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マイクとゴルドと別れ、自分の部屋に戻る途中。
大理石の廊下を歩いていると視界の端に濃紺色のローブが一瞬入りこんだ。
王宮にいる魔法士たちのローブの色は燕脂色。
濃紺色ということは・・・・・・?




「・・・ジョシュア様の専属魔法士・・・?」




第1王子の専属魔法士であるリカルドとは面識がある。彼は20代後半、薄茶色の髪をした優しそうな男性だ。平民の出だが、魔力量が多く、アルベルトとの関係も良好だと聞く。



第2王子ジョシュアの専属魔法士とは王宮に来てからことごとく会う機会を逃し、リーシュはまだ会ったことがなかった。
ラファドから聞いた話によると、"ハンナ"という名の女性の魔法士で、確か髪の色は・・・・・・




「・・・僕と同じ黒髪だ。」




ギデオン家に限らず、黒髪の血筋はいくつかある。"ハンナ・バベルク"も貴族であり、代々魔力量の多い家系だ。





「ハンナ様・・・もうすぐ暗くなるのに。どちらへ行かれるんだろう。」




あっちには確か小さなガゼボがあったはず。
リーシュは王宮に来てから何度かラファドと休憩がてら寄ったことがあった。
ガゼボの周りは花がたくさん植えられていて、とても綺麗な場所だ。

もう少し明るい時間帯ならリーシュもそこまで気に留めず部屋に戻っていたかもしれない。
だがもう夕方近く、あたりは少し暗くなってきた。いくら王宮内の庭と言え、用心に越したことはない。




「女性お一人で・・・暗くなると危ないよね。挨拶もしたいし。」




リーシュは誰に言うでもなく、そう呟くとハンナの後を追いかけた。








中庭にはガス灯がある。
暗くなると魔法で自動にホワンと火が灯る。
揺らめく炎が美しい。



ハンナの後を追ったリーシュは暗くなり始めた辺りを見渡す。
先ほど見かけた黒く長い髪の女性、ハンナがガゼボにいるのが見えた。
どうやら誰かと待ち合わせをしていたらしい。ハンナとは違う人影があった。

途中で割り込むのはマナー的によろしくないと判断したリーシュ。
「挨拶はまた今度にしよう」と踵を返そうとしたその時。




聞き慣れた男性の声と共に、シャリ、と小さく、金属が擦れるような音がした。




ガゼボの方を振り返る。
ハンナの正面にいたのは先ほどまで頭の中をぐるぐる駆け巡っていた人物。




ラファドだった。




「・・・もう執務は終わったのかな・・・」



いつもなら執務が終わり次第、声をかけてくださるのに。
どうして?
なんで?



そんな言葉ばかりが、リーシュの頭を支配していく。




リーシュは自分でも知らなかった。
こんなに自分がすぐ動揺する人間だったなんて。



《まるで、嫉妬だ》




リーシュが脳内で一人問答していた時、ラファドがハンナの耳元に"耳飾り"をあてる姿が見えた。
ラファドは悩ましげな顔でハンナと耳飾りを見比べる。
ハンナの表情は後ろ姿のためリーシュからは見えないが、きっと微笑んでるんだろう。





「僕はハンナ様の代わりだったんだ。」




リーシュの中で問題提起と自己解決が済まされる。
ポキっと心の中で何かが折れてしまった。
ハンナはすでにジョシュアの専属魔法士。
ラファドは簡単に手を出せない。





リーシュは答えを出してしまった。
《この国では珍しい黒髪の自分とハンナを重ねていただけだったのだ》と。




リーシュは曲がりなりにもラファドに誠心誠意仕えていた。
ラファドもそれを切に願っているように見えていたし、自分自身も誇りに思っていた。



だが今、目の前の光景を見る限り・・・





「・・・あ、あれぇ・・・?」



思ったよりも大きな声がリーシュの口から漏れた。
それと同時にリーシュの目から大粒の涙が、ポタポタ落ちていく。



何だ、これは。止まらない。
幼少期から泣くことなんて殆ど無かったのに、とリーシュは自分の体の異変に戸惑いを隠せない。


止め処なく溢れ出てくる涙を制服の袖でゴシゴシと拭う。目が赤くなるかもしれないけど、もういいや、と。



目元を擦って、リーシュが顔を上げた先。
2人の人物がいつの間にか自分の方へ向けられていることに気付いた。
ラファドは呆気に取られたような顔で、ポカン、とリーシュを見て止まっていた。
そして未だ止まらないリーシュの涙と自身が持っている華奢で長い金属の装飾のついた"それ"を見比べると、それはもう・・・リーシュが今までに見たことがないほど目を見開いた。






「リ、リーシュ!?いつからそこに・・・?!いや、そうじゃない!な、涙が・・・・・・ああ!ち、違う!こ、この、耳飾りは、ご、誤解だ!」

「ラファド様・・・その言い方・・・・・・はあ、もう。」




必死な形相でラファドがリーシュの元へ慌てて駆け寄る。
その光景がリーシュにはスローモーションに見えた。




《ああ、ラファド様ったら、あんなに慌てて。
もう隠さなくてもいいのに。
いつもみたいに微笑んでくれれば僕はそれで・・・・・・》




その瞬間。
すとん、と難解なパズルのピースが上手くはまったように、リーシュは自分の感情を理解した。




一人の人間として、ラファドのことを慕っていたのだと。




リーシュは急速に理解する。
自分のこのもやもやした気持ち。
ウジウジする気持ち。
気持ちに気付いたところで、もう全て終わってしまったのだ、と。



これはまさしくハンナに対する嫉妬だった。





《ああ・・・僕、心が醜い》





複雑な模様や言語を刻んだ魔法陣が特有の眩い光を放ちながら、リーシュの足元に浮かぶ。
"これ"を使うのは王宮ここに来て初めてだな、とリーシュはぼんやりした思考の中で思った。

一方、ラファドは自分には使えないその美しい魔法陣に気がつくと、歯を食いしばり、力の限り叫んだ。




「ーー!待て!リーシュ!!誤解だ!!行くな!!!」



必死にかけ寄り、自分の瞳の色と同じ色のローブを掴もうとラファドは手を伸ばす。
リーシュは差し出された手を見て困ったように眉を下げ、微笑んだ。



リーシュが差し出されたその手を掴むことはない。
彼が残していったのは、眩いオーロラのような美しい光だけだった。
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