Desire -デザイア-

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第一話 月が見ていた The moon was looking

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その時、僕は世界の終焉を感じた。

だが、同時に相反するような浮き足立つほどの爽快感も感じていた。

再生だ。

世界の再生。

そう……。

もう、この世界に誰も僕を束縛するものはいないのだから。



Desire







僕の目の前には、「モノ」が転がっていた。

それはほんの数分前までは、僕の母親であった骸だ。

あんなにも美しかった母の顔は異様なまでに変色し、膨張し、この上なく醜かった。

そして、僕の手は汗ばんで真っ赤だった。

母の首の痕がくっきりと紅く赤く残っている。

僕の両手には、母の首を締め付ける感触がリアルに残っていた。

僕は、人殺しだ。
それも、母を殺した極悪人だ。

もう後戻りできない……。
僕は罪人になったのだ。

どうしてこんなことになったのだろう。
僕は確かに母を愛していたのに。

だが、母が僕に向けた愛は、僕の求めた愛ではなかった。

僕の母は美神のように美しかった。
それが僕の自慢であり、誇りであった。

だが、父は母を省みず、なんの魅力も感じられないような平凡な水商売の女のもとへ走った。

当時は、なんて父は愚かなのだろうかと、嘲笑したい思いだったが、今ならその父の気持ちが痛いほどわかる。

父は母が怖かったのだ。

母のあの恐ろしいほどの美貌が。

中三の夏のことだった。

暑い夏の夜だった。

母は白地に朝顔の浴衣を着ていた。

長い髪を粋に纏め上げ、美人画から抜け出したように綺麗だった。

僕はそんな母を誇らしげに見ていた。

夜が更け、僕は床に就いた。

しばらくすると、真っ暗な室内に細い光が差し込んだ。

戸が開いたらしい。

眠い目を擦りながら見ると、母が立っていた。

「母さん」

母はにっこりと微笑んだ。

僕はよくわからないが、優しい母の微笑みに暖かさを感じた。

母は突然、するすると浴衣の帯を解いた。

やがて、帯が畳に蛇のようにとぐろを巻くと、母の肩から浴衣がするりと落ちた。

「母さん……?」

僕の問いかけに答えた母の眼差しは、僕が感じたことのない艶かしいものだった。

女の眼だった。

「あなたは、母さんの中から生まれてきたのよ」

母が一歩近づいた。

「だから、何もおかしなことではないわ」

また一歩。

「母さんはあなたが大好きよ。あなたも母さんが好きでしょう?」

僕はただ、こくんと頷いた。母は嬉しそうに微笑んだ。

「だから……」

母の吐息が僕の顔に吹きかかる。

「さあ、お母さんの元に帰っていらっしゃい」

そう言って、母は僕に口付けた。

僕は導かれるままに母を抱いた。

僕は母の乳房を貪り母の中に帰った。


その関係は、僕が大学に入った現在までずるずると続いていた。

今夜(ああ、もう昨日の出来事だ)も、母は僕の中でひどく乱れていた。

「あ……そうよ。十夜とおや……もっと……もっと……ああ……」

僕は気が付くと、母の首に手をかけていた。

なぜだかは、未だにわからない。

軽く力を込めた。

母はうっすらと目を開けた。

「もっと……」

「えっ……?」

「もっと、力を込めなさい」

「でも……」

母の細い首は、あとほんの少しでも力を込めたら、折れてしましそうなほどだった。

「いいのよ……。十夜。早く、力を……」

「母さん?」

僕は命令どおり、力を加えた。

「あ……。いい……。あ……。もっとよ」

「でも……」

母さんは、うっとりとした表情を僕に向けた。

そして、僕の背中に腕を回した。

「いいわ……。感じる……十夜……」

僕が力を入れるのと同時に、母の爪が僕の背中に食い込んだ。

「うあっ……。いた……い……。母さん……」

「もっとよ。もっと!」

僕は背中に走る激痛に耐えながら、力を込め続けた。

「はあ……そう……もっと、強く……」

母はまた瞳を開けた。吸い込まれそうな漆黒の闇。

「綺麗ね……。あなたはいくつになっても綺麗なままだわ」

母は僕の髪をなでた。

「あなたは私のモノよ……。十夜。誰にも……渡さないわ……」

その瞬間。

赤いランプが回り始めた。

僕は一生このまま?

このまま母さんに……。

嫌だ。

そんなの

イヤダ……。

僕はあなたの……人形じゃない……。

いつしかそれは、明確な殺意に変わっていた。

力が篭る。

加速する。

きんきんと耳鳴りがした。

吐き気のように、殺意が、憎しみが。

僕を後押しする。

「うああぁあぁぁぁぁ!!」

「強く……!!うっあぁは……」

いやだ!

嫌だ!

イヤダ!

僕はあなたのモノなんかじゃない!

僕は……僕は……


もう僕を……解放シテクダサイ。


するすると、僕の背中から母の白い腕が滑った。

それは、船からぶら下がる朽ちた碇のように白いシーツに落ちた。



それから、どれくらいの時間が流れたのか。

僕はこうして、服も着ずに呆けたように母の躯と向かい合っている。

もうすぐ日が昇る。

いつもと変わらないように。

行動を起こさなければ。


この闇がすべてを覆い尽くすうちに……。
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