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第十一話 陛下の知らぬ間に
レプラ編
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想定外はあったけれど、王宮の勤め人100人あまりが味方に加わった。
これにあらかじめ亡命の誘いをかける者たちを加えれば500人ほどになるだろうか。上々だ。
ジルのために国を作るには人手は不可欠。
維持するための食糧や費用は当面の分は問題ない。
今日の日の為に以前からありとあらゆる手段で金の貯蓄を進めていった。
中にはジルに出所を言えないような金も混じっている。
私はジルのためにならなんでもする。
だけど、彼の意のままに動くというだけではない。
彼のためになりことならばその信念をも裏切るだろう。
忠臣だなんて滅相もない。
私は我が儘なだけだ。昔も今も。
「サリナスさんの作戦、色々と甘いし抜けてるところだらけですけど利用できなくなさそうですねぇ。
いやはや、野蛮で短絡的な手段なので真っ先に選択肢から外していましたよ」
シウネがニタリと笑う。
サリナス達が滞在している屋敷の一室で私とシウネとディナリスで会議をしている。
物事を決めるのに頭数を多くするのは非合理。
しかし、独裁ほど無責任で効率の悪い方法もない。
たとえいかに有能な人間であっても、集団を動かす以上、主体性を持って思考する部下がある程度必要となってくる。
故に私はシウネとディナリスを意思決定の場に常に組み込んでいる。
能力と忠誠心、そしてジルにとって支えとなれる芯を持っている人間たちだからだ。
「暴動を起こして注意を惹きつける。
これ自体は悪くない案なんですよ。
特に王都内で有れば憲兵や国軍も看過はできない。
ただ、これを使ってジルベール陛下を攫ってしまおうなんて欲をかくと破綻します」
王都の地図上に置いた自軍の駒とジルの駒を倒すシウネ。
ですが、と前置きをして地図上に新たな駒を出鱈目に配置する。
「レプラ様が計画している王都からの大人数の亡命。
こちらに使うのなら有効な手段です。
暴動が発生するタイミングで脱出者達は王都南門に向かって進む。
ここの警備は抱き込み可能ですよね。
暴動により憲兵達はもちろん王都の人々をも南門から遠ざけて、その間に脱出」
先ほど配置した駒をかき集めて王都の南門に揃えると、次は大陸地図の駒を動かすシウネ。
「南門から出て半日も歩けばゴルバ川に出ます。
あらかじめ、ここに筏を用意し、脱出者を乗せて一気に下ります。
そうすれば馬車よりも速く海に出ることができるでしょう」
シウネが自信満々に語る一方、ディナリスは顎に手をやりながら思案している。
彼女は意外にも慎重派。嬉しい誤算だ。
「そんなに手際よくいくものか?
亡命させるのは訓練された兵士じゃない。
女子供もいる。
足並みを揃えようと連絡を密にしていけばどこかでボロを出す。
暴動も脱出も事前にやられることが分かっていれば対処のしようはいくらでもあるんだ」
ディナリスは学や教養はシウネと比べるべくもないほど乏しいが、各国を旅して数多の戦場を潜り抜けた経験を知識に変えている。
シウネの策は机上の空論だ、と言わんばかり。
私もここまでならそう思うが————
「壊れにくい機械を作る時って何を心がけるか知ってますか?」
シウネが私とディナリスに問いかけてきた。
腕のいい職人を雇うとか頑丈な素材を使うとか答えると、シウネは「ブーっ」と言って指で✖️を作った。
「正解は、部品数を少なくすることなんですよ。
部品が多くなればなるほど故障の可能性は上がる。
極論、鉄板一枚なら故障なんてあり得ないんですから。
私に軍の経験は一切ありませんが、作戦も似たようなものだと思っています。
行程を増やせば増やすほど、兵の質や練度頼りの難儀な作戦になっていく。
だからシンプルに。
亡命者に伝えるべきことはたった一つです。
『暴動が始まるタイミングで南門に向かえ』それだけです。
王都の外に出たあとは先導を担当する者が彼らを引き連れて筏まで来れば作戦は成功したも同然」
「暴動が始まるタイミングって作戦内容を伝えて回るつもりか?
