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しおりを挟む結果から言うと俺は山に入れなくなった。
正確に言うと、許可を受けてない人間全て。
それまでは許可がなくても今回の俺のようにやろうと思えば不法侵入ができたがあの出来事以降、山には特殊な術がかけられ、許可なく入った者は山を彷徨ってしまう。
そして俺は、ジェハに一切会えなくなった。
その原因をつくったのは、紛れもなくこの俺なんだから、俺はとんだ大馬鹿野郎だ。
-----------------------
あれからジェハには毎日のように会いにいった。
父上や母上には不審がられたものの「体を鍛える一環だから」と誤魔化して、早二週間。
今日も今日とて、俺のかわいい、かわいくてたまらないジェハに会いに山へ来ていた。
ジェハは馬とあまり触れ合ったことがないと言う。
山の中での移動は馬ではなく、徒歩での移動が主なのだそうだ。
だから今日は近くで馬を見せてやろうと、愛馬のネロを引いて山に入った。
「わあ~~!白くてかっこいい馬だねぇ!あ、僕は先に食べてるよ~!」
「・・・・・・ジェハ、お前また果汁まみれじゃねぇか。」
「んん?むぐ、むぐ、むぐぐ、」
「何言ってるかわかんねぇよ。食いながら喋んな。ほら、手出せ。」
「むぐ。」
「・・・ふはっ。素直なやつ。」
ネロを木に繋ぎ、持ってきたハンカチでジェハの手を拭く。
拭いてる途中も食べることをやめないジェハの手には途切れることなく果汁が滴り落ちていく。
「ジェ~~ハ~~!俺まで汁まみれだろ!もう、拭くのやめる!舐めるからな!!」
「きゃはははは!また舐められた!くすぐったいよ!あはははは!」
くすぐったがりのジェハは、こうやってよく笑う。
その顔がたまらなくかわいくて、俺は何度も何度も繰り返した。
「はぁ~、くすぐったかった。ご馳走様。」
「舐められても食べ切るって本当食い意地が張ってるよな。」
「君と食べるのが一番美味しく感じるんだもん。」
「ふ、ふ~ん。」
「あ!そういえば、馬!ここまで連れてきてくれてありがとう!かっこいいねぇ~。」
「ジェハはまだチビだから、乗れないぞ。見るだけだ。」
「ええ~・・・?」
むぅ、と口を尖らせるジェハ。
ああ・・・今日もかわいい。
とんでもなくかわいい。
何でそんな澄んだ目をしてるんだろう。
目は大きくて、鼻は少し小さい。
手も足も、まだまだ俺より小さくていつも少し体温が高い。
俺の、かわいいジェハ。
大好きだ。
「ちょっと川で手洗ってくる。ジェハも行くぞ。」
「濡らしたハンカチで今日も拭いてくれるんでしょ?」
「・・・・・・はいはい。」
「わーい!ここで待ってるからね~!」
ジェハは割と面倒臭がりだ。
一度座ると動きたがらないし、手を拭くのも俺にさせる。
ベタベタしたままなのは嫌なくせに、立ちもしない。
皇子の俺にそんなことさせるのは、ジェハお前くらいだぞ。
いつもジェハと会っているココの木の近くには小さな小川が流れていた。
川の水は澄んでいて、俺はすでに果汁で湿っているハンカチをじゃぶじゃぶと濡らす。
穏やかで、幸せな時間。
ジェハは俺のことを"君"と呼ぶ。
名乗るのを躊躇った俺を見て、何かを察したのだろう。
だが、そろそろ父上にきちんと事情を説明して、正式に許可をもらって堂々とジェハに会いにーー・・・・・・
「わあああああああああっ、」
「???!!!ジェハ!?」
ジェハの叫び声が聞こえて、持っていたハンカチから手を離してしまった。
川の流れに任せて、ハンカチは流れていく。お祖母様から貰った大切なハンカチだったが、そんなこと気にしていられない。
ジェハの叫び声の後、ネロの鳴き声も聞こえた。
嫌な予感がする。
走って、走って、走った。
胸が痛くなったけど、ジェハのもとに行かなければというその一心で、走った。
「・・・・・・っ、ジェハ!!!!!!!」
ココの木の近くで頭から血を流した小さな姿。
すぐ隣には心配そうに、ネロが付き添うように立っている。
「ジェハ!ジェハ!!!」
「う゛うっ・・・、ご・・・ごめ、ん、馬に乗りた、くて・・・・・・」
「・・・・・・っ、」
しまった。
目を離した隙に一人でネロに乗ろうとして、うまく乗れずに落馬したってことか。
乗り慣れてないジェハは受け身もうまくできなかっただろうし、何より頭を打っている。
早く治療をしなければ。
「ジェハ!自分で治せるか?!」
「・・・む、り・・・・・・」
