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第十話 報いを受ける

報いを受ける②

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 裁判所に出廷した私は既に抜け殻のようになっていた。
 読み上げられた罪状はウォールマン新聞社への放火、社内にいた人間への暴行及び、殺害。
 フランチェスカやダールトンにした事は罪に問われていなかった。

 罪の否定も反論も、しようと思えばいくらでもできたと思う。
 全ての死人は火の中で焼け死んだ。
 焼死体が発見されたのは低層階に不自然に集中しており、逃げられなかったとは考えにくい。
 だが、今更、罪から逃げようと思わない。
 私が火をつけなければ死なずに済んだ人がいた。
 それがすべてだ。


 擁護も反論も一切ないまま罪を受け入れるだけの裁判は進む。
 あまりに早すぎる進行に裁判所内は怪訝な雰囲気になってしまっている。
 それを見かねたのか、白髪の裁判長が直接私に問いかけてきた。

「陛下……覚えていらっしゃいますか。
 あなたが王位に就かれる前、サイサリス旧侯爵の悪事を暴いたことを」
「ああ。覚えている。
 王族の立場を濫用して臣下の者を苛めた事件として報道されたな」

 思えば、あれが全ての因縁の始まりだった。
 マスコミに対して不信感を抱き、即位してまず改革を行おうとした。
 しかし、マスコミと繋がりがあったり、弱みを握られていたりしている議員の猛反対をくらって頓挫した。
 そこから、私に対する攻撃が本格化した。
 偏向報道、印象操作、事実の捏造。
 現代において、情報という武器を制したマスコミの力を思い知らされた。

 裁判長はふと穏やかな表情になり私に話しかける。

「実はあの事件、私が検察官を担当したのですよ。
 王国屈指の大貴族による麻薬の密売なんて大事件に携わるなんて夢にも思わなかった。
 相手が相手です。
 逆恨みをされれば私は勿論、一族郎党に至るまで悲惨な末路を辿ることになる、と震え上がったものです。
 それでも、勇気を持って裁判に臨めたのは、貴方様の正義に感銘を受けたからです。
 世論は貴方様を愚王と呼びますが、私はそうは思いません」
「意義ありぃいいいい!!!
 我が国の碩学にして法の番人たる裁判長が個人的な好悪を判決に反映させるつもりかああああああっ!!」

 裁判長の言葉を遮るように、原告席から声が上がる。
 新聞社にいた童顔の男だ。
 名前はステファン・ランティス。
 ウォールマン新聞社とロイヤルベッドの関係を調べていた時に捜査線上に挙がっていた男だ。
 子供のような見た目なのに既に30を過ぎているらしい。
 だが見た目とは裏腹に悪辣で危険な男だ。

「そうだ!! 裁判所は王族に忖度するのか!!」
「ウチの娘の死を汚い権力で踏みにじらないで!!」
「甘い判決をくだしたらただでは済まないぞ!!」

 傍聴席からも非難の声が上がる。
 マスコミ関係者だろうか。
 文字だけでも不快なのに実際に目の当たりにすると辟易としてしまう。
 それは私だけではなかったようだ。

 ガンッ!! と裁判長が卓上を木槌で強く叩いた。

「静粛に! 法廷侮辱罪の存在を知っておろうな。
 ここは王国法の最後の砦たる王国裁判所。
 諸君らが放言の限りを尽くしている新聞紙上と同じ調子が許されると思ったら大間違いだ!!
 文句があるならワシを裁判にかけてみよ!!」

 裁判長の一喝にステファンも傍聴席の連中も水を打ったように黙った。
 威厳ある姿に、私は感銘を受けた。

 私にはこれができなかった。

 うつむく私に裁判長は打って変わって穏やかな口調で語りかける。

「貴方様が粛清に乗り出されたということは、思うところがあったのでしょう。
 事実、マスコミが新聞という媒体を使って行なっていることは他の者が行えば名誉毀損や業務妨害で訴えられるものも多い。
 ですが……それでも法は暴力を許容しません。
 人類が他の種族と異なり、巨大な社会を形成してこれたのは暴力以外の解決手段を持てたからです。
 私どもが法を守るのは人類の社会を守るためなのです」
「……分かっている。
 あなたはあなたの職責を全うしてくれ。
 私は間違えた。間違え続けた。
 せめて、この身に法の裁きを課すことで、法は王族の権威に勝るという判例を残してほしい」

