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俺のバアルさん、カッコよ過ぎでわ?

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 現時刻は、まだまだ午前。毎朝恒例のお茶会を終えたばかり。俺が、バアルさんと一緒に住まわせてもらっている、上流階級御用達な広くて気品あふれる室内には、紅茶の香りが漂っている。

 いつもならば、魔術の鍛錬を兼ねた内職に精を出す。又は、バアルさんの従者である緑に煌めくハエのコルテのヴァイオリンに合わせ、バアルさんとシャルウィダンスするところ。

 しかし、俺はたった今、新たな選択肢を思いついたのだ。バアルさんをデートに誘っちゃおう! という素晴らしいご予定を。

 しかも、いつものデートコース。お城の中庭をお散歩するものではない。なんと、城下町へと繰り出してしまおうというものだ!

 いや勿論、お散歩はお散歩で二人でまったりのんびり出来るから素敵なんだけどさ。

 きっかけは二つ。一つ目はバアルさんの体調やお気持ちが落ち着いてきたかな、と思えたからだ。

 無事に儀式を終え、俺達の元へと帰って来てくれてから、消耗した魔力の回復の為若返り、一時的に俺との日々を忘れてしまってから早数日。

 バアルさんはすこぶるお元気そうだ。顔色は良好、お食事もしっかり食べられている。

 あんまりにも絶好調、むしろパワーアップしてくれているもんだから、夢だったみたいに思ってしまう。不安と寂しさに耐えながら、皆さんに支えてもらいながら、彼の帰りを待っていたあの日が。

 ……いかん、いかん。ちょっぴり気持ちが暗い方へと引っ張られかけてしまっていたな。気を取り直して、二つ目。

 ズバリ軍資金だ。彼の誕生日プレゼントにヨミ様達へのお土産と、すっからかんになってしまっていた懐が暖かくなったのである。

 これだけあれば、彼にちょっとしたプレゼントだって出来るし、お揃いな記念のお品も買えるだろう。お土産だって選びたい放題だ。もし、バアルさんの新作グッズが出ていても大丈夫。

 プレゼントをするのが大好きな彼には、ちょっぴり寂しい思いをさせてしまうかもだが。でも、してもらってばかりは気が引けるしな。お気持ちは嬉しいのだけれど。

 ……という訳で、そろそろ以前お約束していた、買い食いデートにお誘いしても大丈夫そうかな? と思ったんだ。

 後は、お声がけするだけ。たった一言、彼に向かって俺と城下町デートしてくれませんか? って微笑みかけながらスマートにお誘いするだけ。なのだが。

「あ、あの、バアルさん……」

 俺をお膝に乗せてくれたまま、ゆったりとソファーに身を預けているスタイルのいい長身。白手袋を纏う手で悠々と俺の頭や背中を撫でてくれている彼、バアルさんは上機嫌そうだ。

 額から生えた細く長い触覚は、風もないのにふわふわ揺れている。

 執事服越しでも頼もしい、鍛え上げられた背を飾る水晶のように透き通った羽。光を反射して煌めく様が神秘的なそれらも、ぱたぱたとはためきっぱなしだ。

 後ろにキッチリ撫でつけられた髪が、シャンデリアの明かりに照らされ白く艶めく。俺を捉えた瞬間、ゆるりと細められた緑の瞳も鮮やかで美しい。

 柔らかい目元に刻まれたカッコいいシワがますます深くなっていく。渋いお髭が素敵な口元を綻ばせながら、俺の手を恭しく握ってくれた。

「はい、いかがなさいましたか? アオイ様」

「っ……」

 ……言葉が出ない。いや、一瞬で言語機能が溶けてしまった。ときめき過ぎて。

 はー……全く、何なんだ? 最近、マジで輝いて見えるんだけど? 全身から神々しいオーラがあふれ出ているんですが?

 え? 俺のバアルさんカッコよ過ぎでわ? そりゃあ出会えた当初から、滅茶苦茶魅力的なイケオジでいらっしゃいましたけどさぁ。

 花が咲くような微笑みを頂けだだけ。それだけで全身の力が抜け、お膝の上からずり落ちかけてしまっていた。まぁ、引き締まった彼の腕が、俺をあっさり、しっかり抱き止めてくれたのだけれど。

 ソファーが軋む音が、踊り狂う心音によって掻き消される。抱き直してくれて、さっきよりも近くなった端正なお顔。その凛々しい眉毛が心配そうに八の字に下がっていく。ひと回り大きな手が、俺の頬を労るように撫でてくれた。

「大丈夫ですか? アオイ様……」

「ら、らいじょうぶでふ……」

 ……大丈夫じゃなかった。呂律が完璧にフヌケになってしまっている。そのせいだ。鼻筋の通った彫りの深い顔を、ますます曇らせてしまったんだ。

「冷たいお水を飲まれますか? いえ、先ずは横になられた方が……ベッドまでお運び致しましょう」

 おまけに、お世話モードのスイッチまで入ってしまったらしい。

 手品みたくどこからともなく、レモンがたっぷり浮かんだピッチャーとグラスが現れる。意志でもあるかのように、ふわふわ浮かぶそれらを手に取り注いだかと思えば、再び宙へ。さっさと手放し、俺を軽々と抱き上げた。

 妙なリアクション一つで、こんなに心配してくれるなんて。嬉しい……けれどもスゴく申し訳ない。早く誤解を解かなければ。

 焦りに焦った俺は、うっかりしていた。すっかりすっぽ抜けてしまっていたんだ。

「大丈夫、ホントに大丈夫です!」

 解く為には、ポンコツ過ぎる真実を言わなければならないということを。

「バアルさんのカッコよさに、ときめき過ぎちゃっただけですからっ!」

 瞬間ピシリと固まった。力なく下がった触覚、縮んだ羽、歩みを進めていた長い足も。銀糸のように美しく長い睫毛すら。

 静まり返り、騒ぎまくっている自分の鼓動しか聞こえなくなって、ようやくだった。今更だ。もう遅い。しっかりバッチリ伝えちゃった後なんだから。

 きょとんと見下ろしていた緑の眼差しが、思い出したかのようにわたわた泳ぎ始める。白く透き通った頬が、ぼぼぼと耳まで真っ赤に染まっていく。

 絞り出すように呟く声は少し震えていた。ツンと尖った喉仏も。

「さ、左様で、ございましたか……」

「……ひゃい」

 気まずい。何でかバアルさんまで照れてくれちゃってるもんだから、余計に。

 お高そうな絨毯を踏みしめ、おずおずとソファーまで戻ってきた長身が、俺を横抱きにしたまま静かに腰掛ける。

「あ、あの……」

「はい……」

「やっぱり……お水、もらってもいいですか?」

「ええ」

 一直線だった口がクスリと綻ぶ。彼が小さく手招いた途端、少し汗をかいたグラスがふよふよ近づいてきた。呼んだら来るなんて、お利口なわんこみたいで、ちょっとかわいい。

 手元まで来たグラスわんに待てをしてから、おもむろに左胸へと手を伸ばす。取り出された、黒いジャケットにワンポイントを添えていたシルクのハンカチーフ。

 丁寧に、かつ手早くグラスを拭ってくれてから、上品な所作で俺の手元へと差し出される。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 受け取ったペアグラスの片方は、ひんやりしていて気持ちがよかった。
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