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最終話:再会
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ロハノと共に、夜の帳を下ろす鳥、新緑の妖精、過去と未来とを見通す鷹、神話の巨人、夜空の織り手の女神、星を産む大蛇座、いたずらばかりをしているが子供や病人には手を貸すこともあるピクシー、穢れた流れを清める象、天界に住まう鍛冶の手になる最高傑作であるゴーレム、最も美しく強い獣を組み合わせて作られたキメイラ、一つの苗木の始まりが森に成長するまでを見守ったトレント、すべてのものに癒やしを与える僧侶、世界に不可欠な諧謔をもたらすインプ、虐げられたものに常に優しい騎士、腐り果てても誇りは失われず死霊術師にも操られない戦士のゾンビ、神話として語られるほど強く勇敢であった戦士、混乱や恐怖と同じほどの進歩を世界にもたらした悪魔、その足跡が湖となるほどの巨獣、分岐路に立ち旅人の心を試す導師、決して眠らず黄金の果樹を見張る百目の怪物、辺りに満ちる霊気を参照して無限に力を伸ばす精霊、信じるに足る仲間と共に戦った剣士、クレアボヤンスの力を持つ青い目の種族、あらゆる獣がその前にひれ伏すライオン、魔術と科学との狭間に真理を見た錬金術士、類まれな弓矢の才能と限りない叡智を備えたケンタウロス、飽食の傲慢に罰を与えるハーピー、剣でも断ち切れずむしろ絡め取られてしまう糸を吐く大蜘蛛、死の運命すら掠め取った大盗賊、いかなる望みも叶える魔力を恐れられたため神に封印されたというジン、まきばの牛に安らぎの音色を歌う牧神、正しき道を望むもの誰にでも教え諭す賢人、相手が怖気づいていればいるほどその心をよく見通すサトリ、三つの頭それぞれがべつの胃袋をもつというケルベロス、月のない夜に見られた悪夢が具現化したのだとされる魔神、吸血鬼の館から華麗に財宝を拝借しては貧民に配る義賊、この世の始まりから終わりまでの出来事がすべてその甲羅に記されているという大亀、生まれたときは一匹の蟻に過ぎなかったが進化を続けてついには竜に至った虫、現実に潜む力を取り出し自在に操る魔術師、名手の放つ矢よりも速く駆けたとされるフェアリー、百万の信者に崇められ血と肉の生贄で力を得る三つ腕の魔人、獲物の匂いだけでなく魔力をも嗅ぎ取って駆けていくタイガー、暁の空を群れで飛びその側にはいかなる鳥も寄り付かないというワイバーン、美しい都を巨大なアコヤガイの中に建てたとされる半魚人、未練を残し復讐の相手を求め夜をさまようレイス、失われた文明の王宮を千年も守護し続けているという機械じかけの兵、生物の記憶に寄生するという葦、川辺を通りかかった旅人を引きずり込んで窒息死させる妖怪、王国が亡びてなお国境を守る兵士の亡霊、王城の武器庫に忍び込んではむちゃくちゃな破壊をはたらくグレムリン、氷に閉ざされた山脈に暮らし怪力を持つというイエティ、七つの目のそれぞれが違う景色を見ているという大猿、敬虔に仕え人智の及ばぬ奇跡を起こす神官、終わり得ぬ生命と世界の巡りを象徴するウロボロス、狩猟の神の猟犬さえも仕留めたという狩人、腹から切り取れる脂肪が百年も燃え続けるほど脂ぎっているという豚、技芸に秀でたものをさらっては教えを請うという天狗、その体がうねるたび地上では地震が起こったという地下に棲むワーム、悪事をたくらむ者に協力するも土壇場で裏切って笑う性悪な悪魔、神通力に秀で赤ん坊をさらうという天狗、覇者がこの世に現れるとき必ずその姿を見せるという黒鳥、よく晴れた日に深い森でその姿を見ることがあるという天女、目を輝かせた冒険者を何人も絶望と胃袋のなかに追いやってきたミミック、竜や神とさえも自らの肉体ひとつで渡り合ったとされる拳闘士、真珠を食べ海霧を飲むという幻のイルカ、真に智慧ある者だけが契約を結びその力を借りることができるというやぎ座、取り憑いたものに7日後の死を約束する