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▲お話△

魔法の練習、反動。

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夜、冷ややかな夜風が優真の頬を撫でるように吹き抜ける。多くの者が寝静まる中、優真はデリーの指導の下で魔法の練習をしていた。

『ユーマ、大丈夫?家に帰ってから、ぼーっとしてる』

「そうかな?僕は全然平気だけど」

少し体が温かい気がする。でも、今の僕は子どもだから体温が高いのは当たり前か。

『まずは自分の魔力を把握するところからだね』

「うん」

僕の魔力多いらしいけど、実際どれくらいなんだろう?

『魔力は人それぞれ見合った器と量があるんだ。器が小さければ魔力も少ないし、大きければ莫大な魔力を持つんだよ』

器に比例するのか。分かりやすい反面、持って生まれた格差に悩まされそうだ。そう考えると、僕は恵まれているのだろうな。

「器を大きくすることは出来ないの?」

『心身が成長するに連れて大きくなるよ。あと、毎日魔法をたくさん使ったり、強制的に大きくすることもできるけど……最後の方法はあんまりお勧めしないかな』

「体に負担がかかりそうだね」

『うん、それに強引に広げた反動で体が破裂したり、使えなくなったりするからね。あ、自ら魔物になって自分自身を保てなくなった人間もいたよ?』

うん、絶対やらない。

「それで……魔力を把握するにはどうしたらいいの?」

『ユーマ自身の最も奥にあるものを探してみて?』

「最も奥……」

風の音、葉が擦れる音。耳から聞こえる音に暫く意識を向けていたが、胸に手を当てるといつの間にか心臓の拍動の音が聞こえてきた。

「心臓……?」

『ううん。もっと、もっと奥だよ』

更に奥へ……再び意識を優真の内側に向けた。先ほどまで聞こえていた、風や葉の音はもう聞こえない。

「もっと、もっと……」

拍動に意識を向けると、今度は下に引っ張られる感覚を覚えた。その感覚に身を任せると、水の中に入ったような静けさになった。無重力で無感触。でも、僕を包んでいるような——

『ユーマ!』

「‼」

デリーの声で引き戻された。先ほどの包まれている感覚はまだある。

『すっごい魔力だね!こんなに多い人間は初めてだよ』

「え?」

『ユーマが今まとっているのが魔力だよ』

これが、魔力……

「あの水の中みたいなのは?」

『ユーマの持つ魔力量だね。器は分かった?』

「ううん。引っ張られる感覚に任せてたから」

『そっか。器が見えれば魔力量の限界が分かるから、制御しやすいんだけど……その多さなら大丈夫かな!』

そんなに多いんだ……僕、制御出来るかな……?

『魔力を把握出来たから、次は魔力を見てみよう!』

「え?」

 

 

 

「魔力を見るって、どうやって?」

『微弱な魔力を放って他の人の魔力の反応をユーマの目で見るんだよ』

それって、魚群探査機やレーダーに似ている気がするな。

「でも……僕は目が見えないよ?」

『実はね、そのユーマの目が見えないのは“呪い”じゃないみたいなんだ』

「え……の、呪い?」

呪いとかあるんだ……怖っ。

『闇属性の魔法にはたまに呪いは付属であるものもあるんだけど、それとは違うんだよね。ユーマが見えなくなったのって』

「そうなんだ」

良かった……僕に呪いがあったらどうしようかと思った。

『もし呪いだったら、精霊とか妖精は寄って来ないんだ。それに、もし来たとしてもすぐ逃げると思うよ?呪いって闇属性だから精霊は特にね』

精霊は特に闇属性を嫌うのか。

「デリーも精霊だよね?」

『うん!』

辛そうな声色ではなさそう……更に謎が深まった気がする。

『それでね?魔力を見るときに、目に魔力を通すんだ。それをきっかけに見えるようにならないかなって思いついたんだけど』

ショック療法か……

『どう、かな?』

出来るかどうかは、やってみないと分からないし……やってみなければ、何も始まらない。

「うん。やってみようか」

『じゃあ、“サーチ”って唱えながら目を開けてみて?』

search(サーチ)……探す。索敵するときに使えそう。イメージは、暗視カメラの立体的な感じが良いかも。

「サーチ」

波紋のように微弱な魔力を放出した後、優真はゆっくり目を開けた。

『……どう?』

「み……」

『み?』

「見えない……けど、分かる」

『ん~、どういうこと?』

いや、僕にも何が何だか分からないんだけど。

「目は見えてないんだけど、ここにデリーがいるのは分かるんだよね」

優真はデリーのいる気配の方向に手を出す。

『うん、合ってるね』

「それから、隣にジル兄さんとミューラ姉さんが布団で話をしているのも分かる」

『それも、合ってる……じゃあ棚とか窓とかはどう?』

「何となく、ここに棚があって……窓は壁をつたわなくても行けそう」

これは……成功したのか?