 私の答えに裁判長はふと憐れむような目をして、会話は終わった。


「判決を言い渡す。
 被告を————アルケー島への流刑に課す」


 ……島流しとはまた前時代的な。
 死罪を免れたのはフランチェスカの助命嘆願が功を奏したのか。
 どちらにせよ、王位は剥奪され、王族からも追放。
 帰還も許されず、他人との接触を禁止されて遥か遠い流刑地で無為に過ごすなど死んだも同然だ。

 裁判長は長々と形式的な内容を述べて、最後に私に尋ねてきた。

「以降、国民との接触を禁止され、すべての発言を禁じます。
 その前に言い残すことはありますか。
 調書に残し、永久に保管しましょう。
 たとえ、マスコミ連中が捏造報道を行おうとも、この場で残された言葉は曲げさせません」

 最後の言葉か……
 ちょうどいい、私の無念はすべてこの地に置いていこう。

「敵国よりもドラゴンよりも恐ろしい敵がすぐそばにいる。
 奴らは無実の者に罪を着せ、罪深き者を無実にする力を持つ。
 民よ、どうか気づいてくれ。
 私の蛮行が無駄にならないように」

 マスコミ関係者が怒りの目をこちらに向けている。
 構うものか。

「私は過ちを犯し、そのために裁かれる。
 これは人類が何千年とかけて磨き続けた法律によるものである。
 異論はない。
 しかし、奴らの罪はきっと……原始的な手段によって裁かれるであろう。
 安全なところから他人を攻撃して正義を騙る者の末路はそういうものだ。
 いつか、報いを受ける日が来ることを心待ちにしている。以上だ」

 予言……いや、ただの呪詛。
 裁判長は憐みを隠そうともせずに、重苦しい口調で閉廷を告げた。


 アルケー島は王国の西にある青龍海の果てにある。
 大型の魔物が棲みつく海域にあり、古来より船乗りたちから恐れられている。
 我が国の建国以前、大陸に複数の王国が分立して覇を競い合っていた戦国時代においては、亡国の王や反体制派の指導者などが島流しにされていたいわくつきの島だ。
 私の幽閉先としては似つかわしいところだろう。

 出立までの間、私は元いた監禁場所に戻されたが枷は付けられなかった。
 代わりに部屋を灯すランタンと事件の日以降に発行された新聞が与えられた。
 裁判中の態度から逃亡する恐れがないと判断されたのだろうか。

 当然、というべきか新聞紙上での私の描かれ方は凄まじいものだった。

 新聞いわく、知恵をつけた王都の民が自由や平和を謳歌していることに腹を立てた王が虐殺しようと企てた。
 中でも、民に情報を伝えて知的水準を高めた新聞の罪は重いと考えて、見せしめのつもりで火をつけた。
 逃げ惑う職員を暴力で蹂躙し、美しい娘は手篭めにした挙句火の中に放り込んだ。
 手のつけられない暴れ方をしていた王だったが、現場に駆けつけた憲兵隊員イーサン・スカイウッドによって取り押さえられた。
 多数の犠牲者を出してしまったウォールマン新聞社の社長ジャスティンは声明を発表する。


『私たちは権力にも暴力にも屈することはあり得ません。
 人々の心が自由と平和を求めるのならば、そんな社会の実現の一助になることがジャーナリストとしての務めです。
 次の王が即位してもその姿勢は変わりません。
 善行を為そうと悪行を為そうと、そのすべてを皆様にお伝えするとお約束します。
 善悪を判断するのは神でも王でもない。
 今、新聞を読んでいるあなた自身なのです』


「大した役者ぶりだ」

 愚民呼ばわりした民をよく持ち上げたものだ。
 これに踊らされるならば民も民だがな。

 貧弱で愚鈍と報じられていた王が一人で新聞社を制圧しても違和感を覚えない。
 手篭めにされて殺された娘が顔写真付きで掲載されていることを卑劣と思わない。
 情報を発信するだけという立場を強調し、その結果、起こることは読み手の判断によるもの、と全ての責任から逃れようとする男を崇める。

 奴が言っていたことをうっかり認めそうになる。
 私が幸せにしようと思っていた民は、それだけの価値があったのだろうか?

