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俺達のいつもの場所

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「う、ウェディングケーキ、です……俺達の」

 小さい俺のコンパスに合わせて、ゆったり歩を進めてくれていた長い足がピタリと止まる。

 まるで固まってしまったみたいだ。銀糸みたいに美しい睫毛も、感情豊かな触覚と羽も微動だにしない。

「その……以前にバアルさんと試食させてもらって……二種類とも美味しかったですって言ったら、じゃあ豪華な物にしましょうって……段数増やして色んな種類を作って頂けることになって……その時、また試食して下さいって……」

 経緯を説明している間も、びっくりした様子の緑の瞳は俺を見つめ続けるだけだった。瞬き一つしてくれないんだけど。

「あの……バアルさ!?」

 影が落ちてきたかと思えば、引き締まった腕の中に閉じ込められていた。周りから明るいざわめきが起こったけれど、すぐに遠のいていく。触れ合った体温から伝わってくる、優しい鼓動しか聞こえなくなってしまう。

 ……俺とおんなじだ……ドキドキしてる。

 嬉しいなって浮かれていると腕の力が緩んだ。視界を占めていた、キッチリネクタイを結んだ胸元に代わり、うっとり綻んだ鼻筋の通ったお顔とご対面する。

 俺にだけにしか聞こえない、囁くような声は少しだけ滲んでいた。

「……アオイ様が、私との結婚にこれほどまでに前向きでいらっしゃるなんて……もしや、魔力を込める訓練を頑張っていらっしゃったのも、魔宝石の言い伝えの為でしょうか?」

「は、はい。一緒に魔力を込めると永遠に一緒に居られるからって……俺、バアルさんの側にずっと居たいんです。だから……」

 堪らなくなってしまう。再び俺を包み込んでくれた温もりに、抱き締めてくれる腕の力強さに。

 ……どうしよう。ずっとこのままがいいな……ずっとバアルさんの腕の中で……

 頭からあふれんばかりにお花が咲き乱れかけていた俺を、ソプラノとアルトが奏でる大歓声が現実へと引き戻す。そう言えば人前だったな。

 なんか、さっきよりも声量が大きくなった気が……もしかしなくても増えているのか? バアルさんファンのギャラリーの方々が。きつく抱き締められてるから見えないけれど。

「バアルさんっ、中庭! 中庭に行きましょう? 俺達のいつもの場所があるんです。そこでなら、二人っきりになれ」

 言い終わる前に景色が、俺達を取り巻いていた声達が一気に遠ざかっていく。不思議に思い見上げれば、得意げに微笑むバアルさんと目が合った。いつの間にか抱っこされているんだけど。

 足早に、けれども音を立てずに歩みを進める彼の腕の中。一切揺れることのない快適な旅の終わりは、あっという間だった。数分もしない内に広い城内を抜け、水晶の花々が咲き誇るお庭へ到着していたんだ。



 中庭の一角にある、柱に囲まれたドーム型の建物。ここが俺達のいつもの場所だ。

 高原の外にある休憩スペースを、豪華でおしゃれにした感じの屋根の下には丸いテーブルと、背もたれに蔦みたいな模様が施されたベンチが俺達を出迎えてくれる。

 教えてもいないのに、バアルさんはいつものように、どこからともなく取り出したクッションをベンチへと並べてから座らせてくれた。流石だ。

「ありがとうございます」

「いえ」

 二人並んで座り、落ち着いたところで訪れた沈黙。

 いざとなったら気まずくなってしまった。それもそうだ。二人っきりになれたら……もっと堂々とくっつけるかもって……なんなら……キス出来るかもなんて考えていたんだから。バアルさんは、どうか分からなけれど。

「……あの」

 勇気を持って切り出そうとして、声も、言葉も、重なった。おまけに同時に向き直り、かち合った緑の瞳が気恥ずかしそうに伏せられる。

「どうぞお先に」

「いやいや、バアルさんの方こそ、お先に」

 またしても、俺達の間に漂い始めた沈黙。無性に擽ったい空気を破ったのは、言葉ではなく行動だった。

 さり気なく腰に回された長く引き締まった腕。されるがままに身を委ねていると優しく抱き寄せられ、男らしい胸元にぽすりと収まった。

 やっぱり、安心するな……ここが一番……

「……アオイ様」

「……はい、バアルさん」

「お慈悲を……頂いても?」

「はい、俺も……して欲しいなって思ってました」

 落ち着く体温がゆっくりと離れていく。代わりに近づいてきた喜びに満ちた微笑みに、宝石みたいに煌めく緑の瞳に心を奪われた。
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