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運命の二人
3-1 四人での初任務
しおりを挟む任務説明を受けた翌日の正午。
春、耀、十六夜、篝の四人は行方不明となった三人が喰魔によって異界へと連れていかれたトンネルの前まで来ていた。
トンネルの周りは進入禁止のテープで封鎖され、トンネルの中が見えないようにシートで覆われていた。
そして、その前に立つ四人は任務に相応しい魔法防衛隊の隊服に身を包んでいた。
春、十六夜の隊服は学ランのような詰襟であり、前方の方をボタンで留めている。
左の胸と肩には、盾に五芒星の魔法陣が描かれた魔法防衛隊のマークが刺繍されている。
そして、襟や服の袖先などに刺繍されたラインや防衛隊のマークなどの装飾が春は白色、十六夜は青色で施してあった。
耀の上衣は二人と同じであり、魔法防衛隊のマークやラインは春と同じように白色であった。
違いとしてはズボンがショートパンツとなっており、靴が膝を覆うほどのニーハイブーツとなっている。
ピッタリと肌に密着するショートパンツとブーツの間から見える耀の健康的な白い太腿、いわゆる絶対領域は見る者の視線を釘付けにすることだろう。
そして、武器である剣はいつもとは違い竹刀袋ではなく左腰に携帯してあった。
篝は三人と違い、上衣がアシンメトリーのように右側にボタンが寄っている隊服であった。
魔法防衛隊のマークは他の三人と同じように左の胸と肩に刺繍されており、そのマークや所々に施されたラインは赤色で刺繍されていた。
ズボンではなくスカートを着用し、ヒールのようなブーツと細い脚を包む黒タイツが大人びた雰囲気を醸し出していた。
春と十六夜の隊服は色以外は全く同じだが、耀と篝は同じ女性であるにも関わらず大きく隊服が違っている。
その理由は魔法防衛隊の隊服は魔法の関係や本人の動きやすさなどを考慮し、要望を出せば色々とカスタムが出来るようになっている。
基本となる隊服は春と十六夜の隊服と篝の上衣がそれに当たるため、多くの隊員は春と十六夜の二人と同じか篝の上衣にズボンの二種類に分かれる。
隊服に身を包んだ四人は任務の緊張感も相まって、中学生とは思えないほどの威圧感と張り詰めた空気を放っていた。
「ここか………」
「確かに人通りが少なそうだな」
十六夜は辺りを一瞥するとそう呟く。
トンネルに続く道の両脇は草が生い茂っており、コンクリートのひび割れ具合からも長い間修繕が無かったことが分かる。
そんな道を利用しようとする人は少ないだろうし、利用者が少ないから手入れがされていないということが一目で分かった。
「異界に行く前に任務内容の再確認をしましょう」
篝の呼びかけに他の三人は円を作るように移動する。
そして、任務の内容について篝が話し始めた。
「今回の任務は異界での行方不明者の捜索と可能な限りの喰魔の討伐。捜索する行方不明者は岡山颯太さん、田中正さん、小林一志さんの三名。この人たちのデータ、最低でも顔や体格くらいは頭に入ってるわね?」
「ああ」
「大丈夫」
「問題ねぇな」
「そう。なら、後は………」
ほんの少しを間を置いて、篝は柔らかな笑顔を浮かべて言葉の続きを紡いだ。
「必ず、みんなで生きて戻ってきましょう」
何を当たり前のことを、と普通なら思うだろう。
ただ、命を懸けて任務にあたる者にとって、これは何よりも守るべきものであった。
「うん!」
「………。死ぬ気なんてねぇよ」
篝の言葉に耀は明るい笑顔を浮かべる。
十六夜は一瞬悲し気に目を伏せるも、耀と同じように笑顔を見せて答える。
そして春だけはすぐには答えず、何かを考えるように目を閉じる。
「………」
生きて戻ろう、その言葉で亡くなった両親の姿が春の脳裏に思い起こされる。
今までも異界に入るときは両親のことを思い出していた。
しかし、昨日耀に両親の亡くなったときの話をしたからか、いつにも増して強く思い起こされる。