それこそどこで漏れるか分かったもんじゃ」
「私たちは暴動なんて起こしませんよ。
そもそも暴動というのは不満を溜め込んだ民衆が行うものなんですよ。
私たちはそんなことをしている暇ないです」
シウネはそう言うと駒を戻し、脱出前の状態に戻した。
どうでもいいことだが、無造作に置かれていた20個以上の駒の位置が時を戻したかのように寸分違わず同じ場所に一瞬で戻されている。
どういう脳の構造をしているのか……
「正直、私は王都に住む人間に呆れ返っちゃってるんですよ。
マスコミのデマを信じ込むのは愚昧で片付きます。
ですが、聖職者のいる教会施設を襲ったり、強姦されている女性の写真を喜んで買い漁ったり、それは愚かではなく卑劣で、古今東西問わず犯罪行為です。
どうあがいても擁護できませんよ。
破壊衝動や情欲を満たすために殴っても問題ない相手を求めるなんて、非力な者を集団で蹂躙するゴブリンやオークに近い。
品性や知性なき醜悪な生き物に成り下がったんだと思っています。
その引き金を引いたのは自分だって自覚はありますけどね」
シウネの表情が曇る。カメラも写真も彼女の発明だ。
それらは明らかに報道の質を変えた。
文字情報を上回る臨場感を持って写真は民衆の感情を揺さぶる。
煽動にも洗脳にも使えてしまうレベルの情報発信をマスコミに可能にさせてしまったのだ。
奴らはもう自分の意のままに世論を操ることも過激派の人間を焚き付けることもできる。
どのみち、ジルが今回の騒ぎを起こさなかったとしても王政に限界は来ていたのかもしれない。
「まあ、そういうことですから。
私は王都の民ならばちょっとお膳立てするだけで暴動に参加すると思う、いえ確信しています。
我々は脱出と、その後のジルベール陛下救出に注力しましょう」
「具体的にはどうするつもり?
暴動と言っても場所や規模によって作戦の組み立てが変わるわ」
シウネは人差し指を立てて私をじっと見つめて、口を開く。
「マスコミに報道してもらうんですよ。
ジルベール陛下が王都を追放される日時をね」
その発言を聞いた瞬間、ディナリスがガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
驚愕の表情をしたままシウネに問いかける。
「お前……まさか民衆にジル様を襲わせるつもりか⁉︎」
「歯に衣着せなければオトリと言うべきでしょうね。
ウォールマン新聞をはじめ、各マスコミの報道によってジルベール陛下は史上最悪の悪人として民衆に伝わっています。
それが殺されもせず、追放のみで贖罪がなされるというならば民衆は黙っていないでしょう。
手前勝手な正義感、保証された石をぶつける権利、心地よい同調圧力……王都最大の暴動になるでしょうね。
その間、千人単位の人間が王都から逃げ出しても気付かれない規模の」
想像してゾッとした。
何十万もの民がジルに石をぶつける光景を想像して。
自分がやられたからよく分かる。
シウネの言うとおり、今の王都の民は血を欲している。
悪しき王が苦しみ流す流血を。
「ちょ、ちょっと待てよ!
そんなことすればジル様だってタダじゃ済まない!
下手すれば殺されるぞ!」
「否定はしません。
ですがこの手段は大きな暴動を起こせる以外に、もう一つ大きな利点があります。
それは脱出者全員に新聞によって暴動のタイミングを教えることができるんです。
先程あなたが仰っていたように連絡を密にする必要なんてない。
『新聞でジルベール陛下の追放日時が報道される。
その日時に合わせて王都の南門を潜れ。
後は先導者についていくだけでいい』
亡命に賛同していただいたと同時にこう伝えるだけで良いんです」
シウネの案は大胆だが非常に有効な手段だ。
王都脱出の内応の相手はあらかじめリストアップしている。
彼らはジルベールに恩義を感じていたり、マスコミやダールトンに反感を持つ者ばかり。
裏切りの可能性は低い。
とすれば作戦失敗の可能性は連絡を行うため訪問する際に偶然憲兵に取り押さえられることだが、これならば訪問の回数を激減させられる。
ただディナリスの言ったとおり、ジルの命を賭けた手段だ。
しかもあの子が慈しみ守ろうとした民から石を投げられる。
そんなことをすれば、きっと————
「ああ……そういうことか」
思わず唸った。
シウネの策が何重もの意図が重なった策であることに。
「ジルに……この国への執着を捨てさせるのね」
「ええ。いずれ敵国となる国ですから。
卑劣な愚民どもの住む国だと思っていれば祖国に刃を向けることも気に病まずに済む」
シウネは正しく私の描く未来を予測していた。
一方、ディナリスはギリっ、と音を立てて歯ぎしりを鳴らし反論した。
「それは本末転倒だろ。
民のために生きてきたあの方の心の拠り所を奪うことになるぞ」
「拠り所を置いたまま追放される方が不幸だと思いますが」
「だから、もっとうまいやり方はないのかよ!
