黙れ、俺の胸

神野翔子

文字の大きさ
上 下
1 / 1

黙れ、俺の胸

しおりを挟む
「ねえ、森崎くーん」

 放課後、だらだらと帰り支度をしていると、教室の入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。頭だけをひょこりとのぞかせ、薄茶色のウェーブのかかった長い髪を揺らした雪村がじっと俺を見つめていた。

「なんだよ……」

 名前の如く雪のように白い肌に輝く彼女のまん丸の目をちらりとだけ見て、俺は不愛想に返事をした。
 雪村は俺の席へと近づいてくると机に両手をつき、さらに俺の顔を覗き込むように言った。

「今日これからなんか用事ある?」

「ねえよ……」

「だったらさあ、ちょっとクラスの仕事手伝ってってくれない?」

 小首をかしげた雪村の首筋に夕日があたり、俺は言葉に詰まってしまった。
 この雪村がなんで俺なんかに声をかけてくるのか全く見当もつかなかったが、頼まれているのは確かだ。

「なんだよ、そのクラスの仕事ってさあ」

 俺はさも気だるそうな声を出し、めんどくさいとアピールしたが、実のところ胸の中ではピンポン玉が弾むように小さく鼓動を打ち続けていた。

「別に俺じゃなくたっていいじゃん。誰か他のやつ……」

 そう言いながら周りをみると、すでにクラスメイトたちは姿を消し、教室内には俺と雪村だけになっていた。

――まじかよ……

「ね。もう森崎くんしかいないの。お願い」

 胸の前で両手を合わせ、上目遣いに俺を見つめる彼女の瞳がなんとなく揺れている気がして、ピンポン玉は野球のボールか、もしかしたらバスケットボールほどにもなっていたかもしれない。

「ちょっ……いや、それより俺さ、今日これから英語の宿題やんなきゃなんないからさ」

 俺は自分の胸の中の弾むバスケットボールをなんとかおとなしくさせようと、この二人きりの教室から逃げるための言い訳をした。

「ああ、だったら仕事がすんだら一緒にやってあげる。だからちょっとだけ残ってよ」

 雪村はそう言うと、教室から逃げ出そうとする俺の腕をがっしりとつかんだ。

――手! おいっ! 手とか……

 バスケットボールが大人しくなるどころか、それはまるで大太鼓を打ち鳴らすかのようにさらに激しくなり、目の前がチカチカとし出したと思ったその時、誰かが教室に入ってきて声をかけてきた。

「あのー! 雪村先生。クラス委員会の仕事なんですけど」

「ああ、ごめん。今森崎くんにお願いしてたんだけど、連れていくから進めててもらえるかなあ」

「はーい。わかりやしたー」

――ああー! 村井! 行くなっ! おいっ! 一人にしないでくれー

 助け船になるかと思った村井は無情にもさっさと教室を後にして、クラス委員会の仕事が行われていると思われる英語準備室へと去って行った。

「ね。だから、宿題はあとでみんなでやっつけちゃうから、手伝いよろしく!」

 雪村先生は強引に俺の腕を引くと、必死に胸の鼓動の激しさと闘う俺の想いをよそに、かすかに甘い香りのする長い髪を翻した。そして何も言えなくなった俺は、掴まれた腕に伝わってくる彼女の体温に腹の下の方をくすぐられながら足をひきずり後に続いて教室を出た。





*おわり*
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

エスパーを隠して生きていたパシリなオレはネクラな転校生を彼女にされました

家紋武範
青春
人の心が読める少年、照場椎太。しかし読めるのは突発なその時の思いだけ。奥深くに隠れた秘密までは分からない。そんな特殊能力を隠して生きていたが、大人しく目立たないので、ヤンキー集団のパシリにされる毎日。 だがヤンキーのリーダー久保田は男気溢れる男だった。斜め上の方に。 彼女がいないことを知ると、走り出して連れて来たのが暗そうなダサイ音倉淳。 ほぼ強制的に付き合うことになった二人だが、互いに惹かれ合い愛し合って行く。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ランボー、汝、神よ

多谷昇太
青春
私が19才の頃から25才辺りのことを記した、約2年に及んだ海外放浪生活をメインとする自伝的、いや自省的な小説です。作中詩編をいくつも編入しています。というのも私は詩人をも自称していますので…。1970年代頃のヨーロッパに於ける日本人ボヘミアンたちの生態をも実態に即して紹介していますのでお楽しみに。ところで、いま私はすでにン才ですが、はたしてこの青春放浪記を書くに当たって往時の境涯だけを記したものか、それとも合間合間に今および中・実年時の折々の、往時を振り返っての感慨をも挿入すべきか、ちょっと迷っています。なぜかと云うに放浪時以後、あとになればなるほど当時の〝若気の至り〟に思いを致すことが多く、はたしてこの反省を入れずにこの書を世に問うのもいかがなものかと思えるからです。斯様な分けでこれ以後の執筆過程で場違いな、いや「時」違いな箇所が入るかも知れず、ひょっとしてそれが読者の皆様の興味を削ぐかも知れませんが、その際はどうか悪しからずご勘弁のほどを予め申し上げておきます。

妹と結ばれなかった俺は世界征服始めました。

テルマさん
青春
嫌われもの主人公が強く生きる青春系異能バトル

徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……

紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz 徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ! 望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。 刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。

処理中です...