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とある秘書は柄にもない願いを祈る
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いつも明るい城内を、更に賑やかなものにしてくれた微笑ましい出来事。幾人もが目撃し、瞬く間に共有されていった画像。
手を繋ぎ、微笑み合いながら廊下を歩くバアル様とアオイ様。慈しみ合うように互いを見つめ、抱き合うお二方。小柄なアオイ様を抱き抱え、上機嫌に颯爽と去っていくバアル様。
男女問わず心をときめかされ、話題をさらっている彼らの最新情報が、再び入ってきたようだ。
懐から響いてくる魔力の気配に、反射的に内ポケットを探る。取り出した魔宝石には、やはりお二方の画像がいくつも送られてきていた。
いつもながら仕事が早い。それだけお二方を慕う者達が儀式以来、更に増えたということもあるだろうが。
……寧ろ、もう関心のない者を探す方が難しそうですね。
染み染みと噛み締めながらも、大量の画像を手早くチェックしていく。お二方の一番のファンであろう我が主には、やはり一番良いお写真を見てもらわなければ。
手ぶれ補正有りでも傾いている画面、連写したのかコマ送りになっているお二方。それらから撮り手の感動と興奮が伝わってくる。
それもそうだろう。バアル様が無事に元の御姿に戻られている、ということもある。だが、それだけではない。
あの恥ずかしがり屋なアオイ様が、ぴったりとバアル様にくっついていらっしゃるのだから。しかもお姫様抱っこで運ばれているにも関わらず、幸せそうな笑顔を振り撒いていらっしゃるのだから。
いつもならば、バアル様の胸元に小さなお顔を埋めていらっしゃるハズ。それはそれで、隠しきれていない真っ赤な御耳が大変可愛らしいのだが。
手を繋ぎ、嬉しそうに見つめ合っているだけではない。アオイ様の方からバアル様へ頬を擦り寄せたり、額を重ねていらっしゃる。
完全に二人の世界に浸っているお二方を、自然体なお二方を、見ることが出来たという喜びがあふれている写真達。それらにすっかり心を動かされ、夢中になってしまっていた私を、不満気な声が現実へと引き戻した。
「レタリー……そなたばかりズルいぞ! バアルとアオイ殿の新しい写真がきたんだろう? すぐに共有すべきであろうが!!」
広く立派な執務机から、しなやかな長身を乗り出して、此方を羨ましげに見つめている真っ赤な眼差し。我らが地獄の王、ヨミ様があからさまに不貞腐れていらっしゃる。
黒く長い髪と同じく艷やかな、穏やかな闇を思わせる漆黒の翼はしょんぼり縮んでしまっている。心なしか、側頭部から生えている鋭い角の光沢も鈍く見えた。
極めつけは、そのお顔だ。いつも麗しい笑みを浮かべた、中性的な美しさに満ちあふれたご尊顔がムスッと歪んでしまっているのだ。
……いや、ですが……これはこれでお可愛らしいというか……
「レタリー? 聞いておるのか? ぼーっとして……体調でも悪いのか?」
「ああ、失礼。やはり我が主の美しさは、たとえ不機嫌であられても損なわれることはないのだと、感動に浸っておりまして」
「……そなた、ますますバアルに似てきておるな……」
形のいい眉をうんざりと下げ、声にならない長い溜息を一つ。静かに腰を下ろしてから背もたれに身を預け、長い足を組み直した。
とはいえ、悪い気はしていないのだろう。先程の声色には、擽ったそうな温かさが滲んでいたのだから。
しかし、ここで調子に乗って、呆れたそのお顔も美しいですよ、などと口にしようものなら、ますます溜め息が重くなってしまうだろう。
喉まで出かかっていた本心を飲み込んで、お側へと歩み寄る。取り敢えず、一番お気に召して頂けそうなお二方の画像を表示し、差し出した。
「厳選していたんですよ。今回は特に、ご報告が多く」
「なっ……無事に戻れておるではないか! もしや、今までで最速ではないか!? やはりアオイ殿の大いなる愛の賜物であるな! って……アオイ殿!? 恥ずかしがり屋さんなアオイ殿が、自らバアルに甘えておるだと!? 私達の前でも中々見せてはくれないのに!!」
大興奮だ。こうなるだろう、と予測はしていたが。
驚き、同意を求めてこられたかと思えば、また驚き。悔しそうに鋭い牙を噛み締めていらっしゃる。楽しそうで何よりだ。
「ん? ところで何故、廊下に? 今日は中庭でお散歩デートをしているハズではなかったのか?」
「どうやら、ご予定を変更なされたようですね。サロメさんとシアンさんから追加で連絡が来てます。これからお部屋デートなさるようです」
アオイ様のお友達でいらっしゃる、グリムさんとクロウさんに続いて優秀な情報提供者。アオイ様の親衛隊であるお二人。
彼らの報告によりデートの正確な時間が判明したお陰で、手早く中庭の人払いを済ませることが出来たのだ。
「そうであったか。ならば、すぐに皆へ中庭の通行許可を出してくれないか。それから、スヴェンにも連絡して欲しい。コルテからの連絡が来るまで、二人の部屋には夕食を運ばなくていい、と」
鋭く細めていた瞳を輝かせ「万が一、二人の大切な時間を邪魔してしまってはいけないからな!」と力強く拳を握られた。
「畏まりました」
主の手足となり働く。秘書として当然のことをしているだけなのだが「ありがとう」と微笑んで頂ける優しさに胸が温かくなる。