救出作戦でいいなら私が捕らえられている場所に突っ込む!」
「そのあとシュバルツハイムに逃げ込みますか?
内乱が始まるだけですよ」
シウネとディナリスが言葉をぶつけ合う。
分かっている。
どれが一番、ジルの為になるかは。
「シウネの案で行きましょう」
「レプラ!? みすみすジル様を苦しめるつもりか?」
「言ったでしょう。
生きてさえいれば絶対に幸せにすると。
生き残るのも立ち直るのも、ジルの強さを信じることにします」
私の決断にため息をつくディナリス。
だが、その表情は吹っ切れたようだった。
「とんだ鬼姉さまだな。
分かったよ、今更トップに楯突いて統率を乱したりしないさ」
風来坊だったのが信じられない物分かりの良さ。
バルトに仕込まれたのか、本人の気質か。
どちらにせよ、やりやすくて助かる。
「方針は決まったわね。
ここからは時間との戦いよ。
船と筏の手配、物資の調達を進めながら亡命者を増やす。
同時にジル周りの情報収集も抜かりなく。
ヴィクシス新聞社の社長は敬虔な国教徒らしいから繋がりが持てる。
報道はそこに頼むことにしましょう」
道筋が立ったのなら、そこに必要なピースを埋めていくだけ。
これまで数え切れないほど繰り返してきたことだ。
それこそ気が遠くなるくらいに。
「不謹慎ですがワクワクしてきましたねぇ。
私たちが出て行った後のこの国の行く末を見たくて仕方ありませんよ。
それこそどなたか写真に残してくれませんかねぇ」
ヒヒヒ……と不気味に笑い、幻覚でも見えているかのように目を泳がせるシウネ。
乱れた髪をさらに振り乱す様は魔女もかくやという有様だ。素材は良いのに。
「すでにあなたには見えているの?
この国の行く末が」
「短期的なところまでならば完璧に。
まー、私が思うより、この国の皆さんに知性と品性が備わっているなら回避できるかもしれませんが……望み薄ですね」
シウネは大袈裟に肩を落としながらも、口元が緩み切っていた。
◇◇◇
「そこから先は計画どおり。
この船を買って、憲兵たちを誘導して乗船させ、海上に出たので救出を実行した次第です」
「なるほど……私の命を種銭にバクチを打っていたということか。
つくづく、お前が女王になれていたならどれだけ良い治政を行えたのかと思うと我が身が情けないよ」
私の太腿を枕に寝転ぶジルの髪を撫でる。
至る所に投石による傷がつけられ、顔に至っては左目の周りから頬にかけて焼け爛れている。
傷を負った時に十分な治療を受けられていれば……
「そんな顔をするな」
ジルの手のひらが私の頬に触れた。
花を触るようにそっと優しく。
「お前たちが考え、実行した作戦だ。
きっと最上のものだったのだろう。
それに、もう王として人前に出ることはないのだ。
見目が悪くなろうが私は気にならない」
どこまでも優しく、他人を愛しむ。
自分の傷や痛みに無頓着であろうとするところもいじらしい。
この子はどうしてこの時代の王族などに生まれてきてしまったのだろう。
百年前に生まれていれば歴史に残る名君として望んだ通りの成果と信望を得られたのに。
「陛下……あなたは————」
「よしてくれ。私はもう陛下ではない。
なのにまあ……こんなに人を集めてしまって。
私は反乱軍の頭領になるつもりはないぞ」
少しおどけた様子だったが、ジルは言い切った。
それでいい。
今はただ、私たちに身を預けて穏やかに過ごしてくれれば。
聖オルタンシア王国の王として悩み苦しみ、戦い続けたジルベールの物語は終わったのだ。
これにあらかじめ亡命の誘いをかける者たちを加えれば500人ほどになるだろうか。上々だ。
ジルのために国を作るには人手は不可欠。
