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きさらぎという奇跡

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 それから僕は一目散に家に帰ってから、とある荷物を取って、直ぐにまた外に飛び出す。

 僕はもうこの世にいていい人間じゃない。愛してくれた人間を疑い、拒絶し、、、、、裏切り者は僕だった。

「今回こそ、本当に、、、してやる。」

 今にも消え入りそうな声でそう呟くと、僕は裏山へと全力で駆けていった。



~裏山~



 裏山に着いた。そこには未舗装の雑草が生え散らかった道が一筋だけ伸びている。その道の端には『熊注意』と書かれていた事が辛うじてわかる程度に錆びた標識が一本倒れたままほったらかされ、いつの物かも分からないようなゴミも落ちている。

 あの時と同じだ、何も変わって無い。大昔に僕が来た時から誰も来ていないようだ。時が過ぎ人々に忘れ去られた物たちの無念のようなものが、僕を奥へ奥へと誘う。

 途中からはさっきまでの未舗装の道すら無くなり、いわゆる獣道になった。ここまでは記憶通りだ。

 もうすっかり暗くなり、数メートル先は見えなくなっていた。だが街からの光でなんとか自分の足元ぐらいは見える。それからも手探りで山の奥へと進んで行く。

 そんな中、心なしか周りが明るくなった。

 足元から目を離し上を見る。僕はついに目指していた場所を見つけたのだ。

 そこには大きな木が一本立っていて、周りには他の木が全く無い。まるで他の木が、この木を避けているようだ。



 ここは僕の思い出の場所だ。昔僕は虫を取りにこの山に入った。もちろん大人達はやめろと言っていた、迷って帰ってこられなくなると。事実、僕は迷ってしまった。行けども行けども来た道は、見つからない。そんな僕を他所に、日は暮れ、月が昇り始める。僕は衰弱しきっていた。そして最後にここに着いたのだ。僕はこの木にもたれこんだ。それこそ子どもながらに、死を覚悟したのだ。だがそうはならなかった、誰かが声をかけてくれた、とても優しい安心する声だ。その人は僕の前に立ち、手を差し出し言う。

「そんなところで寝ていちゃダメだ。」

 それから僕はその人に背負われ下山したのだった。

 が、この話はこれで終わらない。不思議な点がいくつかあるのだ。まず何故かおじさんの記憶が声以外ない。顔や服装がさっぱり思い出せないのだ。それにこんな山の中に夜中にいた事もおかしい。そして極め付けがその後のおじさんの消息だ。下山してから彼は僕を下ろすと、

「もう来ちゃダメだよ。」

 それだけ言うと消えてしまったのだ。まさしく霧散という表現の通りだ。それから親や警察がお礼をしようと彼を探したが、結局彼が見つかる事はなかった。これが事の顛末だ。

 彼は山の神とかだったのかもしれない。とにかくこの事から僕はこの山には何か特別なナニカがいる、そう思うようになった。今日ここに来たのもそれが理由だ。ここなら僕の汚れた魂を浄化してくれるかもしれない。



 僕はカバンを地面に下ろし、持って来た物を取り出す。父親のライター用オイル四缶にマッチだ。

 前、、、しようとしたときはロープを使おうとした。しかし、僕みたいな人間はそれじゃあ、イケナイんだ。体の中も外も真っ黒だ。汚れきっている。全て焼き尽くさないと、そうでもして浄化しないと。

 僕はオイルの缶を開け、勢いよく頭からかぶる。一缶、二缶、三缶、次が最後の四缶。ほぼ全身に満遍なくかかった。

 いよいよだ、覚悟を決め、マッチ箱からマッチを一本取る。これを箱の外で擦ったが最後、僕は終わる。

「それで良い、それで良いんだ。」

 自分に言い聞かせるように囁いた。そして勢い良くマッチに箱の側面を滑らせる。



その時

「やめなさい!!」

 その声が響き。僕の手を何者かがチョップする。火のついたマッチはそこし遠くに飛ばされて行く。

「誰だよ? 僕みたいな人間死んだ方が良いんだ。放っておいてくれよ。」

 僕はそう言って、マッチ箱からもう一本マッチを出そうとする。

 だが、次の瞬間僕の視界は一回転し、背中に凄い衝撃を感じる。マッチ箱はどこかにやってしまった。

「上手投げだ。綺麗に決まって良かった。もう何十年もしてなかったからな。」

 やっと今何が起きたかがわかった。僕はさっきチョップした男に今度は放り投げられたようだ。ところでこの男の声は聞き覚えがある。とても優しげな、どこか懐かしさを感じる。まるで、兵藤さん、、、いや、待てよ。もう一人、もう一人いる。あの人だ。僕をこの山で助けてくれた。

