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黙れ、俺の胸
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「ねえ、森崎くーん」
放課後、だらだらと帰り支度をしていると、教室の入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。頭だけをひょこりとのぞかせ、薄茶色のウェーブのかかった長い髪を揺らした雪村がじっと俺を見つめていた。
「なんだよ……」
名前の如く雪のように白い肌に輝く彼女のまん丸の目をちらりとだけ見て、俺は不愛想に返事をした。
雪村は俺の席へと近づいてくると机に両手をつき、さらに俺の顔を覗き込むように言った。
「今日これからなんか用事ある?」
「ねえよ……」
「だったらさあ、ちょっとクラスの仕事手伝ってってくれない?」
小首をかしげた雪村の首筋に夕日があたり、俺は言葉に詰まってしまった。
この雪村がなんで俺なんかに声をかけてくるのか全く見当もつかなかったが、頼まれているのは確かだ。
「なんだよ、そのクラスの仕事ってさあ」
俺はさも気だるそうな声を出し、めんどくさいとアピールしたが、実のところ胸の中ではピンポン玉が弾むように小さく鼓動を打ち続けていた。
「別に俺じゃなくたっていいじゃん。誰か他のやつ……」
そう言いながら周りをみると、すでにクラスメイトたちは姿を消し、教室内には俺と雪村だけになっていた。
――まじかよ……
「ね。もう森崎くんしかいないの。お願い」
胸の前で両手を合わせ、上目遣いに俺を見つめる彼女の瞳がなんとなく揺れている気がして、ピンポン玉は野球のボールか、もしかしたらバスケットボールほどにもなっていたかもしれない。
「ちょっ……いや、それより俺さ、今日これから英語の宿題やんなきゃなんないからさ」
俺は自分の胸の中の弾むバスケットボールをなんとかおとなしくさせようと、この二人きりの教室から逃げるための言い訳をした。
「ああ、だったら仕事がすんだら一緒にやってあげる。だからちょっとだけ残ってよ」
雪村はそう言うと、教室から逃げ出そうとする俺の腕をがっしりとつかんだ。
――手! おいっ! 手とか……
バスケットボールが大人しくなるどころか、それはまるで大太鼓を打ち鳴らすかのようにさらに激しくなり、目の前がチカチカとし出したと思ったその時、誰かが教室に入ってきて声をかけてきた。
「あのー! 雪村先生。クラス委員会の仕事なんですけど」
「ああ、ごめん。今森崎くんにお願いしてたんだけど、連れていくから進めててもらえるかなあ」
「はーい。わかりやしたー」
――ああー! 村井! 行くなっ! おいっ! 一人にしないでくれー
助け船になるかと思った村井は無情にもさっさと教室を後にして、クラス委員会の仕事が行われていると思われる英語準備室へと去って行った。
「ね。だから、宿題はあとでみんなでやっつけちゃうから、手伝いよろしく!」
雪村先生は強引に俺の腕を引くと、必死に胸の鼓動の激しさと闘う俺の想いをよそに、かすかに甘い香りのする長い髪を翻した。そして何も言えなくなった俺は、掴まれた腕に伝わってくる彼女の体温に腹の下の方をくすぐられながら足をひきずり後に続いて教室を出た。
*おわり*
放課後、だらだらと帰り支度をしていると、教室の入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。頭だけをひょこりとのぞかせ、薄茶色のウェーブのかかった長い髪を揺らした雪村がじっと俺を見つめていた。
「なんだよ……」
名前の如く雪のように白い肌に輝く彼女のまん丸の目をちらりとだけ見て、俺は不愛想に返事をした。
雪村は俺の席へと近づいてくると机に両手をつき、さらに俺の顔を覗き込むように言った。
「今日これからなんか用事ある?」
「ねえよ……」
「だったらさあ、ちょっとクラスの仕事手伝ってってくれない?」
小首をかしげた雪村の首筋に夕日があたり、俺は言葉に詰まってしまった。
この雪村がなんで俺なんかに声をかけてくるのか全く見当もつかなかったが、頼まれているのは確かだ。
「なんだよ、そのクラスの仕事ってさあ」
俺はさも気だるそうな声を出し、めんどくさいとアピールしたが、実のところ胸の中ではピンポン玉が弾むように小さく鼓動を打ち続けていた。
「別に俺じゃなくたっていいじゃん。誰か他のやつ……」
そう言いながら周りをみると、すでにクラスメイトたちは姿を消し、教室内には俺と雪村だけになっていた。
――まじかよ……
「ね。もう森崎くんしかいないの。お願い」
胸の前で両手を合わせ、上目遣いに俺を見つめる彼女の瞳がなんとなく揺れている気がして、ピンポン玉は野球のボールか、もしかしたらバスケットボールほどにもなっていたかもしれない。
「ちょっ……いや、それより俺さ、今日これから英語の宿題やんなきゃなんないからさ」
俺は自分の胸の中の弾むバスケットボールをなんとかおとなしくさせようと、この二人きりの教室から逃げるための言い訳をした。
「ああ、だったら仕事がすんだら一緒にやってあげる。だからちょっとだけ残ってよ」
雪村はそう言うと、教室から逃げ出そうとする俺の腕をがっしりとつかんだ。
――手! おいっ! 手とか……
バスケットボールが大人しくなるどころか、それはまるで大太鼓を打ち鳴らすかのようにさらに激しくなり、目の前がチカチカとし出したと思ったその時、誰かが教室に入ってきて声をかけてきた。
「あのー! 雪村先生。クラス委員会の仕事なんですけど」
「ああ、ごめん。今森崎くんにお願いしてたんだけど、連れていくから進めててもらえるかなあ」
「はーい。わかりやしたー」
――ああー! 村井! 行くなっ! おいっ! 一人にしないでくれー
助け船になるかと思った村井は無情にもさっさと教室を後にして、クラス委員会の仕事が行われていると思われる英語準備室へと去って行った。
「ね。だから、宿題はあとでみんなでやっつけちゃうから、手伝いよろしく!」
雪村先生は強引に俺の腕を引くと、必死に胸の鼓動の激しさと闘う俺の想いをよそに、かすかに甘い香りのする長い髪を翻した。そして何も言えなくなった俺は、掴まれた腕に伝わってくる彼女の体温に腹の下の方をくすぐられながら足をひきずり後に続いて教室を出た。
*おわり*
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