【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

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訓練場から宿舎までは、竜に乗れば五分もかからない。

だけどイルは俺を縦抱きにして歩いて帰った。
厚みを増した暗雲からぽつり、ぽつりと雨が降り出してもイルは何も言わず、真っ直ぐに前だけ向いて。

ちょっと暑いなんて言っていたのが随分前に感じる。
太陽が隠れてしまえばこんなにも肌寒いのに。
震え出す手を自分で温めながらようやく見えてきた宿舎に少しホッとした。


宿舎一階、一番奥の部屋。
ガコッと異音が聞こえたのは、イルが扉を蹴り飛ばしたから。
部屋に入って一直線に向かった先はあの狭いシャワー室。
どさっと落とされ、そのまま服の上からシャワーをかけられてびっくりしたけど、このシャワーは魔石というものが埋め込まれているそうで温かいお湯が出る。
冷え切った体が溶けていくようで、降り注ぐシャワーの下でふうっと大きく息を吐いた。


キュッと蛇口が閉まる音がして、恐る恐るイルの方を見上げる。
シャワー室を初めて見た時「何だこの鉄の棒は?」とか言ってたのに、もう使いこなしてますね。

絶対零度の琥珀色の瞳が迷いなくこちらを向いていて、俺はまたゆっくりと視線を下に戻した。


「脱げ。」

「・・・・・・やだ。」

「・・・・・・」

「ぎゃっ、わー!わかっ、たから!やぶっ、破かないで!あっち向いといて!!」

「早くしろ。」

「ぬ、ぬ、布!その、布ちょうだい!!」


引っ張られた襟ぐりからミシッと繊維が切れる音がした。
下手に抵抗するのやめよう。この服、今日袖を通したばかり。


頭上からチッと盛大な舌打ちが聞こえてきてから、大きな布が降ってきた。
シャワー室の扉を慌てて閉めて、肌にまとわりついた服を一枚ずつ剥がしていく。
よく見ると腕や太腿に真新しい大きな痣ができていて、これはイルにバレないように隠し通す案件だな、と瞬時に判断。

布でぐるりと体を覆ってシャワー室を出た。


出た瞬間、今度は丸太のように担がれて連行。
バネが効いてるのがせめてもの救い。
ベッドにドーンと投げられて、さっき発見した痣の部分に痛みが走り、思わず「ゔっ」と声が出てしまった。

それを見逃さないのがこの竜人、イルである。


「見せろ。」

「い、い、い、嫌だ。大丈夫だも、ぎゃっ!」

「・・・・・・チッ、他には?!」


少し厚みがあるとはいえ、これはただの布。
透けはしないけど、ぺろーんと捲られればそれまでのこと。
上半身が丸見えの俺に跨り、ぎりぎりと歯軋りをするイルに俺は変な汗が止まらない。


「ない!他はない!これだけ!」

「二言はないな?」

「・・・・・・ゔう・・・っ、ひ、左の、太腿、に、ぎゃ────!!」

「・・・・・・クソッ・・・っ!」


ブチギレのところ悪いんですが、ちょっと待って、何この格好。
辛うじて男の大事な部分と尻が隠れてるだけで、あと丸出しなんですけど。
しかもイル、めっちゃ見るじゃん。まじまじと見るじゃん!?
俺があの家で一ヶ月眠りこけてた間もそんなに見てたりしないよな?!
イルが気にしなくても、俺は気にするんだってば────!


「ほ、ほっとけば、そのうち治るから!」

「・・・・・・」

「ご、ごめんって・・・!敷地内なら、セ、セーフかなって・・・思って・・・、その・・・本当、反省してます・・・」

「許さん。」

「っ、んぎゃ?!」


肌に歯があたる感触がして、びくりと体が跳ねた。
太腿の次は、二の腕、ごろんと転がされて腰の付け根。
甘噛みだから痛くはないけど、ぐっ、ぐっ、と犬歯が食い込むから反射的に声が出る。


「~~っ、イル!?」

「何だ。」

「なっ、何だ、じゃなくて!か、噛むのっ、やめ、ひいっ」

「煩い。」

「ひゃ、わっ、~~~、あは、あはははっ、なんか、くすぐっ、たい!イルってば、あははっ、」


あまりにしつこい甘噛みがくすぐったい。
一度笑い始めたら止まらなくなってしまった。
結局イルの攻撃(?)が終わるまで笑う羽目になり、笑いすぎて疲れた俺を見てイルは俺に跨ったまま大層不服そうな顔を浮かべていた。

ベッドの上で息も絶え絶えな俺。
見る人が見たら、絶対勘違いする光景。


「・・・はあ、ゲホッ、マジでなんなの・・・」

「あとは首だ。」

「?!!それは無理!俺が首弱いの知ってんだろ!?」

「知らん。手を退けろ。」

「っ、断る!」


以前、目印をつけるとか言って首を噛まれたことがある。(あれは絶対本気だった)
本当痛くて、半泣き。
首は急所だということを教え込んだはずなのに、この竜人はすっかり忘れてしまったのかもしれない。

両手で首を覆ってガードする俺。
それを絶対零度で見下ろすイル。
ここを許してなるものか!と、口をぎゅっ、目もぎゅっ、と閉じて芋虫みたいに動かないでいるとイルまで黙りこみ、しばらく沈黙が続いた。