両親とともに異界に連れ去られたときにも、みんなで家に帰ろうと話した。
しかし、それは叶わず自分一人だけが生き残った。
両親を失った悲しみ。
喰魔への怒り。
自分の無力さへの失意。
それらが全て春の胸の内に再燃する。
そして、強く心に誓わせる。
あのときは守れなかった約束を、今度こそ守って見せると。
「ああ。みんなで帰って来よう」
胸に込み上げる熱い想いを春は言葉に込める。
その想いはその場に居る他の三人にも伝わるが、特別何かを言うことはしなかった。
何も言わず、春に笑顔で頷くことでその想いに答えた。
そして任務内容の確認が終わり、いよいよ異界へと足を踏み入れることにする四人。
しかし、その入り方で耀が三人に声をかけた。
「それで、誰が穴を開けるの?」
「それなら、春」
「了解」
耀の問いに十六夜が春の名前を呼ぶ。
春はその意味を分かっており、軽く返事をすると三人から少し距離を取って目の前に手を翳した。
「開けるぞ」
そう言った瞬間、春が手を翳したところに喰魔が出現するときに現れる異界への穴が出現する。
その光景に耀は目を見開いて驚いた。
「え、早くない?」
「やっぱ驚くよな」
「穴を開ける早さはAランク隊員よりも早いものね。春君」
耀の驚きに共感する十六夜と篝。
全員、穴が開いたことに驚かないことから分かる通り、人間でも異界へ続く穴を開けることは可能なのである。
「アイツ、異界の穴を開ける訓練で一日目で人が通れる大きさの穴作ったからな」
「い、一日!?」
「私なんて三か月掛かったていうのに………」
十六夜は愉快そうに、篝は悔しそうに春が初めて異界への穴を開けたときのことを話す。
通常、異界への穴を開けることは禁止されている。
危険なのは勿論、異界が犯罪に使われる可能性からも禁止されている。
事実、異界を使った犯罪は後を絶たない。
しかし、魔法防衛隊は任務のために穴を開けることが許可されており、そのための訓練も行われる。
訓練を始めて、人が通れる穴を開けられるようになるのに普通は四か月、十秒以内に開けられるようになるのにそこから二か月掛かる。
一日目で人が通れる穴を開け、一秒もかからずその穴を開けるなんてのは凄いを通り越してもはや異常である。
普通ならドン引きするのだが、耀は春のことをキラキラとした眼差しで見つめていた。
「へえー、凄いんだね春って………!」
「なんか照れるなー」
耀に褒められたことで照れ臭そうに頭を掻くも、嬉しそうに笑う春。
そんな二人のやり取りに、十六夜と篝は呆れるように小さく笑った。
その後、異界へと入る前の安全確認のために十六夜が穴から顔を出し、異界の中を覗き込む。
周囲を見渡し、喰魔もおらず足場も大丈夫そうなので穴を通って異界へと完全に入った。
それに続く形で篝、耀、春と次々に穴を通って異界へと入る。
全員が通ると、春は再び手を翳して魔力で穴を閉じた。
荒れた大地に淀んだ空気、分厚い雲に覆われた薄暗い世界。
その不気味さと淀んだ空気、何よりも異界に漂う不快な魔力に篝は顔を顰める。
「ホント、何度来ても嫌な魔力ね」
「だな」
篝の呟きに同意する十六夜。
十六夜も篝と同じで不快そうに目を細めていた。
「異界に漂う魔力は私達には毒だもんね」
「個人差はあるけど大体五日で死に至る、だったな」
春と耀の二人は何とも無さそうに会話をする。
そんな二人、というより耀のことを篝は珍しいものを見るような目で見つめた。
「あら? 春君はともかく、耀も平気なの?」
篝の問いに対し、耀は首を軽く横に振ってそれを否定した。
「ううん、平気じゃないよ。私だって異界は居心地悪いし、他の人よりは耐性があるってだけなんだ」
「あら、そうなの。てっきり春君と同じで平気なのかと思ったわ」
「え!?」
その篝の言葉に耀は目を点にする。
異界の魔力が平気、なんていうのは本部に居た時でさえ聞いたことが無かった。
「春は異界の魔力が何ともないの!?」
「まあな。闇魔法の影響なのか、異界の魔力に対してみんなが言うような不快感ないんだよな。このじめっとした空気とか薄暗い感じは嫌だけど」
