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貴方を傷つけたくない故に
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「だーかーらー笑わないでくださいよっ! 俺だって……と、とんでもないこと言ってるなって、自覚はあるんですからっ!! これでもっ! 一応っ!」
そりゃあ自覚はある。自意識過剰だって。
もし、自分がイヤな目に合ったとしたら……バアルさんは、ヨミ様は、サタン様は悲しんでくれるだろうって思っているんだから。
「く……ふっ、ふふ……い、いえ、何も間違ってはいませんとも……貴方様は、皆様に大変愛されていらっしゃるのですから……」
「うぅ……」
説得力がない。お腹を抱え、目に涙を浮かべ、尾羽根をぶんぶん揺らしながら笑い転げていらっしゃるのだから。
いや、まぁ、バアルさんには絶対愛してもらえてるって自信はあるけどさ。
「誠でございますよ……」
手の甲で乱暴に目元を拭ってから、レタリーさんが続ける。
「バアル様とヨミ様は勿論、サタン様も貴方様が傷つくことを決して良しとは致しません。故に、貴方様に……このような無体を強いることになってしまったのですから」
粛々と告げられた声色には、もう笑みはなかった。
「……なん、ですか? どういう……意味ですか、それ?」
俺が問いかけてもレタリーさんは黙ったまま。どこか寂しそうな光を宿した眼差しで、ただただ俺を見つめるばかりだ。
「そんな、言い方……まるで……三人の内の誰かが、俺を、あの鎖で縛りつけていたみたいじゃ……」
聞いたことがある。沈黙は、肯定と同じなのだと。
黄緑色の眼差しが、真っ直ぐに俺を見つめている。間違っていないのだと、貴方の推測は正しいのだと、そう言われた気がした。
「そんな……なんで……?」
頭の中身を無理矢理引っ掻き回された気分だ。気持ちが悪い。
俺の手を温かい手が包み込む。そこで気づいた。自分の手が驚くほど震えていることに、酷く冷たくなっていることに。
レタリーさんは労るような手つきで俺の甲を撫でてくれている。優しい声で尋ねてくる。
「……アオイ様、貴方様にお願い申し上げたいことがございます」
「……なん、ですか?」
「今から、私の記憶を見ては頂けないでしょうか?」
「……レタリーさんの?」
「はい。私が見聞きした出来事を、術で。そうして頂ければ全てが分かる筈です。あの後、儀式で何が起こったのか。どうして貴方様を、此方に留めておかなければならなかったのか。そして」
戸惑うように伏せられた瞳が、再び俺を見つめる。真剣な眼差しには、覚悟の色が見て取れた。
「私めが、誠に貴方様へお願い申し上げたい事柄も」
……答えなんて、決まっている。
だって、俺は知らなければならない。思い出さなければならない。自分の為にも、大切な人達の為にも。
「……分かりました、お願いします」
「……申し訳ございません。卑怯な物言いをしていることは重々承知して」
「気にしないで下さい。俺が知りたいだけですから……レタリーさんは、何も悪くありませんよ」
謝罪を遮った俺を見つめる瞳には、また薄っすらと透明な雫が滲んでいた。レタリーさんは堪えるように一度唇を引き結んでから、緩やかな笑みを浮かべた。
「アオイ様…………ありがとうございます」
「いえ……じゃあ、早速お願いします」
「畏まりました」
俺の手を握る彼の手が淡い光を帯びていく。だんだんと強くなっていく白い輝き。それは、次第に部屋全体を包み込み、眼の前を真っ白に塗り潰していった。
そりゃあ自覚はある。自意識過剰だって。
もし、自分がイヤな目に合ったとしたら……バアルさんは、ヨミ様は、サタン様は悲しんでくれるだろうって思っているんだから。
「く……ふっ、ふふ……い、いえ、何も間違ってはいませんとも……貴方様は、皆様に大変愛されていらっしゃるのですから……」
「うぅ……」
説得力がない。お腹を抱え、目に涙を浮かべ、尾羽根をぶんぶん揺らしながら笑い転げていらっしゃるのだから。
いや、まぁ、バアルさんには絶対愛してもらえてるって自信はあるけどさ。
「誠でございますよ……」
手の甲で乱暴に目元を拭ってから、レタリーさんが続ける。
「バアル様とヨミ様は勿論、サタン様も貴方様が傷つくことを決して良しとは致しません。故に、貴方様に……このような無体を強いることになってしまったのですから」
粛々と告げられた声色には、もう笑みはなかった。
「……なん、ですか? どういう……意味ですか、それ?」
俺が問いかけてもレタリーさんは黙ったまま。どこか寂しそうな光を宿した眼差しで、ただただ俺を見つめるばかりだ。
「そんな、言い方……まるで……三人の内の誰かが、俺を、あの鎖で縛りつけていたみたいじゃ……」
聞いたことがある。沈黙は、肯定と同じなのだと。
黄緑色の眼差しが、真っ直ぐに俺を見つめている。間違っていないのだと、貴方の推測は正しいのだと、そう言われた気がした。
「そんな……なんで……?」
頭の中身を無理矢理引っ掻き回された気分だ。気持ちが悪い。
俺の手を温かい手が包み込む。そこで気づいた。自分の手が驚くほど震えていることに、酷く冷たくなっていることに。
レタリーさんは労るような手つきで俺の甲を撫でてくれている。優しい声で尋ねてくる。
「……アオイ様、貴方様にお願い申し上げたいことがございます」
「……なん、ですか?」
「今から、私の記憶を見ては頂けないでしょうか?」
「……レタリーさんの?」
「はい。私が見聞きした出来事を、術で。そうして頂ければ全てが分かる筈です。あの後、儀式で何が起こったのか。どうして貴方様を、此方に留めておかなければならなかったのか。そして」
戸惑うように伏せられた瞳が、再び俺を見つめる。真剣な眼差しには、覚悟の色が見て取れた。
「私めが、誠に貴方様へお願い申し上げたい事柄も」
……答えなんて、決まっている。
だって、俺は知らなければならない。思い出さなければならない。自分の為にも、大切な人達の為にも。
「……分かりました、お願いします」
「……申し訳ございません。卑怯な物言いをしていることは重々承知して」
「気にしないで下さい。俺が知りたいだけですから……レタリーさんは、何も悪くありませんよ」
謝罪を遮った俺を見つめる瞳には、また薄っすらと透明な雫が滲んでいた。レタリーさんは堪えるように一度唇を引き結んでから、緩やかな笑みを浮かべた。
「アオイ様…………ありがとうございます」
「いえ……じゃあ、早速お願いします」
「畏まりました」
俺の手を握る彼の手が淡い光を帯びていく。だんだんと強くなっていく白い輝き。それは、次第に部屋全体を包み込み、眼の前を真っ白に塗り潰していった。
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