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《 リト、あいつ馬鹿なのかなぁ?今日花束持ってきて僕の体に紐で括り付けようとしたんだよ?!信じられる? 》

「・・・んはっ、うふ、ふふふ、あははっ、」

《 ・・・もお。リトがそんな顔で笑うなら我慢して持ってくれば良かった 》

「話だけで十分だよ。花束はさすがに隠すの難しいからね。いつもありがとう、鹿くん。」




あの日の数日後、鹿くんにお礼の水花を持っていくと湖の岸辺には薔薇が数本並べてあった。
鹿くんに事情を聞くと《 あいつ、あれから毎日持ってくるんだけど 》とそれはもううんざりした顔で教えてくれた。


その顔を見て鹿くんには申し訳ないと思いつつも思わず笑ってしまった。

シエロさんが本当に毎日この森のどこかに来ているんだと考えただけでまた涙が出そうだった。




《 最近鳥達が騒いでるよ。人間が森にこそこそ来て何かしてるって。あいつのことでしょ、多分。 》

「・・・そ、れは、まずいよね・・・」

《 僕の言葉があいつ分かればいいのに。面倒くさいなぁ、もう 》

「ご、ごめんね、鹿くん。」

《 リトが謝ることじゃないよ。あいつが悪いの、あいつが 》

「う、うーん・・・僕が未練がましいのが駄目なんじゃないかな・・・」

《 はっ!?何言ってるの、リト。未練がましいのは、あ・い・つ!!ちょっと何とかして伝えてくる!! 》

「え゛っ!?あ、鹿くんっ??!」




前脚をドシッと地面に叩きつけ、どどどど、と湖から離れていく鹿くん。
今日ももしかして森にいるのかな。
・・・嬉しい。

きっとこれはシエロさんなりの償いなんだと思う。
あんな形で会えなくなった僕を心配してくれてる。


シエロさんはそのうち他の誰かと結婚して僕のことを忘れていくんだろうな。
それまでのほんの少しの間だけ僕に「さようなら」の準備期間をくれた。






「・・・きっと綺麗な人間を選ぶんだろうな・・・」

「貴方はまた彼のことを考えているのですね、リ・ト・さん。」




ゾクっと、背筋が凍りつく。
もう二度と聞きたくなかった声がすぐ近くの木の影から聞こえてきたのだから。

恐る恐るそちらの方へ目を向ける。
体がすぐに震え出した。


あの美しい青い瞳が見えたからだ。




「以前とは違う岸辺の方ににいらっしゃったのですね。うちの騎士が見つけられないわけです。」

「・・・・・・こ、こは、立入禁止のは、ずです・・・それに、あ、なたは国に帰ったん、じゃ、」

「・・・ええ、ええ。帰りましたよ。貴方のお父様のおかげで色々と・・・大変でしたけどね。」

「・・・・・・帰ってく、ださい。」

「貴方に話があって来たのですから。そう・・・怯えた顔をしないでください、リトさん。」



にこり、と微笑んだヤルモ様の美しい目は全く笑っていないどころかあの時の僕と同じ死んだ魚のような目をしていた。



「私、父から条件を出されていまして」

「・・・条件・・・?」

「はい。私の王位継承権立場を守りたければ、人魚の配偶者パートナーを見つけるようにと。」

「・・・・・・は?」

「私の国は今、人魚を敵に回してまして、ね。王家身内に人魚を引き込めばそれも改善されるかもしれないでしょう?」

「・・・勝手すぎませんか・・・!?」



声が震える。
恐怖と怒りが入り混じって、滅多に使わない魔力が溢れて水面を揺らした。




「ああ・・・リトさんは怒った姿も、美しいですね。・・・やはり私は、貴方が良いな。」

「・・・帰ってください。次は攻撃します・・・!」

「ふふ。それはさせません。」

「え?」





一瞬の出来事だった。
ヤルモ様は不思議な形の光る球をポケットから出すと、バリン、と地面に投げつけて粉々に割った。
その球から溢れ出した光はヤルモ様だけではなく僕の周りを覆っていった。





「これは特殊な宝玉なんです。・・・魔法、使えないでしょう?」

「・・・・・・・・・っ、」

「私は魔法使えないんです。貴方に攻撃されたら反撃しようがありませんから。体も動かないでしょう?さ、行きましょうね。」




はっ、はっ、と呼吸が荒くなる。
足が思うように動かせない。
岸辺にだらんと、上半身がもたれ掛かった状態のまま動けないでいる。


がさっ、がさっ、と落ち葉を踏む音が段々と近づいて来て、僕は体からまた大切な何かが流れて出ていくような、恐ろしい感覚になっていった。





「ご存じでしたか?今日、雪が降るそうです。ここで契りを結んでスィーニーに帰りましょう。」

「・・・ち、ぎり・・・?」

「おや。貴方はそんなことも知りませんでしたか。箱入り人魚なんですね。」

「・・・・・・貴方のこと、大嫌い、です。」

「・・・後でちゃんと躾けて差し上げます。さ、契りのことでしたね。」

「・・・・・・・・・」

「今からリトさんを人間にします。お互いの血液を摂取すれば終わりますから。・・・・・・貴方は一生私の元から離れられないのですよ。ふふ、あははっ、」





頬は赤らみうっとりと僕の頭を撫でる手は恐ろしく冷たい。
どこからか現れたスィーニーの騎士二人が僕の体を湖から引き上げ始める。
体を捩って抵抗したけど上手く動かない。



岸辺に打ち上げられ死にゆく魚のように、僕はただ引き摺られるだけだった。



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