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【新婚旅行編】三日目:残念ながら免疫はついていなかったみたい

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 石畳の道を進んでいくにつれ、賑やかになっていく商いの声。買い物を、観光を、思い思いに楽しんでいる方々の明るいざわめき。訪れた市場は、活気に満ちあふれていた。

 俺達を燦々と照らしてくる高い日差しの元では、色とりどりの屋台屋根がますます映える。広い通りの左右にひしめき合っているそれらは、晴れ渡る真っ青な空とのコントラストも素晴らしい。どこを切り取っても絵になるな。ポストカードにしたいくらい。

 屋根の下にズラリと並んでいるのは、どれも魅力的な品々ばかり。色も形も珍しいフルーツや野菜、熱帯魚にも引けを取らない華やかな見た目をした魚など。まさに南国って感じなラインナップ。それらを皆さん、紙袋やら自前の手提げ袋やらにいっぱいに詰め込んでいる。

 あちらの狐の耳と尻尾を生やしたお二人のうち、女性の方はバアルさんと同じ術がお得意らしい。男性の方が両手いっぱいに抱えている荷物を、瞬きの間に手品のごとく消し去った。何でも入れられて、好きな時に取り出せる謎の空間へとしまったんだろう。

「わぁ……東エリアでは見なかった食材が多いですね……」

 釣られるがままに見回し過ぎたせいだろう。足元が疎かになっていた。ショートブーツのつま先が、丁度盛り上がっていた石畳に引っかかってしまった。着慣れていない浴衣だったこともあって咄嗟に踏ん張れず、ただふらつくのではなく、前のめりにずっこけそうになってしまう。

 とはいえ、恐れていた事態が訪れることは、鈍い痛みに膝やら手のひらやらが襲われることはなかった。エスコートしてくれていた長い腕が、素早く俺を抱き寄せ、支えてくれたのだから。

「アオイ、大丈夫ですか?」

 心配そうな声が頭の上から降ってくる。見上げれば、バアルさんが凛々しい眉をひそめていた。目元のシワは濃くなり、整えられた髭が素敵な口元からも柔らかな微笑みが消えてしまっている。

 後ろへと緩めに撫でつけた白い髪が、陽の光によって透き通るように艶めいている。俺の帯色とお揃いである緑の浴衣を颯爽と着こなしている彼は、いつにも増して大人の色香を漂わせていた。

 浴衣の隙間から僅かに覗いている浮き出た鎖骨、透明感のある白い肌、くびれたラインが美しい首、尖った喉仏、どこもかしこも色っぽくて落ち着かない。鼻を擽ってくるハーブの香りですら、砂糖を煮詰めたように甘く感じるような。

「ひゃ、ひゃい……ありがとう、ごじゃいまふ……」

 残念ながら免疫はついていなかったみたい。ホテルを出発する前に、その艶やかな浴衣姿をじっくりと堪能させてもらったってのに。いっぱいお写真も撮らせてもらったってのにさ。

 不可抗力とはいえ、ちょっと密着しただけでこのザマだ。だらしなく頬は緩んでしまっているし、舌はびっくりするほど回らない。

 それどころか、ますます体重をかけてしまっていた。頬を押しつけてしまっていた。肌心地のいい浴衣の上からでも逞しさが窺える、分厚い胸板に。

 いつものごとく見惚れてしまっているのは、どっからどう見てもバレバレ。なのだが、バアルさんは安心したように微笑んで頭を撫でてくれただけ。特にツッコむことはしなかった。ちょっぴり意地悪な彼が出てくることも。

 俺の腰に腕を回したまま、半ば抱き抱えるような形で、立ち止まっても問題ないところへと連れて行ってくれた。通りを行き交う悪魔さん方の波からさり気なく俺を庇ってくれながら、広い市場の通りから外れた小さな小道へと。

 豊富な色にあふれた市場の光景が、鍛え抜かれた長身によって隠される。頬に感じた外気が少しだけ涼しく感じた。

「ふむ、大事はなさそうですね……」

 改めて俺の無事を確認するように眺めていた彼の触角が弾むように揺れ、背中の羽がはためき出す。半透明の四枚が常夏の空気をぱたぱたと揺らす度、淡い煌めきが地面に落ちていた。

「すみません、ご心配おかけしちゃって……」

「いえ、私も悪いのです」

「え……?」

「美しく澄んだ瞳を輝かせ、市場を見回す貴方様の愛らしさに見惚れるあまりに、貴方様へのフォローが疎かになってしまっていたのですから」

「ひぇ……」

 いやいや、フォローは完璧過ぎるでしょう。すぐに抱き支えてくれただけじゃなく、気分も右肩上がりにしてくれたんだからさ。
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