死霊、東の国に生まれ星すら切ったことがあるというサムライ、太陽に勝る輝きを持つという宝石を百年に一度作り出すアコヤガイ、どんな願いごとをも叶える代わりに契約者のすべてを代償として奪う地獄の公爵、手足の指の先端すべてに目を持ち絶対に眠ることはないという冥府の獄卒、禁断の素材によって錬金術士が生み出した人造人間のホムンクルス、夜空の星々を突進して蹴散らし世界を真っ暗にしてしまったと言われているおうし座、文明をたやすく打ち砕く雷と万象を生かす慈雨とをたれる雷神、激変する世界もどこ吹く風のしぶとく生き残り続けたオーク、生まれた時から硬い殻に閉じこもり親ですらその顔を一生見ることがないというツバメ、精神に支障をきたすほどの叫び声を上げるバンシー、その姿を見たときから冬が始まるという白い羽根の蝶、たまに地上に降りては美男美女を連れ去るという天空人、夜にだけ空を走ることができるとされている双子の犬、逃れ得ぬ死と不幸とを告げるデュラハン、初雪にまじって楽しげに飛ぶ気象の精、歩いた跡がすべて毒沼になってしまうという緑色の皮を持ったヌー、その歌声で春を呼ぶというウグイス、この世のすべてをとうとう手に入れ帰路につく海賊の船を沈めたという巨大なクラーケン、金剛石もその背で砕くことができるという硬い外殻を持った昆虫、たまたま行き倒れの旅人の肉を食べてから肉食になったというシカ、千里先の獲物の一挙一動さえ見極め飛来するというグリフォン、その姿を現すだけで味方は力を増し敵は後退したとされる大天使、秋深い森の枯れ葉の下で居眠りをするコロボックル、禁忌の魔導書を開いたために死してなお安らぎを得ることなく地上をさまよう魔道士、反目する国同士を自滅させたという伝説上の暗殺者、氷を食べ凍てつくブレスを吐くという氷竜、月にまで飛んで巣を作るというワシ、生死を操り美醜さえも自在にする薬を調合した魔女、尾の棘のひとつひとつにやがて樹海に育つ種子が宿るマンティコア、やんちゃな風が吹きまくる日にはその笑い声が聞こえることのあるシルフ、悪魔を使役しながらも秩序と混沌を調和させ新たな世界へ導いたとされる救世主、侵入者を見張るだけでは飽き足らず自ら動き回って獲物を探し始めた石のガーゴイル、史上最大の数の悪魔を使役し多くの神殿や橋を作らせた砂漠の国の王、生まれて数年で天使に連れられて天国へ昇っていったという少女、黄色いたんぽぽばかりを食べ羽まで黄色くなったとう小鳥、他種族のそれに引けを取らない一大文明をひとつの森のなかに築いているという小人、黒いりんごを実らせる木ばかりが生えた果樹園の見張り番、宝物庫の中身とそれを増やす方法にかけてはどの種族にも負けないノーム、夢に現れた事物を現実に引き寄せる力を持つ予言者、死後その骨や灰にまで力が残った聖者、己もその血を半分引き継ぎながら邪悪な存在をあるべきところに帰すため戦うヴァンパイアハンター、清らかなせせらぎの側でうたた寝をするとその声が聞こえることのあるウンディーネ、最も古くからこの世に住みすべての生き物の趨勢を見てきた太古の竜、奴隷の身でありながら闘技場で無敗を誇り最後には王の首を討ち取ったグラディエーター、数多くの童話でさんざんひどい目に会いながらも懲りずに子供の肉をつけ狙う狼、必要悪として天使に対置され地獄を支配する堕天使、道楽三昧の果てに毎日帝国を世界の各地に引っ越しさせたという王子、いまだ知られぬ地下迷宮の最深部に潜みやがて誰かがたどり着くのを待っているという王者、運命を恐れぬものを祝福するスフィンクス、称えるべき英雄や神の物語を永久に世に刻む吟遊詩人、それが通るだけでいかなる墓地からも一切の悪霊を追い払えたと伝えられる聖人、ひとつの山を覆っていた木をまるごと使って自分たちの村を作ったサイクロプス、月の満ち欠けを参照して出現し神酒の海に棲まうという青龍、秋を呼び牛に姿を変える力を持つとされた族長、亡者の軍団を組織し自らの魂を分割して生き永らえる邪術の使い手、地下深く溶岩の流れの側