「やれやれ、まさか君嶋くん。君だったのか、あの時ここで助けた少年は、」

 男がそう言った時、僕も突如、あの日の事を思い出してきた。あの時助けてくれた人の顔も服も匂いも全て。そう、あの日助けてくれたのは、兵藤さん、キサラギ駅駅長兵藤 茂、この人だったんだ。そうわかった時兵藤さんが言う。

「君も思い出したみたいだね。その通り、昔この山で迷子になった君を助けたのは僕だ。

ところで、」

 急に兵藤さんの口調がキツくなった。

「僕言ったよね。もうここには来るなって、それと、もう自殺なんかしようとするなって。僕の言いつけ二つも一気に破って。どうしてなんだい?」

 兵藤さんが聞く。

「だって、だって、僕は汚れてるんだ。赤人なんて目じゃない。僕はもうダメだ。

僕なんて死んだ方がいい。」

パシーンッ

 辺りに乾いた音が響き渡る。兵藤さんが僕の頬を平手打ちしたのだ。

「そんな事、冗談でも言うな。」

 その声はいつもの優しい声ではなく、怒りに満ちており、顔もまるで般若のようで、まるで別人のようですらある。兵藤さんは続ける。

「君は普通の人より知ってる筈だ、世の中には、生きたい、死にたくない、そう思っている人が五万といる。しかし死は誰にでも容赦なく訪れる。

 駅にはいつも、沢山の人が来る。寿命を全うなさった御老人もいるが、君とそう歳の変わらない子や、それこそ生まれてすぐの子だっているんだ。この意味はわかるね。

 僕は彼らを見るたびに胸が痛くなる。出来る物なら戻してあげたい。彼らだってそうだろう。

それを君は、自分から捨てようとしているんだ。確かに君の言っている事は正しいよ。今の君は最低だ。それこそ君を虐めていた連中よりも、、、」

 途中から兵藤さんの顔は元に戻っていた、だが目が潤み出していた。

「すい、ません、、、」

 僕はそうポツリと呟く。そして僕はまだ少し躊躇しつつも何故また自殺しようとしたか、理由を語ることに決めた。

 しかしいざ話すとなると、どこから話せばいいか分からず、困る。すると兵藤さんの方から質問をしてくれた。

「じゃあ、まず、今回は、その赤人って奴が原因じゃないね?」

 僕は少し考えてから、それにコクリと肯く。いつの間にか、兵藤さんの声もと顔はいつも通りに戻っていた。

「やっぱり、じゃあ、前言ってた蒼空って子の事じゃないかな?」

 僕はまた軽く首を縦に振り、経緯を説明し始める...

「彼女が、あの赤人と付き合い初めたんです。」

「ほう、でもその子、君から聞いてる感じではそう言う男とは付き合わないタイプじゃないかい?」

僕はまたまた首を縦に振って、話を続ける。

「そうなんです。彼女が付き合ったのには理由がありました。僕を助けるためだったんです。彼女が赤人と付き合って口利きすれば、僕へのイジメはなくなる。そう思って彼女は彼と付き合った。

 でも、僕は愚かにもそれに気付けなかった、その上蒼空を疑って、口汚く罵ってしまったんです。そしてついには彼女にも嫌われてしまった。最低ですよね、助けてもらった上にそんな事をするなんて。」

 僕は話し終わる。もう一度話してもやっぱり僕は最低な男だ。兵藤さんは聞き終わると二回小さく頷いてから話し始める。

「そうか、君にいい言葉を教えてあげよう。
 君、「疑わしきは罰せず」という言葉を知っているかい?」

その言葉なら、サスペンス系の純文で読んだことがある。僕は、大きく頷いた。

「意味はそのまま。君が怪しく思ったとしても、まずはその人の事を信じて、話なんかをしっかり聞いてあげることが大切ってことだ。

しかし今回、言葉を知っていても、君はそうしなかったという訳だ。」

 確かにそうだ。少しでも考えれば、蒼空が赤人付き合うなんておかしいと簡単に気付けたんだ。

「ところでこれは彼女にも適用されるよ。君は『彼女を口汚く罵って彼女にも嫌われた』と言ったね。彼女が僕が君から聞いている通りの人なら、それが君の本心じゃない事ぐらい気付いてくれるさ。明日にでも直ぐに彼女に謝りなさい。」

