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決して代わりにはなれぬのならば、せめて

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「レタリーさん……? 何を……」

 ……見たことが、あるような……そうだ、似ているんだ……バアルさんが魔力の花を咲かせてくれた時と……

 意識を研ぎ澄ませているであろう彼が纏う神秘的な雰囲気。徐々に集まり、強くなっていく魔力の煌き。それらはデジャヴと言ってもいいくらい。

 けれども彼の様子はバアルさんの時とは決定的に違っていた。急に、その端正な顔を苦痛に歪ませたのだ。

「……ぐ、ぅ……ッ……ぁ……」

「っ……レタリーさん!」

 光が強くなっていく。まるで、彼の苦しみが力に変わっていっているようだ。

 屈めた背を震わせ、歯を食いしばり、額に汗を滲ませながら、レタリーさんは左胸を、そこからあふれる光を掴んでいるように見えた。いや、まるで力任せに取り出そうとしているような。

 強い輝きに目が眩みそうになる。それどころか足元がおぼつかない。立っていられなくなってしまう。まるで強風にでもあおられているようだ。

 強烈な光の奔流の中心で、レタリーさんが呻いている。このままでは、彼の身が……

「……止めて、ください……っ……お願い、もう止め……ッ」

「……大丈夫、です……私めの身体は、丈夫に出来て、おります故……」

 遮るように、安心させるように、レタリーさんが俺に微笑みかけた時。部屋の隅々まで照らしていた輝きが徐々に収まっていった。残った輝きは、彼の手元にだけ。

 彼が手にしているのは、やはり魔力の花のようだった。透き通った光の花弁で出来ている花。レタリーさんの魔力によって形作られた花。バアルさんいわく、他者を強く想うことで咲かせることが出来るという不思議な花。

 その形は、城の中庭で咲き誇っている水晶の花のような。いくつもの光り輝く細かな花弁によって形作られた黄緑色の結晶が、肩で息をする彼の手のひらで優しい光を放っていた。

 美しい輝きに見惚れ、止めてしまっていた足を慌てて動かす。何とか間に合った。絨毯に膝をつきかけていたレタリーさんを、ふらついていた長身を、俺は肩を掴んで支えることが出来たんだ。

「……大丈夫ですか?」

「ありがとうございます……私の身体に大事はございませんよ……」

 強がりでも、無理をしている訳でもなさそうだ。柔らかく微笑むレタリーさんの呼吸はもう落ち着いていた。顔色も悪くはない。

 もう大丈夫だと言わんばかりに背筋をしゃんと伸ばしてから、俺の手をやんわり取った。

「申し訳ございません、貴方様のお手を煩わせてしまって……」

「そんなことはどうでもいいですよ……それより一体、何をしたんですか? それは……?」

「私の魔力を抽出致しました」

「魔力をって……そんなっ」

 一緒じゃないか……! 生命力を抽出するのと……

 ならば、苦しんでいたのも無理はない。いくら自然回復するとはいえ、自分の手で命を削ったようなものなのだから。

 だというのに、レタリーさんは平然としている。それどころか、俺を安心させるように微笑みかけてくれる。

「ご心配には及びません。貴方様を送り届ける為に必要な魔力は、ちゃんと残しております故」

「そういうことじゃ……って身体は? ホントに大丈夫なんですか? 何か、気分が悪いとか……どこか痛いとか……」

「ふふ……」

 何がおかしいというのか。レタリーさんは擽ったそうに瞳を細め、長い尾羽根を揺らしている。彼の魔力だからだろうか。手のひらの上の結晶が、呼応するようにキラキラと瞬いた。

「笑ってる場合じゃ……」

「失礼致しました……大丈夫ですよ。誠に、身体の負担にならぬ範囲でしか抽出しておりません。この身の全てを……最後の一雫まで捧げたいのは山々ですが……骨身に染みて分かっておりますので……私では、決して代わりにはなれぬことを……」

「レタリーさん……」

 寂しそうに微笑む彼に、痛いほど胸が締めつけられる。夢現の中、聞いてしまった叫びが蘇る。

『ああ、なんで……!? ……なんで貴方が犠牲になど……!!』

 心が引き裂かれてしまいそうな悲しみ、悔しさ、憤り。それらを抱えながらも、ひた隠しにしながらも、ヨミ様の望みに応えた彼の苦しみは計り知れない。知ろうとすることすら、おこがましいだろう。

 俯く俺の視界を黄緑色の光が照らす。レタリーさんの大切な魔力。花の形をした透き通った結晶が、俺の前に差し出されていた。

「それでも……私の魔力でも、少しは足しになるやもしれません。貴方様が助かる可能性が……少しは上がるやもしれません……どうか受け取って頂けませんか?」

 ああ……お手伝いをしたいとは、諦めたくないとは、このことを言ってくれていたのか。

 大きな手を包み込むように結晶に触れる。見た目通り魔宝石のように固く、触り心地が滑らかな結晶は不思議と温かい。

「ありがとうございます……少しどころじゃないですよ……百人力ですよ……」

「左様でございますか……身に余るお言葉、大変嬉しく存じます」

 二人で一つの結晶を手に向かい合っていた最中、元気のいい声と共に部屋の扉が開け放たれた。

「アオイ様っ! お待たせいたしました!!」

「ひょわっ……ぐ、グリムさん?」

「……ああ、良かった。間に合ったみたいですね」

「クロウさんも」

 突然の登場に驚いたものの、相変わらず笑顔満点なグリムさんと、安心したように微笑むクロウさんに頬が自然と緩んでいくのが分かった。

 揃いのフードマントを揺らしながら駆け寄ってくるお二人に、俺は歩み寄ろうとしていた。しかし、立ち塞がれてしまった。レタリーさんが、その高い背に俺を隠すように歩み出ていたのだ。
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