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【新婚旅行編】一日目:お互い様ってことで
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鼻先に纏わりつくように離れなかった海の香り。しょっぱくて、海藻臭くて、けれどもどこか爽やかな。言葉で表現するのが難しい、スゴく個性的な匂いが、上品なお花の香りに上書きされていく。
光に包まれたかと思えば、室内。もう、何度も経験してきたとはいえ、魔法陣に転送してもらってすぐは驚いてしまう。ついさっきまで雄大に広がり、茜色に染まっていた海が、瞬きの間に窓の外へと遠のいてしまっているのだから。
まぁ、一瞬の内にビーチからホテルの中へと移動してきたのは俺達の方なんだけどさ。
視界に映っている光景だけでなく、匂いが、温度が、突然変わったからだろうか。急に鼻がむずむずしてきて。
「ふぇっ、くしょいっ」
手で押さえようとしたけれども間に合わなかった。間の抜けた俺のくしゃみが、しばらくお世話になる豪奢なお部屋に響き渡る。
途端に弾力のある温もりが俺の全身を包みこんだ。ふわりと香ってくるハーブの匂い。頬から伝わってくる落ち着く心音。バアルさんが抱き締めてくれている。
分厚い胸板に顔を埋めている為、表情が見えない。が、すぐに分かった。どんな顔をさせてしまったのか。頭の上から降ってきた声が、沈んでしまっていたから。
「申し訳ございません……この老骨めが付いていながら、お寒い思いをさせてしまって……」
「いや、いや、バアルさんは悪くありませんよっ……俺が……ずっと……キス、強請っちゃったから……」
そうなのだ。俺が全面的に悪いのだ。優しい彼に甘えてしまっていた俺が。
ビーチにて、俺達が寛いでいたハンモック。木陰で、バアルさんの術によって浮いていたとはいえ、その布地は暖かかった。それにバアルさんが抱き締めてくれていたのだ。背中に生えている透き通った羽で包み込んでくれていたのだ。だから、つい大丈夫だと。
俺がせがむ度に、バアルさんは嬉しそうにしてくれながらも心配してくれていた。キスの合間に「そろそろ、ホテルに戻りませんか?」と「お部屋でゆっくり続きを致しましょう?」と提案してくれていたのだ。
けれども俺は我儘を言ってしまった。あと一回だけだからと、もう一回してくれたらと。ほんの少し、部屋に戻るまでのたったちょっとの我慢が出来ずに強請ってしまったのだ。
思い出せば思い出すだけ、顔の中心へと熱が集まっていってしまう。今なら、ティーカップ一杯分のお湯くらい沸かせてしまえそう。
……このままバアルさんの胸元に顔を埋めていたい。
頼もしく広い背中へと腕を回そうとして、肩を優しく掴まれた。そっと少し離されて、大きな手のひらが頬に添えられる。顔を持ち上げられて、かち合った緑の瞳。細められた眼差しが、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「いえ、アオイは悪くございません……」
「え、でも俺が」
「年甲斐もなく浮かれていた私めが悪いのです……」
いや、だから俺が、とは言えなかった。言う前に打ちのめされてしまった。遮ってきた彼の続く言葉の熱烈さに、間の抜けた声しか上げられなくされてしまったんだ。
「上目遣いで甘えて下さっていた、貴方様の可愛らしさに心を奪われるどころか……」
「ふぇ……」
「透き通った琥珀色の瞳が微笑む様と、美しく色づいた可憐な唇の虜になってしまい……」
「ひょわ……」
「何度も私を求めて下さる喜びを、幸せを、噛み締めている内に……すっかり保温の術をかけ忘れていた私めが悪」
「っ……と、とにかくっ……お互い様ってことにしましょうっ、ね?」
つい、大きな声を上げてしまったどころじゃない。饒舌に語っていた口を両手で覆ってしまっていた。
これ以上、繰り返す訳には。俺が、私がって責任を取り合っている内に、どんな照れくさい発言をされるのかわかりゃしない。
……嬉しいけどさ。俺の我儘を、目茶苦茶前向きに受け取ってくれていたのは。
