368 / 804
俺のバアルさん、カッコよ過ぎでわ?
しおりを挟む
現時刻は、まだまだ午前。毎朝恒例のお茶会を終えたばかり。俺が、バアルさんと一緒に住まわせてもらっている、上流階級御用達な広くて気品あふれる室内には、紅茶の香りが漂っている。
いつもならば、魔術の鍛錬を兼ねた内職に精を出す。又は、バアルさんの従者である緑に煌めくハエのコルテのヴァイオリンに合わせ、バアルさんとシャルウィダンスするところ。
しかし、俺はたった今、新たな選択肢を思いついたのだ。バアルさんをデートに誘っちゃおう! という素晴らしいご予定を。
しかも、いつものデートコース。お城の中庭をお散歩するものではない。なんと、城下町へと繰り出してしまおうというものだ!
いや勿論、お散歩はお散歩で二人でまったりのんびり出来るから素敵なんだけどさ。
きっかけは二つ。一つ目はバアルさんの体調やお気持ちが落ち着いてきたかな、と思えたからだ。
無事に儀式を終え、俺達の元へと帰って来てくれてから、消耗した魔力の回復の為若返り、一時的に俺との日々を忘れてしまってから早数日。
バアルさんはすこぶるお元気そうだ。顔色は良好、お食事もしっかり食べられている。
あんまりにも絶好調、むしろパワーアップしてくれているもんだから、夢だったみたいに思ってしまう。不安と寂しさに耐えながら、皆さんに支えてもらいながら、彼の帰りを待っていたあの日が。
……いかん、いかん。ちょっぴり気持ちが暗い方へと引っ張られかけてしまっていたな。気を取り直して、二つ目。
ズバリ軍資金だ。彼の誕生日プレゼントにヨミ様達へのお土産と、すっからかんになってしまっていた懐が暖かくなったのである。
これだけあれば、彼にちょっとしたプレゼントだって出来るし、お揃いな記念のお品も買えるだろう。お土産だって選びたい放題だ。もし、バアルさんの新作グッズが出ていても大丈夫。
プレゼントをするのが大好きな彼には、ちょっぴり寂しい思いをさせてしまうかもだが。でも、してもらってばかりは気が引けるしな。お気持ちは嬉しいのだけれど。
……という訳で、そろそろ以前お約束していた、買い食いデートにお誘いしても大丈夫そうかな? と思ったんだ。
後は、お声がけするだけ。たった一言、彼に向かって俺と城下町デートしてくれませんか? って微笑みかけながらスマートにお誘いするだけ。なのだが。
「あ、あの、バアルさん……」
俺をお膝に乗せてくれたまま、ゆったりとソファーに身を預けているスタイルのいい長身。白手袋を纏う手で悠々と俺の頭や背中を撫でてくれている彼、バアルさんは上機嫌そうだ。
額から生えた細く長い触覚は、風もないのにふわふわ揺れている。
執事服越しでも頼もしい、鍛え上げられた背を飾る水晶のように透き通った羽。光を反射して煌めく様が神秘的なそれらも、ぱたぱたとはためきっぱなしだ。
後ろにキッチリ撫でつけられた髪が、シャンデリアの明かりに照らされ白く艶めく。俺を捉えた瞬間、ゆるりと細められた緑の瞳も鮮やかで美しい。
柔らかい目元に刻まれたカッコいいシワがますます深くなっていく。渋いお髭が素敵な口元を綻ばせながら、俺の手を恭しく握ってくれた。
「はい、いかがなさいましたか? アオイ様」
「っ……」
……言葉が出ない。いや、一瞬で言語機能が溶けてしまった。ときめき過ぎて。
はー……全く、何なんだ? 最近、マジで輝いて見えるんだけど? 全身から神々しいオーラがあふれ出ているんですが?