『う~ん、何がどこにあるかだけでも分かったのは良かったのかも?』

「そうだね。じゃあ、そろそろ寝……」

急に体の力が抜けて床に倒れてしまった。動こうにも、全身重くて動かせない。あともう二、三歩で温かい布団に入れるのに——

『ユーマ⁉』

「大、丈夫……ちょっと、力が抜けた、だけ……」

『誰か呼ばないと!あ~でも、僕はユーマにしか見えないし……』

「(デリー、何言ってるの?そんなに慌てて、どうしたの?)」

「デ、リー……?ど、した……の」

『あっ、そうだ!ユーマ、ちょっと待ってて‼』

サーチも切れて、段々と瞼が重くなる優真。

「(デリーの声が遠のいていく。どこ行くの、デリー?僕眠たくなってきたよ……)」

優真は布団のある方向に手を伸ばし、意識を手放した。

 

 

 

優真が倒れる少し前、ガロスは夜の警備のため獣の姿で小鹿と一緒に森の中を歩き回っていた。

《これですよ!どう思います?御神木様》

『それは意味も何も、フィオがあなたにあげたもの。あの人の子は全く意図して作った訳ではないし、その花冠、他の子らにもあげていたわ』

《そ、そうなんですか……》

小鹿は神木が形を変えた依代の一つ。

『はあ、全く。先入観の持ち過ぎで、面と向かって話も出来ないなんて……それでも大人の雄狼かしら?』

ガロスは顔を背ける。

『そんな子供じみた真似をしないで、ちゃんと話をしてみな——』

小鹿は村の方に顔を向けた。

『(こんな莫大な魔力、初めて感じましたが、もしやあの子の……)』

《敵⁉あっちは……村の中だ!》

駆け出そうとするガロスを諫める小鹿。

『待ちなさい、ガロス』

《なぜです!》

今度は微弱な魔力が広範囲に広がった。

『これは……(索敵魔法。これだけ広がればいかに魔力が多くても消費が激しいはず)』

優真の身を案じる小鹿。この胸騒ぎが杞憂であることを願った。

《御神木様!》

『安心なさい。敵でもないし、村人たちにも被害は無いわ』

小鹿の言葉を聞いてガロスは胸を撫で下ろす。

《そうですか……》

しばらくすると、魔力は感じられなくなった。

《今のは、一体?》

小鹿は空に浮かぶ月を見る。

『(本当のことを言うと、あの子の印象はかなり悪くなるでしょうね)』

《どうしたんですか?》

ガロスは首を傾ける。小鹿は気にさせないように、何でもないそぶりをしながら家に戻るよう背中を体で押し出す。

《それじゃあ……お休みなさい。御神木様》

『ええ』

ガロスがやっと村の中に戻るのを待って、先程現れた“何か”に視線を向ける。

『ここはあなたが来ることが出来る場所ではありません。それを承知の上で足を踏み入れたのですか』

草陰から現れたのは、青年……の姿をした“何か”。元いた世界の優真に酷似している。

『貴方……?』

「た……す、けて……」

喉をさすりながら、たどたどしく話す“何か”。表情から見ても緊急事態ということが分かる。

『今は貴方がここに来たことには目を瞑りましょう。何があったのです』

「い、いとしい……子を……」

『(愛しい子?)あの人間の子どもですか?』

青年は頷き、村の方を指さした。

「たす、けて……!」

そう言い終えると“何か”は透明になり、消えた。小鹿の予想は的中してしまった。

『(急がないと……!)』

小鹿は姿を変え、豹の姿となって全速力で村へと向かった。森の中で開けたところに出ると、今度は隼の姿に変わり、先程よりも速度を上げる。そして村の上空に着くとジャイールの家の一番大きな窓に入った。

『!』

入ってすぐ、優真が倒れているのを発見。外から蔦を伸ばして優真を移し、布団に寝かせる。高熱で意識のない優真。倒れた原因は恐らく、魔力を急激に消耗したことで体調が悪化してしまったことだと隼は考えた。掛け布団をかけると家の中の気配を探る。

『ジャイールとミューラは……ああ、この子の魔力に当てられたのね』

魔力の波長が合うと個人差はあるものの、気持ちよくなるらしい。

『(後は、下の兄弟たちですが……)』

幸いにもこの部屋にやって来た兄弟が、扉の前に一人。

《ユーマ、まだ起きてるか?》

『(ジギル、丁度良かった)』

蔓を更に伸ばして扉を開けた隼。ジギルは扉に手をかけていたため、そのまま優真の部屋につまずきながら入った。

《うおっ!ユーマ、起きてんなら返事……》

『よく来てくれましたね。ジギル』

《へっ?》

予想外の状況に理解できないでいるジギル。

『ユーマが倒れました。急いでジャイールとミューラを呼んできなさい』

《ユーマ⁉でも、寝て……》

『急いで‼』

《はいっ!》

反論する余地もなく、駆け足でジャイールたちを呼びに向かった。その間に隼は再び姿を変え、今度は人間の姿になった。中性的な顔をした人間は優真の頬に手を当てて額を合わせる。

『御神ヘーゼルダントの一柱、グレースの名において告ぐ。我が力を持ちて、愛し子に祝福を与えん』

そう唱えると優真の顔色が次第に改善され、うっすら意識を取り戻した。

『やはり、完全回復までは程遠い』

優真は触れられている手に触れる。この家の誰でもない手。微かに草花の匂いがした。

「いい……にお、い」

その言葉に微笑む人間——グレースは優真の額にそっと唇を落とした。

『まさか、このような無意味なまじないに縋りたくなるなんてね』

《ユーマ!》

勢いよく扉を開けたのはジャイール。

『(これでひとまず大丈夫)』

《あ、貴方様は!》

ジャイールとミューラはすぐにグレースの正体に気付いた。

『今は私のことよりもこの子を』

《はいっ!》

すぐに手当てに取り掛かる二人。ジギルはグレースをじっと見つめる。

《誰だ……?》

グレースは優真から手を放す。優真は離れた手を探して弱々しく手を伸ばしている。グレースは窓に手をかけ、

『あの子を安心させてあげて?ああ見えて、寂しがり屋さんだから』

そして、再び隼に姿を変えた。

『頼むわね』

そう言いながら飛び去った。ジギルは優真の隣に座り、優真の手を取った。

《ユーマ》

「……ギ、ル……」

優真は夕飯の様子からは想像出来ないほど、息も絶え絶えで、辛く苦しい顔をしていた。そして深い眠りについた。

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