銀糸のように美しい、白い睫毛に縁取られた瞳が微笑む。俺の手を優しく外してから、指を絡めて繋いでくれてから、彼は器用に片腕で俺を軽々と抱き上げた。
光に包まれたかと思えば、室内。もう、何度も経験してきたとはいえ、魔法陣に転送してもらってすぐは驚いてしまう。ついさっきまで雄大に広がり、茜色に染まっていた海が、瞬きの間に窓の外へと遠のいてしまっているのだから。
まぁ、一瞬の内にビーチからホテルの中へと移動してきたのは俺達の方なんだけどさ。
視界に映っている光景だけでなく、匂いが、温度が、突然変わったからだろうか。急に鼻がむずむずしてきて。
「ふぇっ、くしょいっ」
手で押さえようとしたけれども間に合わなかった。間の抜けた俺のくしゃみが、しばらくお世話になる豪奢なお部屋に響き渡る。
途端に弾力のある温もりが俺の全身を包みこんだ。ふわりと香ってくるハーブの匂い。頬から伝わってくる落ち着く心音。バアルさんが抱き締めてくれている。
分厚い胸板に顔を埋めている為、表情が見えない。が、すぐに分かった。どんな顔をさせてしまったのか。頭の上から降ってきた声が、沈んでしまっていたから。
「申し訳ございません……この老骨めが付いていながら、お寒い思いをさせてしまって……」
「いや、いや、バアルさんは悪くありませんよっ……俺が……ずっと……キス、強請っちゃったから……」
そうなのだ。俺が全面的に悪いのだ。優しい彼に甘えてしまっていた俺が。
ビーチにて、俺達が寛いでいたハンモック。木陰で、バアルさんの術によって浮いていたとはいえ、その布地は暖かかった。それにバアルさんが抱き締めてくれていたのだ。背中に生えている透き通った羽で包み込んでくれていたのだ。だから、つい大丈夫だと。
俺がせがむ度に、バアルさんは嬉しそうにしてくれながらも心配してくれていた。キスの合間に「そろそろ、ホテルに戻りませんか?」と「お部屋でゆっくり続きを致しましょう?」と提案してくれていたのだ。
けれども俺は我儘を言ってしまった。あと一回だけだからと、もう一回してくれたらと。ほんの少し、部屋に戻るまでのたったちょっとの我慢が出来ずに強請ってしまったのだ。
思い出せば思い出すだけ、顔の中心へと熱が集まっていってしまう。今なら、ティーカップ一杯分のお湯くらい沸かせてしまえそう。
……このままバアルさんの胸元に顔を埋めていたい。
頼もしく広い背中へと腕を回そうとして、肩を優しく掴まれた。そっと少し離されて、大きな手のひらが頬に添えられる。顔を持ち上げられて、かち合った緑の瞳。細められた眼差しが、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「いえ、アオイは悪くございません……」
「え、でも俺が」
「年甲斐もなく浮かれていた私めが悪いのです……」
いや、だから俺が、とは言えなかった。言う前に打ちのめされてしまった。遮ってきた彼の続く言葉の熱烈さに、間の抜けた声しか上げられなくされてしまったんだ。
「上目遣いで甘えて下さっていた、貴方様の可愛らしさに心を奪われるどころか……」
「ふぇ……」
「透き通った琥珀色の瞳が微笑む様と、美しく色づいた可憐な唇の虜になってしまい……」
「ひょわ……」
「何度も私を求めて下さる喜びを、幸せを、噛み締めている内に……すっかり保温の術をかけ忘れていた私めが悪」
「っ……と、とにかくっ……お互い様ってことにしましょうっ、ね?」
つい、大きな声を上げてしまったどころじゃない。饒舌に語っていた口を両手で覆ってしまっていた。
これ以上、繰り返す訳には。俺が、私がって責任を取り合っている内に、どんな照れくさい発言をされるのかわかりゃしない。
……嬉しいけどさ。俺の我儘を、目茶苦茶前向きに受け取ってくれていたのは。
銀糸のように美しい、白い睫毛に縁取られた瞳が微笑む。俺の手を優しく外してから、指を絡めて繋いでくれてから、彼は器用に片腕で俺を軽々と抱き上げた。
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