 

 明日、直ぐに彼女に謝る。そうしよう、確かに彼女ならわかってくれる。



 再び、僕の心に光が戻って来るのを感じた、さっきまでの闇はその光に全て焼き尽くされていく。兵藤さんは本当に不思議な人だ。人に希望をくれる。

「兵藤さん。ありがとうございます。僕に、道を示してくれて。」

僕は兵藤さんに、そう言った。そう言うと、

「そうか、それなら良かったよ。」

 すると兵藤さんは、そう優しく返してくれた。




 それから兵藤さんが、唐突に言う。

「ところで、どうやって僕がここに来たか分かるかい?」

 もちろん分かるわけがない。僕は首を横に振る。

 すると兵藤さんはポケットから懐中時計を一つ取り出し、摘みのような物を押すよう僕に促す。僕が恐る恐るその摘みを押すと、急に突風が僕だ向かって吹き出した。思わず僕は兵藤さんの腕を掴み、目を閉じる。

それから数秒後

「もう開けていいよ。」

 僕は目を開くそこはさっきと変わらない場所だった、しかし奥の木の裏に何やら明かりが灯っており、賑やかだ。僕がそれを見ていると、兵藤さんが説明してくれる。

「ここはね、キサラギ駅の外と繋がってるんだ。この木の力でね。」

 そう言うと兵藤さんは中央の大きな木をポンポンと叩く。それから明かりの方を指差す。

「そしてあれはお祭りさ。普通ここに来る人間はこれから三途の川を渡る。真の人生の最後さ。だから最後の思い出の為に、このお祭りがある。

 今夜は少しあそこで楽しみなさい。時間になったら自動的に君はこれで、家に帰れるようにしておいたから。」

 そう言うと、兵藤さんはさっきの懐中時計を僕に手渡した。ここで僕は一つ致命的な事を思い出す。

「僕、お金持ってないです。」

 すると兵藤さんは笑い出した。

「そんなの、心配しなくて大丈夫。あのお祭りの物は全て無料さ。

さぁ、行っておいで。」

 そう言って兵藤さんは僕の背中を軽く押す。僕は数歩進んでから、もう一度、兵藤さんを見る、彼は笑顔で手を振った。僕もそれに応えるようにお辞儀をする。それから祭りへと走っていった。



~祭り会場~



「綺麗だ、、、」

 僕は思わず、声を上げる。
 なんとも形容しがたいらそんな絶景だった。出し物はチョコバナナや綿菓子、射的と普通のお祭りと変わらない。他のものだっていたって普通で変わった所は無い。だが、何故か綺麗と思ってしまう。これを言い表せる言葉は、ただ一つ、「幻想的」まさに、異界の景色だった...

 グゥ~

 ふとお腹が鳴る。よく考えると昼から何も食べていない。その上山登りで大分消耗していた。まずは何か食べたい。

 それから僕は、焼きそばを食べて、同じ店でお好み焼きも注文し、一枚ペロッと平らげる。次に隣の店で、デザートに綿菓子をもらい。それを食べ終わると、今度は射的をし、楽しみに楽しみ尽くした。

 何時間経っただろうか。遊び疲れてきた。そう感じた途端、疲れと共に眠気も襲って来る。

 僕はその場で気を失った。




~Next day~




「ジリリリリリリリリリリリr...」

 僕はいつも通りの目覚ましで、目を覚ます。一通り支度を済ませた僕は、リビングに降り、朝食をとる。だが今日の朝食は一味違う、珍しく両親が二人とも家に居り、一緒に食事が出来るのだ。家族みんなで食事なんて本当に久しぶりだ。



~Ψ( 'ч' ☆)(/◎\)朔弥食事中~



 食事を終えた僕はすぐさま自室に戻った。しなければならない事を忘れかけていた。

「そうだそうだ...蒼空に返信しとかないと...」

僕は蒼空に、

「昨日はごめん。本当は僕も君が好きだ。一度は君を疑った僕だけど、君の気が許すなら、もう一度だけチャンスをくれないか?」

とメールを送った。

 すると返信して驚くほど直ぐに既読がつき、数十秒も経たないうちに彼女から返信が来た☆
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