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運命の二人
5-8 Sランク喰魔襲来(後編-2)
しおりを挟む「ハァ、ハァ」
愛笑の指示により逃げ出した春達。
逃げるのが遅かったため周りには四人以外誰もおらず、深奥部へと繋がる暗い通路をヘッドライトで照らしながら駆けていた。
「ハァ、ハァ」
息を切らしながら走り続ける春。
浮かばない表情をし、必死に何かから目を逸らすように走り続けていた。
それでも、どんなに目を逸らそうとしても、その胸中と脳裏に浮かんできてしまう。
(姉ちゃん………!)
Sランク喰魔を相手に一人残った姉を想う。
胸の中が焼かれるような熱さと不快感を覚え、それに呼応するように目元には涙が溜まっていった。
※
『お姉ちゃーん! 見て見てー!』
『うん? どうしたの春?』
春が本当に幼い、五歳の頃。
七つ年上である愛笑も十二歳とまだ幼かった。
そんな愛笑へ向かって春はとてとて歩き、両手に持ったロボットの玩具を自慢げに掲げて見せた。
『じゃーん! いいでしょー!』
『おー! すごくカッコイイロボットだね!』
『でしょー! お父さんとお母さんに買ってもらったんだー!』
自分が何か物を買ってもらったとき、それを自慢しようと春は愛笑によく見せていた。
そうすると、愛笑はいつも笑顔でそれを褒めてくれた。
そして、春が家出して愛笑の家で泣いていたときのこと。
『ぐすんっ』
『そっか。重護さんが春のお菓子食べちゃったんだ』
『うわーん! お父さんのバカーーー!!!』
リビングのソファの上に座り、愛笑に抱き着きながら泣いて怒る春。
そんな春を愛笑は優しく抱き留め、あやすように右手で優しく頭を撫でていた。
『よしよし』
『ううっ』
『そうだ春。今家にプリンあるんだけど、食べる?』
『………食べる』
『よし! じゃあ食べよう!』
嫌なことがあったときも、愛笑は優しく春の事を受け入れてくれた。
そして時が経ち、小学三年生の春が異界から生還し、入院していた病院で意識を取り戻したときのこと。
『春!』
春が意識を取り戻したと聞き、成長して高校一年生となった愛笑が勢いよく春の病室の扉を開ける。
そして、目の前に広がる光景に絶句した。
『うわああああああ! 父さんっ!! 母さんっ!!』
『落ち着いて春君!』
『暴れちゃ駄目よ!』
『春! 落ち着くんだ!』
愛笑の目に映るのは亡き父と母を呼びながらベッドの上で暴れる春と、それを取り押さえようとする医師と春の祖父母である楽人と依里の姿であった。
春は明らかに正気ではなく、涙を流しながら声を荒げて暴れている。
あまりにも痛々しいその姿に愛笑も涙を流し、室内へ駆け出すと暴れる春を強く抱き締めた。
『春!』
『うわっ!』
『愛笑ちゃん!?』
『!?』
突如として現れた愛笑に驚く三人。
愛笑はそんな三人に目もくれず、暴れる春を必死に抱き締めていた。
『春! お願い………! 大人しくして!』
『うわあああああ!』
愛笑が抱きつくも、それでも春は暴れ続ける。
次第に愛笑を引き剥がそうと愛笑の背を拳で叩き始めた。
『ぐぅ………!』
小学生とはいえ理性が無い状態の春の力はとても強く、愛笑の背を叩く度にドンッドンッと音が鳴る。
その強さに愛笑は顔を顰め、苦悶の声を漏らす。
『危険です! 離れてください!』
『やめて春! 愛笑ちゃんも離れて!』
医師と依里が愛笑に離れるように言う。
依里に至っては悲鳴に近いほど甲高い声であった。
しかし、愛笑は決して離れようとしない。
暴れる春を胸に必死に抱き留める。
『うがあああああっ!』
『っ!』
愛笑は既に魔法防衛隊に所属している。
今回の事件はそれでも詳細を知ることはできないが、愛笑は春と関わりが深いため楽人と依里と支部長である祖父の幸夫の計らいもあり、身内扱いとして魔法防衛隊が調べた事件の詳細を特別に知ることが出来た。
異界に連れ去られ、死ぬような思いと恐怖を体験した。
次々と人が殺されていく中で必死に逃げ、その果てで大好きな両親を目の前で失った。
九歳の子供が背負うにはあまりにも辛すぎるものだった。
『ごめんねぇ………!』
『っ!!』
気が付けば謝罪の言葉を口にし、流す涙が大粒の涙へと変わっていた。
そんな愛笑の謝罪の言葉を聞いた春は暴れるのを止める。
『ごめんねぇ………ごめんねぇ………!!!』
なぜ謝るのか。
それは愛笑自身、分かっていなかった。
春の痛々しい姿を見て湧いた苦しさから逃れようとしてなのか、魔法防衛隊に所属していながら何も出来なかった罪悪感からなのか、謝罪の理由は定かではない。
ただ、口からは『ごめん』という言葉が溢れ出て止まらなかった。
『………うぅっ。わああああああん!』
愛笑の謝罪に春も次第に大粒の涙を流し、大きな声で泣きじゃくる。
愛笑の背に回していた手で赤ん坊のように服を掴んでいた。
春も暴れるのを止めた理由はハッキリとしていない。
ただ、愛笑の温もりと『ごめん』という言葉が、春の心に大きく響いたのは間違いなかった。
※
春の脳裏に過る愛笑との思い出。
血の繋がりこそないが間違いなく春にとっては優しい姉であり、家族であった。
そして、再び春の胸中に湧き上がる恐怖。
もう一度、家族を喰魔に殺される恐怖を。
「―――っ!」
春は足を止め、顔を俯かせたまま立ち尽くす。
春が立ち止まったのを見て、耀・十六夜・篝の三人も足を止めた。
「春?」
「………」
耀が呼びかけるも春は俯いたまま、返事もしなかった。
そして、下していた手を強く握りしめて拳を作る。
その様子に、十六夜と篝は何かに気づいたように目を見開いた。
「お前、まさか………」
「春君! 気持ちは分かるけど………!」
愛笑を助けに行こうとしている。
それは誰の目から見ても明らかだった。
しかし、行ったところで何が出来るというのか。
相手は遥か格上のSランク喰魔。
行ったところで呆気なく殺されるか、せいぜい愛笑の足を引っ張るのが関の山だろう。
それは当然分かっている。
だから今、こうしてここまで逃げて来たのだ。
そして、そんな情けないことを口にするのが悔しい十六夜と篝は口を噤んだ。
「分かってる! 分かってるよっ!! けど、やっぱり………」
春だって当然分かっている。
しかし、それでも抑えきれない感情を表すように、春は拳を握り締める力を強めた。
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