上 下
400 / 804

幸せを呼ぶチョコレート

しおりを挟む
 チョコレート屋さんは、以前訪れた雑貨屋さんと同じ通りに、様々なショーウインドウが並ぶヨーロッパ風の大通りにあった。

 チョコレートよりは、高級なアクセサリーでも並べていそうなお洒落な外観だった。磨き上げられたガラス扉の側に吊られている、逆三角の小さな看板。お店の名前らしい文字と一緒に描かれたロゴは、見覚えのあるものだった。

「あ、もしかしてココですか?」

「ええ」

「あの看板に描いてある盾みたいなロゴ、サタン様から頂いたチョコの箱にも入ってたんです」

「左様でございましたか」

 不思議そうに見つめていた眼差しが、納得したように微笑んだ。重たそうな扉を軽々と開けてくれて、俺を店内へと誘ってくれる。

 ひんやりとした空気が頬を撫で、甘い香りが俺達を出迎えた。少し暗く落ち着いた雰囲気の室内を、温かみのあるオレンジの明かりが照らしている。

「いらっしゃいませ」

 白いコックコートの袖を捲り、チョコレート色のエプロンと帽子を身に着けた店員さんが二人、上品な笑みを浮かべて会釈する。エプロンと一緒に腰に巻きつけている尻尾には、ヒョウ柄のような模様が浮かんでいた。

 どうぞご覧下さい、と勧めてくれた店員さんの前にはケーキ屋さんのと同じガラスケースが。その中には、色も形も様々なチョコレートが並んでいる。ハートの形、四角に抽象的な模様が描かれたもの、バラのようなお花の形、雫の形などなど。

 どれも色鮮やかに艶めいていて、スゴくキレイだ。食べるのが勿体ないくらい。

 あながち間違ってはいなかったんじゃないだろうか。アクセサリーでも並べていそう、という俺の第一印象は。

「キレイ……チョコレートじゃないみたいですね」

「はい。ひと粒ひと粒が、まるで芸術作品のようでございますね」

 俺達の側で佇む店員さんが、心なしか嬉しそうに瞳を細める。大きかったんだろうか。これでも声を潜めたつもりだったんだけどな。バアルさんにしか聞こえないように。

 気を取り直して、ガラス越しに並ぶ魅力的なラインナップを眺める。えーっと……ヨミ様のオススメ、魔宝石の形をしたチョコは……あれ?

「あの、すみません」

「はい、どうかなさいましたか?」

「魔宝石の形をしたチョコレートがあるって聞いたんですけど……」

「ええ、あちらにございますよ」

 美しく、中性的な顔立ちをした店員さんが示してくれたのは店の奥。他のお客さん方も、うっとり見つめている大きなガラスケースだった。

 ヨミ様がオススメしてくれただけあって、やっぱり人気なお品なのだろう。お礼を言って俺達が、そちらへ向かっていく最中でも売れていく。紙袋を提げ、満面の笑みを浮かべたお客さん方とすれ違う。

「わぁ……」

 目に飛び込んできた輝きに、思わずため息が漏れた。

 ガラスケースの中で並ぶ、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。ダイヤモンドカットされ、照明の光を受けて艶めく七つは、本物と見間違うほど。

 予め分かってて見ても、ホントにチョコなのか? と疑ってしまう。ラズベリーだとかオランジェットだとか、それぞれの味の説明が添えられていても。

 好きな個数や色を選べるみたいだが、やっぱり皆さんが手に取るのは七個入りの細長い箱。並ぶとキレイな虹色になるお品だ。

「大変美しいですね。幸せを呼ぶチョコレート、だそうですよ」

 俺の耳元で囁やきながら、バアルさんが指差したのは、積まれた箱の近くに添えられた上品なポップだった。確かに、見ているだけでも明るい気持ちになるんだもんな。それに加えて、きっと甘くて美味しいのだから、幸せな気分になれることだろう。

「へぇ……素敵ですね。じゃあ、これにしましょうか。皆さんへのお土産」

「ええ、そう致しましょう」

 さてさて、気になるお値段は、と……金貨四枚。四千円か……まぁ、それくらいするか。こんなに素敵な見た目だし、普通のチョコレートより大きめなサイズだもんな。

 バアルさんグッズに夢中になり過ぎたかも。でも、欲しかったしなぁ……

 残りの懐的に厳しいな、と頭を悩ませていたところでそっと肩を抱き寄せられた。

 いつの間にか、頬が触れ合うくらいに間近に迫っていた柔らかい微笑み。渋いお髭をたくわえた口元が、穏やかな低音で囁く。

「半分ずつに致しましょうね。アオイ様と私、二人で渡すお土産なのですから」

「そう、ですね……そうでしたね」

 バアルさんと一緒に皆さんへ渡すチョコを抱え、レジへと向かう。

 丁寧にラッピングされていく箱を見つめていると、気が早いものでわくわくしてしまう。喜んでくれるかな? とか。それから。

「……楽しみでございますね。どのようなお味なのでしょうか? 皆様とご一緒に頂くと……さぞかし美味しいでしょうね」

 そう。皆さんと一緒だと美味しいだろうなって。

「ふふ、同じこと考えてました」

 緑の瞳が僅かに見開いて、擽ったそうに微笑む。お揃いですね、と絡めた指を握りながら、バアルさんが羽をはためかせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

処理中です...