上 下
38 / 54
運命の二人

5-8 Sランク喰魔襲来(後編-2)

しおりを挟む

「ハァ、ハァ」

 愛笑の指示により逃げ出した春達。
 逃げるのが遅かったため周りには四人以外誰もおらず、深奥部へと繋がる暗い通路をヘッドライトで照らしながら駆けていた。

「ハァ、ハァ」

 息を切らしながら走り続ける春。
 浮かばない表情をし、必死に何かから目を逸らすように走り続けていた。
 それでも、どんなに目を逸らそうとしても、その胸中と脳裏に浮かんできてしまう。

(姉ちゃん………!)

 Sランク喰魔を相手に一人残った姉を想う。
 胸の中が焼かれるような熱さと不快感を覚え、それに呼応するように目元には涙が溜まっていった。







『お姉ちゃーん! 見て見てー!』

『うん? どうしたの春?』

 春が本当に幼い、五歳の頃。
 七つ年上である愛笑も十二歳とまだ幼かった。
 そんな愛笑へ向かって春はとてとて歩き、両手に持ったロボットの玩具を自慢げに掲げて見せた。

『じゃーん! いいでしょー!』

『おー! すごくカッコイイロボットだね!』

『でしょー! お父さんとお母さんに買ってもらったんだー!』

 自分が何か物を買ってもらったとき、それを自慢しようと春は愛笑によく見せていた。
 そうすると、愛笑はいつも笑顔でそれを褒めてくれた。

 そして、春が家出して愛笑の家で泣いていたときのこと。

『ぐすんっ』

『そっか。重護さんが春のお菓子食べちゃったんだ』

『うわーん! お父さんのバカーーー!!!』

 リビングのソファの上に座り、愛笑に抱き着きながら泣いて怒る春。
 そんな春を愛笑は優しく抱き留め、あやすように右手で優しく頭を撫でていた。

『よしよし』

『ううっ』

『そうだ春。今家にプリンあるんだけど、食べる?』

『………食べる』

『よし! じゃあ食べよう!』

 嫌なことがあったときも、愛笑は優しく春の事を受け入れてくれた。

 そして時が経ち、小学三年生の春が異界から生還し、入院していた病院で意識を取り戻したときのこと。

『春!』

 春が意識を取り戻したと聞き、成長して高校一年生となった愛笑が勢いよく春の病室の扉を開ける。
 そして、目の前に広がる光景に絶句した。

『うわああああああ! 父さんっ!! 母さんっ!!』

『落ち着いて春君!』

『暴れちゃ駄目よ!』

『春! 落ち着くんだ!』

 愛笑の目に映るのは亡き父と母を呼びながらベッドの上で暴れる春と、それを取り押さえようとする医師と春の祖父母であるらく依里えりの姿であった。

 春は明らかに正気ではなく、涙を流しながら声を荒げて暴れている。
 あまりにも痛々しいその姿に愛笑も涙を流し、室内へ駆け出すと暴れる春を強く抱き締めた。

『春!』

『うわっ!』

『愛笑ちゃん!?』

『!?』

 突如として現れた愛笑に驚く三人。
 愛笑はそんな三人に目もくれず、暴れる春を必死に抱き締めていた。

『春! お願い………! 大人しくして!』

『うわあああああ!』

 愛笑が抱きつくも、それでも春は暴れ続ける。
 次第に愛笑を引き剥がそうと愛笑の背を拳で叩き始めた。

『ぐぅ………!』

 小学生とはいえ理性が無い状態の春の力はとても強く、愛笑の背を叩く度にドンッドンッと音が鳴る。
 その強さに愛笑は顔を顰め、苦悶の声を漏らす。

『危険です! 離れてください!』

『やめて春! 愛笑ちゃんも離れて!』

 医師と依里が愛笑に離れるように言う。
 依里に至っては悲鳴に近いほど甲高い声であった。
 しかし、愛笑は決して離れようとしない。
 暴れる春を胸に必死に抱き留める。

『うがあああああっ!』

『っ!』

 愛笑は既に魔法防衛隊に所属している。
 今回の事件はそれでも詳細を知ることはできないが、愛笑は春と関わりが深いため楽人と依里と支部長である祖父の幸夫の計らいもあり、身内扱いとして魔法防衛隊が調べた事件の詳細を特別に知ることが出来た。

 異界に連れ去られ、死ぬような思いと恐怖を体験した。
 次々と人が殺されていく中で必死に逃げ、その果てで大好きな両親を目の前で失った。
 九歳の子供が背負うにはあまりにも辛すぎるものだった。

『ごめんねぇ………!』

『っ!!』

 気が付けば謝罪の言葉を口にし、流す涙が大粒の涙へと変わっていた。
 そんな愛笑の謝罪の言葉を聞いた春は暴れるのを止める。

『ごめんねぇ………ごめんねぇ………!!!』

 なぜ謝るのか。
 それは愛笑自身、分かっていなかった。
 春の痛々しい姿を見て湧いた苦しさから逃れようとしてなのか、魔法防衛隊に所属していながら何も出来なかった罪悪感からなのか、謝罪の理由は定かではない。
 ただ、口からは『ごめん』という言葉が溢れ出て止まらなかった。

『………うぅっ。わああああああん!』

 愛笑の謝罪に春も次第に大粒の涙を流し、大きな声で泣きじゃくる。
 愛笑の背に回していた手で赤ん坊のように服を掴んでいた。
 春も暴れるのを止めた理由はハッキリとしていない。
 ただ、愛笑の温もりと『ごめん』という言葉が、春の心に大きく響いたのは間違いなかった。







 春の脳裏に過る愛笑との思い出。
 血の繋がりこそないが間違いなく春にとっては優しい姉であり、家族であった。

 そして、再び春の胸中に湧き上がる恐怖。
 もう一度、家族を喰魔に殺される恐怖を。

「―――っ!」

 春は足を止め、顔を俯かせたまま立ち尽くす。
 春が立ち止まったのを見て、耀・十六夜・篝の三人も足を止めた。

「春?」

「………」

 耀が呼びかけるも春は俯いたまま、返事もしなかった。
 そして、下していた手を強く握りしめて拳を作る。
 その様子に、十六夜と篝は何かに気づいたように目を見開いた。

「お前、まさか………」

「春君! 気持ちは分かるけど………!」

 愛笑を助けに行こうとしている。
 それは誰の目から見ても明らかだった。
 しかし、行ったところで何が出来るというのか。
 相手は遥か格上のSランク喰魔。
 行ったところで呆気なく殺されるか、せいぜい愛笑の足を引っ張るのが関の山だろう。

 それは当然分かっている。
 だから今、こうしてここまで逃げて来たのだ。
 そして、そんな情けないことを口にするのが悔しい十六夜と篝は口を噤んだ。

「分かってる! 分かってるよっ!! けど、やっぱり………」

 春だって当然分かっている。
 しかし、それでも抑えきれない感情を表すように、春は拳を握り締める力を強めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...