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微笑みの威力
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目的地である食堂と中庭がある本棟。俺達の暮らす別棟から、そちらを結ぶ長い廊下。美術館みたいに壁を飾る絵画や、アンティークな調度品によって彩られた道を、真っ直ぐに進んだ奥。俺が二人縦に並んでも足りないくらい大きな扉の前には、見知った二人が居た。
「こんにちはっ、サロメさん、シアンさん」
「こんにちは、お元気そうで何よりです」
鈍く光る胸当てに黒い鱗に覆われた手を添えて、サロメさんが白い牙を見せる。
日々のたゆまぬ訓練の結晶。鎧のように逞しい筋肉を纏う彼の膝下までを、すっぽり纏っている兵士服。その後ろの真ん中に入ったスリットから覗く、長く黒光りする爬虫類みたいな尻尾が、俺達に向かって手を振るみたいに揺れていた。
「こ、ここ、こんにちは……」
キレイな銀髪と同色の三角に尖った耳をピンっと立てたシアンさんが、王子様みたいに整った顔を真っ赤に染める。水色の瞳を滲ませた彼のふわもふな尻尾は、ちぎれんばかりにブンブン揺れていた。
分かる、分かるぞ、シアンさんの気持ち。同じバアルさんファンとして痛いくらいに。なんせ、珍し過ぎる推しの若返った姿を目の当たりにしてるんだもんな。冷静でいられる訳がないよな。
「バアルさん、こちらは親衛隊の」
「ええ、存じております。ヨミ様から教えて頂きましたので」
そう言えば、昨日のメモリアルムービーにバアルさんが親衛隊の皆さんと手合わせしたシーンもあったよな。その時にヨミ様が何か説明してたかも?
多勢に無勢の中無双する、カッコいいバアルさんの映像に夢中でほとんど聞いてなかったんだよな……
今更ながら頭の中で反省会を始めていると手を離される。代わりに腰を抱き寄せられて、うっかりよろけてしまった俺は、寄りかかってしまっていた。バアルさんの男らしい胸元に頬を寄せてしまう形で。
「妻共々、平素より大変お世話になっております」
「っ……」
キレイな微笑みをまともに受け、胸を抑えたシアンさん。声にならない歓喜の呻きが、流れ弾に当たった俺と重なる。
慣れないんだよな。バアルさんの……お、奥さん宣言。嬉しいんだけどさ。
全力で尻尾を振りながら、ゆっくり膝から崩れ落ちかけていた相方の肩を、サロメさんの丸太みたいに太い腕が手慣れた様子で抱き支えた。
「いえいえとんでもないです。此方こそ、いつも奥方様に元気を頂いてますから」
爽やかに笑うサロメさんの目元を、褐色の肌にも映える艷やかな黒い鱗が模様みたいに彩っている。
「ふぇ……」
「デートですよね? 楽しんで来て下さい」
「は、はいっ! 中庭でお弁当を……」
作り過ぎちゃったし、二人にもお裾分けしようかな。フルーツサンド。
予定にない思いつきだったのに、視線だけで伝わったんだろうか。お二人の分を、と頼む前に小さく頷いたバアルさんが、バスケットから緑のリボンで結ばれた袋を二つ取り出す。
透明な袋越しに見えるサンドの断面。キレイに並んだ赤、オレンジ、黄緑。苺と黄桃、キウイがたっぷりの生クリームに包まれている。
ありがとうございます、と受け取ってからサロメさんとシアンさんに差し出した。
「あの、良かったらこれ、どうぞ」
「お、相変わらず美味しそうですね。いいんですか?」
尋ねながらもサロメさんが、鋭い爪を生やした無骨な手で受け取ってくれて。
「ふわぁ……あ、ありがとうございます……」
シアンさんが、震える両手で表彰状でも貰うみたいに恭しく受け取ってくれた。柔らかそうな彼の尻尾が、ますますピコピコブンブンと激しさを増す。
「はいっ、バアルさんと一緒にいっぱい作ったんで!」
手を振る二人に見送られ、メイドさん方や兵士さん方が行き交う、活気に満ちた城内を手を繋いで歩く。
いつも以上に熱い視線や、密やかな黄色い声を受けているのは、バアルさんの美しさからだろう。
分かる、分かりますよ。お髭とシワが渋くてカッコいいバアルさんもスゴく素敵だけれど、中性的な色気あふれるお兄さんなバアルさんも捨てがたいですもんねっ! 流石皆さん、分かっていらっしゃるな!