 ……今更考えても仕方ないことか。


 新聞を読み進める。
 私が監禁されてしばらくすると書くことがなくなったのか、どこぞの貴族が領民に慕われているという話とか、靴磨きから身を立てた大商人の立身出世の実話とか前向きな記事が増えた。
 おそらくは新聞社の広告主たちだろう。
 奴らは新聞に広告を載せるという名目で大金を新聞社に支払っている。
 本当の狙いはその金で恩に着せて、自分にとって都合の良い報道をしてもらおうという魂胆なのだ。
 国王という明確な敵のいない今、広告主のご機嫌を窺おうというのだろう。
 腐り果てた話だと思うが、それでも国王に対する批判記事ばかり載せている紙面よりは前向きで朗らかだ。
 私がいない方が雰囲気が良くなるんだな。

 後、ところどころ書かれているのは憲兵のイーサンの記事だ。
 とても優秀で正義感が強く、来る日も来る日も王都で起こった事件の犯人を捕縛している。

 スラリとした長身で彫りの深い端正な顔立ちをしているものだから写真に写った姿が実に格好良い。

 その上、悪い王を力づくで止めたのだ。
 権力による報復を恐れずに。
 民の感情としては応援したくもなるだろう。
王を討ち取りし者キングスレイヤー』なんて異名で呼ばれて持て囃されているらしいが、上手くやったものだ。

 彼に悪感情はない。
 職務を全うし、正義を執行した。
 だが、この先の彼に待ち受けるのは栄光だけではあるまい。
 ジャスティン流に言うならば、イーサンは悪い王を倒す英雄役を与えられた、つまり奴の描く戯曲の中にその運命を囚われたということだ。
 一介の憲兵があの悪辣な権力者に立ち向かう術はないだろう。
 だが、ジャスティンを追い詰める方法があるとすれば————いや……よそう。

 改めて新聞というものの魔力を痛感した。
 なまじ得た知識や情報は使わずにはいられない。
 こうやって参謀きどりで世の中の行く末を推理したくなる。
 馬鹿馬鹿しい。
 私自身に行く末が無いというのに。


 刑の執行を待つだけの退屈な時間を潰すために、新聞を読み耽った。



 さらに数日が過ぎ、新しく届けられた新聞によって私は翌日、王都を発つ事を知った。
 情報漏洩もいいところだ。
 どうやって調べ出したか知らないが、これでは私を襲撃してくれと言わんばかりじゃないか。
 襲撃されなくとも、石を投げられることは確実。
 最後の最後までマスコミ奴らは嫌がらせを続けてくれるようだ。
 ただ、ウォールマン新聞ではない。
 ヴィクシス新聞社が発行している晴天新聞の独自記事だった。
 発行部数はウォールマン新聞の半分程度で水をあけられている新聞だが、歴史は古い。
 年配の読者に支えられているといえば聞こえはいいが、若者に受け入れられていないということだ。
 人気取りのために私を生贄に捧ぐというのなら、なかなかの英断だ。
 スラッパー、だったか。
 サンク・レーベンを襲ったような連中が群がってくる。
 私を糾弾して得た満足感は新聞の購読意欲に変換され、新たに新聞を買い読み耽る。
 麻薬中毒と大差ない。
 ジャスティンの野望とはどこまでも虚無的で人間を馬鹿にしている。
 私が裁判中に遺した言葉が日の目を見る日は来るのだろうか。
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