

「試したいこと、ですか?は、はい。構いませんけど・・・」







僕の返事を聞くや否や、バッと立ち上がったジルはリビングの端に置かれている小さなソファに座った。
そしてまたちょいちょい、と手招きをする。
よく分からないまま、その手招きにつられてソファに向かうとそのまま腕を引かれ、ジルの膝の上に座らされたのである。







「え、わっ、えええ!?ジル!恥ずかしい!恥ずかしいってば!」

「・・・少し我慢してくれ。ラピ、俺の首筋を少し嗅いでもらえないか?」

「へっ??!く、首筋??!な、なぜ??!」

「・・・・・・いいから。頼む。」






とても真剣な目で(体勢はおかしいけど)そうお願いされて、断れなくなった僕は恐る恐るジルの首筋に小さな鼻を近づけた。
くんくん、と鼻を動かして匂いを嗅ぐと何やら甘いいい香りがする。
それにとても安心する匂いだ。
くんくん、くんくん、と鼻が止まらず、いつの間にか夢中になっていた。








「・・・・・・っ、な、にか、変わった匂いがするか?」

「・・・・・・わぁぁぁあ!ご!ごめんなさい!夢中になっちゃって!!!」

「・・・別にいいんだ。それで、何か匂いがしたか?」

「へ?う、うん。甘くて、いい匂い。安心する・・・・・・何か香粉でも付けてるの?」

「何も付けていない。それが番の匂いだ。番でもない獣人からは甘い匂いなんかしない。むしろ嫌な匂いに感じるはずだ。ラピは獣人特有の匂いに疎いだけで・・・はぁ、ラピからもとてもいい匂いがする。」

「ぼ、僕からも?!へっ!?嗅がないで!な、なんか恥ずかしい!は、離してください!」

「・・・・・・どうしても離さないとダメか?」

「・・・へぇぇえええ?!」

「離れたくない・・・頼む・・・」







ジルは僕の顔を覗き込んでとんでもないことを口にする。僕は今、顔が真っ赤なはずだ。
だって、こ、こんな至近距離に美しい人がいるんだよ!
声だって、何か甘ったるい!
その甘い視線と声に加えて、ぎゅう、と抱きしめられたりなんかしたら、もう断れない。
「あ、あ、あと少しだけです!」とあっさり許してしまった。


そしてその「あと少し」は一時間続いた。
ジルから漂うその甘くていい匂いに気付けばだらん、と身体の力が抜けてしまった僕はいつの間にかジルの(実は筋肉質な)体に身を委ね、ぽーっと、ただただジルの綺麗な顔を見ていた。






「・・・・・・明日の昼までは休みなんだ。今日泊まってもいいか?」

「・・・・ふぇ?じる、泊ま、るの?いい、よぉ。」






思考がうまく纏まらなくなっていた僕はジルのお願いをへらぁ、と笑ってすんなり聞いてしまったのだった。

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