「・・・っ、だったら、自治区に!お前の仲間で、治せる奴がいるのか?!」
「・・・う・・・・・・ん・・・」
「ジェハ!!!!!」
かくん、とジェハの体から力が抜けた。
いつもにこにこ笑っているジェハから表情が消え、俺の全身から血の気がスゥー・・・と引いていく。
ジェハを抱えて、馬には乗れない。
ジェハをおぶって、歩けない。
ジェハのために、俺はーーー・・・
何も、できない。
「・・・ジェハ、すぐ戻る、から。ここで待ってろ・・・」
ジェハの小さな口からは、返事はない。
血が出ている頭に新しいハンカチを当てて、俺はネロに跨った。
「ネロ。山道だけど、頑張ってくれ。」
強く腹を蹴る。城下に戻るより、自治区内に入り込んだ方が早い。
体だけは、大きくてよかった。
同年代の子どもより馬にはまともに乗れるからだ。
ジェハから家がたくさんある方向は聞いていた。行くつもりはなかったけど、ちゃんと一人で帰れるのか心配で言わせたことがある。
そしてこの後は、想像の通りだ。
畑仕事をしていた者に会えて、事情を説明。
大人を数人ジェハのところへ連れて行き、すぐに治癒術をかけてもらった。
苦しそうなジェハの顔が、穏やかな顔になる光景を見て、俺は自分でも気づかない間に泣いていた。
ジェハの母親だと言う女はジェハに似てとても美しく、そして、とても厳しそうな人だった。
「勝手に馬に乗ったのが悪い」と、落馬の件で、俺を責めることはなかったが、勝手に自治区内に入っていたことになると、恐ろしく静かな口調で、淡々と怒られた。俺の身分のことはお見通しのようだった。
ジェハはその二日後に目が覚めたと、ジェハの家の従者だというロイと名乗る男から聞いた。
あのココの木の下にも行けなくなった俺のためにわざわざ長の許可を得て、外に出てきたロイ。
そしてジェハは、頭を強く打ったせいで俺のことや、俺に会っていたことを全て忘れているのだと言う。
そんな馬鹿げたこと、とてもじゃないが信じられない。
直接会って確かめたかったが、それは許されなかった。何度も自治区に入っては、彷徨い出てくる。
そんな日を何日も繰り返したある日。
あのジェハの母親が俺に会いに城までやってきた。
父上と母上もいきなり尋ねてきた自治区の人間に驚きを隠せないようだったが「先日世話になったから」とだけ、告げていたし、それ以上は何も言わなかったそうだ。
応接間へ行き、向かい合って座る。
俺をしばらくじっと観察した母親は、俺に向かってこう言った。
「ジェハのことが、好きなのね。」
何故分かったのかは今でも分からない。
だが、ここで嘘をつく理由もなかった俺は「そうだ」と答えた。
俺の返事を聞いて、ゆっくりと弧を描いていく赤い唇。
馬鹿にしたような顔で、母親はこう言った。
「あなたには、ジェハを任せられない。」
どうしてだ、と俺から聞けもしなかった。
その通りだと思ったから。
地位や立場に物を言わせ、勉強も剣の稽古も碌にしない。
体が大きいだけで、ただ弱い子どもなのだ。
「・・・・・・ジェハを、守れるくらい、強くなればいいのか?」
強く手を握り、母親を見据える。
まだ少し妖艶な笑みを浮かべた彼女は「一番にならないとだめね。」と答えた。
ジェハは一族の中でも特に強い力を持っているのだと言う。
「他の者に獲られないようにせいぜい頑張ることね、小さな皇子さま。」
「・・・・・・すまなかった。」
「いいのよ。怪我の件は、あの子の責任。あなたのことを思い出させるようなこともしないけど、それはあなたで何とかしなさい。」
「・・・必ず迎えに行く。」
「あら、そう。外には一人で出さないし、今の言葉を伝えもしない。貴方が来ないと会えないわね。」
「なかなか意地が悪いな。」
「ジェハは夫に似たの。ではね。」
ふふ、と笑う顔がとてもジェハに似ていて、ぎゅっと心臓が苦しくなった。
会いたい。ジェハに会いたい。
ジェハに会うことだけを生き甲斐にしてきた俺が、この十年後。
この時の俺はあんな形でジェハに会うことになろうとは、これっぽっちも考えていなかった。
----------------⭐︎
『サフィーの回想話なげぇ~・・・』って、書いてる自分が思いました、すみません。
あと数話で終わります。多分。
どうぞ、お付き合いください(GW中に終わらなかった・・・重ね重ね申し訳・・・) 2023.5/7
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