維持するための食糧や費用は当面の分は問題ない。
今日の日の為に以前からありとあらゆる手段で金の貯蓄を進めていった。
中にはジルに出所を言えないような金も混じっている。
私はジルのためにならなんでもする。
だけど、彼の意のままに動くというだけではない。
彼のためになりことならばその信念をも裏切るだろう。
忠臣だなんて滅相もない。
私は我が儘なだけだ。昔も今も。
「サリナスさんの作戦、色々と甘いし抜けてるところだらけですけど利用できなくなさそうですねぇ。
いやはや、野蛮で短絡的な手段なので真っ先に選択肢から外していましたよ」
シウネがニタリと笑う。
サリナス達が滞在している屋敷の一室で私とシウネとディナリスで会議をしている。
物事を決めるのに頭数を多くするのは非合理。
しかし、独裁ほど無責任で効率の悪い方法もない。
たとえいかに有能な人間であっても、集団を動かす以上、主体性を持って思考する部下がある程度必要となってくる。
故に私はシウネとディナリスを意思決定の場に常に組み込んでいる。
能力と忠誠心、そしてジルにとって支えとなれる芯を持っている人間たちだからだ。
「暴動を起こして注意を惹きつける。
これ自体は悪くない案なんですよ。
特に王都内で有れば憲兵や国軍も看過はできない。
ただ、これを使ってジルベール陛下を攫ってしまおうなんて欲をかくと破綻します」
王都の地図上に置いた自軍の駒とジルの駒を倒すシウネ。
ですが、と前置きをして地図上に新たな駒を出鱈目に配置する。
「レプラ様が計画している王都からの大人数の亡命。
こちらに使うのなら有効な手段です。
暴動が発生するタイミングで脱出者達は王都南門に向かって進む。
ここの警備は抱き込み可能ですよね。
暴動により憲兵達はもちろん王都の人々をも南門から遠ざけて、その間に脱出」
先ほど配置した駒をかき集めて王都の南門に揃えると、次は大陸地図の駒を動かすシウネ。
「南門から出て半日も歩けばゴルバ川に出ます。
あらかじめ、ここに筏を用意し、脱出者を乗せて一気に下ります。
そうすれば馬車よりも速く海に出ることができるでしょう」
シウネが自信満々に語る一方、ディナリスは顎に手をやりながら思案している。
彼女は意外にも慎重派。嬉しい誤算だ。
「そんなに手際よくいくものか?
亡命させるのは訓練された兵士じゃない。
女子供もいる。
足並みを揃えようと連絡を密にしていけばどこかでボロを出す。
暴動も脱出も事前にやられることが分かっていれば対処のしようはいくらでもあるんだ」
ディナリスは学や教養はシウネと比べるべくもないほど乏しいが、各国を旅して数多の戦場を潜り抜けた経験を知識に変えている。
シウネの策は机上の空論だ、と言わんばかり。
私もここまでならそう思うが————
「壊れにくい機械を作る時って何を心がけるか知ってますか?」
シウネが私とディナリスに問いかけてきた。
腕のいい職人を雇うとか頑丈な素材を使うとか答えると、シウネは「ブーっ」と言って指で✖️を作った。
「正解は、部品数を少なくすることなんですよ。
部品が多くなればなるほど故障の可能性は上がる。
極論、鉄板一枚なら故障なんてあり得ないんですから。
私に軍の経験は一切ありませんが、作戦も似たようなものだと思っています。
行程を増やせば増やすほど、兵の質や練度頼りの難儀な作戦になっていく。
だからシンプルに。
亡命者に伝えるべきことはたった一つです。
『暴動が始まるタイミングで南門に向かえ』それだけです。
王都の外に出たあとは先導を担当する者が彼らを引き連れて筏まで来れば作戦は成功したも同然」
「暴動が始まるタイミングって作戦内容を伝えて回るつもりか?