大したことの無いように言う春とは対照的に、耀は驚きで目を見開いたまま固まっている。
そんな耀の右肩に篝はそっと手を置いた。
「分かるわ。私たちも最初はそんな感じだったから」
耀の驚きに再び共感を示す篝。
十六夜は何も言わないが二回頷くことでその意思を示した。
その後、四人は周りを警戒しながら異界を探索していく。
行方不明となった三人の姿やその痕跡は見当たらず、喰魔の影さえ見えなかった。
「行方不明者どころか、喰魔さえ見当たらないな」
「おかしいな。いつもならもう喰魔に出くわしてるぞ」
探索を始めて十五分、ここまで喰魔の姿を一切見ていない。
そのことに違和感を覚え始めた十六夜の言葉に春も同意する。
喰魔たちが住むこの異界で、ここまで喰魔に出くわさなかったことは無かった。
行方不明者を探すことが一番にやるべきことだと考えれば、この状況は良いことなのかもしれない。
しかし、二人にはそれが無気味に思えて仕方がなかった。
そんなとき、周りを見渡していた耀が左の方に何かを見つける。
「………あ、みんなあそこ! なんかある!」
耀が右手の人差し指で場所を指し示す。
そこは辺りに巨大な岩がちらほらと見える場所だった。
その中心部に岩とは違う何かがあり、全員目を凝らして見る。
しかし、それが一体何なのかは分からなかった。
「ここからじゃよく見えないな」
「行って確かめるしかないな」
「喰魔かもしれないわ。気を付けて行きましょう」
「「「ああ」」」
喰魔である可能性を考慮し、警戒しながら岩場へと近づいていく。
近づくに連れて、その全貌が少しづつではあるが四人には見え始めた。
耀が見つけたそれらは人に近い形をしており、赤黒い液体の水溜りの中に転がっていた。
そして、肉が腐ったような腐臭と、錆びた鉄のような匂いが四人の鼻に届く。
それらが分かった瞬間、四人は険しい表情で足を止めた。
「死体………だな」
転がっている物の正体が春の口からこぼれ出るように呟かれる。
そして、誰もそれを否定しない。
他の三人もまた、その正体が死体であることに気づいていた。
「………行きましょう」
重々しい声で篝はそう言うと、再び岩場に向かって歩き始める。
他の三人も同じように歩みを再開する。
やがて、死体の傍に立った四人はその惨状に息を呑んだ。
「「「「―――っ!」」」」
転がっている死体は三体。
その内の一体のスーツを着た青年は頭の右半分が欠けており、右腕と両脚の膝から先が無かった。
他の二体は少々太り気味の中年であり、青年と同じようにスーツを着ていた。
一体は右手と左脚が無く、喉元は獣に食い千切られたように欠けていた。
残りの一体は腕と脚は全て繋がっては居るが、それぞれの部位に獣に食い千切られたような跡があり、なんとか繋がっているような状態であった。
死体には他にも細々とした傷があり、千切れた腕や脚が近くに散らばっている。
そして、開いているのに生気を感じられない虚ろな瞳が、四人の背筋を凍りつかせた。
「「「「………」」」」
誰も言葉を発さない。
否、発せないでいた。
この三体の死体は、四人が任務で捜索していた三人であった。
しかし、あまりにも惨い目の前の死体に耀、十六夜、篝の三人はただ立ち尽くすだけで動くことが出来ない。
しかし、ただ一人。
春は両手の拳を強く握りしめると、ゆっくりその死体に向かって歩いていく。
赤黒い血の水溜りの中に踏み入り、ピチャピチャと音を立てながら進んでいく。
「春………」
その後ろ姿に思わず名前を呼ぶ耀。
その呼びかけに春は足を止めず、振り返ることもなく背中越しに話し始めた。
「早く連れて帰ろう。家族が、この人たちの帰りを待ってる」
低い声音。その声は怒りと悲しみを宿していることが分かる。
待っている家族は例え遺体だとしてもおかえりを、何よりも別れを言いたいはずだ。
かつての自分が、両親の葬式でそうであったように。
その想いから、春は一人動いていた。
