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とある秘書は不安に背筋を震わせていた

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 呆然と佇むだけの私達を置き去りにして、神はアオイ様とだけ会話を続けている。

「では、何故私が地獄の神だと思われたのでしょう?」

「その……何となく、貴方の雰囲気がヨミ様とサタン様に似てるかなって……後、瞳がバアルさんにそっくりだから……」

「ふふ、ははっ……」

 カラカラと声を上げて、神が笑う。

 会場へと響き渡る澄んだ鐘のような声色は、威厳と気品を感じさせる顔に喜びを滲ませている様は、不思議なことに確かにヨミ様とサタン様に似ていた。

 そして、ゆるりと細められた宝石のように煌めく瞳はバアル様に。

「ご、ごめんなさい……」

「謝らないで下さい、アオイ。私は嬉しいのです」

「え?」

「愛しい子達と似ていると言われ、喜ばない親など……ましてや彼らは、私に最も近しい子達なのですから……」

 ああ、そう言えば。

 御伽噺では、王族の始祖は神の心臓を二つに分けて作られたのだと。作り上げた民の内の一人に、バアル様と同じ時を操る力を授けたのだと。

「あの子達、本人達すら気付けなかった、細やかな事柄に気づいてくれるとは……誠に貴方は、私の大切な子達を愛してくれているのですね……」

「……はい。俺は、バアルさんを愛してます。皆さんのことも大切で、大好きです。バアルさんの、皆さんの居ない日々なんか、考えられません」

 神に向かって物怖じすることなく、アオイ様は真っ直ぐな想いを伝えた。バアル様の瞳が大きく見開かれ、細められる。

「アオイ……」

 喜びに心を震わせたのは、バアル様だけでは、私達だけではなかったようだ。

「ああ、やはり貴方に会いに来て良かった……魔力を消耗した甲斐があったというものです……」

「え……俺に?」

「はい、貴方にお願いに参りました」

 神が耳心地の良い声に、美しい顔に、歓喜をあらわにする。

 何を思われたのだろうか。バアル様は、アオイ様を庇うようにご自身の胸元へと強く抱き寄せた。どこか訝しむような視線を神へと向けた。

「……我らが神よ、失礼を承知で申し上げます」

「構いませんよ、バアル。何でも言って下さい」

 微笑む神に、バアル様は「感謝致します」と形式的なお礼を述べた。その柔らかな声色とは打って変わって神を見つめるその眼差しは、磨き抜かれた剣先のように鋭い光を宿している。

「一体、何のお願いがあるというのでしょうか? 私の大事な妻に……貴方様のような御方が」

「……彼にしか、今の彼にしか頼めないことです。愛しい貴方達にも、この世界にも関わる大事なことですよ」

「今の、アオイ様にしか……? …………まさか」

「バアルさん達にって……もしかして、穢れのこと……ですか?」

 アオイ様の問いに神様が小さく頷いた。途端にバアル様の腕の中から身を乗り出し、大きな声で上げた。少し高いアオイ様の声が静かな会場に響き渡る。

「だったら、俺に出来ることなら何でもします! お願いしますっ、聞かせてくれませんか?」

「っ……いけません! アオイ、待って下さっ」

「ああ、やはり! 貴方ならば、そう言って下さると信じておりました!」

 バアル様は、何か思い至ったらしかった。けれども、神の明るい声に遮られてしまった。

 焦りと不安に顔を歪めるバアル様を余所に、神は柔らかな笑みを形作った唇を開く。

「アオイ、心優しき愛し子よ……どうか、貴方の器に宿る生命力を、私にくれませんか?」

 喜びが滲んだ声だった。幼子を温かく柔らかいタオルで包み込むような、優しい声だった。

 なのに、何故……私の背を、得も知れぬ不安がゾクリと撫でていったのだろう?
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