それこそどこで漏れるか分かったもんじゃ」
「私たちは暴動なんて起こしませんよ。
そもそも暴動というのは不満を溜め込んだ民衆が行うものなんですよ。
私たちはそんなことをしている暇ないです」
シウネはそう言うと駒を戻し、脱出前の状態に戻した。
どうでもいいことだが、無造作に置かれていた20個以上の駒の位置が時を戻したかのように寸分違わず同じ場所に一瞬で戻されている。
どういう脳の構造をしているのか……
「正直、私は王都に住む人間に呆れ返っちゃってるんですよ。
マスコミのデマを信じ込むのは愚昧で片付きます。
ですが、聖職者のいる教会施設を襲ったり、強姦されている女性の写真を喜んで買い漁ったり、それは愚かではなく卑劣で、古今東西問わず犯罪行為です。
どうあがいても擁護できませんよ。
破壊衝動や情欲を満たすために殴っても問題ない相手を求めるなんて、非力な者を集団で蹂躙するゴブリンやオークに近い。
品性や知性なき醜悪な生き物に成り下がったんだと思っています。
その引き金を引いたのは自分だって自覚はありますけどね」
シウネの表情が曇る。カメラも写真も彼女の発明だ。
それらは明らかに報道の質を変えた。
文字情報を上回る臨場感を持って写真は民衆の感情を揺さぶる。
煽動にも洗脳にも使えてしまうレベルの情報発信をマスコミに可能にさせてしまったのだ。
奴らはもう自分の意のままに世論を操ることも過激派の人間を焚き付けることもできる。
どのみち、ジルが今回の騒ぎを起こさなかったとしても王政に限界は来ていたのかもしれない。
「まあ、そういうことですから。
私は王都の民ならばちょっとお膳立てするだけで暴動に参加すると思う、いえ確信しています。
我々は脱出と、その後のジルベール陛下救出に注力しましょう」
「具体的にはどうするつもり?
暴動と言っても場所や規模によって作戦の組み立てが変わるわ」
シウネは人差し指を立てて私をじっと見つめて、口を開く。
「マスコミに報道してもらうんですよ。
ジルベール陛下が王都を追放される日時をね」
その発言を聞いた瞬間、ディナリスがガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。
驚愕の表情をしたままシウネに問いかける。
「お前……まさか民衆にジル様を襲わせるつもりか⁉︎」
「歯に衣着せなければオトリと言うべきでしょうね。
ウォールマン新聞をはじめ、各マスコミの報道によってジルベール陛下は史上最悪の悪人として民衆に伝わっています。
それが殺されもせず、追放のみで贖罪がなされるというならば民衆は黙っていないでしょう。
手前勝手な正義感、保証された石をぶつける権利、心地よい同調圧力……王都最大の暴動になるでしょうね。
その間、千人単位の人間が王都から逃げ出しても気付かれない規模の」
想像してゾッとした。
何十万もの民がジルに石をぶつける光景を想像して。
自分がやられたからよく分かる。
シウネの言うとおり、今の王都の民は血を欲している。
悪しき王が苦しみ流す流血を。
「ちょ、ちょっと待てよ!
そんなことすればジル様だってタダじゃ済まない!
下手すれば殺されるぞ!」
「否定はしません。
ですがこの手段は大きな暴動を起こせる以外に、もう一つ大きな利点があります。
それは脱出者全員に新聞によって暴動のタイミングを教えることができるんです。
先程あなたが仰っていたように連絡を密にする必要なんてない。
『新聞でジルベール陛下の追放日時が報道される。
その日時に合わせて王都の南門を潜れ。
後は先導者についていくだけでいい』
亡命に賛同していただいたと同時にこう伝えるだけで良いんです」
シウネの案は大胆だが非常に有効な手段だ。
王都脱出の内応の相手はあらかじめリストアップしている。
彼らはジルベールに恩義を感じていたり、マスコミやダールトンに反感を持つ者ばかり。
裏切りの可能性は低い。
とすれば作戦失敗の可能性は連絡を行うため訪問する際に偶然憲兵に取り押さえられることだが、これならば訪問の回数を激減させられる。
ただディナリスの言ったとおり、ジルの命を賭けた手段だ。
しかもあの子が慈しみ守ろうとした民から石を投げられる。
そんなことをすれば、きっと————
「ああ……そういうことか」
思わず唸った。
シウネの策が何重もの意図が重なった策であることに。
「ジルに……この国への執着を捨てさせるのね」
「ええ。いずれ敵国となる国ですから。
卑劣な愚民どもの住む国だと思っていれば祖国に刃を向けることも気に病まずに済む」
シウネは正しく私の描く未来を予測していた。
一方、ディナリスはギリっ、と音を立てて歯ぎしりを鳴らし反論した。
「それは本末転倒だろ。
民のために生きてきたあの方の心の拠り所を奪うことになるぞ」
「拠り所を置いたまま追放される方が不幸だと思いますが」
「だから、もっとうまいやり方はないのかよ!