心の中で皆さんと固い握手を交わしていた俺の手に、ふと力が込められる。
釣られて見上げれば、複雑そうなバアルさんとご対面した。最近よく見る、嬉しさと寂しさが混じった感じの。
「……もしや、普段から親衛隊の方々にも、お菓子を振る舞っていらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、はい。他にも兵士の皆さん方に。振る舞うっていうか、お礼ですけど」
不思議そうに瞳を細めた彼に続けて話す。そもそものきっかけを。
「よく、皆さんの魔術の訓練をバアルさんと見学させてもらっているんです。それで、お散歩デートの時に兵舎に寄って焼き菓子を」
「左様でございましたか……魔術にご興味が?」
「はいっ! バアルさんみたいにカッコよく扱えるようになりたいなって……でも、まだまだ初歩の初歩しか使えないんですけどね。せっかくバアルさんから教えてもらってるのに」
「さ、左様で、ございましたか……」
ハリのある頬がぽぽぽと真っ赤に染まっていく。連動しているみたいに、しょぼくれていた触覚と羽もゆらゆらぱたぱた元気になった。
なんでかは分からないけど、機嫌を直してくれて何よりだ。何よりだったんだが。
「こんにちはっ、サロメさん、シアンさん」
「こんにちは、お元気そうで何よりです」
鈍く光る胸当てに黒い鱗に覆われた手を添えて、サロメさんが白い牙を見せる。
日々のたゆまぬ訓練の結晶。鎧のように逞しい筋肉を纏う彼の膝下までを、すっぽり纏っている兵士服。その後ろの真ん中に入ったスリットから覗く、長く黒光りする爬虫類みたいな尻尾が、俺達に向かって手を振るみたいに揺れていた。
「こ、ここ、こんにちは……」
キレイな銀髪と同色の三角に尖った耳をピンっと立てたシアンさんが、王子様みたいに整った顔を真っ赤に染める。水色の瞳を滲ませた彼のふわもふな尻尾は、ちぎれんばかりにブンブン揺れていた。
分かる、分かるぞ、シアンさんの気持ち。同じバアルさんファンとして痛いくらいに。なんせ、珍し過ぎる推しの若返った姿を目の当たりにしてるんだもんな。冷静でいられる訳がないよな。
「バアルさん、こちらは親衛隊の」
「ええ、存じております。ヨミ様から教えて頂きましたので」
そう言えば、昨日のメモリアルムービーにバアルさんが親衛隊の皆さんと手合わせしたシーンもあったよな。その時にヨミ様が何か説明してたかも?
多勢に無勢の中無双する、カッコいいバアルさんの映像に夢中でほとんど聞いてなかったんだよな……
今更ながら頭の中で反省会を始めていると手を離される。代わりに腰を抱き寄せられて、うっかりよろけてしまった俺は、寄りかかってしまっていた。バアルさんの男らしい胸元に頬を寄せてしまう形で。
「妻共々、平素より大変お世話になっております」
「っ……」
キレイな微笑みをまともに受け、胸を抑えたシアンさん。声にならない歓喜の呻きが、流れ弾に当たった俺と重なる。
慣れないんだよな。バアルさんの……お、奥さん宣言。嬉しいんだけどさ。
全力で尻尾を振りながら、ゆっくり膝から崩れ落ちかけていた相方の肩を、サロメさんの丸太みたいに太い腕が手慣れた様子で抱き支えた。
「いえいえとんでもないです。此方こそ、いつも奥方様に元気を頂いてますから」
爽やかに笑うサロメさんの目元を、褐色の肌にも映える艷やかな黒い鱗が模様みたいに彩っている。
「ふぇ……」
「デートですよね? 楽しんで来て下さい」
「は、はいっ! 中庭でお弁当を……」
作り過ぎちゃったし、二人にもお裾分けしようかな。フルーツサンド。
予定にない思いつきだったのに、視線だけで伝わったんだろうか。お二人の分を、と頼む前に小さく頷いたバアルさんが、バスケットから緑のリボンで結ばれた袋を二つ取り出す。
透明な袋越しに見えるサンドの断面。キレイに並んだ赤、オレンジ、黄緑。苺と黄桃、キウイがたっぷりの生クリームに包まれている。
ありがとうございます、と受け取ってからサロメさんとシアンさんに差し出した。
「あの、良かったらこれ、どうぞ」
「お、相変わらず美味しそうですね。いいんですか?」
尋ねながらもサロメさんが、鋭い爪を生やした無骨な手で受け取ってくれて。
「ふわぁ……あ、ありがとうございます……」
シアンさんが、震える両手で表彰状でも貰うみたいに恭しく受け取ってくれた。柔らかそうな彼の尻尾が、ますますピコピコブンブンと激しさを増す。
「はいっ、バアルさんと一緒にいっぱい作ったんで!」
手を振る二人に見送られ、メイドさん方や兵士さん方が行き交う、活気に満ちた城内を手を繋いで歩く。
いつも以上に熱い視線や、密やかな黄色い声を受けているのは、バアルさんの美しさからだろう。
分かる、分かりますよ。お髭とシワが渋くてカッコいいバアルさんもスゴく素敵だけれど、中性的な色気あふれるお兄さんなバアルさんも捨てがたいですもんねっ! 流石皆さん、分かっていらっしゃるな!
心の中で皆さんと固い握手を交わしていた俺の手に、ふと力が込められる。
釣られて見上げれば、複雑そうなバアルさんとご対面した。最近よく見る、嬉しさと寂しさが混じった感じの。
「……もしや、普段から親衛隊の方々にも、お菓子を振る舞っていらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、はい。他にも兵士の皆さん方に。振る舞うっていうか、お礼ですけど」
不思議そうに瞳を細めた彼に続けて話す。そもそものきっかけを。
「よく、皆さんの魔術の訓練をバアルさんと見学させてもらっているんです。それで、お散歩デートの時に兵舎に寄って焼き菓子を」
「左様でございましたか……魔術にご興味が?」
「はいっ! バアルさんみたいにカッコよく扱えるようになりたいなって……でも、まだまだ初歩の初歩しか使えないんですけどね。せっかくバアルさんから教えてもらってるのに」
「さ、左様で、ございましたか……」
ハリのある頬がぽぽぽと真っ赤に染まっていく。連動しているみたいに、しょぼくれていた触覚と羽もゆらゆらぱたぱた元気になった。
なんでかは分からないけど、機嫌を直してくれて何よりだ。何よりだったんだが。
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