で眠り続ける帝王、新しい火山の誕生につき千も万も同時に生まれ空を赤く染めるというサラマンダー、うかつに近寄るものへ毒と火の吐息をそれぞれの頭から見舞うヒドラ、その手が生み出す武器は神々の国の戦士さえ求めたという鍛冶屋、夕暮れに郷愁を誘う歌をうたったセイレーン、すべてのものに等しく訪れる死神、太陽を目指し飛び黄金の軌跡を空に刻むルフ、大滝の裏に巣を作るためいかなる天敵に襲われることもない賢いカラス、多くの生物が変貌していくさなかにも決して形を変えることがなかったミノタウロス、極限まで肉体と精神を鍛え一切の欲望に動じないモンク、鈍足ながらも容易には見きれぬ動きで挑む者を翻弄するという玄武、殺人者の遺体も聖人の遺体も同じ素材であるとしか見なさないネクロマンサー、勇敢な生を貫いた戦士を限りない名誉へと導く戦乙女、時空を行き来して世界を救ったと伝説に語られる少年、墓の下に地上のいずれの国よりも偉大な王国を築き上げた死者の王、明け初める時に海から風を送るトリトン、その存在と弱点がよく知られてなお多くの冒険者を石に変え続けているメデューサ、うかつに夜空を眺めているものを水銀の尻尾で刺すさそり座、あまりにも完璧に姿を消すため実在すら定かではないカメレオン、危機が迫れば大理石の体を動かし脅威への不断の一歩を開始するコロッサス、北の果ての空で七色のオーロラに紛れ飛ぶ氷の竜、いつでも先陣を切り打ち倒すべき敵へと飛びかかっていった勇士、魔物でさえもその飢えを満たす獲物のひとつでしかないクロコダイル、その高貴さと優雅さには光の世界のものすらたじろぐヴァンパイア、常に姿を変え続けあらゆる存在に化けることができるという魔物、すいかのなかに棲みかぶりついた者をびっくりさせることを生きがいにする小悪魔、はちみつ酒を求めて知恵をつけやがて魔法すら操れるようになったという大熊、皇帝の館よりも絢爛で巨大な塚を築くというオオアリ、名君の死体をつなぎ合わせることによって作り出された完璧な君主の屍、なにものにも惑わされることのない達人、死せる火山が噴火した時には必ずその姿が見かけられたフェニックス、いかなる暗雲も飛び越えてその上にある蒼穹を思うがままに飛ぶペガサス、華麗な舞いで味方は元気づけ敵は嘲り意気阻喪させた踊り子、その背にまたがった者は次元をも飛び越えられるという馬、あまりの早口に誰もその歌を聞き取れなかったというバード、思慮深さでは右に出るものがなく弓の名手でもあるエルフ、岩すら溶かす高熱の炎を吐く火竜、その美貌をひと目見るために毎朝太陽は昇るのだという女神像、爪の一振りで街一つをえぐるというおおぐま座、地上を流れるすべての滝と川と湖とを統べる神竜、塩湖を根城とし岩塩の吐息で大地を塩ばかりに変えてしまうという大トカゲ、深々とした一撃にえぐられた肉もまたたく間にふさがるトロール、神殿に仕えすべての邪悪を寄せ付けないパラディン、いかなる罠や錠前もその好奇心の前には用をなさないシーフ、かつてあったすべてのアーティファクトを集めたという豪商、気ままで反抗心旺盛なゴブリンすら頭を下げざるを得ない怪力と威厳を誇るオーガ、生き物の眠りを飛び目覚めを悪くする夢を喰らうバク、地上で争いが起こった時それを調停する力を持つというてんびん座、偉大な者の死に際して現れその魂を天に連れて行くという白い犬、たとえようもなく澄んだ毛並みで何にも屈することのないユニコーン、目もあやなお宝や誰も見たことのない品々をどこからか仕入れてくる商人、一点の曇りなき光を世界にもたらす熾天使、かつてある島をまるごと岩だらけに変えてしまったと言われるコカトリス、何度体をばらばらにしようとけたけた笑って再生するスケルトン、報われぬ生に苦しんだ死者たちの魂を安らぎに導く御使い、世界の理を外れた存在と契約を結ぶサマナー、かつて世にあふれた草食獣を一朝一夕で食らいつくした健啖のベヒモス、世界の砂漠の半分の原因とも言われるバジリスク、草木も生えぬ砂漠を一夜にして海に変えてしまったというみずがめ座、地中深くから千年も人の目に触れなかった輝きを掘り出すドワーフ、竜の力強さと人のしたたかさを併せ持つリザードマン、世の始まりから海の底に眠り続けていたヨルムンガンド、終わらぬ春の国で千年も遊び暮らしているという妖精王、その姿に油断したものを漏れなく養分に変えたウーズ、首さえあればどんな相手でも一撃でそれを刎ねることができた士、禁忌に手を染めついに生命を超越したリッチ、人類の最大の好敵手であり争うこともあれば手を組むこともあったゴブリン、険しい山にひとり住み満月の晩には高く吠えるワーウルフ、かつて世界を恐怖に陥れた邪悪を倒し王女と結ばれすべての人間の祖となった勇者、地上の端と端とを一昼夜で駆け抜けることができたトラ、噴火を鎮め嵐を止ませた覚者、黎明に星を拾う乙女、純金の卵とルビーの卵を日替わりで一日三回産むガチョウ、地に落ちた星座を蘇らせまた昇らせる天使、鳴りを潜めた自然に活力を与えるドリアード、ひび割れ崩れかけた空を支えるタイタン、歪んだ世界の時間をあるべきものに正す賢者とが降りてきたが、これらの存在こそが、この世界にはふさわしく、現実を現実たらしめるものだった。
それらのまったき幻想と伝説と神話と伝承と空想と夢の傑作たちは、今一度生き生きとした生命を得て、限りない現実味を帯びたその体を動かし、彼の指示で世界のあちこちに散らばり、おのおのが再び数々の逸話を織りなす糸となったのだった。
無窮の魔力が身内から止まらず迸るロハノは、失われた生命や、蹂躙された自然、二度と蘇られぬかに見えた生物たちの営みを復活させる魔法の使用にそのダントツの力を充てた。
一切の代償を要求しないケイオス・エンジンの力は、死にかけの現実に再び生気を戻らせる大技でさえも、ただほのかな光を指先に灯すのと同程度の負担しか、彼に感じさせないのだった。
冥府の扉は開け放たれ、絶望と悲痛のなか不条理に死んだものたちが地上へと帰された。
どさくさに紛れて脱獄を試みた地獄の極悪人たちは悪魔の獄卒に追いかけまわされた。
干上がっていた海は以前の二倍も水量を増した。
昼はこれ以上ないほど昼らしく、夜はこれ以上ないほど夜らしくなった。
大地は肥え、最も貧しいものたちでさえ満腹するほどの食物を生み出した。
川でも湖でも、釣り糸を垂らすとすぐさまおびただしい数の魚が食いつき、ぐずぐずしていると糸を這い登ってきて、逆に釣り人自身が食われかねないほどだった。
すべての傷病は癒やされ、踏みにじられた団欒が帰ってきた。
帰るべき故郷が、記憶の中で懐かしまれていたものの三倍も克明に建て直され、この平和には危険に魅了された冒険者たちでさえ一時足を止め、はるか昔に見た望郷の夢を思い出すのだった。
おぞましかった空の色は塗り直され、見ていると自然に涙がこぼれるほど美しくなった。
万物を記憶する天の書記官が、星の配置を完璧に覚えていて、落とされた星のひとつひとつを寸分の狂いなく夜空に置き戻した。
クィクヒールも瞬時に往時の姿へと蘇った。割れた窓ガラスも一枚残らず修繕済みだった。
すべての学生と教職員が揃っていたが、ただひとり、見慣れぬ老人が混じっていて、しかしその眼光の鋭さから只者ではないと思われたが、実は彼こそ、長らく大学に不在だった、学長その人だった。
「ちょっとばかし目を離しておるすきに、息子が愚かな真似をしたようじゃ」
どこがちょっとばかしなのか、とロハノは思ったが、打ちひしがれた老人の様子を気の毒に思い黙っていた。
「この惨事の引き金になったのがあやつなのじゃ。この世界、実のところ魔法の力によって均衡が保たれておるのじゃが、ここしばらくはその力が弱まっておってな。そこであのバカが冥府のバカにわいろかなんかを握らせ、崩壊をぎりぎり持ちこたえさせていた大魔術師のひとりを消し去ったもんじゃから、異界との扉が開いたのじゃ」