「見せてくれ。頼む。」


変な攻防戦の末、聞こえてきたのはさっきまでと打って変わって切羽詰まるイルの声だった。
薄目を開けて様子を窺うと、イルは大きな手で額を抑えていて顔がよく見えない。
しばらく悩んで、そーっと首を覆っていた手を外し「ほ、ほら・・・」と声をかける。

額から手を外したイルはなんかちょっと申し訳なさそうに手を伸ばし、ゆっくりと俺の首を撫でた。


「攻撃魔法も教えるべきだった。」

「・・・いや、体が強張って結局動けなかったと思う・・・」

「・・・あの青い炎が見えた時・・・・・・」

「?あ、カルマの魔ほ、うわっ、」


肩甲骨あたりに手を差し込まれ、上半身をぐんっと起こされた。
さっきまで寝た俺にイルが跨っていたのに、今度はイルの膝に乗って向かい合った体勢に。
体を覆った布はほとんど役割を果たしておらず、腰回りにぎりぎり巻き付いているだけ。

ぶわっと羞恥心が煽られて、膝をついて逃げようとしたけどできなかった。

腰をがっちり掴まれて、何をしても動かない。
意を決してイルの方を向いた。


するといつもと少し違う、揺れる琥珀色がそこにあった。
目が合うとまるで俺の視線から逃げるようにイルは俺の鎖骨あたりに額をあてた。
すりすりと、体を寄せる猫みたいに額や頬を俺の鎖骨あたりにすり寄せたあと、胸にぴたりと横顔をくっつける。

俺の体が熱いのか、イルの体が冷たいのか。
イルの髪についた水滴がじんわりと温まる頃、イルはようやく口を開いた。


「生きてる。」

「う、うん。イルが・・・助けてくれたから・・・」

「こんな痕までつけられて・・・許さん。」

「・・・・・・ごめん。」


喋る間もイルはずっと俺の心臓の音を聞いていた。
時折額をぐりぐりして、また元に戻る。


どれくらい時間が経っただろう。
いよいよ肌寒くなってきて、クシュン、と一つ俺がくしゃみをすると、仕方なさそうに俺を見上げるイルの顔。
目をぐるりと動かしてベッドに掛けてあった肌掛けを手繰り寄せ、俺の肩に巻きつけてくれた。
自分もその肌掛けに腕を差し込み俺の腰に手を回すと、また胸元に顔を寄せ、俺を見上げた。


口角は下がり、眉間にはまだ皺がよっていて、とてもじゃないけど機嫌が良いようには思えない。

でも────・・・


「ふ、ふふ、」

「・・・笑う奴があるか。」

「だって、かわいい。」

「・・・かわいい?」

「俺、おかしくなったかも。」


クロも言ってたな、かわいいって。
ようやくちょっとその気持ちがわかったかもしれない。


髪を梳かすように頭をゆっくりと撫でた。
丸みを帯びた形のいい頭は意外と小さい。
折れた角が腕にあたったけど、イルは怒らなかった。

何度か繰り返し頭を撫でたあと、初めて俺から額を合わせた。
イルのように勢いはつけず、そっと合わせるだけ。


「心配かけてごめん。助けてくれてありがとう。」

「・・・・・・二度と油断するな。」

「・・・うん。」


狩られる側の恐怖っていうのかな。
あれには多分一生慣れない。
でも、自分の身は自分で守れるようにならないと、毎回イルやジェイスさん達に迷惑をかけてしま────・・・


ぼすん。

「え?」

何度めかの見覚えのある天井。
この部屋の天井の木目の中に犬の顔みたいに見える部分があって、俺そこが気になって、気になって・・・・・・って、そうじゃなくて。


「仕置きの時間だ。覚悟はいいか。」

「え゛!?い、今から?!今までのは?!」

「何の仕置きもしてなかろう。」

「ししししました!十分に!この通り反省もしてます!!」

「・・・ハッ。どうだか。」

「はあああ?!意味わからっ、いぎゃっ、噛むなってえ!」


さっきの猫みたいなかわいい竜人、消えた。一瞬で。
俺の首に狙いを定め、かぶりとまず一噛み。
続け様に逆サイドをもう一噛み。

・・・・・・・・・普通に、痛い!!!


「鬼畜!非道!暴力断固反対!」

「聞き分けのない奴はこうやって躾けるんだ。」

「動物扱いすんな!」

「人間も動物だろう。馬鹿め。」

「ぎゃ────!頬っぺた噛まれたああああ!」


宿舎に響き渡る俺の叫び声をカルマとアイラさんが聞きつけて、壊れかかった部屋の扉が遂にガコン、と取れた。


半裸の俺にまとわりついたイルを見て、カルマは顔が真っ赤だし、アイラさんは両手で顔を隠したと見せかけて指の間から俺たちをガン見。

間違ってもイルが二人を吹き飛ばさないように、あらかじめ腕にしがみついたせいで、さらに肌掛けがはだけて・・・・・・・・・


「あたしの中で新しいの芽生えちゃった♡」


きゃっと顔を覆うアイラさんの横で、俺の怪我を予測して様子を見にきたリーディア様が膝をついて笑い転げる。

イルは見たことのあるあの鎖でぐるぐるに巻かれていたけど、俺はしばらくそのまま放っておくことにした。












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