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そんな、お茶を勧めるみたいに

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 風もないのに靡く長髪と黒い片マント。高らかに熱弁を振るう通りのいい声。嘆くように歪んだ凛々しいご尊顔。またしても、ミュージカルを見ている気分だ。肝心の内容は……うん、まぁ、アレだけど。

「ぼ、僕も、もう少し見ていたいです……新商品ですし」

「特に、こちらの像は初めて見ますからね。バアル様、良かったら何処で売っていたのか教えてもらってもいいですか?」

「ええ」

「おお、流石我が同志達よ! グリムとクロウは分かっておるな! あ、バアル、私も教えて欲しいのだが。そなたと父上の像もあったんであろう?」

 ヨミ様に賛同した同志。俺のお向かいのソファーにて、仲良く肩を並べているグリムさんとクロウさん。おずおずと手を上げたグリムさんは、緑のエプロンと三角巾を着けた俺のぬいぐるみに。クロウさんは、バアルさんと手を取り微笑み合う俺の彫像に、興味津々なご様子だ。

 多数決というか、主であるヨミ様のウキウキとした笑顔を無下には出来なかったんだろう。レタリーさんは丁寧なお辞儀をしてから「梱包する際は仰って下さいね」とヨミ様に。ヨミ様も上機嫌な笑顔で頷いていた。

 レタリーさんが再び席に戻った頃、バアルさんが立ち上がり、口を開く。

「こちらの彫像は、市場の大通りにてお見かけしました。場所は……言葉より、映像の方が分かりやすいでしょうから、今お送り致します」

 会釈してから、白い睫毛を伏せたバアルさん。それから数秒もせずに皆さんが「ああ、ここでしたか」とか「気づきませんでした」とか、納得したように頷いた。

 ホント術って便利だな。テレパシーみたく、記憶している光景も送れるのか。

「ところで……グリムさんも、お一ついかがでしょうか?」

 そんな、お茶を勧めるみたいに。

 微笑みながらバアルさんが、今度はグリムさん達の前に商品を出現させる。その内容は言わずもがな、ヨミ様のと同じセットである。

「えっ!? い、いいんですか?」

「ええ、此方は布教用でございますので。私の分は、保存用と観賞用がございます。ですから、遠慮せずにお受け取り下さい」

 薄紫色の瞳を輝かせ、ぬいぐるみを抱き上げるグリムさん。はしゃぐ彼の頭を撫でながら、鋭い金の瞳を細めるクロウさん。その光景自体は、微笑ましいことこの上ないんだが。

 テーブルを埋め尽くさんばかりのオレンジを見ないようにして、クッキーをひとつまみ。

 うん、美味しい。ほどよい甘さがクセになる。いくらでも食べられてしまいそうだ。スッキリとした味わいの紅茶を、インターバルとして口に含めば尚更。

 サクサク、こくり、サクサク、こくり。

 すっかり、クッキーと紅茶を交互に楽しむだけになっていた俺の隣がぽすんっと沈む。反射的に見上げれば、緑の瞳に微笑まれた。

「大丈夫ですよ。どのアオイ様グッズも大変カッコよく、可愛らしいので」

「……バアルさん」

 白手袋を纏った手が、さり気なく俺のカップを取り上げ、テーブルへ。空いた手に、細く長い指が絡んで繋がれる。引き締まった腕が腰の辺りに回されたかと思えば、抱き寄せられていた。

 ふわりと香った優しいハーブの匂い。すぐ隣から伝わってくる落ち着く温もり。大好きな腕の中に収まった俺を大きい手が撫でてくれる。

 オレンジがかった短い髪を梳くように。そして、なぞるように目元を、頬を撫で、顎へと辿り着く。掬うように持ち上げられて、視界が柔らかい微笑みでいっぱいになった。

「ああ勿論、目の前にいらっしゃる貴方様が持つ眩いばかりの魅力には、到底及びませんが」

「ひぇ……」

「そうですよ! どれもとっても可愛いですもん! だから、大丈夫です!」

「作りも丁寧ですしね」

 胸の前で小さな拳を握り締めるグリムさんに続いてクロウさんも。ヨミ様とレタリーさんにいたっては、国宝にすべきとか、なんとか。

 一体全体、どう大丈夫だと言うのだろうか。

 フォローしてくれるのは嬉しい。嬉しいんだけれど、変わらないのだ。俺のグッズが国内にて、じわじわ増えているという気恥かしい事実は。しかも、公式グッズだけでなく。

 視界の端で瞬いた小さな小さな緑の粒。いつの間にか現れていたバアルさんの従者。ハエのコルテまでもが「大丈夫! 素敵だよ!」と書かれた彼専用サイズのスケッチブックを、針よりも細い手足で掲げていた。

 いやいやだから、どう大丈夫だと言うのだろうか。皆さんの温かいお気持ちは嬉しいけどさ。
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