その想いが伝わったのか、他の三人も同じように動き出そうとする。
春は遺体の側まで近づき、その手を伸ばそうとした―――そのときだった。
「「―――っ! 春!」」
何かに気づいた耀と十六夜が焦るように春の名前を呼ぶ。
その呼びかけに春は伸ばしていた手を止める。
その直後、周りの岩の陰から何かが複数飛び出してきた。
『シャァァァァ!』
春は上を向き、岩陰から飛び出してきたモノ達を視認する。
それは一メートルほどの体長をした、白い肌をしたトカゲのような喰魔であった。
「白の飛刃!」
「雷鳴拳!」
岩陰から飛び出してきた喰魔に二人は魔法で攻撃する。
耀の飛来する白い光の刃と十六夜の拳から放たれた青い雷が、飛び出して来た喰魔達に命中する。
光の刃は三体の喰魔に突き刺さり、雷撃を浴びた四体の喰魔は体を焦がし、煙を噴き上げていた。
二人の攻撃を掻い潜った三体が頭上から春へと向かうが、春はそこから急いで後ろへと跳躍することで喰魔達を回避した。
「フレイム・バレッタ!」
篝もまた、喰魔を視認すると魔法で両手に拳銃を作り出す。
そして、その銃口を春が元居たところに降りた三体の喰魔に向け、引き金を引いた。
右、左、右と計三回引き金を引く。
発砲音が響き渡り、炎の弾丸が放たれる。
そして、その炎の弾丸は容易に喰魔達の体を貫いた。
後ろへと跳躍した春は両足が地面に着くと膝を折り、低い姿勢のまま勢いを利用して滑るように三人の元へと戻っていた。
「三人とも助かった!」
「春、大丈夫!?」
「大丈夫!」
耀からの問いに大きな声で答える春。
倒された喰魔達は体が崩れていき、その場から消滅する。
しかし、岩陰からは別の喰魔達がその姿を見せ始める。
新たに現れた喰魔達に四人は表情を険しくさせた。
「これ、待ち伏せされたってことだよな?」
「………みたいだね」
「Dランクの喰魔が群れを作って、獲物が掛かるまで待ってたってこと? 争わずに? あり得ないわ」
「確かに普通ならあり得ないが、今回はその普通に当てはまらないってことだな」
「ここに来るまで喰魔を見かけなかったのも、これが理由か」
「恐らくはな」
Dランクの喰魔が罠を張っていた。
それだけでも異例の事態なのに、それを争うことなく集団で行っていた。
知性が低く、本能のままに魔力を求め行動するDランクの喰魔にはあり得ない行動だった。
そこで春と十六夜は、ここに来るまでの不気味さの正体がこれだったことに気づく。
そして、四人の背後にも喰魔達が現れ、逃がさんと言わんばかりに佇む。
それに対し十六夜と篝は春と耀の背後へと回り、四人で背中を合わせた状態になった。
「囲まれたな」
「ああ。随分とまあ、しっかりと統率が執れてやがる」
自分達を囲うように立つ喰魔達を見て、十六夜は皮肉気味に呟いた。
数にして二十五体。
それだけの数の喰魔が争わずに行動していることに困惑していたそのとき、耀は喰魔達から感じる魔力の違和感に眉を顰めた。
「十六夜。この喰魔達の魔力、少し変じゃない?」
「白銀も気づいたか」
「うん。全員からなにか別の魔力を感じる」
喰魔が持つ自分の魔力とは別に、喰魔達に共通して同じ魔力を二人は感じ取っていた。
「それってつまり、魔法が掛けられてるってこと?」
「ってことは、こいつらまさか………!」
別の魔力、それは喰魔達が魔法に掛かっていることを指す。
そして、ここまで統率の執れたDランク喰魔にはあり得ない行動の数々。
そこから導き出される答えは―――
「ああ。十中八九、別のやつに操られてるな」
「………これだけの喰魔を操れる操作系の魔法、か」
「最低でもCランクだね」
「けれど、一体誰が何のために?」
「さあな。そこまでは分からないが、少なくとも俺達は殺すつもりだろうぜ」
十六夜は喰魔達を睨みつけるその眼光をさらに強くさせる。
それを合図に、喰魔達は一斉に四人へと襲い掛かった。
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