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期待に胸を高鳴らせているのは、俺だけでは

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 上品な雰囲気があふれている広い石造りの洗面台。同じく石造りの壁を覆う、ジムにでもありそうな大きな鏡。

 それなりに慣れてきたとはいえ、一般庶民を謳歌していた俺には勿体ない豪華さだ。バアルさんは立ってるだけでスゴく絵になるんだけどな。

 俺達の姿が映ってしまいそうなくらい光沢のある、ツルスベな床へとゆっくり下ろしてもらい、彼と向かい合う。

 すでに、俺達のいつもになっていた着替えさせ合い。なっていたハズなのに……ゆらりと伸びてきたしなやかな指先に、トレーナーの裾を摘まれた瞬間だった。

「ぁ……」

 上げそうになってしまった。変に上擦った、気持ちがふわふわしてる時にしか出ない、出せない声が。

 ……さっき意識しちゃったせいだ。期待、しちゃったせいだ。全部甘ったるく変換されてしまう。バアルさんは普通通りにしてくれているのに。

「アオイ様……」

 まだ唇を噛めばよかったのに、咄嗟に手で覆ってしまったんだ、バレていない訳がない。現に透明感のある頬は桜色に染まっている。

 引き上げようとしていた手を離し、代わりに恭しく俺の手を握ってくれたバアルさん。

 ホッとした。ゆったりと手の甲を撫でてくれる優しい手つきに。スタイルのいい長身を屈め、俺と同じ位置で微笑んでくれた眼差しに。

「昨日と同じように致しましょうか」

「え?」

 尋ねるより早く全身に感じた、風が吹き抜けていくような感覚。

 瞬きをする間もなかったかもしれない。視線を身体へと巡らせた時には、すでに俺は着慣れた黒いハーフパンツの水着姿になっていたんだから。

 良かった……これでいつも通り、一緒にお風呂を楽しめるな。

「ありがとうございま……ひょわっ」

 視線を戻した途端に飛び込んできた、彫刻のような肉体美。盛り上がった頼もしい胸板、白い素肌にくっきりとした陰影をつけた腹筋、キレイにくの字にくびれた腰。

 あれ? なんか……いつも以上にバアルさんが輝いて見えるような……?

 お揃いの水着を纏った彼の瞳が嬉しそうに細められる。けれども、すぐに大きく見開かれた。

「アオイ様っ」

 ぐらりと揺れかけていた視界がピタリと止まったかと思えば、温かい腕に抱き締められていた。俺の顔を覗き込むように見つめるバアルさん。その凛々しい眉は、八の字に下がってしまっている。

「大丈夫ですか?」

 直前に頭が、身体が、ふわっとした感じはあった。でもまさか、あまりのカッコよさにあてられて、ひっくり返りそうになるなんて。

 ホントにどうしちゃったんだろう……ついつい見惚れちゃうのは、いつものことだから仕方がないとはいえ。

「ありがとうございます……すみません」

 まだ心配してくれているんだろう。片手で軽々と横抱きの形で抱き直してから、髪の毛を梳くように撫でてくれる。

「いえ……これほどまでに私めのことを意識して下さること自体は、大変男冥利に尽きますので」

「ふぇ……」

「おや、違いましたか?」

 うっとりと見つめていた眼差しが、どこか悪戯っぽく笑う。

 分かってはいた。俺の心の内なんてバレバレで、ちょっぴりイジワルな彼が出ちゃってるだけだって。

 いたんだけど、気がつけば俺の口は素直な気持ちをぽろぽろこぼしていたんだ。

「ち、違わないです……いつもよりカッコいいなぁって思ってたら、頭がふわってしちゃって……いや、いつもバアルさんはカッコいいですし、すっごく色っぽいし素敵だなって思ってるんですよ? でも、その……なんていうか……」

 まだ、もごもご動かしていた口を遮られた。小さな子を嗜めるみたいに、スッと立てた人差し指で。

 さっきから熱くて仕方がないから、俺の顔はとんでもないことになってるんだと思う。でも、俺を止めた彼も珍しく、耳の先どころか引き締まった首まで真っ赤になっていたんだ。

「申し訳ございません……大変嬉しく存じます。ですが、それ以上お可愛らしいことを仰られてしまうと……私も我慢出来なくなってしまいますので……」

「ぁ……ひゅ、ひゅみまへん……」

「いえ、このままエスコートさせて頂いても?」

「は、はい。お願いします」

 浴室へ入った瞬間、スイッチが切り替わったみたいだった。プライベートなモードから、執事さんなお仕事モードへと。そのレベルでバアルさんの手際はよく、あっという間に頭の天辺から足の爪先までピッカピカに磨かれた。

 だからかな? 会話がなかった。そりゃあ、いつも満開の花を咲かせるほど、お喋りが絶えないって訳じゃない。

 彼のお膝の上で分厚い胸板に身体を預けたり、ソファーで肩を寄せ合い手を繋ぎながら、のんびりと穏やかな沈黙を過ごすことの方が多い気もする。

 でも、今回はその類いじゃなかったんだ。久しぶりなヤツだった。彼への想いを自覚する前、気になっている時によく感じていた、イヤじゃないんだけど擽ったくて仕方がないヤツ。

 しかも、これまた珍しいことに俺だけではないみたいだった。

 俺の目では追えない速さで、御自身の玉体を磨き上げたバアルさん。俺の待つ湯船に入り、後ろから抱き抱えてくれた彼の腕は小刻みに震えていた。背中から伝わってくる鼓動が俺のと同じくらい、激しく高鳴っていたんだ。
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