その説明で現実離れしたあの災厄が起こった理由を理解できたものはロハノを含めて誰一人としていなかったが、皆がとにかく無事と平和とを喜んでいたため、さして問題には思わず、とにかくうんうんとわかったような顔をしてうなずいていた。
「ありゃ。そういえばその副学長は?」ブルーノがあたりを見まわした。
「全員で一発ずつ殴るある」バームヘイクが拳を鳴らした。
「そうじゃな。わしも一発殴ろう」学長が愉快そうに言った。
「全員を合わせた分よりもそっちのほうが痛そうね」エルゼランがぽつりとつぶやいた。
「どこにいるか知ってるよ」あの青い小妖精がロハノの近くに飛んできて言った。
「あっ。そうだ。ねえ学長、副学長はこの小妖精をさんざんひどい目に遭わせていたのですよ。妖精王の耳に入ったらまずいんじゃないですか」
ロハノは思いついて学長に話しかけた。
「なに? あいつそんなことまでしておったのか。妖精よ、すまなかった。もうお前は自由の身じゃ。契約に縛られることもない」
「名付け親になってよ」青い小妖精がロハノに言った。
「ネムピリアス」ぱっと思いついたものを彼は口に出した。
「ネムピリアス……? いまいちパッとしないけど……まあ……君が決めたのなら……うん……パッとしないけど……」
しぶしぶながらも妖精は名前を受け入れた。すぐに仲間たちが飛んできて妖精の国にネムピリアスを連れて行った。
そこでは誰にも舌を引っこ抜かれることなく、どこまでも続く陽気と、枯れることのない花の森のなかを飛びまわり、永遠に楽しく暮らすことができるだろう。
副学長はその後地下室で半分死にかけているところを見つかった。すっかり焦燥しきり、髪も皮膚も灰のように白くなってしまっていた。
大学を追い出されこそしなかったものの、横暴な振る舞いは父親である学長から厳しく戒められ、しばらくは物を食べることを禁じる呪いがかけられた。
夜中になると、空腹のためにしくしくと泣くル・ゲの声が、副学長室から学生たちの寮にまで聞こえたものだった。
何もかもすっかり元通りであったため、次の日からすぐ講義が再開された。夏休みの始まりを壁掛けの暦に記していた学生は喜んだ。
ついに時間が進み始め、本当に今週が最後の講義であることがわかったからだった。
ロハノはいつも通り別館の大教室に入り腰を抜かした。教室が大入り満員となっていたのだ。
席がいっぱいであるため、通路に立ったり、廊下から覗いたり、ピヌルイラたち幽霊に至っては天井に張り付いたりしてまで講義に参加しようとしていた。
「あのう。これが最後の講義なのですが」ロハノは教壇に立って頭をかいた。
「どうしていきなり人気が出たのか、さっぱり皆目見当もつきません」
ロハノ以外の全員がその理由を知っていた。
副学長が勝手な振る舞いを禁じられたため、ロハノの講義に出ることを実質的に禁じたあの命令が無効となったこと。
数秒で隕石を呼び出した「神々の武器について」講義中での出来事があちこちで話題になったこと。
普段は威張りくさっている教授たちのなかの誰一人として処理できなかったあの大竜巻を仕留めたのがロハノであるとどこかからか情報が漏れたこと。
少しの怪我や病気の治癒にも高値をふんだくるプリーストたちにも治せなかった学生の大怪我を、ロハノが自分の魂を代償に助けたということ。
正体を隠してあの年に一度のサーカス大会に出場し、ダントツの演技を見せて優勝をかっさらったこと。
すべての情報がまったく正しいというわけではないし、情報源の口の軽さのために漏出したと思われるものがいくつかあったのは気がかりだったが、それでも自分の講義がこれほどの人数に聴講される嬉しさを、彼はごまかしようがなかっった。
光よりも速く世界を巡るものが噂話とでも言うべきか、世界のあちこちで伝説的な魔法使いの話がささやかれた。
こういうものには尾ひれがついて肥大化誇張化戯画化されがちだったが、この噂の驚異的なところは、尾ひれがついてなお実態とさして乖離がないことだった。
