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第三話 これは趣味ですか? いえ使命です。

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 立ち尽くす彼女に私は声をかける。


「災難でしたね。
 お怪我はありませんか?」
「い、いえ……助けていただきありがとうございましたっ!」
「あなた一人で言い負かせていたじゃないですか。立派な弁舌でした。
 なのにお父上の無理解にも困ったものですね」
「い、いつもあの調子なので、お酒を飲むと……ですので慣れておりまする!」

 娘はペコペコと謝りながら緊張した様子で応答している。
 先程父親に対して放った黒い笑みが嘘のような恐縮ぶりだ。
 人間というのはいろんな顔を持っているものだな。

「しかし、あなたのように優秀な学生があのような父親と一緒に暮らしているのはどうかと思いますよ。
 勉学に励むためにも家を出られては?
 特待生で特別奨励金を受けられているのならば難しくないでしょう」

 老婆心ながら思わず忠告してしまう。
 特別奨励金の制度を設立したのは彼女のように親の干渉が邪魔で勉学に専念できない者を救済するためだ。
 酒浸りでなくとも、学問に無理解な親は一定数いる。
 それは貴族階級ですら例外ではない。
 優秀な人間にはよりふさわしい環境を与えたい。
 ゆくゆくは彼らがより多くの人々を救ったり国を豊かにしたりすることとなるからだ。

 娘はまぶたを閉じて数瞬、何かを考えるようにした後に口を開く。

「私のような者に過分なお心遣い痛み入ります。
 しかしながら、私は現状に満足しているのです。
 貧民層のしかも娘が高等教育を無償で受けさせていただき学問研究の道を進ませて頂けている。
 家の問題など些細なことです。
 むしろ、あの父親を放置して他人様に迷惑かけていないか心配する方が勉学の妨げとなります」

 かしこまりながらもユーモアの効いた言い回しに思わずクスッと笑ってしまい、機嫌が良くなってしまった。
 彼女との会話を続けようと質問を投げかける。

「王国教養大学は医学や工学といた実学を扱う大学ではありません。
 教養や理論を研究することは素晴らしい事ですが、金持ちになりにくいというのも事実です。
 何故、その道を探究されるのですか?」
「それは……今はまだ役に立たないものだからです」

 意外な答えを返して娘は続ける。

「世の中で使われている技術のほとんどは皆なんとなく知っている程度で使っているものです。
 たとえば、火打石を使えば子供でも火を使うことができる。
 ですが燃えるという現象が急速な酸化による光と熱の発生であることを知りません。
 燃えるべき酸素が遮断されて消火されているという仕組みを知っていれば、より消火を効率的に行うことができる消火剤なるものを発明したり、燃えにくい造りの建造物を作ったりできるわけです。
 実学の反対側にある教養とは突き詰めていけば世界の根源に至る知識です。
 有用でなくても無意味ではない。
 今、役に立たたないとされ、使われていない知識の類は、今、この世に無いものを生み出す時に必要になるのです」
「この世に無い?」
「はい。鳥のように空を飛ぶ船。
 どんな季節も一定の温度で快適に過ごせる建物。
 ありとあらゆる病気も治せる薬。
 酒飲みが治るお酒なんかも。
 この世界には無い物の方が多いのですよ」

 フフと楽しげに微笑む娘はキレイだった。
 学士らしく饒舌に持論を語る様は自信と希望に満ち溢れていて眩しい。
 それに、よくよく見れば顔のつくりは整っている。
 化粧をし髪をとかし飾り立てれば社交会でも華になれそう…………あれ?

 よくよく見ればこの顔どこかで見たことが……

「ま、まあ、あなたならば貧乏学者風情に収まらないでしょう。
 どうぞ精進なさってください」

 嫌な予感がし始めたので、退散することにしよう。
 彼女に背を向けて歩き出そうとした瞬間、

「勿体なきお言葉ありがとうございます!
 あの……私の名前はシウネ・アンセイルと申します!
 これは私の探究心の発露に過ぎないのですが」

 そう前置いて彼女————シウネは私に尋ねる。

「どうして、女装されているのですか?」

 ぶっ! と唾を噴き出してしまった!
 バレた!? まさか、こんな短時間で!?

「こ……これは私の趣味で……」
「女装趣味があるのですか?
 成程……たしかによくお似合いです。
 素の顔の作りが女性的なのも————」
「ではさらばだ!
 私のことは忘れてくれ!!」

 そう叫んで私は城へと逃げ帰った。
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