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【新婚旅行編】三日目:とある王様にとっての楽園

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 うららかな午後。執務室には何時も通り、紙の上をスムーズに滑っていく私のペンの音だけが聞こえていた。ともすれば、出てしまいそうなあくびを噛み殺しながら、執務机の上に書類のタワーを作っていた時だった。

「ヨミ様っ、今すぐに身支度を整えられて下さいっ」

 新しい紅茶を淹れてくれていた秘書殿、レタリーが慌てたような声を上げたのは。

「む? 午後からは、何も予定はなかった筈であろう?」

「はい、ですが……と、とにかく失礼致しますっ」

 説明する時間すら惜しいのであろうか。長い尾羽を忙しなく揺らしながら私に向かって服を差し出し、続いて銀の櫛やら、角を磨く為のクロスまで取り出している。

 彼の気合の入りっぷりは各エリアの代表との会食か、民への演説にでも行く時かのようだ。あれ? マジで何か大事な予定入っておったっけ?

 早着替えの術も用いて私の身支度を整えてくれながら、手早くかつ丁寧に髪を梳いてくれている彼に、つのる疑問をぶつけてみる。

「何をそんなに焦っておるのだ、レタリー?」

 が、聞こえてはいないらしい。全く持って余裕がないようだ。真剣な面持ちで今度は角を磨いてくれつつも、羽用のお手入れ道具を宙に出現させ始めている。これは、終えるまでは無理だろう。聞き出すのは。

 もしや、バアルとアオイ殿の身に何か? いや、しかし、二人は無事に市場での買い物を終えた筈。魔力の花を身に着けていたお陰で不埒な輩に言い寄られることもなく、親衛隊の皆も最後まで余裕を持って見守ることが出来たと。

 ……そういえば一度、僅かな間にだけ二人を見失ってしまっていたとの報告があったな。ただそれも、バアルが認識阻害の術を使っていただけではあったが。

 優秀な秘書殿のお陰で、角も羽もピッカピカ。そろそろ用件をと、口を開きかけたところで賑やかな訪問者が、元気なノックをしてから扉を開け放ってきた。

「失礼します、ヨミ様っ! ご準備は出来ましたか?」

「こら、グリムっ……まだ、入っていいとは言われていなかっただろうが」

 飛び込むように入ってきた小さな影に続いて、長身な影が追いかけてくる。揃いの灰色のフードマントに身を包んでいるのは、アオイ殿とバアルの友人である死神の二人。グリムとクロウだ。

 グリムが薄紫色の目を丸くして、小さな手で口元を覆う。クロウを見上げてから頭を下げた。

「あっ……ご、ごめんなさいクロウ、アオイ様とバアル様にお茶会にご招待してもらえたから、僕、はしゃいじゃって……」

「いや、謝るのは俺にじゃないだろ? お騒がせして申し訳ございません、ヨミ様、レタリーさん」

「ごめんなさいっ」

「いや、それは……構わぬのだが……」

 聞き捨てならぬグリムの言葉。お茶会? アオイ殿とバアルに?

 何やら動きの悪い首を無理矢理動かし、ぎぎぎと秘書殿へと振り向けば、ごめんねっと語尾に星マークでもついていそうな笑顔だけを返された。確信犯だとしか思えぬ。たとえ、マジでうっかりしていたとしても。

「それならばそうと早く言わぬかっ!」

 慌てて姿見を出現させ、全身をくまなくチェックしていく。完璧だった。二日ぶりに二人に会っても問題ないくらいに。だから余計に腹が立った。秘書殿の腕の優秀さに。



 魔法陣を抜けた途端、広がっていた光景は私にとっては楽園と言っても過言ではなかった。

「こんにちはっ、ヨミ様、レタリーさん。グリムさんとクロウさんもっ、来ていただけてスゴく嬉しいです!」

「急なお誘いにも関わらず、時間を割いて頂き誠にありがとうございます」

 弾むように駆け寄ってきたアオイ殿、すかさず続き、彼の華奢な肩を抱き寄せたバアル。二人共、私が贈った揃いの柄の浴衣を身に纏ってくれている。

 知ってはいた。親衛隊の皆からの報告で、浴衣姿で市場での買い物を楽しんでいたと。期待してもいた。であれば、茶会の席でもその姿を披露してくれるのではないかと。

「わぁ、やっぱりお二人共カッコいいですっ、キレイですねっ!」

「お似合いですよ」

「あ、ありがとうございます……」

「お褒めに預かり嬉しく存じます」

 手を叩きながら瞳を輝かせるグリムに、穏やかな笑みを浮かべるクロウ。頬を真っ赤にしてはにかむアオイ殿に寄り添いながら会釈をするバアル。

 たった二日だというのに懐かしくて、ずっと見ていたいのにボヤケてしまう。

 不意に視界がクリアになった。優秀な秘書殿が、ハンカチーフで目元を拭ってくれていた。

「おつねり申し上げましょうか? 頬を」

「いや、大丈夫だ。ありがとう、レタリー」

 二人に情けのないところを見せぬよう気合を入れていると、手のひらに温かい何かが触れた。釣られてかち合った琥珀色。澄み渡るような美しい瞳が、私に微笑んでいる。

「ヨミ様、パンケーキもタルトも出来立てなんです! あ、フルーツポンチとサンドイッチもありますよ! 楽しくて、ちょっと作り過ぎちゃいましたけど……」

 私は頷くしか出来なかった。アオイ殿は満開の笑みを向けてくれているのに。また、あふれてしまいそうになっていると、反対の手が優しく引かれた。

「ヨミ様、どうぞ此方へ」

 二人が手を引いてくれる先で、グリムとクロウが微笑んでいる。ソファーが囲むテーブルの上に、色鮮やかなフルーツが主役のティーフードが並んでいる。

 私は二人の手を握りながらテーブルへと向かった。いまだ、かつてなかっただろう。これ以上に嬉しく、幸せなエスコートなど。
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