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第四話 三年目のスキャンダル

三年目のスキャンダル④

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 王妃の……フランの寝室は窓がなく、出入り口の扉は正面の一つだけだ。
 扉を潜る人間は護衛の騎士が一人残さず確認しており、王妃が招かない人間は室内に入れない。
 たとえ相手が大貴族であろうと例外ではない。
 これは防犯の意味もあるが、もうひとつ重要な役割がある。
 王妃の不貞を防ぐという役割が。

 王侯貴族にとって妻の不貞は最も忌むべきこととされている。
 血統こそが家の身分の高さの根拠であるからだ。
 妻の不貞によりその血統が途切れてしまえば、権威は失われてしまう。
 だから、そんなことをしてはならないと貴族令嬢は嫁入り前に厳しく躾けられている。
 フランだって例外ではなかったはずだ。
 まして、彼女は王家の血を繋ぐ国母となるのだから。

 寝室の扉はノックすれば木を打つ音が鳴り、ノブを回せばガチャリと金具が外れる音がする。
 中にいる主人に聞こえるようにそういう作りになっている。
 なのに、私が扉を開けてもフランは私に気づかない。

 部屋の中央には天蓋付きの広いベッド。
 レースのカーテンが垂れ下がっており、私の目にはベッドの上にいる者の影しか見えない。
 だが、そこにいるのが王妃だけでないと言うことは分かった。
 筋骨隆々とした体格の短髪の男があぐらをかくように座っている。
 そして、華奢な女が男の胸に抱かれ、その脚と腕を絡ませるように背中に回している。

「アンッ! スゴイ!
 もっともっと! 激しくしなさいっ!!」
「ああっ……お妃様。
 これがイイんですか?」
「ンアアッ!! イイわぁっ!
 こんなのはじめて…………ァンッ!」

 興奮した犬が吠えるように二人のケダモノが王妃のベッドの上で跳ねたり、擦り付けたり、むしゃぶりついたり……影だけでも分かるほどにサカっている。
 その様子はおぞましく、グロテスクで口を抑えていなければ胃の中のものが全部吐き出てしまいそうだった。

 まいったな。

 何がまいったって、聞いたこともない声を発しているのが我が妻フランで間違いないことだ。
 私と寝ている時は顔を背けてシーツを掴み、悔しがるように引き攣った声を上げるだけの彼女が嘘のように乱れている。
 そのことが私の胸を締め付けた。
 
「も、もうダメぇっ!
 アアアーーーーっ!!」

 一際大きな声を上げてフランの影が弓のようにしなった後、糸が切れたように崩れ落ちた。
 男はフランを受け止め、息の上がった二人が絶頂を惜しむように抱きしめ合う。

「ハァ、ハァ…………幸せだわぁ……」

 甘ったるい声を漏らして男の顔を舐めるようフラン。

「お妃様、がっつきすぎじゃないですかい?
 お子を孕んじまいますよ」
「何の問題があるの?」
「いやいや……大アリでしょう。
 私と陛下では髪の色も瞳の色も違います。
 子どもが自分に似ていなかったら……陛下が噂どおりの方だったら殺されかねない」
「ウフフフ、大丈夫よぉ。
 アイツはただの意気地なしなんだから。
 お父様が怖くて私を娶ったのよ。
 つまり、私の言うことには逆らえないの」

 彼女は再び手指を男の下半身に近づけていく。
 手慣れた仕草で積極的に行為を行う姿は私が知っているフランよりもロイヤルベッドに描かれたアバズレのイメージの方が近い。
 私を裏切りに裏切って、どこまでもコケにする。
 さらに彼女は下品な笑い混じりに決定的な破滅の言葉を吐いた。

「それに、どこの男の種だろうと私に王族の血が流れているんだから産まれる子はれっきとしたオルタンシアの王子よ。
 フフッ。マリアンヌみたいな貧乏貴族家の胎から産まれたジルベールとは違うのよ」

 勝ち誇るように、嘲笑うように、母上をも愚弄した。
 その瞬間、私の中で何かが音を立てて壊れていくのを感じた。

 紙に書かれたデタラメ話であろうと心がささくれ立つのに、実際に声に出して、しかも我が妻であるフランが母を愚弄したのだ。
 涙が溢れそうになる。
 自分の情けなさ具合に。
 怒りに全てを任せてしまえばいいのか?
 右手の剣でカーテンを切り落とし、裸の二人を斬殺して恥辱をすすげばいいのか?
 そうだ、男ならばそうするべきで、ほとんどの男がそうするはずだ。

 なのに、私は唇をちぎれそうなほど噛み締めて、息を殺し、部屋を出ていく。

 私は王なのだ。

 たとえ、王妃の不貞の現場を目撃したからといってこの手を汚してしまえば、弾劾され最悪王位を失うこととなる。
 殺さずに叱責で済ます?
 そんなことをしても何の意味もない。
 フランは私を完全に見下しているのだから、負け犬の遠吠えと嗤われるだけ。
 堂々と不貞を繰り返し、産んだ子を何食わぬ顔で私の子と言い張るのだろう。
 離縁しては…………ダメだ。
 理由がどうであれ私たちの婚姻関係は私が即位する条件として叔父上が出したものだ。
 覆すことは許されまい。
 私と叔父上が争えば王国を二分する内乱になりかねない。
 勝ったとしてもいったい幾つの家を取り潰さなくてはならないのか。
 そしてどれだけの兵が討ち死に、民が飢え死ぬのか。
 フランもまさか自分の不貞がそれほどの事態を招くなどとは夢にも思っていないだろう。

 何もできないのだ。私は。
 


 扉を開けて外に出た瞬間、廊下にも室内の二人の嬌声が漏れ出した。
 その声をドアの側に立っていたサリナスも聞いた。
 すると彼は嗚咽を上げて、私の前に平伏し、懇願した。

「陛下……! 剣をお返しください!
 そして、王妃の部屋に入った賊を斬るようお命じください!!」

 賊……か。言い得て妙だな。
 王妃に種を注ぎ、王の血統を途絶えさせようとしたのだから紛れもない国賊だ。
 だが、その男との行為を愉しみ、王やその母を侮蔑した王妃はどうなる?
 当然、同罪だ。

「……そなたは何も見ていない」
「は?」
「王妃は健やかに眠っている。
 他に誰も部屋に入れていないし、王が部屋を訪れることもなかった」
「陛下!? それでは寛恕が過ぎます!!
 なぜ一人で呑み込まれようとされるのですか!!」

 涙ぐみながら食い下がろうとするサリナスに剣を返すと同時に答えを返す。

「私が王だからだ。
 心配しなくとも、そなたに憐れまれるほど、私は傷ついてはいない。
 些末なことだ」

 捨て台詞を吐いて私は廊下を引き返した。

 行きは自分の足音が聞こえていたが今は胸の鼓動がバクバクとうるさ過ぎて他の音が聴こえてこない。
 グニャリと歪む視界、フワフワと地につかない足取り、歩き慣れた王宮が迷宮のように感じられて不安で心細くなる。
 王都でも、王宮の中でも、私はまともに歩くことすらできなくなっていく。


 もう限界ではないだろうか。
 私に王など務まらなかったのだ。
 妻すら従えられない愚かな王。
 誰もが私を嘲笑う。
 短小だとか下手くそだとか。
 夜の務めもまともに果たせない。
 だから子を授かれず、妻を満足させられず寝取られた間抜け。
 
 恥ずかしくて恥ずかしくて消えてしまいたい。


「陛下?」


 その声は夜を割く光のように黒く塗りつぶされそうだった私の思考の中に飛び込んできた。

「レプラ…………」

 髪の毛を下ろし、寝巻きの上にカーディガンを羽織ったレプラがそこに立っていた。
 彼女は私の顔を見るなり眉を下げた。

「……なんて顔をなされているんですか。
 こちらへ」

 腕を引かれた私はなされるがまま彼女の部屋に連れ込まれた。
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