え? 俺のバアルさんカッコよ過ぎでわ? そりゃあ出会えた当初から、滅茶苦茶魅力的なイケオジでいらっしゃいましたけどさぁ。
花が咲くような微笑みを頂けだだけ。それだけで全身の力が抜け、お膝の上からずり落ちかけてしまっていた。まぁ、引き締まった彼の腕が、俺をあっさり、しっかり抱き止めてくれたのだけれど。
ソファーが軋む音が、踊り狂う心音によって掻き消される。抱き直してくれて、さっきよりも近くなった端正なお顔。その凛々しい眉毛が心配そうに八の字に下がっていく。ひと回り大きな手が、俺の頬を労るように撫でてくれた。
「大丈夫ですか? アオイ様……」
「ら、らいじょうぶでふ……」
……大丈夫じゃなかった。呂律が完璧にフヌケになってしまっている。そのせいだ。鼻筋の通った彫りの深い顔を、ますます曇らせてしまったんだ。
「冷たいお水を飲まれますか? いえ、先ずは横になられた方が……ベッドまでお運び致しましょう」
おまけに、お世話モードのスイッチまで入ってしまったらしい。
手品みたくどこからともなく、レモンがたっぷり浮かんだピッチャーとグラスが現れる。意志でもあるかのように、ふわふわ浮かぶそれらを手に取り注いだかと思えば、再び宙へ。さっさと手放し、俺を軽々と抱き上げた。
妙なリアクション一つで、こんなに心配してくれるなんて。嬉しい……けれどもスゴく申し訳ない。早く誤解を解かなければ。
焦りに焦った俺は、うっかりしていた。すっかりすっぽ抜けてしまっていたんだ。
「大丈夫、ホントに大丈夫です!」
解く為には、ポンコツ過ぎる真実を言わなければならないということを。
「バアルさんのカッコよさに、ときめき過ぎちゃっただけですからっ!」
瞬間ピシリと固まった。力なく下がった触覚、縮んだ羽、歩みを進めていた長い足も。銀糸のように美しく長い睫毛すら。
静まり返り、騒ぎまくっている自分の鼓動しか聞こえなくなって、ようやくだった。今更だ。もう遅い。しっかりバッチリ伝えちゃった後なんだから。
きょとんと見下ろしていた緑の眼差しが、思い出したかのようにわたわた泳ぎ始める。白く透き通った頬が、ぼぼぼと耳まで真っ赤に染まっていく。
絞り出すように呟く声は少し震えていた。ツンと尖った喉仏も。
「さ、左様で、ございましたか……」
「……ひゃい」
気まずい。何でかバアルさんまで照れてくれちゃってるもんだから、余計に。
お高そうな絨毯を踏みしめ、おずおずとソファーまで戻ってきた長身が、俺を横抱きにしたまま静かに腰掛ける。
「あ、あの……」
「はい……」
「やっぱり……お水、もらってもいいですか?」
「ええ」
一直線だった口がクスリと綻ぶ。彼が小さく手招いた途端、少し汗をかいたグラスがふよふよ近づいてきた。呼んだら来るなんて、お利口なわんこみたいで、ちょっとかわいい。
手元まで来たグラスわんに待てをしてから、おもむろに左胸へと手を伸ばす。取り出された、黒いジャケットにワンポイントを添えていたシルクのハンカチーフ。
丁寧に、かつ手早くグラスを拭ってくれてから、上品な所作で俺の手元へと差し出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったペアグラスの片方は、ひんやりしていて気持ちがよかった。
いつもならば、魔術の鍛錬を兼ねた内職に精を出す。又は、バアルさんの従者である緑に煌めくハエのコルテのヴァイオリンに合わせ、バアルさんとシャルウィダンスするところ。
しかし、俺はたった今、新たな選択肢を思いついたのだ。バアルさんをデートに誘っちゃおう! という素晴らしいご予定を。
しかも、いつものデートコース。お城の中庭をお散歩するものではない。なんと、城下町へと繰り出してしまおうというものだ!
いや勿論、お散歩はお散歩で二人でまったりのんびり出来るから素敵なんだけどさ。
きっかけは二つ。一つ目はバアルさんの体調やお気持ちが落ち着いてきたかな、と思えたからだ。
無事に儀式を終え、俺達の元へと帰って来てくれてから、消耗した魔力の回復の為若返り、一時的に俺との日々を忘れてしまってから早数日。
バアルさんはすこぶるお元気そうだ。顔色は良好、お食事もしっかり食べられている。
あんまりにも絶好調、むしろパワーアップしてくれているもんだから、夢だったみたいに思ってしまう。不安と寂しさに耐えながら、皆さんに支えてもらいながら、彼の帰りを待っていたあの日が。
……いかん、いかん。ちょっぴり気持ちが暗い方へと引っ張られかけてしまっていたな。気を取り直して、二つ目。
ズバリ軍資金だ。彼の誕生日プレゼントにヨミ様達へのお土産と、すっからかんになってしまっていた懐が暖かくなったのである。
これだけあれば、彼にちょっとしたプレゼントだって出来るし、お揃いな記念のお品も買えるだろう。お土産だって選びたい放題だ。もし、バアルさんの新作グッズが出ていても大丈夫。
プレゼントをするのが大好きな彼には、ちょっぴり寂しい思いをさせてしまうかもだが。でも、してもらってばかりは気が引けるしな。お気持ちは嬉しいのだけれど。
……という訳で、そろそろ以前お約束していた、買い食いデートにお誘いしても大丈夫そうかな? と思ったんだ。
後は、お声がけするだけ。たった一言、彼に向かって俺と城下町デートしてくれませんか? って微笑みかけながらスマートにお誘いするだけ。なのだが。
「あ、あの、バアルさん……」
俺をお膝に乗せてくれたまま、ゆったりとソファーに身を預けているスタイルのいい長身。白手袋を纏う手で悠々と俺の頭や背中を撫でてくれている彼、バアルさんは上機嫌そうだ。
額から生えた細く長い触覚は、風もないのにふわふわ揺れている。
執事服越しでも頼もしい、鍛え上げられた背を飾る水晶のように透き通った羽。光を反射して煌めく様が神秘的なそれらも、ぱたぱたとはためきっぱなしだ。
後ろにキッチリ撫でつけられた髪が、シャンデリアの明かりに照らされ白く艶めく。俺を捉えた瞬間、ゆるりと細められた緑の瞳も鮮やかで美しい。
柔らかい目元に刻まれたカッコいいシワがますます深くなっていく。渋いお髭が素敵な口元を綻ばせながら、俺の手を恭しく握ってくれた。
「はい、いかがなさいましたか? アオイ様」
「っ……」
……言葉が出ない。いや、一瞬で言語機能が溶けてしまった。ときめき過ぎて。
はー……全く、何なんだ? 最近、マジで輝いて見えるんだけど? 全身から神々しいオーラがあふれ出ているんですが?