救世主はロハノである、ということこそ直接には言及されず、知られはしなかったものの、魔法の持つ偉大な力、現実を塗り替え幻想や虚構を形にする力を、一部の言説やギルドの広報誌の記述を鵜呑みにしていた多くの人びとが見直すこととなった。
その結果はすぐ数字で現れた。冒険者の職業のうち、魔法を使うものの割合が著しい回復を見せたのだ。
先月までは虫めがねを使わないと見分けられないほどの小さな点でしかなかったそれが、今月はグラフの半分を侵食していた。
多くの怪物や幻獣が世に増えたことは、冒険者の意欲を増大させた。まだ未知のものが数多く眠っていることを改めて気付かされたようだった。
馴れ合うのではなく、越えるべき競争相手として互いを認識するギルドが増えた。
すっかり見知って、ほとんど危険な目に遭うことのないダンジョンを周回するのみだったパーティーも、より命取りな、しかし莫大な報酬が約束されている地を目指して拠点の街を出発した。
そうした精神や傾向は、なにもいきなり発生したものではなかった。
ただそれは心の奥深くに眠っていただけであって、ロハノの降臨と共に起こった様々な出来事は、それを誘発するきっかけに過ぎなかったのだ。
彼はそのことをよくわかっていたため、おぬしはとうとう神にも劣らぬ力を持ったわけじゃが、まあないとは思うものの、あんまり好き勝手し放題されるとちょっと困るから、いや余計なお世話なのはわかっておるが、ひとつよろしく、と神である学長に諭される前から、あくまで謙虚な振る舞いを心がけるようにしていたのだった。
講義も通常通りに行ったし、あのごたごたのなかでサイフを遺失してしまったため、昼食も安い学生用食堂ですませた。
気の置けない同僚とも普段どおりに会話をし、災厄以降すっかりおとなしくなった教授たちとも一歩下がって接した。
そうしたすべてが終わったころ、やっとクィクヒール大学は夏休みに突入した。
ロハノは早速海に行き、全速力で海岸から海へと飛び込んだ。
そのとたん、自分がまるで泳げなかったことを思い出したが、時すでに遅く、あっぷあっぷするのみでにっちもさっちも行かなくなってしまい、少しずつ沖合へと流されていった。
すると何者かがやわらかな手で彼の腕をつかみ、岸辺へと引き戻してくれた。
打ち上げられて咳き込みながらも、ロハノは、右手につけていた、あの古城の裏手の池の精霊にもらったはずの指輪がないことに気がついた。
慌ててまわりを探すと、先ほどの手の持ち主らしき人物が、目の前にそれを差し出してくれた。
「ありがとう」
礼を言って見上げると、それはとっくに絶滅したはずの、人魚なのだった。
それらのまったき幻想と伝説と神話と伝承と空想と夢の傑作たちは、今一度生き生きとした生命を得て、限りない現実味を帯びたその体を動かし、彼の指示で世界のあちこちに散らばり、おのおのが再び数々の逸話を織りなす糸となったのだった。
無窮の魔力が身内から止まらず迸るロハノは、失われた生命や、蹂躙された自然、二度と蘇られぬかに見えた生物たちの営みを復活させる魔法の使用にそのダントツの力を充てた。
一切の代償を要求しないケイオス・エンジンの力は、死にかけの現実に再び生気を戻らせる大技でさえも、ただほのかな光を指先に灯すのと同程度の負担しか、彼に感じさせないのだった。
冥府の扉は開け放たれ、絶望と悲痛のなか不条理に死んだものたちが地上へと帰された。
どさくさに紛れて脱獄を試みた地獄の極悪人たちは悪魔の獄卒に追いかけまわされた。
干上がっていた海は以前の二倍も水量を増した。
昼はこれ以上ないほど昼らしく、夜はこれ以上ないほど夜らしくなった。
大地は肥え、最も貧しいものたちでさえ満腹するほどの食物を生み出した。
川でも湖でも、釣り糸を垂らすとすぐさまおびただしい数の魚が食いつき、ぐずぐずしていると糸を這い登ってきて、逆に釣り人自身が食われかねないほどだった。
すべての傷病は癒やされ、踏みにじられた団欒が帰ってきた。
帰るべき故郷が、記憶の中で懐かしまれていたものの三倍も克明に建て直され、この平和には危険に魅了された冒険者たちでさえ一時足を止め、はるか昔に見た望郷の夢を思い出すのだった。