御自身のことよりも、バアル様とアオイ様の幸せを一番に考えていらっしゃる我が主。
どうか、いつまでもその笑顔が絶えませんように、などと柄にもなく祈っていた。
手を繋ぎ、微笑み合いながら廊下を歩くバアル様とアオイ様。慈しみ合うように互いを見つめ、抱き合うお二方。小柄なアオイ様を抱き抱え、上機嫌に颯爽と去っていくバアル様。
男女問わず心をときめかされ、話題をさらっている彼らの最新情報が、再び入ってきたようだ。
懐から響いてくる魔力の気配に、反射的に内ポケットを探る。取り出した魔宝石には、やはりお二方の画像がいくつも送られてきていた。
いつもながら仕事が早い。それだけお二方を慕う者達が儀式以来、更に増えたということもあるだろうが。
……寧ろ、もう関心のない者を探す方が難しそうですね。
染み染みと噛み締めながらも、大量の画像を手早くチェックしていく。お二方の一番のファンであろう我が主には、やはり一番良いお写真を見てもらわなければ。
手ぶれ補正有りでも傾いている画面、連写したのかコマ送りになっているお二方。それらから撮り手の感動と興奮が伝わってくる。
それもそうだろう。バアル様が無事に元の御姿に戻られている、ということもある。だが、それだけではない。
あの恥ずかしがり屋なアオイ様が、ぴったりとバアル様にくっついていらっしゃるのだから。しかもお姫様抱っこで運ばれているにも関わらず、幸せそうな笑顔を振り撒いていらっしゃるのだから。
いつもならば、バアル様の胸元に小さなお顔を埋めていらっしゃるハズ。それはそれで、隠しきれていない真っ赤な御耳が大変可愛らしいのだが。
手を繋ぎ、嬉しそうに見つめ合っているだけではない。アオイ様の方からバアル様へ頬を擦り寄せたり、額を重ねていらっしゃる。
完全に二人の世界に浸っているお二方を、自然体なお二方を、見ることが出来たという喜びがあふれている写真達。それらにすっかり心を動かされ、夢中になってしまっていた私を、不満気な声が現実へと引き戻した。
「レタリー……そなたばかりズルいぞ! バアルとアオイ殿の新しい写真がきたんだろう? すぐに共有すべきであろうが!!」
広く立派な執務机から、しなやかな長身を乗り出して、此方を羨ましげに見つめている真っ赤な眼差し。我らが地獄の王、ヨミ様があからさまに不貞腐れていらっしゃる。
黒く長い髪と同じく艷やかな、穏やかな闇を思わせる漆黒の翼はしょんぼり縮んでしまっている。心なしか、側頭部から生えている鋭い角の光沢も鈍く見えた。
極めつけは、そのお顔だ。いつも麗しい笑みを浮かべた、中性的な美しさに満ちあふれたご尊顔がムスッと歪んでしまっているのだ。
……いや、ですが……これはこれでお可愛らしいというか……
「レタリー? 聞いておるのか? ぼーっとして……体調でも悪いのか?」
「ああ、失礼。やはり我が主の美しさは、たとえ不機嫌であられても損なわれることはないのだと、感動に浸っておりまして」
「……そなた、ますますバアルに似てきておるな……」
形のいい眉をうんざりと下げ、声にならない長い溜息を一つ。静かに腰を下ろしてから背もたれに身を預け、長い足を組み直した。
とはいえ、悪い気はしていないのだろう。先程の声色には、擽ったそうな温かさが滲んでいたのだから。
しかし、ここで調子に乗って、呆れたそのお顔も美しいですよ、などと口にしようものなら、ますます溜め息が重くなってしまうだろう。
喉まで出かかっていた本心を飲み込んで、お側へと歩み寄る。取り敢えず、一番お気に召して頂けそうなお二方の画像を表示し、差し出した。
「厳選していたんですよ。今回は特に、ご報告が多く」
「なっ……無事に戻れておるではないか! もしや、今までで最速ではないか!? やはりアオイ殿の大いなる愛の賜物であるな! って……アオイ殿!? 恥ずかしがり屋さんなアオイ殿が、自らバアルに甘えておるだと!? 私達の前でも中々見せてはくれないのに!!」
大興奮だ。こうなるだろう、と予測はしていたが。
驚き、同意を求めてこられたかと思えば、また驚き。悔しそうに鋭い牙を噛み締めていらっしゃる。楽しそうで何よりだ。
「ん? ところで何故、廊下に? 今日は中庭でお散歩デートをしているハズではなかったのか?」
「どうやら、ご予定を変更なされたようですね。サロメさんとシアンさんから追加で連絡が来てます。これからお部屋デートなさるようです」
アオイ様のお友達でいらっしゃる、グリムさんとクロウさんに続いて優秀な情報提供者。アオイ様の親衛隊であるお二人。
彼らの報告によりデートの正確な時間が判明したお陰で、手早く中庭の人払いを済ませることが出来たのだ。
「そうであったか。ならば、すぐに皆へ中庭の通行許可を出してくれないか。それから、スヴェンにも連絡して欲しい。コルテからの連絡が来るまで、二人の部屋には夕食を運ばなくていい、と」
鋭く細めていた瞳を輝かせ「万が一、二人の大切な時間を邪魔してしまってはいけないからな!」と力強く拳を握られた。
「畏まりました」
主の手足となり働く。秘書として当然のことをしているだけなのだが「ありがとう」と微笑んで頂ける優しさに胸が温かくなる。
御自身のことよりも、バアル様とアオイ様の幸せを一番に考えていらっしゃる我が主。
どうか、いつまでもその笑顔が絶えませんように、などと柄にもなく祈っていた。
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