救出作戦でいいなら私が捕らえられている場所に突っ込む!」
「そのあとシュバルツハイムに逃げ込みますか?
内乱が始まるだけですよ」
シウネとディナリスが言葉をぶつけ合う。
分かっている。
どれが一番、ジルの為になるかは。
「シウネの案で行きましょう」
「レプラ!? みすみすジル様を苦しめるつもりか?」
「言ったでしょう。
生きてさえいれば絶対に幸せにすると。
生き残るのも立ち直るのも、ジルの強さを信じることにします」
私の決断にため息をつくディナリス。
だが、その表情は吹っ切れたようだった。
「とんだ鬼姉さまだな。
分かったよ、今更トップに楯突いて統率を乱したりしないさ」
風来坊だったのが信じられない物分かりの良さ。
バルトに仕込まれたのか、本人の気質か。
どちらにせよ、やりやすくて助かる。
「方針は決まったわね。
ここからは時間との戦いよ。
船と筏の手配、物資の調達を進めながら亡命者を増やす。
同時にジル周りの情報収集も抜かりなく。
ヴィクシス新聞社の社長は敬虔な国教徒らしいから繋がりが持てる。
報道はそこに頼むことにしましょう」
道筋が立ったのなら、そこに必要なピースを埋めていくだけ。
これまで数え切れないほど繰り返してきたことだ。
それこそ気が遠くなるくらいに。
「不謹慎ですがワクワクしてきましたねぇ。
私たちが出て行った後のこの国の行く末を見たくて仕方ありませんよ。
それこそどなたか写真に残してくれませんかねぇ」
ヒヒヒ……と不気味に笑い、幻覚でも見えているかのように目を泳がせるシウネ。
乱れた髪をさらに振り乱す様は魔女もかくやという有様だ。素材は良いのに。
「すでにあなたには見えているの?
この国の行く末が」
「短期的なところまでならば完璧に。
まー、私が思うより、この国の皆さんに知性と品性が備わっているなら回避できるかもしれませんが……望み薄ですね」
シウネは大袈裟に肩を落としながらも、口元が緩み切っていた。
◇◇◇
「そこから先は計画どおり。
この船を買って、憲兵たちを誘導して乗船させ、海上に出たので救出を実行した次第です」
「なるほど……私の命を種銭にバクチを打っていたということか。
つくづく、お前が女王になれていたならどれだけ良い治政を行えたのかと思うと我が身が情けないよ」
私の太腿を枕に寝転ぶジルの髪を撫でる。
至る所に投石による傷がつけられ、顔に至っては左目の周りから頬にかけて焼け爛れている。
傷を負った時に十分な治療を受けられていれば……
「そんな顔をするな」
ジルの手のひらが私の頬に触れた。
花を触るようにそっと優しく。
「お前たちが考え、実行した作戦だ。
きっと最上のものだったのだろう。
それに、もう王として人前に出ることはないのだ。
見目が悪くなろうが私は気にならない」
どこまでも優しく、他人を愛しむ。
自分の傷や痛みに無頓着であろうとするところもいじらしい。
この子はどうしてこの時代の王族などに生まれてきてしまったのだろう。
百年前に生まれていれば歴史に残る名君として望んだ通りの成果と信望を得られたのに。
「陛下……あなたは————」
「よしてくれ。私はもう陛下ではない。
なのにまあ……こんなに人を集めてしまって。
私は反乱軍の頭領になるつもりはないぞ」
少しおどけた様子だったが、ジルは言い切った。
それでいい。
今はただ、私たちに身を預けて穏やかに過ごしてくれれば。
聖オルタンシア王国の王として悩み苦しみ、戦い続けたジルベールの物語は終わったのだ。
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