おぞましかった空の色は塗り直され、見ていると自然に涙がこぼれるほど美しくなった。
万物を記憶する天の書記官が、星の配置を完璧に覚えていて、落とされた星のひとつひとつを寸分の狂いなく夜空に置き戻した。
クィクヒールも瞬時に往時の姿へと蘇った。割れた窓ガラスも一枚残らず修繕済みだった。
すべての学生と教職員が揃っていたが、ただひとり、見慣れぬ老人が混じっていて、しかしその眼光の鋭さから只者ではないと思われたが、実は彼こそ、長らく大学に不在だった、学長その人だった。
「ちょっとばかし目を離しておるすきに、息子が愚かな真似をしたようじゃ」
どこがちょっとばかしなのか、とロハノは思ったが、打ちひしがれた老人の様子を気の毒に思い黙っていた。
「この惨事の引き金になったのがあやつなのじゃ。この世界、実のところ魔法の力によって均衡が保たれておるのじゃが、ここしばらくはその力が弱まっておってな。そこであのバカが冥府のバカにわいろかなんかを握らせ、崩壊をぎりぎり持ちこたえさせていた大魔術師のひとりを消し去ったもんじゃから、異界との扉が開いたのじゃ」
その説明で現実離れしたあの災厄が起こった理由を理解できたものはロハノを含めて誰一人としていなかったが、皆がとにかく無事と平和とを喜んでいたため、さして問題には思わず、とにかくうんうんとわかったような顔をしてうなずいていた。
「ありゃ。そういえばその副学長は?」ブルーノがあたりを見まわした。
「全員で一発ずつ殴るある」バームヘイクが拳を鳴らした。
「そうじゃな。わしも一発殴ろう」学長が愉快そうに言った。
「全員を合わせた分よりもそっちのほうが痛そうね」エルゼランがぽつりとつぶやいた。
「どこにいるか知ってるよ」あの青い小妖精がロハノの近くに飛んできて言った。
「あっ。そうだ。ねえ学長、副学長はこの小妖精をさんざんひどい目に遭わせていたのですよ。妖精王の耳に入ったらまずいんじゃないですか」
ロハノは思いついて学長に話しかけた。
「なに? あいつそんなことまでしておったのか。妖精よ、すまなかった。もうお前は自由の身じゃ。契約に縛られることもない」
「名付け親になってよ」青い小妖精がロハノに言った。
「ネムピリアス」ぱっと思いついたものを彼は口に出した。
「ネムピリアス……? いまいちパッとしないけど……まあ……君が決めたのなら……うん……パッとしないけど……」
しぶしぶながらも妖精は名前を受け入れた。すぐに仲間たちが飛んできて妖精の国にネムピリアスを連れて行った。
そこでは誰にも舌を引っこ抜かれることなく、どこまでも続く陽気と、枯れることのない花の森のなかを飛びまわり、永遠に楽しく暮らすことができるだろう。
副学長はその後地下室で半分死にかけているところを見つかった。すっかり焦燥しきり、髪も皮膚も灰のように白くなってしまっていた。
大学を追い出されこそしなかったものの、横暴な振る舞いは父親である学長から厳しく戒められ、しばらくは物を食べることを禁じる呪いがかけられた。
夜中になると、空腹のためにしくしくと泣くル・ゲの声が、副学長室から学生たちの寮にまで聞こえたものだった。
何もかもすっかり元通りであったため、次の日からすぐ講義が再開された。夏休みの始まりを壁掛けの暦に記していた学生は喜んだ。
ついに時間が進み始め、本当に今週が最後の講義であることがわかったからだった。
ロハノはいつも通り別館の大教室に入り腰を抜かした。教室が大入り満員となっていたのだ。
席がいっぱいであるため、通路に立ったり、廊下から覗いたり、ピヌルイラたち幽霊に至っては天井に張り付いたりしてまで講義に参加しようとしていた。
「あのう。これが最後の講義なのですが」ロハノは教壇に立って頭をかいた。
「どうしていきなり人気が出たのか、さっぱり皆目見当もつきません」
ロハノ以外の全員がその理由を知っていた。
副学長が勝手な振る舞いを禁じられたため、ロハノの講義に出ることを実質的に禁じたあの命令が無効となったこと。
数秒で隕石を呼び出した「神々の武器について」講義中での出来事があちこちで話題になったこと。
普段は威張りくさっている教授たちのなかの誰一人として処理できなかったあの大竜巻を仕留めたのがロハノであるとどこかからか情報が漏れたこと。
少しの怪我や病気の治癒にも高値をふんだくるプリーストたちにも治せなかった学生の大怪我を、ロハノが自分の魂を代償に助けたということ。
正体を隠してあの年に一度のサーカス大会に出場し、ダントツの演技を見せて優勝をかっさらったこと。
すべての情報がまったく正しいというわけではないし、情報源の口の軽さのために漏出したと思われるものがいくつかあったのは気がかりだったが、それでも自分の講義がこれほどの人数に聴講される嬉しさを、彼はごまかしようがなかっった。
光よりも速く世界を巡るものが噂話とでも言うべきか、世界のあちこちで伝説的な魔法使いの話がささやかれた。
こういうものには尾ひれがついて肥大化誇張化戯画化されがちだったが、この噂の驚異的なところは、尾ひれがついてなお実態とさして乖離がないことだった。
救世主はロハノである、ということこそ直接には言及されず、知られはしなかったものの、魔法の持つ偉大な力、現実を塗り替え幻想や虚構を形にする力を、一部の言説やギルドの広報誌の記述を鵜呑みにしていた多くの人びとが見直すこととなった。
その結果はすぐ数字で現れた。冒険者の職業のうち、魔法を使うものの割合が著しい回復を見せたのだ。
先月までは虫めがねを使わないと見分けられないほどの小さな点でしかなかったそれが、今月はグラフの半分を侵食していた。
多くの怪物や幻獣が世に増えたことは、冒険者の意欲を増大させた。まだ未知のものが数多く眠っていることを改めて気付かされたようだった。
馴れ合うのではなく、越えるべき競争相手として互いを認識するギルドが増えた。
すっかり見知って、ほとんど危険な目に遭うことのないダンジョンを周回するのみだったパーティーも、より命取りな、しかし莫大な報酬が約束されている地を目指して拠点の街を出発した。
そうした精神や傾向は、なにもいきなり発生したものではなかった。
ただそれは心の奥深くに眠っていただけであって、ロハノの降臨と共に起こった様々な出来事は、それを誘発するきっかけに過ぎなかったのだ。
彼はそのことをよくわかっていたため、おぬしはとうとう神にも劣らぬ力を持ったわけじゃが、まあないとは思うものの、あんまり好き勝手し放題されるとちょっと困るから、いや余計なお世話なのはわかっておるが、ひとつよろしく、と神である学長に諭される前から、あくまで謙虚な振る舞いを心がけるようにしていたのだった。
講義も通常通りに行ったし、あのごたごたのなかでサイフを遺失してしまったため、昼食も安い学生用食堂ですませた。
気の置けない同僚とも普段どおりに会話をし、災厄以降すっかりおとなしくなった教授たちとも一歩下がって接した。
そうしたすべてが終わったころ、やっとクィクヒール大学は夏休みに突入した。
ロハノは早速海に行き、全速力で海岸から海へと飛び込んだ。
そのとたん、自分がまるで泳げなかったことを思い出したが、時すでに遅く、あっぷあっぷするのみでにっちもさっちも行かなくなってしまい、少しずつ沖合へと流されていった。
すると何者かがやわらかな手で彼の腕をつかみ、岸辺へと引き戻してくれた。
打ち上げられて咳き込みながらも、ロハノは、右手につけていた、あの古城の裏手の池の精霊にもらったはずの指輪がないことに気がついた。
慌ててまわりを探すと、先ほどの手の持ち主らしき人物が、目の前にそれを差し出してくれた。
「ありがとう」
礼を言って見上げると、それはとっくに絶滅したはずの、人魚なのだった。
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