え? 俺のバアルさんカッコよ過ぎでわ? そりゃあ出会えた当初から、滅茶苦茶魅力的なイケオジでいらっしゃいましたけどさぁ。
花が咲くような微笑みを頂けだだけ。それだけで全身の力が抜け、お膝の上からずり落ちかけてしまっていた。まぁ、引き締まった彼の腕が、俺をあっさり、しっかり抱き止めてくれたのだけれど。
ソファーが軋む音が、踊り狂う心音によって掻き消される。抱き直してくれて、さっきよりも近くなった端正なお顔。その凛々しい眉毛が心配そうに八の字に下がっていく。ひと回り大きな手が、俺の頬を労るように撫でてくれた。
「大丈夫ですか? アオイ様……」
「ら、らいじょうぶでふ……」
……大丈夫じゃなかった。呂律が完璧にフヌケになってしまっている。そのせいだ。鼻筋の通った彫りの深い顔を、ますます曇らせてしまったんだ。
「冷たいお水を飲まれますか? いえ、先ずは横になられた方が……ベッドまでお運び致しましょう」
おまけに、お世話モードのスイッチまで入ってしまったらしい。
手品みたくどこからともなく、レモンがたっぷり浮かんだピッチャーとグラスが現れる。意志でもあるかのように、ふわふわ浮かぶそれらを手に取り注いだかと思えば、再び宙へ。さっさと手放し、俺を軽々と抱き上げた。
妙なリアクション一つで、こんなに心配してくれるなんて。嬉しい……けれどもスゴく申し訳ない。早く誤解を解かなければ。
焦りに焦った俺は、うっかりしていた。すっかりすっぽ抜けてしまっていたんだ。
「大丈夫、ホントに大丈夫です!」
解く為には、ポンコツ過ぎる真実を言わなければならないということを。
「バアルさんのカッコよさに、ときめき過ぎちゃっただけですからっ!」
瞬間ピシリと固まった。力なく下がった触覚、縮んだ羽、歩みを進めていた長い足も。銀糸のように美しく長い睫毛すら。
静まり返り、騒ぎまくっている自分の鼓動しか聞こえなくなって、ようやくだった。今更だ。もう遅い。しっかりバッチリ伝えちゃった後なんだから。
きょとんと見下ろしていた緑の眼差しが、思い出したかのようにわたわた泳ぎ始める。白く透き通った頬が、ぼぼぼと耳まで真っ赤に染まっていく。
絞り出すように呟く声は少し震えていた。ツンと尖った喉仏も。
「さ、左様で、ございましたか……」
「……ひゃい」
気まずい。何でかバアルさんまで照れてくれちゃってるもんだから、余計に。
お高そうな絨毯を踏みしめ、おずおずとソファーまで戻ってきた長身が、俺を横抱きにしたまま静かに腰掛ける。
「あ、あの……」
「はい……」
「やっぱり……お水、もらってもいいですか?」
「ええ」
一直線だった口がクスリと綻ぶ。彼が小さく手招いた途端、少し汗をかいたグラスがふよふよ近づいてきた。呼んだら来るなんて、お利口なわんこみたいで、ちょっとかわいい。
手元まで来たグラスわんに待てをしてから、おもむろに左胸へと手を伸ばす。取り出された、黒いジャケットにワンポイントを添えていたシルクのハンカチーフ。
丁寧に、かつ手早くグラスを拭ってくれてから、上品な所作で俺の手元へと差し出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったペアグラスの片方は、ひんやりしていて気持ちがよかった。
72
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる