340 / 804
招かれた、有り得ない誤解
しおりを挟む
今の俺はいつも以上にポンコツだ。
大好きなバアルさんから話しかけられているのに上の空。あーんしてもらったのに口の端からぽろぽろ食べこぼす。
お返しをした時なんか、もっと悲惨だ。目測を誤って、彼のカッコいいお髭をソースまみれにしてしまったんだから。海よりも深い優しさをお持ちの彼は一切怒ることなく、当たり前のように俺を心配してくれたんだけどさ。
っていうか、そもそも味がよく分からなかった。スヴェンさん達が作ってくれた夕ご飯は、いつもと変わらず魅力的だったのに。見ているだけで、香りが漂うだけで、食欲がもりもり湧いてきたのに。
原因は分かってる。俺が、浮かれまくってるからだ。バアルさんからしてもらえた宣言。ずっと待っていた一言が、度々頭の中で蘇っているから。
『貴方様を抱かせて頂きますので』
またぶわりと浮かんでは心の奥まで響いてきた言葉に、全身が一気に熱を帯び、胸がバクバク高鳴り出す。
……大丈夫なんだろうか。これから、初めてバアルさんに抱いてもらえるってのに。練習に練習を重ねて、ようやく迎えられる本番だってのに。こんな状態で。
……ま…………様、あお…………様。
「アオイ様?」
「ひょわっ」
やっぱり大丈夫じゃないみたいだ。また、やらかしてしまっていた。
ソファーで一人、考える人になっていた俺の隣に、いつの間にか腰掛けていたバアルさん。隣のバスルームでお風呂の準備をしてくれていた彼の帰りに、全く気がつけなかったんだから。
青い水晶で出来たシャンデリアの明かりが、後ろに撫でつけられた彼の白い髪に、艷やかな光の輪を描いている。
穏やかな笑みばかりが浮かんでいる形のいい唇が、真一文字に引き結ばれ、歪んだ。伏せられた銀糸のように煌めく長い睫毛が、若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳に影を落とす。
「……申し訳ございません。また可愛らしい貴方様の心臓を、びっくりさせてしまいましたね」
「全っ然、大丈夫です! 気にしないで下さい! そもそもボーっとしてた俺が悪いんですからっ」
似たようなやり取りを、何度も繰り返してしまったせいだろう。
ひと回り大きな手を取り微笑みかけても、額の触覚は、しょんもり下がったままだ。背にある半透明な羽も、弱々しく縮んだまま。おずおずと見つめてくる彫りの深い顔からも、胸が締めつけられるような寂しさが拭えていない。
「……不安で……いらっしゃるのでは、ございませんか?」
「え……?」
疑問の声しか出てこなかった。
恐る恐る彼が口にした質問が、俺にとって突拍子もなかったってのもある。でも、それ以上に、そう尋ねた彼の方が不安そうに見えたから。
僅かに震える形のいい唇が言葉を続ける。絞り出すように尋ねた声も震えていた。
「もしや……怖れを抱いていらっしゃるのでは? 男である私を……人ならざるものである私を、受け入れることに」
大好きなバアルさんから話しかけられているのに上の空。あーんしてもらったのに口の端からぽろぽろ食べこぼす。
お返しをした時なんか、もっと悲惨だ。目測を誤って、彼のカッコいいお髭をソースまみれにしてしまったんだから。海よりも深い優しさをお持ちの彼は一切怒ることなく、当たり前のように俺を心配してくれたんだけどさ。
っていうか、そもそも味がよく分からなかった。スヴェンさん達が作ってくれた夕ご飯は、いつもと変わらず魅力的だったのに。見ているだけで、香りが漂うだけで、食欲がもりもり湧いてきたのに。
原因は分かってる。俺が、浮かれまくってるからだ。バアルさんからしてもらえた宣言。ずっと待っていた一言が、度々頭の中で蘇っているから。
『貴方様を抱かせて頂きますので』
またぶわりと浮かんでは心の奥まで響いてきた言葉に、全身が一気に熱を帯び、胸がバクバク高鳴り出す。
……大丈夫なんだろうか。これから、初めてバアルさんに抱いてもらえるってのに。練習に練習を重ねて、ようやく迎えられる本番だってのに。こんな状態で。
……ま…………様、あお…………様。
「アオイ様?」
「ひょわっ」
やっぱり大丈夫じゃないみたいだ。また、やらかしてしまっていた。
ソファーで一人、考える人になっていた俺の隣に、いつの間にか腰掛けていたバアルさん。隣のバスルームでお風呂の準備をしてくれていた彼の帰りに、全く気がつけなかったんだから。
青い水晶で出来たシャンデリアの明かりが、後ろに撫でつけられた彼の白い髪に、艷やかな光の輪を描いている。
穏やかな笑みばかりが浮かんでいる形のいい唇が、真一文字に引き結ばれ、歪んだ。伏せられた銀糸のように煌めく長い睫毛が、若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳に影を落とす。
「……申し訳ございません。また可愛らしい貴方様の心臓を、びっくりさせてしまいましたね」
「全っ然、大丈夫です! 気にしないで下さい! そもそもボーっとしてた俺が悪いんですからっ」
似たようなやり取りを、何度も繰り返してしまったせいだろう。
ひと回り大きな手を取り微笑みかけても、額の触覚は、しょんもり下がったままだ。背にある半透明な羽も、弱々しく縮んだまま。おずおずと見つめてくる彫りの深い顔からも、胸が締めつけられるような寂しさが拭えていない。
「……不安で……いらっしゃるのでは、ございませんか?」
「え……?」
疑問の声しか出てこなかった。
恐る恐る彼が口にした質問が、俺にとって突拍子もなかったってのもある。でも、それ以上に、そう尋ねた彼の方が不安そうに見えたから。
僅かに震える形のいい唇が言葉を続ける。絞り出すように尋ねた声も震えていた。
「もしや……怖れを抱いていらっしゃるのでは? 男である私を……人ならざるものである私を、受け入れることに」
52
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる