上 下
335 / 804

とある秘書は柄にもない願いを祈る

しおりを挟む
 いつも明るい城内を、更に賑やかなものにしてくれた微笑ましい出来事。幾人もが目撃し、瞬く間に共有されていった画像。

 手を繋ぎ、微笑み合いながら廊下を歩くバアル様とアオイ様。慈しみ合うように互いを見つめ、抱き合うお二方。小柄なアオイ様を抱き抱え、上機嫌に颯爽と去っていくバアル様。

 男女問わず心をときめかされ、話題をさらっている彼らの最新情報が、再び入ってきたようだ。

 懐から響いてくる魔力の気配に、反射的に内ポケットを探る。取り出した魔宝石には、やはりお二方の画像がいくつも送られてきていた。

 いつもながら仕事が早い。それだけお二方を慕う者達が儀式以来、更に増えたということもあるだろうが。

 ……寧ろ、もう関心のない者を探す方が難しそうですね。

 染み染みと噛み締めながらも、大量の画像を手早くチェックしていく。お二方の一番のファンであろう我が主には、やはり一番良いお写真を見てもらわなければ。

 手ぶれ補正有りでも傾いている画面、連写したのかコマ送りになっているお二方。それらから撮り手の感動と興奮が伝わってくる。

 それもそうだろう。バアル様が無事に元の御姿に戻られている、ということもある。だが、それだけではない。

 あの恥ずかしがり屋なアオイ様が、ぴったりとバアル様にくっついていらっしゃるのだから。しかもお姫様抱っこで運ばれているにも関わらず、幸せそうな笑顔を振り撒いていらっしゃるのだから。

 いつもならば、バアル様の胸元に小さなお顔を埋めていらっしゃるハズ。それはそれで、隠しきれていない真っ赤な御耳が大変可愛らしいのだが。

 手を繋ぎ、嬉しそうに見つめ合っているだけではない。アオイ様の方からバアル様へ頬を擦り寄せたり、額を重ねていらっしゃる。

 完全に二人の世界に浸っているお二方を、自然体なお二方を、見ることが出来たという喜びがあふれている写真達。それらにすっかり心を動かされ、夢中になってしまっていた私を、不満気な声が現実へと引き戻した。

「レタリー……そなたばかりズルいぞ! バアルとアオイ殿の新しい写真がきたんだろう? すぐに共有すべきであろうが!!」

 広く立派な執務机から、しなやかな長身を乗り出して、此方を羨ましげに見つめている真っ赤な眼差し。我らが地獄の王、ヨミ様があからさまに不貞腐れていらっしゃる。

 黒く長い髪と同じく艷やかな、穏やかな闇を思わせる漆黒の翼はしょんぼり縮んでしまっている。心なしか、側頭部から生えている鋭い角の光沢も鈍く見えた。

 極めつけは、そのお顔だ。いつも麗しい笑みを浮かべた、中性的な美しさに満ちあふれたご尊顔がムスッと歪んでしまっているのだ。

 ……いや、ですが……これはこれでお可愛らしいというか……

「レタリー? 聞いておるのか? ぼーっとして……体調でも悪いのか?」

「ああ、失礼。やはり我が主の美しさは、たとえ不機嫌であられても損なわれることはないのだと、感動に浸っておりまして」

「……そなた、ますますバアルに似てきておるな……」

 形のいい眉をうんざりと下げ、声にならない長い溜息を一つ。静かに腰を下ろしてから背もたれに身を預け、長い足を組み直した。

 とはいえ、悪い気はしていないのだろう。先程の声色には、擽ったそうな温かさが滲んでいたのだから。

 しかし、ここで調子に乗って、呆れたそのお顔も美しいですよ、などと口にしようものなら、ますます溜め息が重くなってしまうだろう。

 喉まで出かかっていた本心を飲み込んで、お側へと歩み寄る。取り敢えず、一番お気に召して頂けそうなお二方の画像を表示し、差し出した。

「厳選していたんですよ。今回は特に、ご報告が多く」

「なっ……無事に戻れておるではないか! もしや、今までで最速ではないか!? やはりアオイ殿の大いなる愛の賜物であるな! って……アオイ殿!? 恥ずかしがり屋さんなアオイ殿が、自らバアルに甘えておるだと!? 私達の前でも中々見せてはくれないのに!!」

 大興奮だ。こうなるだろう、と予測はしていたが。

 驚き、同意を求めてこられたかと思えば、また驚き。悔しそうに鋭い牙を噛み締めていらっしゃる。楽しそうで何よりだ。

「ん? ところで何故、廊下に? 今日は中庭でお散歩デートをしているハズではなかったのか?」

「どうやら、ご予定を変更なされたようですね。サロメさんとシアンさんから追加で連絡が来てます。これからお部屋デートなさるようです」

 アオイ様のお友達でいらっしゃる、グリムさんとクロウさんに続いて優秀な情報提供者。アオイ様の親衛隊であるお二人。

 彼らの報告によりデートの正確な時間が判明したお陰で、手早く中庭の人払いを済ませることが出来たのだ。

「そうであったか。ならば、すぐに皆へ中庭の通行許可を出してくれないか。それから、スヴェンにも連絡して欲しい。コルテからの連絡が来るまで、二人の部屋には夕食を運ばなくていい、と」

 鋭く細めていた瞳を輝かせ「万が一、二人の大切な時間を邪魔してしまってはいけないからな!」と力強く拳を握られた。

「畏まりました」

 主の手足となり働く。秘書として当然のことをしているだけなのだが「ありがとう」と微笑んで頂ける優しさに胸が温かくなる。

 御自身のことよりも、バアル様とアオイ様の幸せを一番に考えていらっしゃる我が主。

 どうか、いつまでもその笑顔が絶えませんように、などと柄にもなく祈っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

処理中です...