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二つどころか、サプライズだらけじゃないか

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「スゴい……キレイ……」

 推測を確かめるよりも、あふれた気持ちが自然とこぼれ落ちていた。

「本当ですか!?」

 呟くような小ささだったのに、グリムさんは弾かれるように目の前に飛び込んできた。クロウさんの手を引きながら。

 期待があふれている。そわそわと左右に揺れている華奢な身体からも、キラキラ見つめてくる瞳からも。微笑ましいその姿に、また少し視界が滲んだ。

「はい、スゴく嬉しいです……あの素敵なお花、グリムさんとクロウさんが?」

「はいっ! お二人の儀式の会場に、お花を飾ってもいいってことだったので、僕達張り切っちゃいました!」

「それで、今朝のお茶会……」

「はい……」

 丸みのある頬を染めて、グリムさんが頷く。クロウさんも続くように小さく頷き、グリムさんの頭をわしゃわしゃ撫でている。

 寄り添うように肩に触れた体温に顔を上げれば、柔らかい眼差しとかち合った。バアルさんが、申し訳無さそうに凛々しい眉と、触覚を下げた。

「もしかして……バアルさん、知ってました?」

「申し訳ございません。是非とも貴方様を驚かせたい、とのことでしたので」

「……そうだったんですか」

「……びっくり、しました?」

 グリムさんが、おずおずとした声で尋ねてくる。見上げてくる瞳は揺れていた。

「はい、びっくりしました。嬉しくて、泣きそうなくらい……でも」

 俺も、お手伝いしたかった。

 そう口にすると分かっていたんだろうか。ことの流れを静かに見守っていたレタリーさんが、口を開く。

「儀式の準備は、ご本人方が行うのではなく、親族やご友人など、親しい方たちだけで行うのが一般的なのです」

「昔からの決まりでな。儀式が簡略化された後も続いておるのだ。我らが神の前で誓うのだ、余裕を持って臨んで欲しいからな。生きがいであるからと言って、直前まで忙しなく動き回るのではなく、な?」

 付け加えたヨミ様が、わざとらしく語尾を強調させる。鋭い瞳を細めながらバアルさんを見つめた。

 お世話が好きな彼のことだ、手伝いたいのを我慢していたんだろう。なんなら俺には内緒で、せめて自分はと食い下がっていたのかもしれない。

 ちらりとバアルさんの様子を窺えば、シャープな顎に指を当て、半透明の羽と一緒に幅広の肩を縮めていた。痛いところを突かれたらしかった。

「それから、頑張ったの、僕達だけじゃないですよ。アオイ様の親衛隊の皆さんにも、手伝ってもらったんです!」

 グリムさんが腕を広げて示した先には、三人の影が。いくつも並んだ柱の影に隠れるように、シアンさん、サロメさん、ベィティさんが、真っ直ぐに背筋を伸ばして佇んでいた。今にも息の揃った敬礼をしそうな雰囲気だ。

 というか、された。バアルさんの会釈に続けて頭を下げれば、もう一度律儀にピシリと返してくれる。

 少し離れているし、影になっているから彼らの表情は窺えない。

 けれども、シアンさんが喜んでくれているのだけは分かった。ここからでも、ピコピコ、ブンブン揺れているのが見えるからな。白銀の髪と同じ色の、ふわもふな耳と尻尾が。

「そうだったんですね、ありがとうございますグリムさん、クロウさん、シアンさん達、も……」

 まだまだ全然言い足りていない、感謝を伝えようとした矢先だった。

 グリムさんが、固まってしまっていた。

 俺とバアルさんを見つめたまま。くるんと反った睫毛すら動かない。それから、何故か顔も真っ赤だ。

 一体何があったっていうんだ? ほんのちょっぴりだぞ? 目を離したの。

「えっと……どうかしましたか?」

「……か」

「か?」

「かかか……かか」

 小さな口が開いて、ひと安心かと思えば。

 全身を震わせながら、たった一文字を連呼し続けるだけになってしまった。どうしよう、余計に悪化してしまったんじゃ。

 バアルさんに助けを求めようとした時だ。クロウさんがグリムさんの頭を、ぽんっ、ぽんっと軽く叩き始めた。平然とした顔で焦った様子もなく、慣れっこな感じで。

 いや、そんな、よく見るけど漫画とかで。ビンタで正気に戻すみたいな、叩けば治るみたいな。あるけれども。

「……かっ、カッコいいです! キレイです! アオイ様も、バアル様も、ぶわーって! 全身からキラキラが、あふれています!!」

「はわわわわ……」

 治った。そして次に壊れたのは、俺の方だった。

 っていうかむしろ、グリムさんの方があふれているじゃないか。

 澄んだ薄紫色の眼差しから飛ばされているキラキラ。眩しいそれを浴びても、バアルさんは穏やかな微笑みを崩さない。

「お褒め頂き、誠に嬉しく存じます」

 礼服越しでも分かる、鍛え上げられた長身を傾け、お手本の様なお辞儀を披露している。ふわりとマントが揺れる様に、再び上がる声援。弾んだそれと共に、ますます飛んでくるキラキラが増していった。

「いやぁ……ずっと、会場の出来映えを気にしてましたからね。安心して、余裕が出来て……そんで、ようやくじっくり目に入ったんでしょう。お二人の素晴らしい晴れ姿が」

 クロウさんの言葉に、グリムさんが何度も頷く。その口からは、いまだに嬉しい言葉が。「カッコいいです!」と「キレイです!」と伝え続けてくれているのに。

「っ……」

 鼓動が走って、喉が震えて、上手く言葉にならない。

「アオイ様」

 俺を呼ぶ耳心地のいい低音。頭を、背中を撫でてくれる温もり。安心するそれらが心に染み込んで、収まっていく。

「あ……ありがとうございます、グリムさん、クロウさん……嬉しいです、褒めてもらえて……これ、ヨミ様からのプレゼントだから」

「そうだったんですね! どうりで! お二人のイメージにピッタリだと思いました!」

 ヨミ様が、大きく開いた口から鋭い牙を覗かせて「そうであろう?」と艷やかな黒髪を靡かせる。俺とバアルさんの側まで歩み寄り、しなやかな腕を勢いよく広げる。

「会場の準備は万端、主役も揃った! これで、リハーサルを行うことが出来るな!」

 通りのいい声で、高らかに歌うように告げられた宣言。思いもよらない事態にぽかんとしてしまったのは、俺だけだった。

「へっ? リハーサルですか? 今から?」

「うむっ! 手順は簡単とはいえ、一度流れを確認しておいた方が良いであろう? 本番は、明日なのだからな!」

「ふぇっ??」

 準備を進めていた、とは言っていたけれど。

 急な展開に頭がついていかない。二つどころか、サプライズだらけじゃないか。
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